1.
場に気まずい空気が流れる。いや、正確に言えば気まずいではなく、気恥ずかしい空気だろうか。とにかく恥ずかしい。とにかく恥ずかしい!誰か助けてよぉ!
一色が登場してからまだ1分くらいしか経ってないはずなのに、時間の流れも空気の流れもいつもの何倍も重くゆっくりに感じられる。何、この空間はセメントか何かで出来てるの?
雪ノ下は俯いている。ただただ力無く俯いている。嵐の前の静けさでない事を祈る。嵐、即ち一色と俺が消される事だ。俺も消されちゃうのかよ。耳まで真っ赤だから今は恥ずかしさが他の全ての感情を上回ってるんだろう。嵐よ、こちらへ来ぬまま去れ……!
由比ヶ浜は顔を真っ赤にして、『いや~、たはは……』とか言いながら指を絡めてもじもじしてる。さっきの表情を思い出すとまた勃ちかねないので、あんまり直視しない様にする。……でもちょっとは見ちゃう。
「……お前、いつの間に入って来てたんだ?」
少しむっとした感じで言っちゃうのはご愛嬌。俺の語調に、一色はぷくっと頬を膨らませる。
「ちゃんとノックしましたよー?一回ノックしても返事が無くて、もう一回ノックしてもまだ返事が無いから試しに聞き耳を立ててみたんです。そしたら何か変な声が聞こえてー。すごい怪しいぞって思ったんです」
雪ノ下は下を向いたまま、由比ヶ浜は斜め下を向いたままぴたりと動きを止める。
「それで、試しにそーっと開けてみたら先輩の背中が見えて、何してるか分かんなかったんでそのまま来ちゃいました」
てへっ、と言う顔で舌を出す。いや、てへっ、じゃねえよ。おかげさまでこの状況だよ。この状況は誰のせいだと思ってんだ?俺のせいでした、てへっ。
にしても、相変わらずあざと可愛いなこいつ……。
っつうか、雪ノ下と由比ヶ浜が気付かなかったのも中々だけど、俺が気付けなかったと言う事に何よりびっくりだ。なに、俺どんだけ撫でるのに夢中になってたの?ムツゴロウさんが動物を愛でてる時より集中力あるんでないの?
次に誰が喋るのが最善なのかと考えあぐねていると、手を組んだまま一色が首を少し傾げてむふふと笑う。
「雪ノ下先輩も、結衣先輩も……先輩の事、ばっちり受け入れてましたね」
え、今なんで燃え盛る火にガソリン注いだの?出火大サービス☆
ほらほらほらもう二人の顔がもう。由比ヶ浜は凄くひたすら恥ずかしそう。雪ノ下は……え、もはや逆に白い?どう言う原理?熱が一周回って0になったとでも言うの?
「先輩先輩」
「あん、なんだよ?」
この場の何とも言えない空気にばっちり飲まれていたせいか、変につっけんどんな言い方になってしまった。
一色はそんな俺の雰囲気に、一瞬だけむーと頬を膨らませたが、すぐにきゃるんと笑顔になって話を続ける。
「わたしも撫でてくださいよ」
「あん?」
あん?
思わず実際の声と心の声で二度言ってしまった。
そして、俯いている筈の雪ノ下から突然冷気が噴き出す。え、どっから出てんのその冷気?きみドライアイスか何かなのん?
「いや、んな恥ずかしい事出来るかよ」
「なんでですかー!お二人にはやってたのにー!それに、昼にわたしに『可愛い』って言ってくれたじゃないですかー!」
ばかやろう。この空気で。ばかやろう。
一色を戦慄した表情で見つめていると、背後に犬と猫の気配を感じた。
由比ヶ浜さん、む~~~と波線があと80個くらい続く勢いで長―く唸ってる。
雪ノ下さん、寒いです。いくら冬で本領発揮出来るからって本気出さないで下さい。この星に生きるものの代表として言います。ごめん、自惚れた。この星に生きるダメ人間を代表して言います。ごめん、これはこれで自惚れた。下には下が居るよね。
とか考えてたら、いつの間にか、一色が由比ヶ浜と雪ノ下の間に椅子を置いて陣取り、わくわく顔で頭をこちらに向けている。行動が早すぎるよぉ……。
「先輩、早くー」
いや、二人の様子を気にしないの?どんだけタフになったの?特に今の雪ノ下やばいよ?リアル雪女だよ?それかエルサ。氷のお城を作って猫と暮らしたら良いよ。猫の名前はオラフね。
俺がたじろいでいると、一色は膨れっ面で自分の腿をぺちぺちと叩き始めた。更に、頭をぽすぽすと叩いて催促をしてくる。
そんな可愛い催促あるのかよぉ……。本当の取立てより怖い人が右側で冷気を発してるんですけど。これもうちょい行くと、規模的に寒気と呼べるんでないの?
くおぉ……八幡、もう、限界だよぉ……。
一色のおねだりに負け、恐る恐る手を伸ばす。柔らかい髪の毛にぽすっと手を乗せると、
「……おお~……」
妙に感心した様な、気持ち良さそうな声を出された。なに、温泉にでも入ったの?
一度踏み出してしまったものは仕方が無いと、一色を撫でる手をゆっくり動き始めた、その時。
「一色さん」
底冷えのする声色で、雪ノ下が小さく小さく言葉を発した。俺も一色も、ついでに由比ヶ浜も動きがぴたりと止まる。あれだ、絶対零度って全ての運動が停止しちゃうもんね。生命活動が止まらないだけ良いよね!
「は、はいぃぃ……」
ほらもう一色が超震えてるよ。斜め下向いた所で不自然に止まっちゃってるし。
寒い。寒いのに汗が出る。どう言う事なの?
勇気を出して雪ノ下をちらりと見る。いつの間にか顔を上げていたのだが、あれ、錯覚かな?目にカラコン入れてるのってくらい青く見えるんだけど?
「……さっきまで、私と由比ヶ浜さんでこの男の歪んだ欲求を受け止めてあげていたのよ?そんな汚れた欲望の捌け口に、あなたまでなる必要は無いと思うのだけれど」
……可愛い、可愛いよ雪ノ下さん。言い方超怖いし使ってる言葉も無駄に怖いけど、なんか可愛いよ!でもこんな本音絶対言えない。明日の朝日を拝みたいから……。そんな時間に起きないけど……。
すると、最初は怯えていた一色の顔色が変わり、小さな声で『ははーん……』と言ったのが聞こえた。わーお、超嫌な予感。
「雪ノ下先輩……それに結衣先輩も、焼き餅焼いてるんですねー?なーんだ、初めからそう言ってくださいよー!」
おい、お前爆弾落とすペース速すぎんぞ。アイテムだいぶゲットしたボンバーマンかよ。5個くらい一気に置いてんぞ。
雪ノ下と由比ヶ浜が目を見開く。
「なっ……っ」
「そ、そんなこと……!」
二人とも言葉に詰まるのかと思いきや、由比ヶ浜がすぐさま次の言葉を発した。
「……や、そんなこと、あるかも……。あたしもヒッキーに撫でてもらいたい」
ほーん?ちょっと待って、死ぬ程恥ずかしいんですけど?
「!ゆ、由比ヶ浜さん……?」
ん、これどうなんの?
「やったー!じゃあ結衣先輩、一緒に撫でてもらいましょう!雪ノ下先輩、先輩の色欲はわたしたちで受け止めますから、そのまま休んでいてくださいね」
ちょっとあなた?眩しい笑顔で何言っちゃってんの?
色欲って言うんじゃねえよ。間違ってねえよ全然。
「あ……」
そんな呆然自失とならないで、雪ノ下さん……!ああもうどうしよう?このままだと俺は由比ヶ浜と一色を撫でて、今にも泣きそうな雪ノ下をほったらかしにすることになんの?地獄にも程があるでしょ。
この際だ、致し方無い。
「……」
「……あ……?」
しょうがないので、雪ノ下の頭に再び手を乗せて、優しく撫で始めた。
多分、これで良いのではなかろうか。
雪ノ下の顔が安心によるものなのか、穏やかでとろんとしたものになる。
「むー……先輩、優し過ぎますよー?」
いや、お前はどう言う立場なんだ。どこの部の鬼コーチだよ。
「でも……」
一色が雪ノ下の耳元に口を寄せる。なに、ゆるゆりがパワーアップするのかい?
てっきり耳打ちをするのかと思いきや、それっぽいひそひそ声にはしているものの、明らかに声の大きさが俺に聞こえるようにしているとしか思えない声で話し始める。
「雪ノ下先輩、良かったですね?」
「な……何が良かったと言うの?」
一色がちろっと俺を見る。
「先輩に撫でてもらえて」
次の瞬間、雪ノ下が耳まで真っ赤になって目を見開いた。何かあれだ、もうちょい髪が短かったらジブリばりに髪が逆立ちそう。隣にトトロが居るのかな?
「そ、そんなこと……あ……」
これ以上言葉を続けさせるのも酷かと思って、撫でるのを再開してみた。雪ノ下の滑らかな髪をすりすりと愛おしむ様に……までは行かないけど、撫でる。
「……ん……」
少し嬉しそうな顔を一瞬浮かべたが、恥ずかしくなったのかすぐに俯いてしまい、表情が見えなくなった。
……何この子……家で飼いたいんですけど……。
女の子を家で飼うって言うフレーズの響きがマジで終わってる。意味も終わってるけど。何がやばいってマジでやばい。
2.
と、言う訳で!
雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、一色いろはの三人を俺が撫で回す会が始まりました!イェイ☆
……死にたい……。
途中参加だと言う事もあり、初めは一色を重点的に撫でて、その後は順番に撫でる。女性陣のリクエストに応じて撫で方も変える。
途中で一色が『先輩、シフトで言うと次はわたしですよー?』とか言って来た。俺はどこのパートタイムラバーだよ?時給もらいたいんですけど。
「んっ……んんっ……」
「あっ、ふあっ、んぁっ、ひぅっ……」
「……おお……」
雪ノ下と由比ヶ浜のあごの下を撫でていると、二人の反応を見て一色が少し頬を赤らめながら感嘆の声を漏らした。
「先輩、先輩。次はわたしもそれお願いしますっ。次は両手ともわたしの番ですよね?両手でお願いします」
すんごいわくわくしながら言われた。
確かに、シフトで言うと、いやシフトって何だよって話だけど、次は一色を両手で撫でる番だ。でも良いのかな……大丈夫かな……。
「先輩、早く早くー」
俺が少し躊躇していると、一色が不満げにせがんで来た。しょうがねえな……。
一色のあごの下に手を伸ばす。―と。
「ふあぁぁんっ!?」
「えっ」
えっ。
一瞬固まってしまった。
中々の音量でものっそい色っぽい声が聞こえたんだけど、気のせい?
「お、おい、一色?大丈夫か」
「?何がです?」
何事も無かったかのようにとぼけやがった……。とぼけてるのに食い気味で俺のセリフの末尾潰すんじゃねぇよ……。あと、小首傾げるんじゃねえよ。可愛いだろうが。
「さ、先輩、仕切り直しですよー」
きゃるんっと笑顔を浮かべ、胸の前で小さくガッツポーズを作る。いや、仕切り直した所で……ねえ?しかしこのわがまま姫の指示に従わない訳にも行かない。もう一度、一色のあごの下に手を伸ばす。
「あっ……んんっ……ひぐっ……あふあっ……んあんっ!」
……中途半端に堪えてる分、余計にエロくなっちゃったよぉ……。
腕を抱くなよ。マジで欲情しちゃうから。
「なあ、やっぱり止めた方が」
「どうしましたかー?」
……このやろう……。負けず嫌いって面では雪ノ下と良い勝負するかもしれない。この場面で負ける事=感じる事なのかって聞かれたらひとかけらも分かんないけど。君は今何と闘ってるのん?
「んー、まあまあ味わった事ですし、そろそろお二人に……」
一色が言いかけた所で、由比ヶ浜がはっと何かを思い付いた顔をした。これ、小町なら絶対ヤマピカリャーってる。訳すとイリオモテヤマネコの様に目が光ってる。説明が超長くなった。
「ゆきのん」
由比ヶ浜が雪ノ下に声をかける。初めて見たぞ、由比ヶ浜のワルそうな顔……。どうやらアイコンタクトで何かを伝えようとしているみたいだ。
「何かしら……あ」
雪ノ下に伝わった。え、今のやりとりで何が伝わったの?テレパシー使えるの?むしろ百合パシーか。
由比ヶ浜がにひっと笑い、雪ノ下がうっすらとだが極悪な笑みを浮かべる。雪ノ下、お前のその笑い方……陽乃さんそっくりだぞ……。絶対言えないけど。絶対言えないけど。
そして二人が同時に一色に手を伸ばし、一色の両腕を押さえ付けて身動きが取れないようにする。
「えっ!?ちょ、結衣先輩、雪ノ下先輩、何するんですか!?」
おお、一色が本気で慌ててる。珍しいな……。いや、そんな事言ってる場合じゃないか。
「おいお前ら、一体何やって……」
俺が二人に質問を投げかけると、由比ヶ浜が再びにひっと笑う。……可愛いんですけど。何その新境地?
「さっきのお返しだよー」
「そう……お返し……」
由比ヶ浜が俺に向かって楽しそうに言った後に続いて、雪ノ下が一色の耳元に息を吹きかけて、妖しい声色で囁いた。何その小悪魔通り越した悪魔感?一色は涙を浮かべながら小声で『ひぅぅぅっ……!』って言ってる。
ってか由比ヶ浜と雪ノ下が一色の両腕を押さえてるの、何かもう尋常でないくらい百合百合しい。何かぞくぞくするんですけど。
続く。
いろはすがどんな表情でどんな事を言いそうか、それと雪ノ下と由比ヶ浜がどう言う面白い動きが出来るか、と言う実験で書いてます。超難しい……。超難しい……。上手く行きそうなものしか書かないのはアレなので、挑戦中でございます。
一話分のつもりで書いていたものがだいぶ長くなったので、2話に分けました。
アニメで早くいろはすを見たいですね。喋ってる時の表情等の情報がまだあまりに足りないので。10.5巻の卓球をやっている時の挿絵が一番のヒントになっています。
ガチのエロ描写をそろそろ書きたい欲求と、ゆきのんとの家デートの平和なやり取りをもっと書きたい欲求が並行してます。明日は良い案が思い付いた方で。ゆきのんエピソードは平和ないちゃつきのくだりとコメディなくだりが結構浮かんでいるので、結構もしくはかなり長くなりそうです。
毎回何だかんだで後書きが長くなります。律儀に読んで下さっている方がいらっしゃいましたら、本当に嬉しいです!
ご感想、評価付け、ガンガンお待ちしております。くおぉぉぉ。
お気に入り数が遂に1000を突破しました!!ちょっと嬉し過ぎて何かもうテンションが変です。ゆきのん家デートのくだりを今ちょうど書いてました。どうでも良いですね。本当にありがとうございます!!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!