蛍の光を脳内再生すること数分、やっと落ち着いてきて顔を上げた。めぐり先輩を見やるとちょうど彼女も顔を上げたようで、ぱちっと目が合う。今度は多少頬を朱に染めただけで、めぐり先輩はたははと笑って返した。
「こ、コーヒー、おかわりもらおうか」
「あ、そ、そうですね、ええ」
ぎこちない会話をして、サスペンド状態の女性店員を呼んでおかわりをお願いする。
運ばれてきたコーヒーに角砂糖をぽしゃぽしゃ入れていると、めぐり先輩がその様をじーっと見ていた。むむむと唸りながら眉根を寄せていて、何やらただ事じゃないご様子。
「……どうしました?」
聞くと、めぐり先輩がぱっと顔を上げて、眉をひそめたまま首を傾げた。
「……さっきもそれくらい入れてたよね?」
「ええ、まあ」
俺の答えを聞いて、めぐり先輩が更に首を傾げる。なんかすごいシュールな絵面になってる。
「……太らない?」
むむ。
言われてふと考える。体重計は毎日乗っている訳じゃないけど、それでもまぁ……。
「ん、太らないですね。食べ過ぎたらその日だけちょっと体重増えるくらいはあるでしょうけど。食べ盛りですしね」
俺くらいの年齢の男子であればこういう身体状況にあるのはごく自然なことだろう。20年後に今と同じ食生活をしていたらまずそうだが、未来はどうであれ今は大丈夫だ。
何気なく答えたつもりだったんだが、めぐり先輩は俺の何気ない言葉に対して極めて陰鬱な表情を浮かべ、ぼへーと息を吐いた。
「……良いなぁ、そっかぁ、太らないんだ……良いなぁ……」
「…………」
ご、ごめんなさい……。
「良いなぁ……」
「…………」
「……はぁ、良いなぁ……」
……人間って?
「……良いなぁ……」
「……ぶふっ」
脳内でのフリにめぐり先輩が見事に応えてくれたので思わず小さく噴き出すと、めぐり先輩の周りの空気がぴしっと固まった。あかん。ごごごごってフキダシが見える気がする。
「……比企谷くん、今、笑った?」
超怖い。どうしよう。超怖い。
「何でもないです、気のせいです、何でもないです」
目以外は笑ってるのに。目以外は笑ってるのに!
「……ほんとに?」
「ほんとです、ほんと」
笑うに至る経緯があほらし過ぎて、説明してもピンとこなさそうだ。だから今ははぐらかす。それはもう、必死ではぐらかす。
「……そっか。……」
お、来るか来るか? 人間って?
「……良いなぁ……」
「……ぶふぁっ」
「やっぱり笑ったよね!? 比企谷くん最低!」
「あ、ち、違うんです、これはその……」
自業自得でしかなかった。
結局、誤魔化しは無理と判断して事情を洗いざらい話した。話した上でばっちり呆れられた。そりゃそうですよね……。
× × ×
「うん、うん、あはは、そうなんだー」
しばらくして、すっかり元のペースに戻っためぐり先輩は俺の話に心地良い相槌を打ってくれていた。この人と話すと本当に話しやすくて、ホステスとか話が聞くのが上手い人ってこんな感じなんだろうかなんて考えることがある。ベクトルは違うんだろうけど。めぐり先輩と話してると自分が話し上手に思えてくるから不思議だ。それで調子に乗って他の人に話しかけてだだスベリするまである。やだ、お先真っ暗……。
俺が一通り話し終えると、めぐり先輩が手を組んで顎を乗せて、首を傾げて大人びた表情で微笑んだ。
「それで、その後どうなったの? 比企谷くんの話って面白いから、どんどん聞きたくなっちゃう」
「…………」
それならこっちはお金を払っちゃう! とかって錯乱しちゃうくらいには、今のめぐり先輩は強烈に可愛かった。
あまりの可愛さに次の言葉が紡げずにいると、ふとめぐり先輩の唇に目が行く。薄くて綺麗な唇を見て、昨日の出来事をふと思い出す。そしてめぐり先輩の別人のような色っぽい姿を思い出して、鼓動がどんどん速まって――
「……比企谷くん?」
「あっ、す、すみません」
めぐり先輩の言葉にハッとして謝るが、視線は唇に釘づけだ。
めぐり先輩は何事かと俺の視線を追い、事態に気付いて頬をほんのり紅潮させる。
「こ、こらっ」
バレた。
「す、すいません……」
めぐり先輩は叱りながらも上品に手を口に当てて、横を向いて流し目を送る。妙に色っぽい仕草にどきどきして、唇を更に凝視してしまって――
「めっ」
「は、はいっ」
お姉さんの窘め口調の言葉に、思わず背筋が伸びる。
ああもうやっちまった……と嘆いて、コーヒーの残りを口に運ぼうと手を伸ばすと、その手にそっとめぐり先輩の手が重ねられた。
「え……」
戸惑う俺を見て、めぐり先輩が眉根を寄せて困ったように笑う。
「……その、今は、ダメだよ? だけど、その……後で……なら……な、なんでもない!」
言って、手をしゅばっと離す。手をテーブルの下に潜り込ませて、頬を朱に染めて俯き黙りこくってしまった。
「……っ」
はーん!? 今は!? 後で!? 良いの!? はーん!?
鬼のような引きでめぐり先輩が言葉を切ったことで、尋常でない程のしこりが胸中に残った。
× × ×
「……良いなぁ……」
「え」
おかわりしたコーヒーも飲み終えて、水を頼りにお喋りが続いていた。我ながら珍しいことをしているもんだなぁ、かれこれ1ヶ月分くらいは喋ってるんじゃなかろうかとか思いながら談笑していると、めぐり先輩が会話の継ぎ目で唐突に、さっきも言った言葉を口にした。……今度は何に対して? はっ、まさか本当に人間に憧れているのか!? 有り得る、有り得るぞ。この人はきっと元女神というか駄女神で、肩入れしすぎる程人間を好いている過去があって……などと妄想していると。
「……比企谷くん、めっ」
「っ!?」
何も喋ってはいないのだけど思考はだだ漏れだったんだろう、めぐり先輩がぐいっと身を乗り出し、俺の唇に人差し指をぴとりと当てた。その顔はぷりぷりと怒っていて、なんかもう待受けにしたい……って、そうじゃなくて。
「……ふいあへん(すいません)」
「ん、よろしい」
指を口に押し当てられたまま謝ると、めぐり先輩はにっこり微笑んで元の姿勢に戻った。
……か、可愛すぎる……。
拙い感想が、幾度と無く頭の中を駆け巡る。グルメリポートだってありとあらゆる言葉を尽くすよりもとても良い表情で一言「美味い」って言った方が視聴者に沁みる時だってあるだろう、きっと? その要領だよ。それはもう良い顔で「可愛い」って言えればそれで良いんだよ。俺に良い顔なんて出来ないのを忘れてたのでこの案はボツにしますごめんなさい。口の端をひくつかせながら吊り上げて「ふひっ」て笑うのが限界だったわ。
めぐり先輩は手を組んで顎を乗せると、物憂げに呟く。
「はぁ……太らない身体、良いなぁ……」
あ、さっきの話だったんだ。
「運動したりはしないんですか? 食事だけで痩せるよりも、今後のことを考えると運動の習慣を付けた方が良いと思いますけど」
「う……す、すごく正論な気がする……」
俺の言葉にめぐり先輩がはうぅと唸る。撫で回したい。
めぐり先輩が手を膝の上に置いて、椅子にもたれかかってはふっとため息を吐く。
「運動かぁ……前比企谷くんに教えてもらった大股早足で歩くやり方をちょこちょこやってみてるんだけど……結構疲れちゃって、中々続かないんだよね……」
「そうですか……ん?」
めぐり先輩がため息を吐きながら、意味ありげに視線をちらちらと送ってくる。何事?
「中々続かないんだよね……」
「そ、そうですか……?」
疑問形になってしまった。「こんな根気の無い生き物初めて見ました」くらいのテイストになってしまっただろうか。ならねぇか別に。
めぐり先輩は俺の返答がお気に召さなかったのだろうか、頬を膨らませてむうと唸り、もう一度ため息を吐いて、ちらりとこちらを見やる。
「……続かないんだよね……」
「……あ」
……そういうことか。やっと分かった。
えー、でも、これ結構面倒なんじゃなかろうか。しかしめぐり先輩の更なる可愛い姿を見ることが出来るとなれば吝かではないというかむしろ望むところだというか何というか。
まあ、うん。
乗っかるか。乗っかるとするか。
頭をがしがしと掻いて、めぐり先輩の目を見る。めぐり先輩の「察して!」オーラが半端ない。
「……あー、じゃあ、一緒にやってみますか? 運動」
言うと、めぐり先輩がぱぁっと花のように笑った。ああもうダメだ、浄化される……!
「っ! うん、やろうやろう! よろしくね!」
「ぬぉっ、ちょ、ちょっと……っ!」
めぐり先輩が俺の手をぎゅーっと握って、手の温度と同時に顔の温度も急激に上昇する。
「あっ……ご、ごめん……」
「……あの……」
めぐり先輩、謝ってるのに手を離してくれない。そして何やら手がもぞもぞ動いてこそばゆい。
口をもごもごさせながら、めぐり先輩がこちらを向く。
「あ、その、それで、ね……? お礼というか何というか……あ、お礼じゃなんかわたしエラそうだなぁ……あ、そ、その……」
「ん、なんです?」
あまりにもじもじするもんだから、一向に言いたいことが分からない。
「……その、この店を出たら、ちょっとだけ、ちょっとだけね? その、……したいの」
「………………………………………………………………」
鮮やかなまでの。
思考停止。
俺はめぐり先輩の唇を凝視しながら、しかるべき言葉を紡ぐ。
「……でんぐり返りをですか?」
「その話はもういいよ!」
お後がよろしいようで。
よし、おちゃらけた雰囲気で終わらせることが出来たぞ――と思いきや、めぐり先輩が俺を握る手に力を込めた。眉根を寄せて懇願の色を浮かべた小動物のような表情で、上目遣いになって儚げに言葉を口にする。
「……だめ?」
「よし、しましょう。すぐ店を出ましょう。すぐしましょう」
「ちょ、ちょっと比企谷くん!?」
上目遣いにノックアウトされてすっくと立ち上がると、めぐり先輩の手を掴んでずんずんと店の出口に向かう。ドアベルがからんからんと音を立てて――
「お客様、お勘定!」
「あ」
ここでまさかの。
JDE的ボケを俺がやらかしてしまった。
お後がよろしいようで。
続く。
2連続めぐりんでした。
JDEが妙に人気!笑嬉しい限りです。彼女メインで書くことは無いかとは思います!w
<お知らせ>
土日に泊りがけで外出するため、初めてこの作品で連休を取りたいと思います。明日土曜日の分まで投稿したら、日・月分はお休みにします。その間も書くことは出来るかもしれないですが、投稿出来る状態まで仕上げるのは厳しそうなので。そんな訳でよろしくお願いします!読み返して頂けたらかなり嬉しいです。
<読書>
最近官能小説を除くと、イチャイチャしてるようなラブコメを読んでない!と思って以前勧めて頂いた「ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?」を読み始めました。1日で6割くらい読みました。うん、こういう成分が欲しかったんです。
それでは、残り一日も頑張りましょう!
また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!