めぐり先輩の家のリビングに入り、そのままつかつかとソファに連れて行かれる。
傍から見ればめぐり先輩が強引な人にさえ見える光景だけど……。
めぐり先輩が小声でずっとぽそぽそ呟いている。
「も、もう……小町さんってば……あんなこと、比企谷くんの前で言わせるなんて……でも必要なことではあったのかなぁ……あのままだと比企谷くん帰ってたかもしれないしなぁ……うぅ……でも恥ずかしいよぉ……」
「…………」
……八幡、聞かなかったフリ出来る子。今俺は何も聞いてなかった、うん。
めぐり先輩が独り言を続けるにつれて、心持ち繋いだ手の温度が上がっている気がした。
そのままつったかとソファの前に連れて行かれると、めぐり先輩がひどくぎこちない笑みを浮かべた。
「さ、さぁ、お茶淹れるから、少しだけ待っててもらって良いかなっ!?」
「あ、は、はい」
なんか「いいともーっ!」って回答を強制されているかのようなテンションだった。
× × ×
ソファに腰掛けて、めぐり先輩が両頬に手を当ててぱたぱたと去る様子(可愛い)を見ながら辺りを見回す。
うん、やっぱり普通だ。何の変哲も無い家具が並んでいて、配置やら何やらも至って普通。
「……お」
写真立てを2つ程見付けた。ソファに座ったまま写真をじっと見つめると、どうやら家族で旅行に行った時に撮った写真のようだ。
片方はめぐり先輩がやや幼い印象……中学生くらいだろうか? どこかの運命の国で撮った写真のようだ。可愛い。
もう片方はもう少し前の物のようで、小学生……10歳くらいの時の写真だろうか、動物園で撮った写真のようだ。うん、可愛い。めぐり先輩を褒める際の俺の語彙の貧困具合ももはや可愛い。
これだけ純粋で可愛い子どもを育てていて、ご両親は浄化されなかったんだろうかと若干的外れな思考を巡らせていると、めぐり先輩がお盆にティーカップを乗せてとてとてと向かってきた。
「はい、紅茶です。どうぞ」
「ありがとうございます」
「もうお砂糖は入れてあるから大丈夫だよ」
「……どもです」
やだ、気遣いが神……。俺のカフェでの様子をばっちり見られてたらしい。
ふーふー息を吹きかけていると、めぐり先輩がお盆で顔の下半分を隠してこちらをじーっと見ていた。どうやら感想を聞きたいらしい。ついでに俺を殺したいらしい。
いただきますと小さく呟いて、ティーカップをくっと傾ける。
ぷひー。
「……美味しいです」
思ったままのことを口にすると、めぐり先輩がふわーっと息を吐いて、お盆を少し下げて顔を覗かせ、その縁に顎をぽすっと乗せた。そして顔を綻ばせて、ぽろぽろと話し出す。
「良かったぁ……比企谷くん、奉仕部で雪ノ下さんの紅茶いつも飲んでるじゃない? だから舌が肥えてるんじゃないかと思って……どきどきしてたんだぁ。砂糖の量もカフェで比企谷くんが入れてる時のを参考にしたんだけど、どうだったかな?」
…………。
……えー、何この幸せ過ぎる時間。家に帰る頃には目の濁りが取れてそう。それはないか。
もう一口こくりと飲む。ふわりと優雅な香りが鼻腔を満たして、心の底から満たされる。
「……や、本当に美味しいですよ。雪ノ下が淹れる紅茶とはまた違った感じがして」
紅茶に詳しい訳ではないから、ここでそれらしい事を言えないのがもどかしいところだけど。
実際めぐり先輩が淹れてくれた紅茶は……何というか、雪ノ下が淹れてくれる紅茶とは別ベクトルの美味しさだった。
「そっかー……えへへ、良かったぁ……」
「…………」
八幡、もう、だめかもしれない。
癒しによる精神的摩耗という矛盾に陥りながらも紅茶をくぴくぴ飲んでいると、めぐり先輩がお盆でもう一度顔の下半分を隠しながら「あ、あの……」ともじもじしながら言った。
「隣……良いかな?」
「え? あ、はい、もちろん」
「うん……ありがと」
…………。
なにこの、関係性がリセットされたんじゃないかってくらいの初々しさ。
めぐり先輩がお盆を前のテーブルに置いて、ぽすりと隣に腰を下ろす。
「…………」
「…………」
妙な緊張感の中、紅茶を飲む。
「…………」
「…………」
もう一度、紅茶を飲む。
「…………」
「…………」
ああ、紅茶、飲み干しちゃった。
「ごちそうさまです」
「あ、はい。お粗末さまです」
めぐり先輩がティーカップをお盆に乗せてくれた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
…………。
放送事故かよ。
まあ、理由はさっきの小町との電話ってことは分かり切ってるんだけど。
あんな会話をして、今は周りに誰も居ない、完全な二人っきりだ。
小町との電話で俺もその状況を認識してしまったし、めぐり先輩も俺が認識した事を分かったからこそ余計に緊張しているのかもしれない。
何か今下手に喋ると自爆しそうなくらいには俺も緊張している。
さて実際どうしたものか……と考えていると、めぐり先輩が苦笑を浮かべながらもじもじと足をすり合わせた。
「……小町さん、お元気そうで何よりだよ」
「あ、そ、そうですね、可愛いです」
「会話が噛み合ってないよ」
「え? めぐり先輩がですか?」
「わたしは正常だよ!? ちょ、ちょっと緊張はしてるけど……」
「あ、す、すいません」
はい、テイク1、NG。事故発生。
めぐり先輩も必死で話題を探しているようで、えーとうーんとと唸っている。ちょこちょこと身体を動かす様子が小動物みたい。
めぐり先輩がこほんと咳払いをした。今度は落ち着いて応対しよう。
「あ、そうだ。奉仕部は最近どんな感じかな?」
「そうですね、戸塚は可愛いです」
「一言も言ってないよ!?」
テイク2、NG。玉突き事故発生。
2度に渡る事故で俺が何気に相当テンパっていることに気付いたのか、めぐり先輩がじーっと俺を見つめてきた。今心拍数15くらい上がったぞ絶対。
「……比企谷くん、大丈夫?」
「え、あ、はい、大丈夫ですよ。由比ヶ浜のこの間の英語の小テストの結果くらい大丈夫です」
「……それは、結果を聞いて良いのかな?」
「……10点満点中3点てした」
「……それは……」
めぐり先輩が目を伏せた。
テイク3、NG。由比ヶ浜も巻き込んで更なる玉突きが発生した。もはや事故渋滞が発生するまである。由比ヶ浜、ごめん。や、むしろ由比ヶ浜がおバカなのが悪いのかもしれない。
ちなみに由比ヶ浜は小テストを受け終えた直後、「8点は行けたー!」と息巻いているのが聞こえた。それ自信満々に言うことじゃないと思う。
結果を聞いた時、お前その5点分の自信はどこから来たんだとツッコもうとしたら、「……外したと思ってた2点分が当たってた……」という斜め上の回答が返ってきた。英単語を書く問題で外れると思っておきながら当たるって器用すぎるだろ。宙に浮いた7点が報われない。
由比ヶ浜の愚かさに思いを馳せていると、めぐり先輩がくすりと笑った。なんだか緊張がほぐれたような笑い方だ。
「くす……わたしたち、ちょっと緊張しすぎだね。むしろおかしくなってきちゃった……あー、そう考えると変な力が抜けたかも」
めぐり先輩が手を組み、んーっと伸びをした。
「そうですか、それなら良かったです」
「なんで上から目線なの!? 比企谷くんも緊張してたよね!?」
伸びを中断してツッコミをさせてしまった。申し訳無い。
しかし、これはまずい。会話が何ていうかもうくっしゃくしゃだ。
めぐり先輩も危機感を察したのだろう、「あ、そうだ」と若干演技じみた仕草で胸の前で手を合わせて、
「ちょっとお菓子でも持ってくるね」
と言って立ち上がった――途端に、履いていたスリッパの先がフローリングに引っかかった。
「あぶな――」
めぐり先輩が目を見開いて倒れそうになる所に手を伸ばす。
「……ひ、比企谷くん?」
「……え?」
確かに身体を掴んだ感触がして――閉じていた目を開ける。
手には柔らかい感触。
これは、アレか。
例の結城さんの伝家の宝刀か。
テンション高く目を見開く。
「……あ、ありがとう」
めぐり先輩がごく普通にお礼を言っている。
「……いえ」
俺が掴んでいるのは、めぐり先輩の二の腕だった。
…………。
…………。
…………むにむに。
「……ひ、比企谷くん?」
…………。
…………都市伝説とは、分かってはいるんだけれど。
…………むにむに。
「……ど、どうしたの?」
…………。
「……なるほど」
「なにが!?」
すごい勢いでツッコまれた。
しかし今のくだりで互いの緊張はだいぶほぐれたようで、めぐり先輩は「もう……」と柔らかく微笑みながら俺の頭をぽんぽんと撫でて、ぱたぱたとお菓子を取りに行った。身体が持たない……。
続く。
めぐりんでした。
38話っていろはす編だとどの辺りかなーって思ったんですが、挿入前の告白シーンのくだりでした。わお。この差。
めぐりん編は長くなるだろうと思って書いているんですが、こんなことになるとはあまり予想していませんでした。引き続き気ままに書きます。
休日が終わっちゃいますね!やばい!
朝起きた瞬間に副物語を読めば笑って一日のスタートを切れる気がするので、明日の朝試してみます。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!