状況を整理しよう。
俺の口の右端から、流し込んだばかりの紅茶がほとんどそのまま流れ落ちた。
よし。
「…はい?」
「…何で2回言うの…」
意外と冷静にツッコまれた。ちょっと恥ずかしい。
「え、わたし、が、あな、た、と?」
「片言にならないで。気持ち悪い」
罵詈雑言は冷静に言えるらしい。心が痛んで泣きそう。
「…何でまた急に?」
「…その、さっきの怪談で、だいぶ怖くなってしまったの。正直、あのままではずっと身体が震えてたかもしれない。由比ヶ浜さんと小町さんは私のその様子に気付いてくれたから一緒に寝ようなんて言ってくれた…と思うの。二人の様子を見る限りでは」
「あいつら…。素晴らしいな、友情ならぬ百合情…」
思わずほろり。ハンカチをお供に。
「…今、なんて?」
「なんでもないです」
あっぶね。あっぶね。視線の冷たさが絶対零度。
「だけど…心も身体も温かくなったのだけど…それでもまだ寒くて。
…比企谷くんの話が、ちょっと強烈だったからかしら」
雪ノ下が少しだけ首を竦めた。
「…あ、それは…本当に申し訳無い」
や、マジで。チョイスミスだった。怖い話なら他にもレパートリーが23個くらいはあったのに。
第一あんな怖い話、川崎がけーちゃんに話せる訳もねえもんな…。
雪ノ下はマンションに一人暮らし…となれば、俺の話によるダメージは計り知れないよな。
相当反省した。
「ふふ、良いのよ。…それで、ちょっとどうしたら良いか考えていたの。そしたら寝室から出て行く人の影が見えて。一人じゃなければ大丈夫だから、気分転換も兼ねてリビングに行くことにしたの」
そう言うことか。
「それで、あなたと紅茶を飲んでいたら、何かその…急に今言った案が思い浮かんで。何でかは分からないわ。
…何でかは分からないのよ?」
若干照れて念押しするのやめて。そこ2回言っても弁解にならないよ?俺、誤解しちゃうよ?
すると、雪ノ下が俺のすぐ隣にやって来て、腰を下ろした。
俺が座った時と比べて随分と軽い感触で、ソファが僅かに沈み込む。
「…弾みで言ってしまったのは拭えないけれど、それでも、私としては、…その、もし比企谷くんが良ければ、本当に一緒に、入ってほしいの…だけれど…」
そう言って雪ノ下が、俯きながら左手をすすすと動かした。
俺の右手にちょんと触れた瞬間、背中がぞわりとして思わず弾けるように手を避けてしまった。
なんつうヘタレだよと言う自己嫌悪に陥った。俺の自己嫌悪って珍しいぞ。
一瞬目が泳いで、視線を雪ノ下の顔へ戻すと…物凄くショックを受けた顔をしてた。
自己嫌悪が80倍くらいになった。
「わ、わりい、今のはほら、俺ビビりだから…」
言い訳にもならない言い訳をしてしまう。
雪ノ下の表情は変わらない。今にも泣きそうな顔をのままだ。
もう少し冷静な状態でこんな顔を見たら、絶対『もっと泣かせてみよう』とか言う極悪なことを考えてしまうのだが、今はそんな余裕は無い。あ、考えてるも同然だなこれ。
今はなんか、とにかく、雪ノ下を悲しませたくなかった。
だから、俺のすぐ脇に置かれた雪ノ下の小さな手に、今度は俺から手を重ねる。
「…!」
ほんの一瞬で、雪ノ下の顔が幸せいっぱいの顔になった。
口角をめいっぱい上げた笑顔と言う訳では無い。
しかし、普段感情表現がそんなに豊かでない分、とても柔らかい笑みになっているのが普段とのギャップにより一目で分かった。
ああ、何だろう。今ならこのセリフを言える気がする。
戸塚、ごめんな。
『守りたい、この笑顔』
…小町に止めてほしい、この脳内悪ふざけ。
手を重ねた後、返事をしないとって思って迷っていた時間はほんの15秒程度。
しかし、リビングで微かに響く時計の針の音を余裕で追い越す自分の心臓の鼓動が、やけにうるさく感じられた。
「…ああ、まあ、それでお前が安心するんだったら…別にいいぞ」
左手で頭をぽりぽりと掻いてしまった。照れ隠しで余計に照れる。
「本当に…?」
雪ノ下がこちらに向き直り、俺の右手の上に自分の右手を重ねて来た。
突然の雪ノ下サンドイッチに、心臓がばっくんと大きく鳴った気がした。
「あ、ああ」
しばらく無言で向き合う。
お互い、しっかりと目を合わせて。
俺の目、腐ってるよ?良いの?
改めてきちんと顔を見て、顔立ちの整い方、吸い込まれそうな青みがかった瞳、淡く色づいた唇に目を奪われる。
ちょっと、自分が置かれてる状況にびっくりした。
俺、こんな綺麗な人にとんでもない誘いを受けてるんだ。
…現状を整理したら、帰りたくなった。信じられなくて。
「…お湯、張った方が良くないか?」
「…あ、そ、そうね。ごめんなさい。少し待っててもらえる?」
「ああ」
雪ノ下は慌てて立ち上がると、ぱたぱたと浴室に向かって行った。
ものの数分で戻って来て、再び俺の横に座る雪ノ下。
いつの間にか、髪を一つにまとめていた。
俺がクリスマスプレゼントで渡した、ピンクのシュシュが見え隠れしている。
浴室に行くときに付けたのだろう。
…このタイミングでって、ずるくない?
「お待たせしてごめんなさい。あと30分くらいでたまると思うから…」
「そうか」
「…」
「…」
気・ま・ず・い☆
裸と裸の付き合いを目前に二人で待機って何?この緊張感に相当するものを今まで経験したことも見た事も無いんですけど?
緊張しすぎてシュシュのことにも触れられなかった。
…落ち着け、素数を数えるんだ。
1、2、3、5、7、11、13、14…
いっけね、もう分かんなくなって来た。多分最後らへん間違ってる。
俺が冷や汗を背中にかいていると、雪ノ下が俺の肩にもたれかかって来た。
何も話さず、こちらを見ることもしない。
なのに、何故だか安心する。
雪ノ下の気持ちの安らぎが、俺に伝わったかのようだった。
「…」
「…?」
気が付くと、雪ノ下が至近距離で俺の顔をじっと見ていた。
何事かと思いつつ、その視線に誘われるように、俺も雪ノ下を見つめ返す。
二人の距離が、近い。
やがて、まるで最初からこうなることが決まっていたかのように、ごくごく自然に、二人の唇が重なった。
直前までうるさい程に聞こえていた心臓の鼓動も、時計の針の音も今は聞こえない。
夢を見ているような、そんな気持ちだった。
数秒程度ですぐ離れると、たまらなくなってもう一度したくなる。
今度は、雪ノ下の背中に腕を回した。
そしてもう一度、口付けを交わす。
今度は一度目よりも冷静に、しっかり息を吸って。
このとき、薄目で雪ノ下の顔を見た。
瞼を下ろし、長い睫が緊張の為かかすかに震えている。
気付けば、雪ノ下も俺の背中に腕を回していた。
きゅっ、と優しく力が込められる。
初めて、人を愛おしいと思えた。
今度、もう少し勇気が出せたら、舌を入れてみたいなって思いました。
「…ぷはっ」
今度は数十秒もの間、唇を重ねていた。
このままソファに二人で寄り添って寝て、朝を一緒に迎えたかった。
まあ、そんなことやったら次の朝は迎えられそうに無いけど。
そんな妄想も含めて、今この場でやりたい事が頭の中にがんがん浮かんでくるが、目の前に超重要イベントが残されているからそんなことを実際にやっている余裕は無い。
雪ノ下は余韻に浸りつつも、ふとその事を思い出したようで、時計をちらりと見た。
「お湯…そろそろ、たまったと思うわ」
「わかった」
短い会話を終えると、再び見つめ合う。
キスをもう一度したかった。
多分、雪ノ下も同じことを考えてる。
だけど、今またやり始めたら時間を忘れてしまって、その間にお湯があふれ出してしまう。
お互いその辺は妙に冷静で、何とか我慢して立ち上がった。
ほんの数メートルの距離だが、二人はどちらから言うでもなく手を繋いだ。
浴室に並んで向かいながら、少しばかり目線を下げて雪ノ下のうなじを一瞥する。
髪を結ったことによって見える、その透き通るような白い肌と、仄かに紅潮した頬とのあまりの美しい対比に、ごくりと息を呑んだ。
…これ以上の刺激に、俺、耐えられんのかな?
続く。
仕事続きで眠気の限界のため、ここまでで一旦区切ります。期待していた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません!明日には必ず!
眠すぎて頭がくわんくわん言ってますが、このシーンはなるべくきちんと描写したいなと思っていたので頑張りました。
残り1~2話と言うところです。早く書きたい~!
週間ランキングの評価値と言う値の高さにびっくりしました。算出基準がよく分かっていないのですがえらく高くて驚いています。
何気にこの小説を書き始めてから1週間が経ちました。
今後とも、どうぞよろしくお願い致します(^^)!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!