『いただきます』
注文した料理が一通り届くと、留美と二人で手を揃えて挨拶をした。
一人で食べる時はもっとさらっと挨拶するんだけど、こういう状況だと何か妙にかしこまった感じで言ってしまう。留美は育ちが良いようだから余計に。
留美がカルボナーラをフォークでくるくると巻く。
口に運ぶ前に細い指で髪を掻き上げる仕草が妙に様になっていて、妹みたいなものだと思っていても心臓が心地良くとくんと鳴った。
あ、そうか。妹みたいだからこそとくんと鳴るんだな。そうに違いない。妹可愛いし。
留美が小さな口をもぐもぐさせる様をじーっと見ていると、俺の視線に気付いたのか、こちらを見るなりむっと眉根を寄せた。
こくんと飲み込んでジト目を向けられると、微かにたじろいでしまった。
中一女子にたじろぐ高三男子って……。
「……なに見てんの」
中々低い声で言われた。
YOUもっと可愛い声で喋っちゃいなよ! 台無しだよ!
「……なに変なこと考えてんの」
地の文を読むのを止めてほしい。変な動悸がするんですけども。
しかしこのジト目、威力も持続時間も長い。このままでは寿命が縮む。
「えーっと、アレだ、美味いかなーって」
頭をがしがしと掻きながら、苦し紛れに聞く。
それでも多少なり気は逸らせたのか、留美は返事をすることなく二口目を食べた。
……なんで返事してくれないのん?
もくもく。
こくん。
小さな喉が嚥下で動くのを見ていると、留美が皿に目を落としたままほのかに目を細めて、口角を上げた。
「……ん」
短く答えた肯定の言葉が、あまりにも可愛かったもんで。
「…………」
「……なんで撫でるの……」
気付いたら再び撫でていた。
それにしてもルミルミさん。言葉とは裏腹に声音は優しいし、ちゃっかり皿を横にずらしてがっつり撫でてもらおうとするから、なんかもう可愛すぎてタチが悪い。
カルボナーラが冷めると悪いと思ってすぐ撫でるのを止めたら、皿を元の位置に戻しながら小さな声で「サービスが悪い……」と言われた。
なんだろう、俺の頭撫では商売として成り立つレベルなんだろうか。グルーミングも覚えれば完璧かもしれない。よし、今日から小町で練習しよう。
× × ×
食事を終えて、飲み物を飲みながらのんのんびより。
留美は最初コップを両手で持とうとして、途中でハッと何かに気付いたような顔をして俺を見た。
そして一度片手持ちに変えて一口飲んだんだけど、結局飲みづらいと思ったのか両手持ちに戻していた。
やだ、ルミルミったら癒し成分抜群……。
「…………」
……すげぇ睨まれた……。何で地の文を読むんだよぉ……癒された分が一瞬で帳消しだよぉ……。
ふひーと息を吐きながら、何とはなしに雑談を始める。
食事中は二人して黙々と食べていたので、ここからが本番である。
「あー、留美。学校はどうだ?」
「何そのお父さんみたいな聞き方……キモい」
ジャックナイフ?
……それは俺単体がキモいのか、それともお父さん諸共キモいのか。諸共キモいって生まれて初めて言ったぞ。
こんな悪態(切れ味鋭め)をついても質問には答えてくれるようで、留美はコップを両手でゆらゆら揺らしてそれを見つめて考え込む仕草をする。
手の動きを止めて水面がぴたりと止まると、ゆっくりと目線を上げた。
「……ん、大丈夫。前みたいなことはないし」
ぐぐっ、と胸の奥が締め付けられた。
苦い表情をしてしまっていたのか、留美は俺の表情を見てふっと微笑み、首を横に振る。
「……大丈夫だから。友達が多い訳じゃないけど、その……仲の良い子は出来たし」
「……そうか」
「……八幡、ほっとしてるでしょ。さっきから表情に出過ぎだって」
「……すまん」
「別に何も悪くないって」
留美が呆れたように笑う。
胸のつかえが微かに軽くなり、心がぽかぽかとする。
留美があの夏休みから今まで、どんなことを思いどんなことを考えてきたのか。
それに、きちんと向かい合おう。
留美がもう一度俯いて、決意を秘めた瞳で俺を見つめた。
「八幡」
「……なんだ」
ずんと身体が重くなる。
留美の瞳の奥底は、さっきまでとは色が違う。
留美自身の心を曝け出し、俺の心に深く踏み入らんとする、そんな決意の色。
膝に置いた握り拳を、自然とぎゅっと握り締めた。
留美は一度俺の名を呼んだものの、いざ喋り出そうとすると躊躇してしまうのか、目を逸らして口を引き結ぶ。
たっぷり10秒程待つと、やがてもう一度俺を見つめてきた。
「……八幡、あの時のことなんだけど……あれって、八幡が考えたの? ……ううん、八幡が考えたんでしょ?」
「……っ」
一度質問をしてからの、何らかの確信を持った付加疑問文への切り替え。
恐らく一度目はストレートに言うのを躊躇していたが故に言ってしまったんだろう。
留美はきっと……ずっと前からそう思っていたに違いない。
「……なんで、そう思った?」
否定とも肯定とも取れない言い方で尋ねると、留美は呆れたようにふっと笑みをこぼした。
微かに軟化した態度に、情けないが安心を覚える。
「……だって、あんな性格悪そうなこと考えるの、八幡くらいしかいないでしょ。……それに、肝試しの前に、楽しいといいなって言ってた。あんなの、何もするつもりが無かったら言う訳ないし」
「……ああ、そうだったな……」
わざとおどけるように肩を竦めて、頭をがしがしと掻く。
しかし心はまるで平静を保てない。
俺が、この子の人間関係をぶっ壊した。
その事実を、一年近く前の事だからと何だかんだ都合良く頭の隅に追いやっていた事実を、目の前に突き出される。
しかし、こうやって留美を目の前にしている今でも、俺に謝る資格は無い。
あれは過失でやらかした訳では断じてなく、俺の意志で、やろうと思ってやったのだから。
謝っても互いの為にならない。
俺が表情を強張らせていると、留美がふっと微笑んだ。
今度は呆れを含まない、優しい笑みだった。
「……全く、ほんと最低。あの後大変だったんだから」
「…………」
言葉自体は厳しいにも関わらず、その声音と表情はとても優しくて。
手汗の滲んだ握り拳が、微かに緩んだ。
「仁美と森ちゃんがすごく仲悪くなって、由香はメンバーの誰とも目を合わせなくなって……。卒業前には少しは良くなったけど、ほんと大変だった」
その言葉に、ふとした疑問が過ぎる。
「……大変だった人に、留美は入らねぇのか」
「私? 私は……」
聞くと、留美はきょとんとした顔で目をぱちくりさせた。
そして上を向くと目を閉じて数秒考える。
ゆっくり目を開けると、優しく頬を綻ばせた。
「何か、吹っ切れた気がして。あんまり気にしなかった。むしろあの子たちの関係を心配して、間を取り持ったりしてたし」
「……そう、か……」
手をテーブルの上に出して、指を重ねる。
じっとりとかいた手汗は、うっすらと乾いていた。
こうして留美の言葉を聞いたからと言って、俺がしたことが許される訳ではない。
必要だと思ってやったことではあるが、それでもあれは傍から見ればやり過ぎでしかない行為だ。
許されるべきではない。
けれど、それでも。
留美の言葉は。
留美の成長は。
泣きたくなるくらいに、嬉しかった。
目の奥がじんと熱くなるのを感じていると、留美がコップのジュースをこくりと一口飲んだ。
「……別に、あれがきっかけで何もかも解決したって訳ではないけど。ほんと大変だったし、……私も、あの後きちんと上手くやれた訳じゃないし。やれることは一杯あった筈だけど……やれなかったことはたくさんあった」
でも、と留美が力強い瞳で俺を見つめる。
「それでも、前よりずっと毎日が楽しくなった。色んなことに立ち向かって向き合って、頑張ったから。……八幡のおかげ、ってそのまま言いたくはないけど、だけど、その……八幡はもう、そんなに考え込まなくて良いから……」
「……っ」
留美の言葉が、心の奥底に沈殿していた黒ずんだ感情を優しく掬い取って、霧散させてくれた。
あまりにもぽかぽかした感情が湧き上がって――不意に、視界が滲む。
「あ、え、八幡……っ?」
ぼやけた視界の中で、留美があたふたと慌てる。
子供らしくて可愛らしいその仕草を見つめていると、身を乗り出して「ん……」と声を漏らしながら手を伸ばしてきた。
何をしようとしているのか分からずきょとんとしていると、視界が徐々にはっきりしてくる。
留美は何か警戒するように周りをきょろきょろと見回すと、すっくと立ち上がり、とてとてと俺の側に歩いてきて、俺のすぐ隣に座った。
そして心配そうな表情を浮かべながら、俺の頭に小さな手をぽすりと手を乗せた。
「八幡……」
「え、ちょ、こら……っ」
今にも泣きそうな顔で「泣かないで?」と目で訴えながら、頭を撫でてくる。
やべぇ、何か色々と死にそう。
「……なーに心配してんだよ」
気丈に振る舞って(ただし涙声)、カウンターで留美の髪を撫でる。
「むぅ……」
留美は猫のように目を細めた後、何やら不服そうな顔で更に頭を撫でてきた。
お互いがお互いの頭を撫で合う。
なでなで。
なでなで。
なでなで。
……やだ気持ち良い……。
このままあと一時間くらいこうしていたいまであ――
『……あそこ、何してんの?』
『さあ……? 女の子の方、すごい可愛いよね? ていうか年の差やばくない? あれ何? 通報した方良くない?』
あかん。
「よし、留美。出るぞ」
「え……」
「そんな残念そうな顔すんなって。これは俺とお前の将来のためだ」
「え……っ」
「違う違う間違えた。いや間違えてはないけど。顔真っ赤にすんなよ」
「全然残念じゃないし、真っ赤になんてなってない……」
「じゃあその膨れっ面をやめろって。ほら、行くぞ」
ばたばたと準備をして立ち上がる。あの会話の雰囲気から察するに、例の言い訳をしたら事態が悪化する気がした。
× × ×
店を出て自転車を停めていた場所に戻る。
留美を家まで送りに行こうと、二人で日も暮れた街の中を歩いていた。
別に良いのに……とこちらをちらちら見ながら言われたので、頭を撫でて気にすんなと言ったらそれっきり何も文句を言わなくなった。
ルミルミさん、ちょっと俺の頭撫でに弱すぎない?
「ここが私の家」
「おお、そうか。じゃあここまでだな」
留美の自宅に辿り着いて、じゃあまたと手を上げて踵を返すと、手首をむんずと掴まれた。
「……どうした?」
俺の問いかけに対して反応を返さずに、留美はポケットをまさぐって新品のスマホを取り出した。
「買ってもらった」
「おう、良かったな」
中学生から持つパターンか。
これで少しは交友関係を広げたり濃くしたり出来たら良いのだけど。
小さな手の中の新品スマホをまじまじと見ていると、留美が不機嫌そうに眉をひそめた。
「……まだ分かんないの?」
……こいつ……。
「……留美は言葉が足らねぇな」
ぐしぐしと髪を撫でると、留美はうぅ~と小さく唸った。
……やばい、ちょっと癖になりそう……。そして捕まりそう。捕まっちゃうのかよ。
ひとしきり撫で回すと、留美は口を尖らせながらスマホの画面を見せてきた。
「……連絡先」
あ、そういうことですか。
「おう」
言葉が足りないと言いつつも、この場合ただの俺の経験不足な気もしたけどまあ言わないでおこう。
ふるふるで交換しようとしてみたら、見知らぬ人の名前(しかも奇天烈な名前)が出てきてくくっと笑った。
留美も笑ってるかと思って見てみると、何やら笑いを堪えているご様子。この子が思い切り笑う姿ってのも想像つかねぇな。見てみたい。
QRコードを読み取らせることにして、留美に連絡先を送る。
留美は俺の連絡先を確認して、微かに頬を緩ませた。
「……これで、いつでも連絡は取れるから」
「ああ、そうだな。まあそのうち」
「取り敢えず明日のこと打ち合わせるから、後ですぐ送る」
ほーん? 何でそんなビジネスっぽく言ってるのーん?
「おいこら、ルミルミ」
「だからキモいって。……八幡、ちょっと屈んで」
「? なんだよ……」
言いながらも身体を屈める。
別にラブコメでよく見るシーンを期待した訳じゃないけど。そんな訳ないけど。
「……おおう……?」
ん……と可愛く息を漏らす声が聞こえたかと思うと、頭がふわりと撫でられた。
「……よし。……じゃ」
「……おう」
5つ下の女の子に撫でられるという事態を、短時間で二度も体験してぽけっとしている俺を見て留美がくすりと笑う。
小さく手を振って家に駆けて行くのを眺めていると、ドアがばたんと閉まった直後に何やら興奮した調子の声が聞こえてきた。
『お帰りなさい、留美。あら、なんでそんな嬉しそうな顔……さては、やっと会えたのね。例の彼と!』
『ちょ、お母さん、声大きい……っ! 八幡、まだそこにいるから……っ!』
『あらごめんね? でも良かったわ~。いくら彼と会いたいからって、これ以上夕方の時間帯に一人で歩かせるのは危ないなって思ってたところだったのよ。送ってくれたお礼にお菓子でもあげた方が良いかしら』
『いいから。お母さん、そういうのは後でいいから。ほんと、八幡に聞こえちゃう……! 八幡が盗み聞きしてるかもしれないんだから……っ!』
……………………。
黙って踵を返すことにした。
最後すげぇ失礼なことを言われてた気がするけど、まあ今の一連の流れは聞こえてないことにしたので大丈夫。
……うん、大丈夫。
スマホを開く。二人の会話が今尚聞こえてくるから、当然留美からの連絡はまだ来ていない。
あの可愛らしいおませさんが、一体どんな文を送ってくるのか……想像しただけで、自然と頬が緩んだ。
続く。
一日お休みしての、ルミルミでした。
こういうシーンってあんま書いたことなかったんだなーと思いました。ちょこちょこ書いて慣れたいところです。
ルミルミはここからもしば~らくこんなやりとりが続きます。どうぞごゆっくりお楽しみください(^^)
一週間お疲れ様でした。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!