電車の空いた席に座り、陽乃さんをシートの端の、手すりのすぐ脇の席に座らせ、俺はその隣に座る。眠りに就いている(と思われる)陽乃さんへの周りからの視線を気にしていたが、陽乃さんの前に立っている人が女性で助かった。陽乃さんと同じ女子大生くらいに見える人で、陽乃さんを見て「わー、わー、すご、綺麗、わー、わー……」と両手で口を覆って小さくはしゃいでいる。なんだこの可愛い生き物。
電車は自分が乗ったことのない場所まで来ていたようで、見たことは無いがどことなく見慣れたようなビル街を眺める。無機質な街並みはどこも同じように見えるものなのだろうか。つと目をやると、陽乃さんの前に立っている女性は顔の前に本を翳しながら、好奇心旺盛な目で陽乃さんをちらちらと見ている。あんたはどこの古典部部長だ。
「ん……」
陽乃さんが小さく声を上げたため、視線を彼女に滑らせる。今はただ眠っているだけのようで、ほっと一息吐いた。
……それにしても……。
単に寝ているだけの状態だと、本当に、どこのモデルさん、いや女優だよと誇張無しに思う。電車の中吊り広告にちょうど、新作映画の宣伝で今話題の若手女優の写真が大きく載っているが、この女性の横に陽乃さんを並べても全く以て自然だと思えるくらいに、純粋に綺麗だ。
……この人、喋らなければ本当に綺麗で可愛くて胸が大き(自主規制)だよなぁ……なんて、ちらりと見ながらふっと笑っていると、陽乃さんがむにゃむにゃと口を動かした。な、なんだ、寝言だと!? 失礼とは分かっていながらも、はてさてどんな寝言を……と思って耳を澄ます。どんなギャップ萌えにも対応する心づもりでいると、
「……ふふ、比企谷くん、調子に乗っちゃって~……あんまり調子に乗ると、めちゃくちゃにしちゃうぞ~? ……ふふふふ……」
こわっ。
なんでこの人、眠ってても俺のことイジメてんの? 俺のこと好きなの?
あぁ、俺のリアクションを見て陽乃さんの前に立っている女性(もういちいち言うのが面倒だから女子大生のえる、略してJDEと呼ぶ。なんか物々しくなった)が俺のことを陽乃さんの連れと認識したようで、「え、この綺麗な人、この男の人と……わー、わー、わー……」と顔を赤くしながら一人で舞い上がって本で顔を隠した。なんかもう無駄に可愛いから許す。
――と、ここで不意に、電車ががたんと大きく揺れた。その拍子に陽乃さんの身体がふわりと不安定に動き、手すりにぶつかりそうになる。
「あぶな――っとぉ」
陽乃さんの肩を反射で抱きとめて、事なきを得る。まぁ、陽乃さんは今は寝てるんだし――
「んくぅっ……ふぁ……っ」
「!?」
はーん!?
寝てても!?
やめて! 俺そんな色っぽい寝顔知らないから!
あかん、JDEが今のやりとりに興奮しすぎて、「カップルがいちゃついてるお姉さんすごい綺麗男の人今の感じすごく男前お姉さん今の息遣いすごいセクシー男の人慌ててて可愛いなんなのリア充爆発しないで幸せになれ」と物凄い早口で言いながら、本から顔を出しては引っ込め出しては引っ込めを繰り返している。なんかもうこの人面白すぎて友達になりたい。サイゼの店員さんと言い、妙な人(且つ良い人)に出会うもんだなぁ。
そんなこんなをしている内に、陽乃さんが「ん……」と少し幼い声音で呟いて、ゆっくりと目を開けた。
× × ×
「ん……ここは……」
陽乃さんが意識を手放す直前とはがらりと変わった光景ではあったが、陽乃さんは目を2~3回だけぱちくりとさせて、無機質な声で「ああ……そっか」と呟いた。
俺をちらりと見て、ゆっくり語りかけてくる。ねえなんで自然に手を握ってきたの? ねえなんで自然に手を握ってきたの!? JDE! 興奮すんのやめなさい!
「……ん、悔しいけど、予想外だったな。あんなに反応しちゃうなんて」
肩だけ上げて口も歪めずに小さく欠伸をする。なんで欠伸でさえ様になるんだろうか。ふいーっと息を吐いて肩を下ろすと、にんまりと微笑んだ。
「……わたしの身体が、比企谷くんのことを受け入れたのかな」
「……ばか言わないでください」
顔が熱くなった。
恐ろしい爆弾を放り込まないでほしい。さっきのやりとりを思い出しただけでテントを張る自信があるんだから。ちなみにJDEは「え、今のやりとりって何!? まさかこの2人、もう……!? キャー! きましたわー!」とか言ってる。なんか段々本性出てきた? 海老名さんのベクトルが腐に向いてないバージョンだろうか。親戚の方かな。腹立つけど可愛いからなんかもう良いや。
俺の反応を見て、陽乃さんはふふっと微笑む。なんで指絡めたの?
「……次の駅で降りよっか」
「……はい」
そう言って、陽乃さんが俺の肩に顔をこてんと乗せた。その仕草があまりに自然で、あまりに可愛らしくて、本当に魔王なのか、もしかしたら俺が魔王と思ってた人なんて本当は存在しなくて、実は陽乃さんは女神なんじゃないかとか色々しょうもないことを考えていると。
「……ここで比企谷くんの触ったら――」
「だめです」
やっぱり魔王だった。
アナウンスが聞こえ、電車が減速してゆく。周りを見渡すと色々な人が思い思いの表情で降車や出口付近の通り道を譲る準備をしている。
「じゃ、降りよっか」
「はい」
陽乃さんは立ち上がる寸前、もう一度俺の手をきゅっと握った。
× × ×
降りる際、JDE(女子大生のえる)と目が合って、何となく会釈してしまった。どんな反応をされるかとびくびくしていたが、JDEは俺の会釈に目を輝かせて、何故かヒールの踵をかっつーんと合わせて、目をきらっきらさせながら敬礼してきた。なんかもうまた会いたいわ。濃すぎる。
「ここからどうしますか?」
駅の壁に2人揃ってもたれかかって、次の行動について尋ねる。ちなみに手はもう死ぬ程恥ずかしいから何度か外そうとしたんだけど、そうする度に逃がすまいと指を絡ませてきて、その後しばらく尋常じゃないくらい艶めかしい指の動きをするもんだからもう諦めました。手繋ぐのってこんなエロい事のはずじゃないと思うんです。
「ん……そうだね。ちょっとこの街を散歩してみよっか」
「え……」
え、それ、え、サイゼの惨劇再び? と絶望した顔をしていると、陽乃さんがふふっと笑う。
「だーいじょうぶだって。変なことしないから」
「や、なんでそう言いながらにぎにぎしてんですか。おかしいでしょ」
「え、これ変なこと?」
「俺と雪ノ下さんはどうやら生まれ育った文化圏が違うようですね」
きっとどこかの官能王国の出身なんでしょう。
「あはは、まったく、君は面白いなー」
けらけらと無邪気に笑って、陽乃さんが腕を絡ませてくる。ちょっと柔らかすぎて心臓が爆ぜそう。
「……本当に、大丈夫だから。ね?」
「……っ、は、はい……っ」
上目遣いで、ほんのりと頬を紅潮させる陽乃さんがあまりにも可憐で、反射的に返事をしてしまった。
この人は、一体どこまでが演技なんだろう。全て素だと言われたら流石に信じられないが、それでも、今みたいな時だけでも素であるのなら俺も嬉しいし、陽乃さんにとっても多少は良いことなんではなかろうか。まあ、全て演技と言われても今更驚かないが……もしそうだったら、流石に泣きそう。
「ほら、行くよ?」
「あ、はい」
楽し気に俺の手を引っ張る陽乃さんの顔を見て、ふと思う。
この人がまだ幼い頃、きっとこんな風にして雪ノ下を楽しそうに連れ回していたのではないだろうか。
そんな事を思いながら、陽乃さんに合わせて足を速める。鼻唄混じりに歩く陽乃さんは、やはりただの可愛いお姉さんに見えた。
× × ×
予想通り、と言うべきか、予想に反して、と言うべきか。
本当に……普通に、街を散歩した。
ウインドウショッピングを楽しんだり、ファミレスで昼食をとったり、ゲーセンで無理くりプリクラを撮らされたり。その間、スキンシップやからかいは相変わらずだったものの、なんと痴漢行為は0でした! ノーチカン万歳!
なんだかんだ振り回されつつも楽しんでいる内に、あっと言う間に夕暮れ時。使った電車を乗り継いで(俺は全く覚えてなかったのに、陽乃さんはきっちりと記憶していた。使った事は無いと言われて戦慄が走る。ていうかあなた途中気ぃ失ってたでしょう。どういうこと?)、今は駅からとてとてとのんびり歩いていた。もう知り合いに会ったっておかしくない場所なのに、一向に手を離してくれない。あかん。
「最後さ、公園行こっか」
「いいですよ」
このやりとりにもすっかり慣れてしまい、素直に従って学校近くの公園に。
移動している間に夕陽もどんどん沈んでいき、日没は目の前に迫った頃。
「比企谷くん」
何とは無しに公園の木立を眺めている時に陽乃さんに名を呼ばれ、何事かと振り返る。
「え……」
今まで見た事が無い表情に、時が止まる。
潤んだ目、きゅっと引き結んだ口、俺の手を両手で不安げに握る仕草。
さっき考えていた、演技がどうだとか、素がどうだとか、そんなことがどうでも良くなるようなその佇まいに、ただただ見惚れて、戸惑う。
「比企谷くん」
もう一度俺の名を呼んで、陽乃さんが一歩近付いた。
続く。
はるのんでした。
ガハマさんを載せる予定だったんですが、ラストに向けて書き進めていくうちに区切りどころが難しくなったので変更しました。一気に書き上げてから順次投稿しようと思います。
今日は台風一過で急に夏っぽくなりましたね。なんだか梅雨明けに夏が来た時を思い出しました。
この作品を書くのが当たり前になっているという、この不思議な感覚。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!