昼休み、勉強でしごかれるのが分かっていながら部室へと向かう由比ヶ浜を哀しみの目で見送り、教室を出る。
冬の微かな名残がある廊下をぽてぽてと歩くと、小さなあくびが出た。
まださっきの居眠りの残滓が残っているようだ。語感だけで使ってみたけどやたらかっこ良いよね、残滓。
マッ缶を買いに向かっていると、ぴこんとスマホが鳴る。
見ると、留美からLINEが来ていた。
あの子は雪ノ下に似ていると思っていたけれど、こういう所は雪ノ下よりよっぽど現代に順応しているなと思う。俺はまず社会に順応出来てないけど。なんで今言ったんだ俺。
『八幡。今何してるの』
なんか浮気を警戒した奥さんみたいだ。
見た感じ、昨日の最後のくだりの影響は特に無いようだ。良かった良かった。
『(スタンプ)』
癒し系のクマのスタンプが来た。何この子可愛い……。
さて、何と返信したものか。
文面でのやりとりならだいぶ砕けた感じで接することが出来るようになっている。
それならば……ちょっと試してみよう。
『別に』
仲が険悪になっている夫みたいな返信をしてみる。
既読がついて十数秒待つが、返信が来ない。
はてどうしたのかと思って一度画面を切り替えると、ぴこんという通知音がした。
『八幡、怒ってる?』
あ、やってしまった。絶対画面の向こうで留美がしゅんとなってるよなこれ。
慌てて弁解の返信を打つ。
『すまん。すまん。何かさっきの留美の質問が浮気を警戒した奥さんみたいだと思ってそれで冗談で送ってみたんだ本当にすめ?』
フリック入力を慌て過ぎた。「すまん」が「すめ?」になるという妙技。
『本当にすまん』
すぐ訂正すると、留美からすぐ返信が来た。
『ばっかみたい』
文面だけ見れば、つっけんどんにも程があるものなんだけど。
返信を打ちながら微笑んでいる留美が脳裏に浮かんで、気持ちがふわりと安らいだ。
『うっせ。今から昼飯だ』
『そっか。じゃ、また後で』
『おう』
『(スタンプ)』
ディスティニーキャラのスタンプがぺたり。だいぶお気に入りでらっしゃいますのね……。
× × ×
自販機に辿り着くと、見慣れた青みがかった黒髪ポニーテールがぴこぴこと揺れていた。
「……うす」
俺が声をかけると、川なんとかさんがくるりと振り返り、一瞬目を見開いて、平静を装うようにこほんこほんと咳払いした。
「……お疲れ」
残業で22時を回っているかののごとき声音で返事をしたが、その顔は紅潮している。
といってもそれを指摘したところで血を見るだけなので(実際はそんな恐くない)、短い挨拶を交わしてすぐに会話は終わる。これ会話って言えるんだろうか。
川なんとかさん、もとい川崎は何を買うか若干迷っているようで、後ろに控える俺を気にしながらもうんうん言っている。ちょっと可愛いかも。
まあ大した待ち時間じゃないしなと思っていると、再びLINEの通知音がする。
相手は留美だった。
『(スタンプ)』
『(スタンプ)』
『(スタンプ)』
癒し系のクマ三連発である。どれだけ俺を癒したいんだろう。そしてどれだけ俺が荒んでると思われたんだろう。心外だ。
返事を打ち込む。すいすい。
『なんだおい可愛いな。また褒めるぞ』
『ばか』
『おい』
LINEなのに食い気味かよってくらいの速度で返事をして、最後の俺の言葉には既読がつかなかった。恐らく高速でアプリを閉じたんだろう。
友達に不審がられるであろうきょどりっぷりが脳裏に浮かんで、ふふっと頬が緩むと同時に、今のからかい(といっても嘘ではない)のお詫びに放課後はお菓子でもおごるかなどと考えていると、目の前から何か圧力を感じた。
スマホから顔を上げると、既に飲み物を買い終えた川崎がジト目を向けていた。え、なに、俺なんかした?
「……あんた、何にやにやしてんの?」
「…………」
…………。
頬が緩むって……普通、もっと和やかに映るよねぇ……にやにやしてるように見えるのかぁ……。
凹んでいてもしょうがない。
こほんこほんけぷこーん。
「あんたじゃない。八幡」
「……それ、誰の真似?」
わがまま姫の真似をすると、川崎は更に目を細めた。迂闊なことはやるもんじゃない。
あとあなたは自分の視線の圧力をもう少し自覚してほしい。
「大体アレだ。あんたなんて言い方、俺にして良いのは俺の嫁になる人だけだ」
無難な線で行くと小町か戸塚である。
流石に個人名を明言するのは避けたんだけど、川崎には何か妙な聞こえ方をしたらしい。顔を真っ赤にして、缶を持っていない方の腕で顔を隠す。
「は、はぁ!? あんたばかじゃないの!? ……あ、う……っ!」
「あ、おい」
自分で再びあんたと言った事に気付いた瞬間、川崎は茹でダコになって駆け出していった。な、なんかごめんね……。
× × ×
そんなこんなで放課後。
昼休みの留美とのLINEと川崎とのやりとりで癒されて(由比ヶ浜は哀しかった。ただただ哀しかった。部室から戻って来た時の疲弊の仕方が尋常じゃなかった)、午後はとても気持ち良く過ごした。
ちなみに部活は無しになっていた。
雪ノ下が本気を出して由比ヶ浜を調教もとい指導するらしく、その空気を察して帰ることにした。
帰る間際にちらりと振り返った時の、「行かないで」と訴えかける由比ヶ浜の瞳は一生忘れない気がする。
雪ノ下は素敵すぎる笑みで「依頼が来て人手が必要になったら呼ぶわ」と言ったんだけど、一旦帰っても呼び出されるってそれ俺社畜にも程がありません?
留美に指定された公園に行き、噴水前で待機する。
ゆうて水場なので、思ったより冷えた空気が身体に染み込んできてぶるりと震える。
そのため数メートル程そそくさと離れた。
温かいマッ缶(本日二本目)をちびちび飲んでいると、前方に昨日会ったばかりのわがまま姫の姿が見えた。
小さく手を振ると、はっと目を見開いて頬を赤らめた。寒いんだろうか。まだ寒いよね。夕方前だし。
とてとてと歩いてくると、俺の袖をきゅっとつまんだ。
何で俺の周りの女子はこういうのが得意なんでしょうか……。と思ったんだけど、留美は俺の袖をつまむと更に顔が赤くなっていた。俺から熱が伝播したんだろうか。そんなに体温高かったっけ?
留美は俯いた状態から、視線だけ向けてきた。
天然ものの上目遣いは凶悪だ、マジで。
「……八幡。どこ行く?」
「え、どっか行くのか」
「寒いでしょ」
「や、そりゃ寒いけど。じゃあそれならせめて街中でも」
言うと、留美はふるふると首を振って、周りを見渡した。
釣られて視線を巡らせると、公園特有の整えられた並木道が見える。
「……その前に、こういうとこ、一緒に……歩いて、みたくて」
「…………お、おう。そうか」
どうやら、わざわざ遠まわりをしたいらしい。
言葉に詰まって、目の前の少女を見つめる。
顔を赤らめて、途切れ途切れの言葉で告げる留美が、予想以上の破壊力を持っていて。
……妹的な可愛さだよな、うん、そうだよな? と自分に言い聞かせた。
「……くしゅん」
直後、留美が可愛らしいくしゃみをした。
一瞬の逡巡。
……妹的な可愛さだよな、うん。
……あと、寒いんだよな、うん。
その二つを頭の中で繰り返して、何度も予防線を張り巡らせて――辺りを見回して、留美を胸元に抱き寄せた。
「え……っ」
留美が俺の胸元(正確には鳩尾辺り)で驚いたように声を漏らす。
「あー、その、なんだ、寒そうにしてたしな。……あと、その、なんだ」
さっきの留美の言葉と仕草を思い出して、頬をぽりぽりと掻く。
「……留美は可愛いな」
言った瞬間。
あ、やってしまったと気付く。
昨晩も、今日の昼も、これでやりとりが途切れたのに。
反応を窺おうと下を見ると、
「……~~~~っ」
「こらこらこらこら」
俺の服を摩擦で焼き切ろうとしてるのかと思うくらいの勢いで、高速でおでこをこすり付けてきた。無言で。
落ち着けようと、留美の頭をゆっくりと撫でる。
留美の髪はさらさらで、撫でる度にふわりと柔らかな香りが舞った。
結局この後、留美が俺の胸元から復帰するまで(すごい表現だ)十分ほどかかり、その間俺は草食獣ばりに周りに視線を巡らせていた。
続く。
ルミルミでした。
サキサキはちょっと久しぶりに書いておこうかなと思って出してみました。彼女が一番ブランクが空いているので。
一週間お疲れ様でした。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!