「…………」
昨日一日の事を思い返す。
昨晩は結局、あまり良いお姉さん物が見付からなくて……じゃなくて。そうじゃなくて。あのスタイルに見合う人なんてそうそう居ないよなぁ……じゃなくて。そうじゃなくて!
雪ノ下陽乃という人物について、今一度考えてみる。
あの人は今でも、やはり怖い。なんというか、理解しようと追いかけても距離を詰めた分だけ離れる逃げ水のような、似たもので言えばゼノンのパラドックスのような、そんな、手応えが掴めない感覚。或いはもっと危険なものにさえ思える。海に半身が浸かった彼女を助けようと追いかけて海に入ると、気付いたら自分は溺れていて、彼女は浜でにこにこしながら手を振っているような、そんな感覚。
彼女の言動から、或いは妹である雪ノ下雪乃の言動から、或いは幼馴染である葉山隼人の言葉から、或いは上記の人物の立居振舞からいくら推測しても、雪ノ下陽乃という人物を把握する事は出来ないだろう。奥が深いなんて言う言葉でさえ括る事が出来ないような、深淵の闇を覗き込んでいるような、そんな感覚。
――と、まあ、ここまで長々と抽象的な思考を垂れ流した訳だけど。
「……お兄ちゃん、朝からどしたの?」
今は、小町と朝ごはん中だった。
「ん、や、何でも無い」
平静を装って答えながら、視線を下方へ移す。昨日はこの視界に、陽乃さんの艶めかしい足が伸びてきて……と、それを考えただけで、妹を目の前にしているというの勃ってしまいそうになる。なんか小町に興奮しているようで洒落にならん。そんなこと無いはずだよ、ね!
俺の返事を聞いて、小町が首を傾げながら「んんん……?」と目を細める。その視線に明らかに疑念が込められていて、朝からとても空気が重い。なんだろう、この家って盤古幡を置いてたんだっけ? スーパー宝貝があるとかすごいなぁ。
「……何でもない割に、顔がやけににやけてたよ? すんごい気持ち悪かったよ? 大丈夫? すんごい気持ち悪かったよ?」
「ねえなんで2回言ったの? ねえなんで2回言ったの? すげぇ凹むんだけど」
動揺しすぎて俺も2回言ってしまった。ていうかあんな真面目なモノローグを垂れ流しておきながらにやけてるとか俺マジ器用だな。
そう。
冒頭のモノローグ――冒頭とか言っちゃったよもう――は全て、昨日の陽乃さんのアレな行為について必死で思考するが故に生じたものだった。
や、もう。
あの人、なんなのさ!
カフェでのスキンシップはまだぎりっぎり分かる。他に知り合いが居ないからいつもより過激に俺をからかおうとしたんだろう。
でも! 昨日の! サイゼの! 一件は!
足!? あんな衆人環視の下で! なんなの!? ねえ、なんなの!?
思い出してぐぬぬと唸りながら、なんか彼氏の浮気を知って家に帰ってきた彼氏を問い詰める女性みたいな思考をしてしまったと恥ずかしくなった。
「お兄ちゃん、またにやけてる……」
「あ」
小町が目玉焼を箸で割りながら(ちなみに黄身が固まるくらいの焼き加減なので、それで黄身がとろりと行くことはない)、ジト目を向けている。ハッと気付けば、頬はだらしなく緩み、ズボンはしっかり上に持ち上がっていた。もうやだ……。
ここまで来ても理由を話さない俺を見て、小町は追及は諦めたのだろう。ふっと呆れ笑いを浮かべて食事を続ける。
「それで? 今日のご予定は?」
「んー、ちょっと昼頃から出かけるわ」
「ふむふむ。そのにやけの理由になってる人と出かける訳ね」
「…………」
箸を落とした。かっつーんって。
器用に左右に散らばった箸をあわあわとしながら拾い、水洗いをしに台所を向かう。
ぱしゃぱしゃとやっていると、小町の声が背中にぷすりと刺さる。
「お兄ちゃん……分かりやすすぎ」
「うぐ……」
水気を拭き取ってテーブルに戻ると、小町がにこりと破顔する。
「そんなお兄ちゃんの可愛い面も、愛してくれる人だと良いね」
「……うるせぇよ」
――比企谷くんは本当に可愛いねぇ――
あの言葉を思い出して、身体が熱くなった。
……可愛がられてはいるみたいですよ、小町ちゃん。笑えないくらいに。お兄ちゃん、取り敢えず頑張ります。
ごちそうさまと手を合わせると、小町が洗うからそこ置いといてと言われて軽く礼を言う。しっかり気合を入れて支度しなよ~とうざ可愛い笑顔で言われた。気合を入れるも何もいつも通りの服装しかやりようが無いのでいつもの外出着で外へ出ようとしたら、小町のファッション批評でぼこぼこにされた。マジで容赦が無い。
× × ×
「おーい、こっちだよ~」
「……ども」
昨日の晩、陽乃さんから電話が掛かってきて、今日の待ち合わせ場所と時刻を聞いた。用件を済ませて電話を切る直前に息混じりの声で「明日も……楽しもうね」と囁くのやめてほしい。びーんって勃っちゃったっての。電話の直後に再びネットでお姉さん物探しちゃったし。
陽乃さんが指定した待ち合わせ場所は駅の改札前だった。どこかの店で話すのかと思ったが、そうでもないらしい。まあ、昨日の今日で店で向かい合ったら、とても平常心でいられそうにないから良いんだけど……。
「おー、なになに、キマってるじゃーん」
俺の格好を見た陽乃さんが、にこにこ笑いながらばしばしと俺の背中を叩く。いたいいたいいたいなんでコート越しでもそんな良い匂いが漂うの!
「…………」
背中をさすりながら、陽乃さんを見る。
ああもう、なんでこんなに綺麗なんだ――そんな言葉しか出てこない。
陽乃さんは俺を見て手を振ったが、実際はそんな行為を見るまでもなく、かなり遠目からでも一目で陽乃さんだと分かった。もっと言えば、陽乃さん本人を見付けていない状態でも、道行く人の視線が自然と集まる箇所を探せば陽乃さんが見付かると言っても過言ではない。実際、街頭の巨大モニターのように、人々にとって今やそこにあるのが当たり前になっているものよりも、陽乃さんの方がよっぽど人目に付くのではないか、と真剣に思う。こうしてやりとりしている間も、周りの男どもの視線が超痛いし。
「ほらほら、行こっ?」
陽乃さんは俺の挙動不審な様子などどこ吹く風で、俺の手を引いて改札へ向かう。
チャージはしてあるよな、と考えながら、陽乃さんが握った手を見る。
……この手を強く握り返したら、陽乃さんは身体を震わせてうずくまるのだろうか?
とんでもない爆弾の存在を告げられてから、たった一晩の間でこういった想像を何度もしてしまった。
敏感な魔王様は、にこにこと上機嫌に鼻唄を歌いながら、俺を引っ張っていく。
……俺がカードを取り出す前に陽乃さんがぐいぐい引っ張るから、俺だけ改札のドアに拒絶された。結構な勢いでボディブローを食らった。何この辱め……。
× × ×
「今日はどこに行くんですか?」
「ん、今日はねぇ……あ、来た来た」
陽乃さんが艶やかに微笑んだ直後、ホームに電車のアナウンスが流れる。それと同時に陽乃さんがコートを脱いだので、ざわりと妖しい予感がした。
「今日は、これからしばらくはひたすら電車に乗るよ。出来れば混んでる路線が良いな」
「え……」
言葉の意図を呑み込めずにいると、電車が到着して、ぷしゅーと音が鳴ってドアが開く。
次々と人が降りて、乗り込む段階になって陽乃さんが再び俺の手を握って振り返る。
「比企谷くんが、混み混みの電車の中でわたしのことをどうするのか……お姉さん、気になります」
あんたはどこの古典部部長だ。
いたずらっぽく微笑んで、俺の手を引いて電車へと入る。
……この人、なんつうことを……!
電車に乗り込んだ直後、駆け込もうとした人たちを弾くようにドアが閉まる。ダメだったかーと笑い合う人たちをドアの内側から眺めながら、俺もそっちに行きたいなぁ……と密かに羨ましがった。
陽乃さんの手は、未だに繋がれている。滑らかな肌ざわりに伴って確かな熱を感じて、鼓動がどくんと高鳴った。
続く。
<お知らせ>
リクエストを活動報告で受け付けるようにしてみました。そちらではヒロインについての制限も設けていません。もしかしたら気が変わるかもしれないので。そちらにガンガンご意見をお寄せください(^^)!
閑話休題。
ちょっと我慢出来なくなってはるのんを書きました。このくだり、楽しく書けそうです。
感想及びメッセージで居住地や性別やらをお答え頂きありがとうございます!北は試される大地、南は九州まで……感慨深いです。ちなみに僕は東北の人の顔の形に見える県に住んでます。
アクセス数が!!半端ない!!はるのんか、はるのんのお陰なのか!!(錯乱)
書き溜めをすると、明日は誰を載せようかなーと真宵ます。変換で最初にこれがでちゃいました。誰にするかはお楽しみにと言う事で(^^)
う~ん、楽しいなあ、ここで書くの。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!