留美とのぶらり並木道散歩と相成って、公園の中を二人並んでのんびり歩く。
隣にちらりと目をやると、留美はやや緊張した面持ちで表情を固くしていた。
「……留美、どうした? なんか緊張してるように見えるけど」
何とは無しに聞くと、留美はぴたりと足を止め、複雑に感情が入り混じった表情を浮かべた。
俺の袖を忌々しげにぐいぐい引いて、ジト目を向けてくる。
「……別に、緊張なんか、して、ない」
「……そうか」
これ以上追求すると確実に怒られると判断して、早々に会話を切り上げる。
小町との会話で学んだ対女性術(特に年下)だ。
二人の間に沈黙が下りると、とあることに気が付いた。
本来、人と人との間に生じる沈黙というのは、得てして気まずいものだ。
時間と空気感それぞれの間隙を埋めようと、会話に慣れていないのにあれやこれやと喋りたて、盛大にミスを犯す。
具体的に言うとだだスべる。鬼のようにスべる。
自分で心の闇の扉を開けてしまった……。
しかし、今目の前にいるこの子との間に流れる沈黙は……存外心地良い。
二人の間を春の柔風が吹き抜ける。
夕方になって冷え込むはずなのに、さっきまで一人で居た時に比べて風の体温は幾分温く感じた。
いつもよりゆったりと流れゆく風が、木々の葉を揺らす音に耳を澄ませていると、留美が顔を上げて俺に視線を向けた。
その瞳に宿った穏やかな光に、心の内がむずがゆくなる。
「どうした」
「なんか……喋らなくても、結構楽しい、かも」
おお。
なんか妙に、嬉しい。
「……奇遇だな、俺もそう思ってた」
やや上ずった声音での返答に、留美はきょとんと目を見開いて。
そして穏やかな笑みを浮かべると、顔を前に向けた。
再び、柔風が吹く。
留美の艶やかな黒髪がふわりと靡くと、小さな左耳が見えた。
仄かに朱に染まった耳。
ちらりと留美を見ると、何とも幸せそうに頬を緩めている。
目が合った。
「…………」
何も言わず、互いに目を逸らした。
……今、何で俺まで恥ずかしがったのか。
その理由が分かるような、けれど分からないような、曖昧な気持ちを胸に湛えたまま。
二人の公園散歩は、尚も続く。
× × ×
ぽてぽてと歩く。
二人の会話は途切れ途切れで、ふわりと話題が下りては、お湯にわたあめを入れるかのように声のやりとりが溶け消えていく。
コミュニケーションが苦手な者同士の、ぎこちない会話。
なのに。
俺と留美は、絶えず笑っている。
それは声を上げて笑うといった類ではなく。
穏やかに、柔らかに、微笑むものだった。
留美の口数が少ないのは、俺には殊更ちょうど良い。
多少どちらかのテンションが上がれば、もう片方も自然と口数が増える。
片方が飽きたら、もう片方も無理に話を掘り下げようとしない。
自由気ままに、まるで一人で居るときのように。
そんな、緩やかな時間が、二人の間には流れていた。
「…………」
ふと、留美の視線を感じる。
「どうした」
少し掠れた声で応じる。
喋ってなさすぎなことによる弊害なのだろうか。
前に話したのは何分前だったっけな……。
「…………」
俺の問い掛けに答えず、小さなお姫様は俺をじっと見つめる。
留美の足が止まった。
釣られて俺も止まる。
留美の視線が、俺の手に向けられる。
そしてその視線が、今度は留美自身の手に。
「……ああ」
うん、なるほど。
そうかそうか。
…………。
……ええ~……?
や、うん、大丈夫。これは妹接待スキルを発動するに過ぎないから。
うん、大丈夫、大丈夫……。
留美の手がぴくりと動く。
微かに、手の標高が上がる。
留美の表情を見ると、緊張の渦に飲まれていた。
留美の手をそっと握って、渦の中から助け出す。
小さな手が、やっと来てくれたと言わんばかりに握り返してきた。
互いの体温を分け合うと、留美の喉が、こきゅっと小さく鳴った。
きっと、俺の喉も同時になっていただろう。
けれど、自身の心音にかき消されて、自分が他に発する音は耳に入らなかった。
「……行くか」
手汗が滲んでるのではと気にしながら、消え入りそうな声で呼びかけると。
「……ん」
短く応えて、留美がもう一度手を握り返した。
× × ×
尚も散歩は続き、ぽてぽてと歩く。
……しかし……。
「……なあ、留美」
「なに?」
留美の方を向き、話しかける。
俺に向けた顔はまだ微かに緊張が残っているものの、何とも言えない程幸せな雰囲気を纏った笑みを浮かべていて、見ているだけで気持ちがふやけた。
「その……なんでこんなすぐに会おうとしたんだ?」
ずっと考えていたことを尋ねると、留美は驚きで目を見開いた。
その様子を見て、慌てて続きの言葉を紡ぐ。
「や、だって、な。今までは偶然会うばかりだったろ? 昨日だって偶然だった訳だし。それなのに急にこんなに連絡くれたり会ってくれたりするってのは何でなのかって思って。俺は別に悪い気はしないから良いんだけど」
昨日会ったのは偶然と言うことにしておいた。俺は留美の家の前で何も聞いたりしていない、うん。
しかし、まあ、うん。
留美が不快にならないようにと、必死で捲し立てるように喋ってしまった。
わたわたと繋ぎ合わせた言葉は、ポケットから取り出したイヤホンのようにしっちゃかめっちゃかなものになってしまった。
けれど、それでも効果はあったようで。
「……なに慌ててんの」
留美が呆れたように、けれど嬉しそうに、くすりと笑った。
ああ良かった、不快に済んだと安心していると――留美が頬を薄桃色に染めて、ふいと顔を逸らした。
「……それは、その……」
「?」
「……単純、接触、効果……って、やつ……?」
「え?」
「な、何でもない。ほら、行くよ、八幡」
もにょもにょと聞きなれないフレーズを口走ったかと思うと、俺と繋いだ手に力を込めてぐんぐんと進み出した。
「待て待て。今言った言葉ってどういう……っていうか犬扱いすんなよ」
つい律儀に挟んでしまったツッコミも相まって、このくだりはさらりと流れてしまった。
× × ×
なんだかさっきまでとは雰囲気が変わったなと思いながら歩いていると、不意に手の感触に変化が起きた。
手の指と指の間に、留美の細い指がするりと入り込んでくる。
「……!? お、おい……っ!?」
不意に上がる心拍数にどぎまぎしていると、留美が上目遣いで見つめてきた。
「……別に、良いでしょ……?」
「……お、おう……」
ま、まあね。可愛い妹分ならばいくらでも……。
……可愛い、妹分……?
……妹……?
ずっと自分が張っていた予防線に、ふと違和感が走った。
× × ×
それからしばらく。
結局、二人でいわゆる恋人繋ぎをしたまま、留美が帰らなくてはならない時間までひたすら散歩してしまった。
「そ、そろそろだな」
言うと、留美が名残惜しそうに眉根を寄せて、子犬のような瞳で俺を見つめた。
や、やめろ、家に連れ帰りたくなるだろ……!
一瞬で社会的に消されてしまうけどな。
「……うん」
ifルートの自分が辿る末路に戦々恐々としていると、留美は存外素直に受け入れてくれた。
繋いだ手を離すと、途端に夕方の薄ら寒さが増したように感じる。
「……八幡」
留美が俺を呼び、正面に回り込んで俺の両手を握った。
俺の手よりも一回りも二回りも小さい手は、何かを伝えようと俺の手をきゅっと握っている。
留美が顔を上げる。
その真剣な表情に、鼓動がどくんと高鳴った。
「八幡……今、彼女って、いる?」
儚げな声で問い掛けると俯いて、長い睫毛が憂いを帯びた瞳を覆い隠した。
夕焼けが照らす留美の顔は、絵画を思わせる程神秘的で美しい。
「……いない、けど……」
真剣な表情を浮かべる留美を見て、茶化すという発想は即座に霧散する。
代わりに漏れ出たしどろもどろの答えに、留美が握る手の力がふっと抜けた。
「……そっか」
言って、手を離して前にてくてくと歩いて行き、ぴたりと立ち止まる。
背中越しにも、まだ何か言いたいことがあるのだと伝えてきて、無言で続きを促す。
「……今私が中学一年で、八幡が高校三年。中学も、高校も、かぶることが絶対無い。大学に入ったって、八幡はきっともう働いてる」
「……そうだな」
「……私、もっと八幡と一緒に居たい。だめ?」
小さな背中が、夕暮れの中微かに震える。
「え、や、別にこうやってちょこちょこ遊ぶくらいなら……」
「だめ」
不意に。
留美の言葉の密度が増して、俺の尻すぼみの言葉を吹き飛ばした。
「……それじゃ、だめなの」
留美の声が、泣きそうになる。
背中を見つめて、彷徨うように腕を上げて留美に近付くと、留美がくるりと振り返った。
その顔は、少女ながらも驚く程大人びた女性のものになっていて。
「だ、だから……八幡。わ、私が、もらってあげようか?」
「……………………へ?」
伸ばした手もそのままに、素っ頓狂な声を上げる。
さっきまで二人を包んでいた風が、留美の言葉に呆然自失とする俺の寄る辺を奪うかのように去って行った気がした。
真空状態になって音が届かなくなった空間の中で、一人考える。
え、ええと、今、留美は何て……?
あ、そうか、俺をもらうのか。うん、もらってくれるんだな。
ええと……。
留美が、俺を、もらう。
……命とかだろうか。
わーやだ、留美は悪魔だったのかそうかー。
悪魔ってよりかは小悪魔かなーなどと必死で考えていると、留美が呆れたようにジト目を向けてきた。
「……何か言ってよ」
「あ、や、その、すまん。突然だから驚いて」
頭をがしがしと掻いて、うんうん唸りながら言葉を紡ぐ。
俺は、今目の前で真剣な表情を浮かべている、綺麗で生意気でとても可愛くて居心地が良い女の子――留美と、どうありたいか。
ここで、きちんと答えた方が良いのだろうか。
「……その、確かに留美は可愛いと思う。懐いてくれるところも、たまに見せる笑顔も、ツンツンしておいてその後ふっと声が柔らかくなるのも、みんな可愛い」
「……~~~~~~~~っ」
今まで思っていたことを一つ一つ丁寧に、留美の目を見ながら届ける。
留美が目をぐるぐるさせるんじゃないかと思う程茹でダコになっているが、まあ今はご勘弁を。
「でも、まだ俺の中では妹みたいに見え――」
「『まだ』」
「……え?」
言葉を遮るように、留美が言った。その顔は真っ赤ながらも真剣そのもの。
年下の女の子ではあるけれど、その瞳には既にしなやかな強さを纏っていた。
「八幡。今、無意識かもしれないけど、『まだ』って言い方をしたよね? ていうことは、八幡にとって私は、『まだ』……か、可愛い、妹みたいに見える……んでしょ?」
「あ、ああ……」
自分で可愛いと言おうとして耳まで真っ赤になるのは反則だと思うんです。
だから――と、留美は今にものぼせそうな顔をしながらも、真摯な表情で俺を見つめる。
「私、これから八幡に、全力で……あ、アプローチ、する、から……ちゃんと、見てて?」
「え、お、おい……っ」
「じゃ、じゃあ……っ!?」
「!? あぶね……っ!」
留美が慌てて駆け出した直後、がつっと躓いて留美がよろける。
慌てて手を伸ばすと、留美を後ろから抱きかかえる形になった。
「だ、大丈夫か……っ」
「あ、ありが……っ」
留美が振り向いて、二人の視線が、ぱちりと合う。
わずか、数センチの距離で。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「………………じゃ」
「……じゃ?」
「ま、また明日……っ!」
「あ、おい……っ」
俺の懐からするりと抜けて、留美が駆け出す。
風に靡く髪は、いつもと比較にならない程右に左にと揺らいでいた。
留美が去り、人通りが無く誰もいない並木道に一人佇む。
留美の真剣な表情と、言葉。
留美の小さな手の感触。
何より、ルミの笑顔。
並木道の木に背中を付けて、腕で目を覆って天を仰ぐ。
「……妹って思わねえと、持たねえと思ったのに……」
ふと独り言ちたこの言葉が。
俺と留美との関係に、特定の変化が訪れるのは時間の問題だ――ということを、簡潔に示していた。
続く。
ルミルミでした。お久しぶりです。
レベルアップをもりもり図っています。うーん、楽しい。
久しぶりに宣伝を。
Twitterをやっています。
takahashi_toru_
結構な頻度で色んな方と絡んでいます。とても楽しいです。よろしければぜひ(^^)
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!