ウォーキングをするという目的でめぐり先輩と待ち合わせをして、歩き始めるなり手を繋ぐ。最初だけゆっくり歩いて、後は手を離してペースを上げれば良いか……と思っていたのだけど。
ものの数分で、自分の考えが如何に甘かったのかを痛感した。
「…………」
俺も、めぐり先輩も、手を繋いでからほとんど喋っていない。
話題が無いからとか、気まずいからとか、そんな理由ではない。
ごく単純に、幸せすぎて。
めぐり先輩の手に触れたことは何度か、何度もあるというのに、改めてこの温かさと柔らかさにうっとりとする程の心地良さを覚える。
めぐり先輩も同じことを考えているのか、時々ぽーっとした目でちらりと俺を見つめては、感触を確かめるように手をにぎにぎと握ってくる。
段々、指を絡め合った繋ぎ方に変化していく。しかもそれでも満足行かないのか、どちらから言うでもなく、自然に身体を寄せて、悩ましげに指を動かして、絡ませ合う。
……あれ、なんか変な気分になってきたぞ? ちょっと前までピュアそのものだったはずなんだけど。
「あ、あはは……なんだか、恥ずかしいね……」
「そう……ですね……」
二人の会話が、ひどく空々しい。
会話だけ切り取れば純なカップルでしかないのだけれど……めぐり先輩がこの言葉を喋っている時に俺に送る視線が、明らかに熱を持っていて、それに答える俺の声音にも確かな熱が篭もり始めて、なんだかまずいことになっている。
……だってここ、真昼間の公園だよ? めぐり先輩も2人の間に流れる空気の変化を如実に感じ取っているようで、笑顔の中に戸惑いが混じっている。
まずいなぁ、これ、本当にまずいなぁ。
リベンジの為に今日2人で歩いてるんだし、これはもう、本当に名残惜しいけど手を離して、ウォーキングに切り替えた方が良いかもしれない。めぐり先輩も、俺が手を離そうと提案すれば乗ってくれるだろう。
そう考えていると。
「あれ? 八幡?」
聞き覚えのある声に、思考が止まった。
× × ×
――春も近付いてきた、冬の昼下がり。
穏やかな声音で名前を呼ばれ振り返ると、そこに見覚えのある、いや、例え忘れようとしても忘れられないであろう程、俺の記憶に深く深く刻み込まれた人物が佇んでいた。
肩に掛けたラケットが、妙に大きく見える、華奢で儚げな体躯。
透き通るような白い肌。
部活を終えたのか、その肌がまだ微かに紅潮している。
息が切れている訳でもないのに、その吐息が妙に艶めかしい。
澄んだ瞳は純真そのもので、接する時に心にもたらしてくれる安寧は今まで接してきた人たちの中でも随一だ。
俺に向かって笑顔で手を上げようとしたが、同行者に気付いたからか、胸の前で軽く手をひらひらと振る可愛らしい様は、見ているだけで心の底から守りたくなる。
まあ、なんていうか、うん。
戸塚である。
「やっぱり、八幡だ」
俺の顔を見て、戸塚が嬉しそうに頬を朱に染める。や、やだ、この子なんでこんなに嬉しそうなの……?
「……家に帰ったら、戸塚も待っててくれねぇかなぁ……」
「……え?」
「あー、すまん。間違えた」
不意に出くわした戸塚のあまりの可憐さに一瞬本気で言う言葉を間違えてしまった。
家に帰ったら小町とめぐり先輩と戸塚が居るとか、もう1日30時間とか働ける勢い。物理的矛盾も飛び越えちゃう。
ふと、戸塚がその視線を下に移した。何かおかしなことでもあったのか……と視線を移すと、
『あ……っ』
めぐり先輩と手を繋いだままな気付いた。めぐり先輩と揃って小さな声を上げて、ぱちっと目を合わせ、2人同時にそろりと繋いだ指を解く。
「こんにちは、戸塚くん」
めぐり先輩が平静を装いながら、けれど頬をわすかに朱に染めながら、戸塚に挨拶をする。
「こ、こんにちは……」
戸塚が挨拶を返す……けど、なんでそんな切なそうなの? あれ?
「と、戸塚はあれか、部活終わりか」
妙な場の空気を少しでも払おうと、簡単な質問を投げかける。聞くと、戸塚は目を細めて肩に掛けたラケットを手に持った。
「うん。……来年度になれば、高校生最後の大会が待ってるからね。自主練もやってたら、思ったより時間が経っちゃった」
何気なく話しているが、手に持ったラケットに注ぐ視線は愛情に満ちていて、また、最後のシーズンに向けて十分に気合を入れている様も見て取れる。
……良いなぁ、ラケット。俺もあんな風に見つめてもらいたい。
「……比企谷くん?」
「なんでもないです、なんでもないです」
突如隣から冷水の如く浴びせられた呼びかけに心底震えあがり、背筋を伸ばしながら食い気味に容疑を否認して、頭の中の煩悩を振り払った。
戸塚は俺とめぐり先輩のやりとりをきょとんとした目で見ていて、可愛らしく首をくりんと傾げた。すごい勢いで押し倒したい。それはマジでやばい。
「……ふふっ、変な八幡」
「毎日俺に味噌汁を作ってくれないか」
「え、えぇっ!?」
「あー、すまん。間違えた。ほんとすまん」
い、いかん。あまりの可愛さにどんどん正気を失いつつある。そして身体のすぐ右横の温度が急に下がったぞ。
っべー、マジっべー。
氷の女王様みたいな冷気を出していらっしゃるぞ。やばい。ウケる。や、ウケねーよ。
俺が冷や汗だらだらで固まっていると、戸塚が苦笑した。
「そ、それじゃ、ぼくはこれで」
「お、おう。何か悪いな」
「ううん、大丈夫だよ。それと……」
言葉を止めて、戸塚が視線を落として――ちょうど、さっき俺とめぐり先輩が繋いでいた手の部分に視線を向ける。
そして、ゆっくり顔を上げて、俺と目が合った。
「八幡」
「ん、なんだ」
「……おめでとう」
「……っ」
簡潔に思いを伝えて、戸塚が寂しそうに笑う。俺の言葉を待たない内に、戸塚はめぐり先輩と会釈を交わして、それじゃ……と小さな声で言って手を振り、小走りで駆けていった。
「と……」
心臓がぎしぎしと痛む。
「……と……」
言葉が出てこない。
なんでこんな、いつもは無駄口をいくらでも叩けるのに、いざとなったらこんな短い言葉すら喉から出てこないのか。
「……と、と……」
視界が滲む。喉元まで出かかった言葉が、鉛のように重く沈殿している。
手を前に突き出して、叫んだ。
「戸塚ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
地面に崩れ落ちて、膝を突く。
俺の声が届かなかったのか、戸塚は振り返ることなく角へと吸い込まれていった。
……俺は、なんて無力なんだ……。
「……え、えぇっと……比企谷くん?」
「あ、はい、すいません」
勢いで変なコントじみたことをしたところで。
めぐり先輩の呼び掛けで我に返って立ち上がり、膝に付いた砂を払った。
× × ×
……コントじみたこと、とは言ったものの。
「ふはぁぁ……」
小さく、それでいて長いため息を吐く。
戸塚と別れてから(他意は無い)しばらく歩いて、今は休憩中でベンチに座っていた。
めぐり先輩は飲み物を買いに行くと言うと、俺が行くと言っても聞かずに行ってしまった。や、ちょっと天使すぎて申し訳無い。
「ふはぁぁぁぁぁぁ……」
また、長いため息を吐く。
しょうもないコントで誤魔化そうとはしたが、やはり戸塚のあの切なそうな表情は忘れられない。
なんだろう、恋人との別れってこんな感じなんだろうか。多分違うな。
第一さっきのやりとりの意味を深く考えると、俺の知らない世界の深淵を覗き込んでしまいそうだ。やだ、向こうからも覗かれちゃう……。
膝に肘を置いて情けなく背中を丸めて俯いていると、めぐり先輩がとてとてと戻ってきた。
「お待たせ。はい、比企谷くん」
「……ありがとうございます」
鬱々と顔を上げて、ホットのマッ缶を受け取って、熱い熱いと手の中で転がしながらプルタブをぷしゅっと開ける。
くぴくぴと飲んで、人心地つく。
ふひー。
「……比企谷くん、さっきから元気ないよね」
「あ……すいません」
めぐり先輩が、手に持ったカフェオレの缶を両手の平でころころと回しながら、切なそうに笑った。
あー、いかん。
俺、何でこの人に心配をかけてるんだ。
「気にしないでください。しばらく時間経って、アニメの2、3本でも見ればすぐ元気になるので」
「分かりやすいんだね……」
たははとめぐり先輩が苦笑いを浮かべる。
友達に慰めてもらうなんていう選択肢が今まで無かった分、一人で心をケアする方法はありとあらゆるものを探し求めたから、慣れたもんです。
ちなみに、たまに小町が心配してくれて話を聞いてくれたことはあった。
うちの妹は可愛い上にそういう頼れるところもあってほんと完璧超人。
どこにも貰われないように策を練りたいまである。
うーん……と、めぐり先輩が小さく唸った。
「……よし」
小さく気合の声を上げためぐり先輩に、はてなんぞやと首を傾げて視線を向ける。
めぐり先輩は俺と目を合わせると、にっこり目を細めた。
「比企谷くん、ちょっとこっち来てもらっていいかな」
言って、めぐり先輩がすっくと立ち上がり、微笑んだままちょいちょいと手招きをする。妖精さんかなぁ。
「……はい」
呆けたまま気の無い返事をして、めぐり先輩の後に付いて行った。
続く。
☆祝・UA170万突破☆
いつもありがとうございます!!
めぐりんでした。
こういう絡みの書き方ってサキサキ編の時以来だなーと思いながら書いてました。八幡とヒロインとのやりとりだけでなく、こういう絡みを基にもっと膨らませたりもしたいです。日々精進。
あと、超今更ですが行間を空けてみました。
いつもWordで縦書き42字×34行で書いてそのままコピペしてたんですが、他の方はプロの方も横書きだと行間を空けてることを知ってやってみました。本当に超今更ですが。
まだやり方がふわっとしてるので、他の方の作品を見つつ実際に色々試してみます。
それでは、火曜日も頑張りましょう。
また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!