陽乃さんが俺に向かって一歩近付く。
陽乃さんの顔が近い。身体のどこも触れていないけれど、それでも陽乃さんの熱を確かに感じる程に。
「比企谷くん」
もう一度俺を呼ぶその声は、微かに妖しさを帯びている。
「えっ……」
細く柔らかな腕がするりと首に巻かれる。そしてもう片方の手が後頭部を押さえたかと思うと、陽乃さんのおでこが、俺のおでこにこつんと当てられた。
……ここまで来たら、陽乃さんが何をしようとしているかはもう分かってしまう。陽乃さんの甘い吐息が鼻腔に浸透して、まともな思考が麻痺していく。
きっと、この人はわざとやっている。いきなりその「行為」をしてしまって、俺が「え、えっ、えっ!?」と驚くのを見ても良いのだろうが、それ以上に、今からやる行為が幻でもなんでもなく、ただの事実としてしか俺が受け止める事が出来ないようにしている。こんな状態では、身体も思考も逃げ場が無い。
――唇と唇が、近い。
俺の腕は緊張でぴんと伸びて、手は不自然に開いて固まっている。
陽乃さんは、もう俺の名を呼ばなかった。
「ん……っ」
「――――――――っ」
ため息に似た悩ましい吐息を漏らして、陽乃さんの唇がゆっくりと重なった。
「んんっ……」
柔らかな唇の感触が、今のこの状況が夢や幻の類ではないことを突き付けてくる。あまりの衝撃に目を閉じることさえ出来なくなり、陽乃さんの目をまじまじと見ながら固まる。陽乃さんはうっすらと目を開け、うっとりしているのがわかった。
時間にしたら数秒なのだろう。けれど、
「……ぷはっ」
陽乃さんが唇を離した時、まるで何時間もそうしていたかのような感覚に囚われた。
「なっ……なっ……なっ……」
何一つ具体的な言葉を言えずにいると、陽乃さんが口に手を当ててにんまり笑う。
「あら、なぁに? もっとしてほしいの? しょうがないなー」
「や、そんなこと言って――!?」
有無を言わさず、2度目の口付け。更に目を見開いて固まってしまう。
しかも今度は、俺の閉じていた口を押し開いて、熱くぬめった舌が口内に侵入してきた。
「んむっ、ちゅるっ、れろ、れろれろ、れるっ、ちゅぴっ、んふぅっ、ちゅるるる……」
「~~~~~~~~~~」
先程を上回る衝撃が身体を駆け抜けて、完全に茫然自失となる。
滑らかに蠢く熱っぽい舌が歯並びを舐め、こちらの舌に幾度と無く絡まってくる。
こんな甘美な感覚があるなんて、知らなかった。口の中をかき回されたことによる快感が思考を蕩けさせて、心地良いふわふわとした浮遊感に包まれる。気付けば手を陽乃さんの腰に回していた。陽乃さんはぴくんと反応したものの、さして気にもせず俺の口内を舐り回すのを楽しむ。
「じゅりゅ、ちゅぷぷ、ぢゅぷ、ぢゅぷ、ちゅるるるる、ずぞぞ、ずぞぞぞぞぞ……」
「あっ、へぁ……」
舌を強烈に吸い付かれ、纏っていた唾液を根こそぎ持っていかれる。意識を刈り取る快感に、見開いていた目が徐々に細められる。対照的に、陽乃さんの目ははっきりと開かれていて、獲物を食い散らかす獰猛な獣の目をしていた。
× × ×
「……ぷはっ、……ふぅ。……ありゃりゃ、比企谷くん、すっかり出来上がっちゃってるねぇ、ふふ」
陽乃さんがねっとりと笑う。俺は呆然としたまま漫然と陽乃さんを見つめていた。あまりに強烈な快感は中毒性があるようで、無意識に陽乃さんの唇を求めて顔が近付いていく。
すると、陽乃さんは人差し指を俺の口に当てて、ぱちっとウインクをした。
「ここまで夢中になってくれるのは予想外だったな……お姉さん嬉しいぞ。……でも今日はもうだめ。じっくり慣らしていってあげる。……ふふ、純情な攻めも効果的だったんだねぇ。唇が触れた瞬間の比企谷くんの強張り方といったら」
「……っ」
1回目のキスの時のことを思い出して、顔が熱くなる。
そんな俺の様子を笑いながら、陽乃さんは言葉を続ける。
「今日は思ったよりもすごく楽しかったから、今のはそのお礼……のつもりだったんだけど、そのお礼でまた君にハマっちゃった。ふふ、比企谷くん、やるねぇ」
「え、や、俺は何も……」
「ふふ、良いんだよ。……明日も、またしよっか」
「え……っ」
俺がごくりと喉を鳴らすと、陽乃さんはそれを肯定と捉えたのか、
「……ん、よし、決まりね。……少しは慣れただろうから、今度は比企谷くんからして良いよ? ちなみに……」
ずいっと顔を寄せて、陽乃さんの端正な顔立ちが目の前に迫る。
「今日はわたしからしてたから、腰に手を回されてもまだ我慢出来たけど……比企谷くんからされたらわたし多分……ね?」
これ以上は言わなくても分かるでしょ、と言わんばかりに言葉を半端な所で止めて、上目遣いで俺を見上げながら、細くしなやかな指を俺の喉仏にとんと置いて、つつつっとへそまでゆっくりとなぞっていく。
陽乃さんのことだから、俺の返事なんて聞かずともどちらにしろ……なんて思っていると。
「……比企谷くんはどう? わたしとキスしたい?」
「っ! ……あ、や、それは……」
「したい?」
「あ、や、その……」
目を逸らしてどもっていると、再び首に腕が巻き付いてきた。
おでこ同士がこつんと当たり、陽乃さんがぽそりと囁く。
「わたしは……比企谷くんと、キスしたいよ?」
「~~~~~~~~っ」
髪が逆立つような気さえする衝撃。
俺の反応を見て陽乃さんがくすくすと笑い、顔を離した。
「ふふ……あ、そうだ、やっぱりもう少し……」
言って、陽乃さんが突然屈み込み、俺のジーンズのチャックに指を掛ける。
「ちょ、ちょっと陽乃さん!? 何を……っ」
俺の言葉など意に介さず、ちーっと音を立ててチャックが下ろされる。正直、抵抗らしい抵抗はこの言葉くらいで、あたふたとしながらもどこか期待してしまっている俺がいた。
陽乃さんはパンツ越しに俺の竿を掴むと艶めかしく指を這わせていき、ぞわぞわとした快感が身体を駆け巡ると同時に、一段と勃起した。
「寒いけど……今なら大丈夫だよね。えいっ」
「ちょっ――」
その言葉が意味するところがすぐ分かり、慌てたのも束の間――パンツを剥かれ、そそり立った肉棒が冬の冷えた外気に晒された。肉棒を見て、陽乃さんは口を縦に開いて「お~」と感嘆の声を上げている。超恥ずかしいんですけど。
「電車ではちらっとしか見えなかったからね。ここでも薄明かりしかないからはっきりとは見えないけど……良いね」
屈んだまま片手を頬に当てて、もう片方の手で亀頭をつんつんとつつく。
「比企谷くん。今日の夜は抜いちゃダメだよ」
「……え」
突然の自慰行為禁止指令に面食らっていると、陽乃さんが竿をぐっと掴んだ。んぐぁっと唸って身体を屈めると、上を向いた陽乃さんの顔が目の前にくる。
「その方が明日楽しめるから、ね?」
天使の笑みと、悪魔の囁き。
「や、なんですか、明日何するって」
言うんですか――と言おうとした時。
「……ちゅっ」
「~~~~っ!?」
ぷっくりと先走り汁の玉が浮かんだ亀頭の先端に、陽乃さんがほんの一瞬、ほんの一瞬だけ、口付けをした。
「雪ノ下さん……っ」
理性が弾け飛んで、ほとんど反射的に陽乃さんの後頭部を掴むと、
「だーめっ」
それに抗うように俺の足の付け根に手を当てて、決して唇と肉棒が触れ合わないようにする。
「なんっ……で、です……か……っ」
興奮のあまり歯がかちかちと鳴りながら、必死で力を込める。しかし陽乃さんのこの細い体のどこにこんな力があるのかと思う程抵抗の力が強く、膠着状態が続く。
やがて諦めて手の力を抜くと、陽乃さんは妖艶に微笑んで、舌をてろりと垂らした。
「今のキスはね、君の興奮を煽る為だよ。我慢して、我慢して、我慢して、明日会いに来てくれたら……一緒に、どろどろになろっか」
「……っ!?」
衝撃的なセリフを言ったかと思うと、亀頭にふっと生温かい吐息を吹きかけた。
完全に、陽乃さんの手のひらの上で転がされてるじゃないか。本当に良いのか――そんな自問も虚しく、本能による言葉が口から流れ出る。。
「……分かり、ました」
渋々答えて手を離すと、
「うん、素直でよろしい。ではご褒美をあげよう」
何ですかそれ――と言う間も無く。
「……あむっ」
「っ!?」
もう今日はここまでだと名残惜しみつつもどこか安心したのも束の間。
陽乃さんが俺の亀頭をぱっくり咥え込み、口を輪の形にして頬をすぼめ、きゅぽっと吸いついた。
「ちゅくちゅく、ちゅっ、ちゅぴっ、ちゅくちゅく……」
「あっ、あがっ、あぁっ……」
俺の腰に手を添え、足を大胆に開き、上目遣いで悩まし気に見つめる。
気持ち良い。今まで経験した何よりも。でもなんで? 我慢させるんじゃ……と思っていたら、時間にしてはほんの10秒足らずで唇が離れた。
「あ……え……?」
呆然とする俺を見て陽乃さんがくすくすと笑う。
「これで、今夜はもうわたしのことしか考えられないでしょ?」
「……っ」
こ、この人は……っ!
「比企谷くんがお望みなら、さっきのをもう1回だけやって写真撮らせてあげよっか? 待受けにしても良いよ」
「………………する訳無いでしょう」
すげぇ考えちゃったよ。何その魅力的な提案。
亀頭にふーっふーっと繰り返し息を吹きかけると、陽乃さんはゆっくり起き上がってくるりと俺に背を向けた。
「今日はほんとにこれでお終い。比企谷くんが我慢してくれたら……」
半転して、俺を見つめる。その目は穏やかで、それなのに色っぽくもある。
「……いーっぱい、楽しいことしようね」
「…………っ」
ごくっ、と。陽乃さんにも聞こえたであろうくらいの音量で、俺の喉が鳴った。
「ふふ、比企谷くんも楽しみにしてくれてるみたいだね。それじゃ帰ろっか。迎えがもう来るから」
さらっと言ったけど、え、なに、この状況を全て想定してたの? え、どういうこと?
「それじゃあ、また明日ね、比企谷くん」
「あ、はい、また……あし」
「そうそう」
挨拶もさせてくれない。
「……わたしも、自分でするのは我慢するからね。……ちょっと頑張らないとだけど」
「え、ちょ、え? 今の、え、え、え?」
「じゃあねー」
さっきまでの俺との密着は何だったのか、名残惜しくも何ともないかのように陽乃さんが大きく手を振って駆け出していく。まだ表情が読み取れるくらいの距離で、もう一度可愛らしい笑顔で手を振ってきた。小さく手を振って答えると、陽乃さんの姿が消え、直後に車のドアが閉まる音と駆けだしていく音が聞こえる。無駄が無さ過ぎる……。
「…………」
唇を触って、さっきの夢のような行為を思い出す。
「……あ」
未だに寒さに負けずそそり立っている肉棒をしまった。
明日、何をされるんだろう、何をするんだろう。
……どうやって、どろどろになるんだろう。
もはや、意地さえ張れそうにない。
不安など無くて、ぞくぞくとした期待感だけが心の中を支配していた。
もうじき夜が来る。冷静になって寒さを感じるようになった身体にきゅっと竦ませて、家に向かって歩き出した。
続く。
はるのんでした。書いていてもぞわぞわ感半端無いです。
はるのんは書きながらも「この時この人はどう思ってるんだろうなぁ……」と思いながら書いています。他のヒロインのエピソードを書く時よりも八幡視点で書いている感じです。ううむ、謎が深いしエロい。
いろはすの更新をしばらく止めていたんですが、ガハマさんの本番を先に書こうと思ってのストップでした。連休に入ったら再会します。
今日まで出勤したら……連休……!何かしらある方は一緒に頑張りましょう。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!