「んんんん……っ!」
――俺が陽乃さんの足を掴んだ瞬間、彼女は両手で口を覆うと弾けるように背筋を弓なりに反らせ、身体全体をぶるぶると震わせた。腕の支えが無くなったことで身体は背もたれに寄りかかり、熱っぽい目をして力無く天井を仰いでいる。
「え……」
……今のって、なんだ……?
未だに両手で口を覆い、頬を桜色に紅潮させている陽乃さんの、異様なまでの――艶めかしい姿に、固まって息を呑む。
やがて陽乃さんは手を口から離すと、未だに身体を断続的に震わせながら、ゆっくりとこちらを見た。
「……手、放してちょうだい? わたしも放すから」
「え、あ……はい」
何が何だか分からぬうちに、互いの手と足を放す。下半身の拘束を解かれて、安心と共にほんの少しばかりの名残惜しさも感じた……ような気もした。
「……出よっか。ちょっと外に出てから話したいな」
「は、はい」
どこか疲弊した様子で微笑む陽乃さんに戸惑いながらも、一緒にテーブルを立った。
レジに向かう際に振り返ると、使わないで済んだ5つのおしぼりを見てほっと胸をなでおろす。けれど、今はそれ以上に――さっきの陽乃さんの反応が気になってしょうがなかった。
× × ×
「ふー、寒い寒い」
「ですね……」
サイゼを出ると、近場の公園のベンチを探して二人で腰を下ろした。
コート姿でポケットに手を入れて、寒さにうひゃーと声を上げている陽乃さんに、さっきの異様な様子の面影は見当たらない。
木立を眺めていても、陽乃さんの艶姿を思い出して身体がぞくぞくとしてしまい、まるで落ち着かない。
「あの、さっきのって……」
中々本題に移ろうとしない陽乃さんを見て我慢が出来なくなり、勇気を振り絞っておずおずと聞くと、陽乃さんの動きがぴたりと止まった。ゆっくりと振り向くと、その顔はどこか諦観の混じった笑顔で、どんな気持ちなのかは澱んだ湖の底を見るように掴めない。
「……比企谷くん、命拾いしたね。あそこでわたしのこと触らなかったら、間違いなく出させてたよ」
「……っ」
その言葉にぞっとする。この人はどんだけSなんだ……。
わたしね、と陽乃さんが言葉を続ける。
「さっきの反応を見て分かると思うけど、すぅっっっごく、敏感な体質なんだ」
「え」
告げられた言葉にどきんとして、鼓動が加速する。
なんか今、すごい事言わなかったか……?
陽乃さんは視線をずらして、道行く親子を見つめた。その瞳が一瞬和らいで見えたのは気のせいなのだろうか。
「自分から触る時……それこそ手で触れるくらいならなんでもないの。でも自分から触るでも手以外が触れたりすると結構キちゃうんだ……それが、相手からとなると、尚更ね」
ちなみに、と伸びをしながら。
「この体質に気付いたのは、それなりに大きくなってからなんだ。幼い頃からそんな状態だったら両親は大変にも程があるだろうしね。多分、身体が性に目覚めるのに伴って……なんだと思う」
「…………」
前を見ながら話していた陽乃さんが、ついと振り向く。
「……以上、雪ノ下陽乃の最大の弱点についての告白でした~」
気楽そうに、にっこり笑顔になる。
「……えっ、と……」
頭の中が混迷の極み。
なになに、えっと、陽乃さんは身体が敏感で、えっと、幼い頃は大丈夫で、えっと、えっと……?
頭の中がしっちゃかめっちゃかになっている俺の様子を見て、陽乃さんがくすりと笑う。
「ちなみに、何とも思ってない人とかに触られてもこういう反応はしないんだ。ただただ気持ち悪いなって思うだけ。心を許してたり、この人良いなーって思ってる人に触られると……ね。……うふふ、比企谷くん、良かったね~」
「え、や、その……」
なんでこの人、こんなカミングアウトをしながらも攻めの姿勢なんだよ? ていうか今すんごい恥ずかしい事言わなかったかこの人?
陽乃さんがずいと顔を近付ける。目を逸らすが、頬に手を添えられた。冷たい指の腹の感触がひどく緊張を誘う。
「明日からも私は君でたくさん遊ぶけど……せっかく弱点を知ったんだから、君もどんどん反撃していいよ? 君が迷いながらもエッチなことしてくれるのなら、それはそれで面白いしね」
「…………っ」
喉を鳴らせば聞こえてしまう距離だから、それさえ出来ない。冷や汗が背中に伝うのを感じながら、ただただ硬直する。
頬に手を添えたまま、それじゃ最後に――と陽乃さんが囁く。
「今日は飛ばし過ぎた感があるからね。お詫びと言っちゃあなんだけど、ちょっとサービスしてあげよう」
「え」
え?
何そのエロいフレーズ?
突然の展開に今の今までの混乱が霧散して、胸をときめかせていると、陽乃さんが俺の左腕を掴んで、自分の左肩のすぐ横まで持っていく。
「あの……何を?」
これじゃまるで肩を抱いて良いと言ってるみたいじゃないか――と手をわきわきさせていると、陽乃さんがにっこり笑顔で、
「肩、抱いていいよ」
ごく普通に囁いた。
……ええー?
再び大混乱。びっくりし過ぎて最初の2文字を省略して考えるとこだった。
いやいやいや、いくらなんでも、そんな恋人みたいなこと……と思っていると。
陽乃さんの口が、耳元に付けられた。ぞくっとすると同時に、艶っぽい声が耳朶を打つ。
「……ちょっとだけだぞ?」
「~~~~~~~~っ!」
――「いくらでも触っていいよ」などと言われた方が、まだ理性を保てたのかもしれない。しかしここでこの言葉をチョイスするというのは、やはり人心掌握術に長けている雪ノ下陽乃らしいと言える……なんてそれっぽい言葉を並べてみたのだけど。
要は、陽乃さんの囁きで反射的に、左手でぐっと彼女の肩を抱いた。ほんの数分前に彼女の体質を聞いたばかりだというのに、それにも構わず。
その瞬間――
「あふあああああ……っ!」
耳元で色っぽい嬌声がして、たまらない官能の音色が身体中に染み渡った。
見ると、陽乃さんは俺の肩に寄りかかって、はあはあと荒い息遣いをしている。
陽乃さんに聞こえるのももはや厭わずにごくりと喉を鳴らして、肩を掴む手に力を込めると、再び「くふうう……っ!」と甘い声が漏れた。
その艶姿に見惚れていると、陽乃さんが顔を上げ、上目遣いで熱っぽい視線を送ってくる。
「ふふ……比企谷くんも、男の子だねえ……どうする? 今日わたしの部屋、泊まりに来る?」
「……っ!? や、流石にそれは……っ!」
顔が火照るのを感じながら全力で目を逸らすと、陽乃さんがくすりと笑った。
「……ま、徐々に、ってとこかな」
「…………」
はーん!?
徐々にってなに? 徐々にってなに!?
「さーて」
俺が手を離すと、陽乃さんはすっくと立って、んーと気持ち良さそうに伸びをする。こんな何気ない動きでさえ、CМで使えそうな程に絵になるのだから、この人はずるい。あと上に伸びる事で強調される凶悪なバストがずるい。大丈夫、別に触りたいなんて――
「触りたいの?」
「あれ!?」
読まれた!? 俺そんなに鼻の下伸ばしたりしてた!? 「ヌルフフフ……」とか言ってた!?
心を読まれた事に激しく動揺している俺を見て陽乃さんがくすくす笑う。うぐぐ……いたずらっぽく笑うその笑顔に裏が見えなくて、逆にやりづらい……。
「それじゃ、今日の所はここまでかな。それじゃ比企谷くん、……んっ」
「えっ?」
陽乃さん、なんで俺の肩に手を置いて顔を目の前まで近付けて目を閉じてはりまんの?
数秒硬直していると、陽乃さんが目を開けた。そして口を尖らせて拗ねたような口調で、
「お別れのキスに決まってるでしょー?」
「!? ちょ、でっ、出来る訳ないでしょう!?」
「あははっ」
楽しそうに笑って、ぱっと手を離した。くっそ、もう、普通に笑うとこの人は可愛すぎて手が付けらんねえ……!
くるっと反転して背を向けると、バッグを後ろ手に持ちながら、顔だけこちらを振り返る。
「……それじゃ、また、明日ね?」
その顔は楽しみや期待と同時に、どこか不安も孕んだような、泣いてしまいそうな儚げな顔で。どこまでが計算なのか、どこからが本心なのか、まるで分からない。
――「だから」なのか、「だけど」なのか分からないけれど。
本来なら断る所なのに、こんな事を連日やられたら身が持たないなんて分かり気っているのに、
「……は、はい……」
肯定の返事をしてしまった。
陽乃さんは俺の返事を聞いてにこりと笑い、くるりと振り返ると顔の横で控えめに手を振って立ち去って行く。
……あれ、なんか、気付いたら明日の約束も取り付けてる……あれ? あれれ?
「…………っ」
ふと、陽乃さんに身体に触れた手のひらと……彼女にまさぐられた、股間に目を見やる。
……あー、どうしよ、今日の夜。
……お姉さん物で探すか……。
続く。
はるのんでした。このくだりはもっと引っ張ろうかと思っていたんですが、早めに明かした方が色々と話が広がるかなーと思いまして。今後はこの要素を上手いこと使っていけたらと思います。元々考えているシチュエーションにどう絡められるかなーと考えています。
アクセルが伸びてから、本当に落ちない……!?
涼しいなあ……。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!