翌日、土曜日。
俺は陽乃さんに呼び出されて、昼間にサイゼに来ていた。
正直超億劫だけど、来てしまった。
別に弱みを握られてる訳ではない……けど。
昨日の別れ際に悶える所を見られたのが致命的だった。
あの後家に帰ると、誰かしらから聞いたのか、LINEで突然望まないメッセージが届いた。
『陽乃でーす☆ よろしくね! あ、比企谷くんの最後の面白い所は別に何かに撮ってる訳じゃないから安心してね。まあ、わたしはしっかり覚えてるけど。 で、明日なんだけど』
と鬼のようなメッセージが送られてきて、もはや従うしかなかった。話題を切り替える前に改行しないで敢えて空白を入れる感じがもう引くほど恐い。ああもうしんどい、超恐い。あの人なら記憶に留めておくだけであらゆる悪事に有効活用出来そうなんだもん。悪事って言っちゃった。
そんなこんなで、陽乃さんに引っ掻き回されているのを十二分に自覚しながらのサイゼ遠征(心理的に遠征)と相成った。
サイゼに入って、陽乃さんを探すこと十数秒。
「おー、来たか少年。こっちこっち」
「……ども」
本を片手に持った陽乃さんが、笑顔で手を振って俺に視線をやっただけで、周りの客(主に男)の「なんでこんな奴と……」という嫌悪の視線が痛い程突き刺さった。理不尽すぎる。なんでこんな目に……。
「サイゼで良いんですね」
陽乃さんの向かいに座ってバッグを置くと、率直な意見を述べた。
実際この人と相対するとなると、それなりに洒落乙なカフェか高級レストランでランチをしなければならないのだろうかという強迫観念に駆られる。
それに対して陽乃さんは手を組んで、首を傾げて微笑む。
「言ったでしょ? 行き慣れた場所で遊ぶって」
「……っ」
何の事はないセリフを言っただけの陽乃さんの挙動が、とんでもなく素敵で思わず息を呑んだ。
この人はどこに居ても輝く。その場所がどんな場所であろうとも、相手から映る背景を自分が映える為の額縁に変えてしまう。そんな魔力のある仕草だった。
「ん? どうしたの、赤くなって?」
「……いえ。注文していいですかね?」
「ああ、どうぞどうぞ。わたしも頼もうっとー」
ああもう、絶対大変だよ、ここから。
鼻唄混じりでメニューを眺める陽乃さんを、メニュー越しにちらりと眺める。……やたらと鼻唄が上手い。超人かよこの人。
× × ×
メニューが届くまで、ひたすらそわそわする俺を陽乃さんがあの手この手でからかうという地獄を潜り抜けること10分程。
「お待たせしましたー」
ウェイトレスが注文した品々を順に置いて行く。20後半くらいの……なんていうか、良い感じに綺麗な人だ。
「あ、それはこっちですね。で、それは彼に……あ」
陽乃さんがてきぱきと指示して俺の方に流される皿を受け取っていると、不意に陽乃さんと手が触れた。
「…………」
固まった。
なんでこの人、涼しい顔して手が触れた状態から更にしっかりと指をにぎにぎしてらっしゃるの? しかも超笑顔で! 恥ずかしいし指がすべすべしてるしくすぐったいし心地良いし恥ずかしい!
こんなのウェイトレスさんが反応に困るだろ、早く解かないと……と思って、ちらりと目線をウェイトレスさんに目をやると。
「あら……きゃー、きゃー、きゃー……! ……どうぞごゆっくり♪」
「…………」
俺らが軽く手を繋いでいるのをにまにまと眺めながら、丁寧さはそのままに配膳のスピードだけ倍にして、満面の笑みで去っていった。わあ……良い人だなあ……。
…………。
「…………あの、食べない、ん、です、か?」
緊張の余り片言になった。
対する陽乃さんは、無言。謎の無言。
「ふむふむ……」
「…………」
やっと発した声が、何やら調べものをしているような声だった。なに、なんで両手で俺の右手をにぎにぎしてんの? マッサージ? 手相占い? なになに?
しばらく俺の手をじっと見つめていた陽乃さんが、俺を見てにっこり笑った。
「思ったよりごつごつしてるね……文学少年はもっとひょろっとしてるかと思ったけど、思ったより男の子してるじゃん」
「え、あ、はあ。ありがとうございます……?」
テンパって最後が無駄に疑問形になった。
俺の高速目泳ぎ(時速30km)を見て、陽乃さんがからからと笑う。うーん、楽しそうだなあ……。
「それじゃ食べよっか。いただきます」
「あ、はい、いただきます」
雪ノ下もなのだから、陽乃さんは言わずもがななのだろうけど。
手を合わせるという極めて当たり前で見慣れた動作一つとっても、この人は洗練されていてとても美しい。
それに見惚れて反応が遅れたのではないろうかとびくびくしながら、数瞬後に手を合わせた。
……おいおい頑張れよ比企谷八幡。お前はそんなにちょろくないはずだぞ……。
……「押すなよ? 押すなよ!?」に変換するのをやめろ、俺の脳内!
× × ×
食事を終えて、ドリンクバーで夢の無限飲料タイム。そんな飲まないけど。
「ふー、美味しかったね。わたしサイゼ結構好きなんだー」
「え、そうなんですか」
「なに、そんなに意外? わたしこういう手頃なお店も好きなんだよ」
「へえ……」
食後のコーヒー(ミルク少々、ガムシロップはがんがん投入)を飲みながら、他愛もない話をする。陽乃さんのフランクな絡みですっかり力が抜けたのか、いつの間にか気分は落ち着いていた。
ちなみに食事中は自然と言葉を交わす頻度も減り、陽乃さんの美しい食事姿に見惚れてしまい、「こらこら、あんまり女の子を見つめるんじゃありません。マナー違反だぞっ」と恐ろしい程テンプレートなセリフと共におでこを指でこつんとつつかれたことで、その後食べたものの味がろくに分からなかった。
陽乃さんはコーヒーカップを置くと、窓の外をふっと眺める。ほんの数秒の出来事だったが、この人は街の風景を眺めて一体何を思うのだろうかと考えた。
視線をつとこちらに戻すとぱちっと目が合い、陽乃さんが柔らかく微笑む。
うーん。
なんか、昨日よりもいたずら成分や恐怖成分(ひどい)が減って、ただの凄まじく素敵なお姉さんになっている。ひょっとして俺は少しばかり誤解をしていたのでは……いやいや、油断するな、相手は魔王、魔王、りゅうおう、デスタムーア、ダークドレアム……!
「……失礼なこと考えてるでしょ」
「はひゃいっ!?」
冷たい目に射すくめられて、今日イチ大きな声を裏返しながら出してしまった。
「まったく……君は相変わらずだねえ」
そう言ってふっと呆れ気味に笑みをこぼす。
……あ、そうか。
今日は向かい合って座ってるから、陽乃さんとの肉体的接触(語弊しか無い)がほとんど無い。だから安心しているというのもあるのかもしれない。
この人のそういう行為がいやかと言われると、すぐに「いや!」と言えないのが男の悲しい性だなと思うが……正直、一度でも、軽くでも、冗談でも、この人のスキンシップを受け入れてしまえば、取り返しがつかない深みに引きずり込まれそうな気がする。だから過剰に恐れているのかもしれない。
この人のスキンシップは、一般的なリア充(笑)やビッチとは一線を画している――そんな気がする。
そんなことを考えていると、ふと陽乃さんが口を開いた。
「さてさて少年、奉仕部の方はどうなってるかね?」
「や、どうもこうも……普通ですよ」
「本物は見つかった?」
ごくごく普通の質問の体で、だいぶ恥ずかしい質問をしてきた。
コーヒーカップに目線を落としながら、ぽつぽつと答える。
「そんな、見つかったからって大々的に報告するようなもんでもあるまいし。分かりませんよ、まだ」
陽乃さんの目が細められる。この話題になったら、また底の見えない表情になった。ああもう心臓に悪い……。
てっきりこの話題でぐりぐりと心を掘り返されるのかと思ったが、陽乃さんはにっこり笑って切すぐにり替えた。
「ま、雪乃ちゃんが居ない状態で比企谷くんだけねちっこく追及してもねー。うーん……あ、それじゃ比企谷くん、雪乃ちゃんとガハマちゃんは付き合うならどっち?」
「ごふっ!」
むせた。
この人、人がコーヒーを口に含んだタイミングでなんつうことを聞いてんだ……。
ジト目を向けると、陽乃さんはけらけらと笑う。
「あはは、なあに、高校生ならよくある話題でしょー? わたしのお勧めとしては雪乃ちゃんだけど……比企谷くんはガハマちゃんみたいな可愛くて胸が大きい子も好きかな?」
「なななな何のことでしょうねえ……」
やべえ、「可愛くて」までなら平静を装えたけど、「胸が大きい」ってワードはまずい、目が泳ぐ。
陽乃さんが俺の反応を見て、我が意を得たりとばかりに笑う。
「あれー? いつもわたしと会ったとき、胸元に目が行ってるよねー? それで胸元が開いてないと心持ちほっとした顔になってる。がっかりするよりはマシだけど分かりやすいよねー。ちなみに初対面の時が一番チラ見が多かったな。あの時胸元がっつり開けてたしねー」
「…………ええと、死んで詫びるといいですかね」
それかジャンピング土下座したい。又は土下寝。
絶望に沈む俺を見て、陽乃さんが微笑む。
「あはは、良いって良いって。可愛い男の子が興味を示してくれるのは悪くない気分だよ」
「は、はあ……」
陽乃さん認識の「可愛くない男」が興味を示した場合のことは、恐くて聞けなかった。
――と、ここで。
不意に陽乃さんが豊満な胸の下で両腕を組んで、双丘を寄せて上げた。
「うお……え……!?」
顔が熱くなる。目を離すべきなのに離せない。
「どう? 雪乃ちゃんと同じ美貌に、ガハマちゃんに負けず劣らずのこの胸。……わたし、とーってもお得だと思わない?」
たゆんたゆんと揺れる豊満な胸の引力が尋常でない。
「え、あ、や、その、ああっと、ええと……」
あかん、人生ワーストのテンパりだ。
なんでこの人、妖しい上に無邪気な笑顔が出来んの? エロいし綺麗だし可愛いし。やだ、ハイブリッド……。
高速で泳ぐ目の動きを止めて、こほんと咳払い。
「俺には小町が居ますから」
「君はシスコンだねえ……」
呆れられた。やべえ、年上お姉さんの呆れた笑みとかクセになりそうだ……。
まあ、何はともあれ、呆れられたら話題もそんなに膨らまないだろう。
この話題も終わりかと安堵の息を吐くと、陽乃さんが次の話題を切り出した。
「ま、いいよ。あ、ところでさ」
「はい」
「わたしの胸、君が触りたくなったらいつでも触らせてあげるから」
「え、マジですか」
「マジマジ。直接でも良いよ」
「え、え、え? ほんとですか?」
「立ち上がっちゃった……」
「あ」
陽乃さんが苦笑いするとか、相当だぞ俺。
……「ところでさ」っていう話題転換の言葉に油断して生じた心の隙間に、悪魔の誘惑がするりと入り込んできたんです……魔が差しました……。知り合いが居なくて助かった……。
「比企谷くんはお色気責めにも弱い……と」
「今何をメモしたんですか。今何をメモしたんですか」
「ん? 何もメモなんてしてないよー?」
「うぐ……」
ほれほれーと胸を寄せて上げられて黙る俺、マジクール。……マジクール。
――と、ここで陽乃さんが上げていた胸をたゆんと降ろした。その上下運動にがっつり見惚れていると、
「……?」
下半身に違和感が発生した。
なにか柔らかくて温かいものが、ジーンズ越しに俺の足をまさぐっているような感触。
「……っ!?」
その柔らかくて温かいなにかは、俺の太腿を執拗に這い回り、時折内股をかすめていく。
そしてついには、
「う……くっ……」
身体が小さく跳ねてしまった。柔らかくて温かいなにかが、ええと、そのですね、俺の股間に侵入し、モノをまさぐり始めたのだ。
「どうしたの?」
テーブルの上で手を組んだ陽乃さんが、涼やかな表情で首を傾げる。
「いえ、その、なんでも」
受け答えする間にも、なにかの動きは激しく、的確になっていく。
俺の反応を直に確認して、その都度学習しつつ動きを修正しているかのように。
スマートフォンを見るふりをして、ちらりと陽乃さんの表情を盗み見る。
「……っ」
陽乃さんは悪魔的に口角を上げ、顔色は全く変えず、ねっとりとした視線で俺を観察していた。疑念が確信に変わる。
いま俺の股間は、パンストにコーティングされた陽乃さんの御御足に攻め込まれている。
……や、うん。
……この人、頭おかしいんじゃない?
続く。
<先に余談>
現在R-18累計ランキングでトップの方に後書きで褒めて頂いておりました。嬉し過ぎて5回くらい読み直しました(読んでいたのはつい昨日の話)。ありがとうございます。
はい、閑話休題。
最初だけはるのん2連発で。もう1話分は割と近いうちに更新して、そこからしばらく空けようかと思います。
予想以上の反響、ありがとうございます!はるのん好きな人が多いんですね。
感想でいくつか不安がる声があったのでこの場でご回答を(既に個別の返信もしていますが)!
はるのん編でバッドエンドの可能性があるかって?この作品でそんなものが存在するとでも?ってな感じです。そんな悲しいものをこの作品で書く訳がありません。そこは明確に否定しておきます。はっはっは。
可愛く、面白く、甘々に、エロく!それだけです。割と多いな。
最後のくだりについてですが、「下ネタという概念が存在しない退屈な世界3」で、元々書くか迷っていたシーンと似たシーンを見付けまして、それがあまりにそそったのでほぼほぼ引用させて頂きました。ありがとうございます。
はるのんがSかМかという話についてですが、取り敢えず今の時点では分からないとだけ言っておきます。完全にどっちかだけというのはまず無いんですが、比重がどうなるかは書いてみて、ですね。
うーん。
前にどう書いたか忘れましたが……この作品、原作が終わってもしばーーーらく続きそうですね。だって書き終わらないんですもの!日刊のペースはまだしばらく落とさずに行こうと思います。や、本当に書き終わらない……どうしよう。
休みが終わるーーー。
1週間、頑張りましょう!
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!