「でね、その時あの子ったら……」
「へえ……」
気が付くと。
話題はダイエットのことなどどこへやら、めぐり先輩の面白クラスメイト(こう言うと凄く馬鹿にしているようだが、もちろんそんな意図は無い)の女子の話に移り変わっていた。ちなみにめぐり先輩の歩き方はものの数分で元に戻っていた。わざとでなく、素で戻っていたよな……うーん、道のりは長そうだなあ……。
楽しそうに話すめぐり先輩を見て、俺はそれとなく相槌を打つ。
俺にはそんな面白クラスメイトなど居ないので(戸塚は面白い面白くないの問題ではなく、そもそも天使だ。戸部はウザいし)――と思っていたけれど、由比ヶ浜がいるじゃん。といっても、どちらも知ってるヤツだしなあ……や、むしろ、普通なら共通の友人の話をして「あいつこの間さー(笑)」「マジでー(笑)」みたいな軽い笑いを追求するのがスクールカースト上位のヤツらの薄っぺらトークの醍醐味なのか。俺酷いな。
……スクールカーストのヤツらの会話がどうであれ、俺が人のことを面白く伝えることなどまず出来そうにないな……ぼっちの弊害か、これは。
――と言っても。
「――それで、わたしに振り向いて、『卒業してもずっと一緒だよね? ね? ね?』って手を握りながら何度も確認してくるからさ、驚いちゃった」
――めぐり先輩の話も、そんなに面白いと言う訳ではない。ていうかそのクラスメイト、怖いよ。大丈夫なのか? めぐり先輩……。返答によっては今後の人生を左右しかねない展開が待ってそうだけど……。
しかし、話が面白いとは言えなくても、めぐり先輩がぽわぽわとした雰囲気で話すと、それだけで小さな可愛らしい花がぽぽぽんと咲く気がして、とても和む。
極端な話、めぐり先輩が『でね、この間久しぶりにサバゲー用のエアガンを新調したんだけど、これがもう、デザインも渋くてたまらないし、射程距離も凄くて~』とか言ってても和みそう。……や、流石にそれは無理だった。迷彩服を着ためぐり先輩はなんかちょっと和みそうだけど、流石に銃は持たせられない。どちらかと言うとエプロンを着て俺が帰ってきたら台所でとんとんと人参を切りながら『お帰りなさい』と言ってほしい。どうした俺。
どうした俺。
なんか、妄想が止まらない。
ううむ。
……そう言えば。
さっきまでは緊張する緊張すると言っていた(心の中で)のに、いつの間にか、全然何ともなくなっている。
年上女性は良いものだと思いながらも、実際話すとなると中々しんどい。平塚先生も陽乃さんもぐいぐい来るタイプだから(失礼)、俺から能動的に絡んでいるとは言い難いし。
なんで俺、こんなに年上女性に苦手意識があるんだっけ――と思いを馳せると、ああ、そうだ、きつい経験があったじゃんかと思い出す。
小学生の時、勇気を出して同学年の子に告白したらこっぴどくフラれ(確か『え、だれ? なんかキモいんだけど』という、存在及び告白を認識されない鬼のような返事だった。思い出しただけで涙が出る)、それで終わりかと思いきや、あろうことかその女子が2つ上の姉にその事を言ったらしく、翌日教室に俺を見に来て、姉妹揃って笑いものにしてきた――という、おぞましい思い出。
……やだ、思い出したら本当にしんどくない?
表情には出さないものの、小声で「うぐ……」と唸っていると。
「……どうしたの?」
「……え」
気付いた時には。
めぐり先輩の顔が、目の前にあって……。
慌てて、視線だけ周りに巡らせる。
ちょっとした小道を通っていて、周りは人がいなかった。
とはいえ……この距離は、ちょっと、や、非常にまずい。
後ろに下がろうとすると、壁に背中がどんとぶつかる。
めぐり先輩が心配そうな表情をしていなかったら、完全に変な気分になるところだった。
「あ、や、その……」
互いの顔の間に手を差し込むのでさえ難儀する程に顔が近付いていて。
鼓動が聞こえてしまいそうな程に心臓をばくつかせていると、めぐり先輩がにこっと微笑む。
――その笑顔は、今まで見た中でもとびっきりの優しい笑顔で。
「……言いづらかったら、今は言わなくて良いからね? でも、言える時が来たら……いつでもお姉さんに相談しなさい?」
言って、えっへんと控えめな胸を張るめぐり先輩を見て。
「……っ」
俺は、固まっていた。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ……?
原因不明の動悸に慌てていると、めぐり先輩が再び顔を寄せる。
「……だいじょうぶ?」
「……っ!」
おでこがくっつきそうな程接近しためぐり先輩の、澄んだ瞳がありありと見える。
何にも裏がない、純粋な気遣い。
積極的でありながらも空気を読んでどこか控えめになる女の子が、ふと頭を過ぎった。
「ななな、なんでもないです……!」
「あ……?」
後頭部が若干壁に擦れながらも、なんとか超近接距離にいたところから抜け出す。
「ちょっとー、比企谷くん、あんまり急ぐと危ないよー?」
めぐり先輩の心配する声が背中から聞こえるが、今はそれどころではない。
ちょっと、落ち着かないと……。
数分、なんならめぐり先輩が追い付く10秒程の間でも良い――と思っていたら。
――ごん、と。
「いっ……!?」
突然身体を走り抜けた痛みに、いらいらするような、驚くような、様々な感情が入り乱れる。
「いっ……て……うわ」
見ると、路地を出た直後にある街路樹に、おでこを強かぶつけたようだった。
……めぐり先輩は風船に突っ込んだだけだったのに……これが日頃の行いの差なのか? 悲し過ぎる……。
「比企谷くん! 大丈夫!?」
めぐり先輩が、慌てて駆け寄ってきた。
ちなみに俺は蹲って『くおお……』と悶絶していた。
「あ、先輩……だいじょ……う、ぶ……?」
俺が答えるのを待つことなく。
めぐり先輩は、おでこを押さえていた俺の手をそっと握って横にずらし、その柔らかい手をそっと俺のおでこに乗せた。
「痛かったでしょ……しばらくこのままで良いから」
「……!」
幸い、人通りはほとんど無いのだけれど。
それでも、しゃがんでいる俺の頭を、同じく屈みこんでよしよしと撫でるめぐり先輩という図は……恥ずかしいを通り越して、死ぬ。むしろ死んだ。
「……ん」
「え……」
俺のおでこを撫でていためぐり先輩が、優しく目を細めたかと思うと、俺のおでこを撫でている手の甲に、そっと自分のおでこを当てた。何とはなしに、祈りを捧げる体になっているように見えた。
「こぶにならないと良いけど……いたいのいたいの、飛んでけー、いたいのいたいの、飛んでけー……」
「……っ!? ちょ、ちょっと、先輩……っ」
全力で慌てる。
や、子ども扱いされてる恥ずかしさもあるけど。
なんでこの人、もう片方の腕を俺の首に回して、横から軽く抱き付いてるみたいにしてんの!? なんで、なんで!? いいの!? 勘違いしちゃうよ俺!? そして告白してフラれて翌日以降それはもう冷たく扱われちゃうよ!? 未来予想図が悲惨すぎる。
俺が身を捩って立ち上がろうとすると、俺を抱きしめる腕に力が入る。
「こら、だめでしょ? まだもうちょっと、このままにしておきなよ。……ん、血は出てないね、木に当たったら棘が刺さってもおかしくないけど……だいじょうぶ?」
「あ、はい……」
逃げ出すのをあまりにも柔らかく止められ、もはや為す術もなかった。
こんなに純粋に心配してくれるのは……本当に母親くらいのものではないだろうか。
うーん。
ちょっとこの人、素敵すぎる。
たまに通る人からじろじろと視線を感じたけれど、今はどうでも良い。
……もっと言えば、ほんの数分前に思い出して苦しくなっていたトラウマのことも、どうでも良くなっていた。ええと、あの人たちの苗字ってなんだっけ、田中と山本? あ、姉妹だから普通は同じか。じゃあ橋本A(姉)、橋本B(妹)でいいや。
……や、ほんとどうでも良くなってんな。すげえ、これがめぐりん効果か……。
……こんな、素敵な年上お姉さんが居たら。
そりゃあ、しょうもない人たちとの、どうでも良い記憶なんて、消し飛んでも当然と言えた。
――と、そんなことを考えていると。
「うーん……これ、中々気持ち良いかも……」
「え」
俺のおでこを撫でていた先輩の手が、いつの間にかその動きの延長線上で髪も撫でるようになっていて、若干うっとりとした声でまさかのセリフを言われた。
「や、先輩、何を……?」
聞くと、めぐり先輩は手を止めることもなく、のんびりとした声音で、
「ん~? 気にしないでいいよ~……ふふ……」
「…………」
なんだこれ。
この人のツボがいまいち分からん――なんて思いつつも、頭全体を撫でられる俺自身もかなり気持ちが良かったので、しばらくこのまま身を任せることにした。
……やっぱ、超恥ずかしい……。
続く。
本来は今日にでもエロを書こうと思っていたんですが、予定が立て込んでいた為書き置きしていためぐりん編をお届けしました。ほんわかは今日までだぜえ……。
1週間お疲れ様でした(^^)!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!