しばらくして、再び休日。
今日は、めぐり先輩と学校から少しばかり離れた場所にある図書館に来ていた。
本当はカフェでのんびり読書でもしようかと考えていたのだけど、最近早朝に図書館で勉強をしていると、毎回何だかんだであれやこれしてしまっていた為、その埋め合わせをすべく今日はがっつりと数学漬けになることになった。
隣に居る人がめぐり先輩or小町or戸塚でなければ、即死してしまうレベルできつい状況だ。マジで。
ちなみに、早朝の勉強の時のあれやこれやのきっかけは大体俺からなんだけど、たまにめぐり先輩からの場合もある。
ふとした拍子に俺と手が触れると、その後で顔を真っ赤にしてしばらく考え込んで、気合を入れて俺に顔を向けて、目を閉じるまでの流れが可愛すぎて(その後ももちろん可愛いけど)、後でその一部始終を見てましたと言ったらマジ説教をくらってしまい、そのままその日の勉強会を終えたこともある。
ぷんすか怒ってる顔も可愛いので全く説教にならないけどそれはまあ良しとしよう。
良くねえけど。
「おお……」
めぐり先輩と図書館に足を踏み入れると、思わず感嘆の声が漏れた。
初めて来た図書館だったのだけど、中々の広さに驚く。
5階まで蔵書があり、入口から1階の様子を見ると、机がずらりと並んでいる。
案内板を見るとどの階にもラウンジがあり、飲み物などはそこで飲めるようになっているようだ。
俺がふへーと唸っていると、めぐり先輩が胸の前で小さくガッツポーズをした。
「えへへー、わたしも1回くらいしか来たことなかったんだけどね。こういう場所の方が比企谷くんのやる気も出るかと思って。どうかな?」
「あー……そうですね。確かにこういう場所の方が集中出来るかもです」
クラスメイトががやがやうるさい教室よりもカフェの方が、カフェよりも勉学に対するベクトルがはっきりしている図書館の方が、もっと言えば受験生や、ゼミの勉強でもしていそうな大学生がたくさん居る、俺たちが今居るこういった場所の方が、勉強のテンションは上がりやすい。
集中出来る場所については人にもよるのだろうが(騒がしい方が却って集中出来る人もいるし、科目によっても静かな場所の方が勉強に向いている科目、周りが騒がしい方が捗る科目があるらしい)、こういった場所では他にもメリットがある。
それと、勉強の休憩をしようとふっと顔を上げた時に、目に映る光景が結構大事らしいと聞いたことがある。
ここならば、ふと顔を上げた時に周りに本と熱心に勉強している人しか見えないという状況なので、中々気合が入りそうだ。
例え数学でも。
例え数学でも。
2回言っちゃったよ。
俺の返事を聞いて、めぐり先輩がほっと胸を撫で下ろした。
「そっかー、良かった。じゃ、行こうか」
「はい」
めぐり先輩の半歩後ろを付いて行きながら、呆けた返事をしないように努める。
今日のめぐり先輩は、コートを脱ぐと春を感じさせる暖かさのためか白のワンピースにピンクのカーディガンという女の子らしさ全開の出で立ちで、最初見たとき思わずがっつりと見蕩れてしまった。
超蕩れてた。
「……比企谷くん?」と不思議そうに声をかけられるまで完全に停止していた。
現地集合にしていたため会ってからまだ5分も経っておらず、未だにその影響を引きずっている。
なんだろう、もう。
この気持ちは何だろう。
取り敢えずめぐり先輩と手を繋いでいる所を材木座にだけ見せて学校に来る気をなくさせようか。性格悪すぎるな。平塚先生に見られた日には命の危険さえある。
「比企谷くん、どうしたの? 行こうよ」
「あっ、はい。すいません」
……結局、ぼーっとしてしまっていた。
× ×
階段で登って各階の様子を見ながら移動していると、どうやら1~2階は中々の混み具合になっている(恐らく、蔵書の種類に関係無く勉強をしにやってきている人が多い)が、3階以降はそうでもなく、5階になるとパッと見休日なのか平日なのか分からないくらいの人しかいない事が分かった。
「今日は場所が場所だからなるべく喋らないつもりでいるけど、それでも人から離れてた方が迷惑にならないよね」
めぐり先輩のそんな言葉により、5階の端も端、周りに誰も居なくて、夜になって警備員が巡回するまでこのまま誰も来ないのではと思うような所に腰を下ろした。
……ちょっとばかし、俺らはこういう所が好きすぎる感がある。
全く問題無いけどね!
席に着くと、めぐり先輩もすぐ横に座った。
うんしょうんしょと椅子を移動して、身体が触れ合うぎりぎりまで近付いてくれたのが妙に嬉しい。
めぐり先輩に触れそうになっている右腕が浄化されそう。
めぐり先輩はもしかしたらスピリット・オブ・ファイアなのかもしれない。
やだ、浄化どころか魂ごと消されちゃう……。
勉強道具(数学)を取り出して、ふーっと息を吐く。
「それじゃ、始めよっか」
「はい、死なないように頑張ります」
「そんなに頑張んなくて良いんだよ!?」
めぐり先輩の小声ツッコミが入る。ちなみにヒソヒソ声は周りに聞こえやすいので、かなり絶妙な声音だった。
めぐり先輩の気遣いにくすりと笑いそうになる。
「それじゃ、お願いします」
「うん、こちらこそ」
いつもとは一味違う場所で、いつも一緒に居る人と。
楽しい楽しいお勉強(地獄で地獄な数学地獄)が始まった。
× × ×
2時間程経っただろうか。
数学に対するアレルギー発作(症状:小町と戸塚に無意味にLINEを送って構ってちゃんになる。ちなみに小町にはめんどくささを看破されたのか既読スルーされ、戸塚は極めて優しく対応してくれた。この他にもめぐり先輩の二の腕を見つめて見つめて見つめ続けるなど、その症状は多岐に渡る)を何度も迎えて、その都度乗り越えながらひたすら勉強する。
定義をめぐり先輩から一から教えてもらい(めぐり先輩曰く授業で習ってるしテストにも絶対出るところらしいが、俺にとっての数学はルーン文字くらい縁が無いので、そんなこと言われても全く分からない)、問題集を解いていると、めぐり先輩が両肘を机に付いて、あごを手に乗せて物憂げに窓を見ていた。
「……あ、ごめんね?」
俺の視線に気付いて、めぐり先輩がたははと苦笑いする。
「……どうしたんですか?」
聞くと、めぐり先輩が視線を斜め下にずらし、うーんと唸る。
「あー、心配させちゃったよね、ごめんね。大したことじゃないんだ。なんていうか、その……」
わたしたち、とめぐり先輩が続ける。
「まだ、2人でそんなにゆっくりしたこと無かったなーって」
「……?」
めぐり先輩の発言に首を傾げる。
これはじっくり話そうと思いノートを閉じると、めぐり先輩も休憩と捉えたのか、咎められはしなかった。
「えぇっと、どういうことでしょう? 俺たち、図書館だったりカフェだったり公園だったり……それなりにゆったりしたところに行ってますよね?」
むしろゆったりした所にしか行ってないまである。
もはやまったりしすぎて急がず焦らず参っちゃうレベル。
言うと、めぐり先輩の頬がぽっと朱に染まった。
「あ、えぇっと……ね? 確かにああいう場所もゆったり出来るけど、その、なんていうか……」
めぐり先輩が胸の前で両手の人差し指の先を合わせて、くりくりと回し始めた。
何それ超可愛い。
あまり言葉で急かすのも気が引けるので、めぐり先輩を努めて穏やかな目で見ながら、続きを促す。
めぐり先輩が、こきゅっと息を呑んだ。そして、俺をもじもじと見つめる。
「そ、その……2人で、本当に2人っきりで……ゆっくりしてみたいなーって……」
「……へ?」
な、え、んん?
めぐり先輩、それは、どういう意味で……?
当惑していると、めぐり先輩が身体ごと俺を向いて、ぐいっと前のめりになった。
急に近付いためぐり先輩の綺麗な顔と、いつも以上に心地良い気がする甘い匂いに頭がくらくらする。
「た、例えば。例えばだよ!? そ、外じゃなくて、わ、わ、わ……」
めぐり先輩が、目をぐるぐるさせている。
とんぼだったら墜落してるレベルでぐるぐるしてる。
「せ、先輩? 大丈夫ですか?」
俺も先輩に向き直って肩を押さえると、めぐり先輩があわあわ言いながら顔からぷしゅーと湯気を出して、俺の胸にゆっくり沈み込んだ。
先輩がおでこと両手を俺の胸につけて、その手をきゅっと握る。
僅かな間を開けて、めぐり先輩が顔をちらりと上げて、上目遣いで囁いた。
「……た、たとえば……わたしの、家、とか……」
「……え?」
先輩の肩を抱いたまま。
広い広い図書館の奥の奥で。
先輩の言葉に、固まった。
微熱を湛えた先輩の目を見て、ごくりと息を呑む。
静寂な図書館の中では、その音があまりにもはっきりと聞こえた。
続く。
繋ぎのシーンでした。
ルミルミ編ですが、12月に入ったら始めようかなと思います。いろはす編を完結させたちょっと後くらいを考えているので、それよりも早くなる可能性もありますが。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!