恋愛に関する推論や方法論などは、とにかく世に溢れ返っている。
それは小学生の頃から聞いたことがあるようなベタなものから、裏をかいたひねくれたものまでごまんと転がっている。
学校の中にも。
街中にも。
ありとあらゆる場所に。
それを信じた人が、いたずらに試しては手痛い目を見て、けれどその一方で「私はこのやり方で上手くいった」などと嘯く輩が出てきて、ありとあらゆる噂が現実でもネットでも跋扈する。
その様は正に。
都市伝説。
街談巷説。
道聴塗説。
こういう具合に括ってやると、世の中のあらゆる青春ブタ野郎たちが噂に振り回されて「きゃー! きゃー! ぎゃー!」などと喚いていても、可愛らしく見えてくる。
けれど、こんな言い方はあくまで自分が蚊帳の外にいる状況だからこそ出来るのである。
ゆるふわな同級生や先輩後輩に囲まれて、部室で紅茶を飲んでまったりしたり。
自分に憧れて、愛している、抱いてほしいとまで言ってくる美少女天才小説家が毎日のように家に遊びに来たり。
グラウンドの真ん中で国民的美少女に愛を叫んだり。
そういった行為が、あくまで自分に関係の無い、別世界・異世界のことなのだと完全完璧に割り切ってしまえる状況だからこそ、涼やかな目で達観出来るのだ。
もし、自分がこういった色恋沙汰に巻き込まれたとしたら?
途端に、そういった噂話が身近なものに思える。馬鹿らしく思えなくなる。
そういうものなんだろう。
――こういった噂話の中に、「一度目の告白で失敗しても、それによって相手は告白してきた人を意識するから、その後のアプローチの効果が上がる」といった話がある。
すげぇ具体的な例を挙げちゃったよ、ウケる。……ウケねぇ……。
まあ、その、なんだ。
色々と前置きをして、ふわっとした話をしたり急に具体的な話をしたりと色々やったけれど。
今言いたいことはただ一つ。
どうしよう。
× × ×
「……………………」
留美と放課後に公園を散歩した、その日の夜。
帰るなり着の身着のままでリビングのソファに倒れ込むと、顔を突っ伏したまましばしぼーっとする。
眼鏡をかけてたら今の動作で鼻当てが耳にめり込んで悶絶してたな。超どうでもいい。
そこから、無言ですびっと立ち上がり、何も思考が纏まらないままに座り込み、碇ゲンドウモードに入る。けれど、思考は一向にまとまらない。
えーっと、留美が俺に「もらってあげようか」と言ってきて?
俺は留美のことが妹みたいに見えると言いかけたらそれを遮られて?
アプローチするからと言われて?
しかもそのアプローチは全力なんだとか?
…………。
顔を上げて、天井を見ながらソファの背もたれにどかっと体重を預ける。
「……えぇぇぇ……?」
心の底からの本音が漏れて、肺から力の抜けた息がぼはっと抜け出た。
や、嬉しい。
あの言葉自体は素直に、純粋に嬉しい。
でも、それ以上に、まだ戸惑いがある。
あんなことを言われて、あんなに真っ直ぐに思いをぶつけられて、戸惑わない訳が無い。
俺はこれからどうするべきか、本当に分からない。
ある意味、今の留美は俺にとって由比ヶ浜より分かりやすく、陽乃さんより分からない。
男を例えに出すと分かりやすいヤツの例が材木座とかになるのでやめておいた。具体例挙げちゃったよ。
ぼへーっとした顔で、今日の留美とのやりとりを思い出す。
赤面しながらも、強い意志を滲ませて言葉を紡ぎ、立ち去っていくその後ろ姿。
「……綺麗に揺れてたなぁ……」
艶やかな黒髪が夕陽に染まりながら、右に左にと揺れる光景は、目に焼き付いていた。
「……あー、ほんとにどうしよう、どうしよう、年下かぁ……」
「年下がどうかしたの?」
「…………」
絶句。
いつの間にか背後に小町がいて、ソファの背もたれに肘をつき、じっと俺を見つめていた。
こちらからは顔と腕しか見えないが、恐らく膝立ちになっていると思われるそのポーズの全貌を想像しただけできゅんとする。や、そうじゃなくて。
こう、なんていうか、うん。
心臓がきゅっ! ってなったよね。きゅっ! って。
予想外のタイミングでの小町の出現に、心臓が熱いビートを刻んでいると(言い方が鬱陶しい)、小町が首をくりんと傾げた。なんだそれ可愛いなお前。
「綺麗に揺れてたって、誰のこと?」
「なんでもねぇよ。気にすんな」
「結衣さん?」
「お前は何を想像してんだ」
まさかのぶっこみだった。
確かに体育の時間は何だかんだガン見するけどな。
たまに気付かれて、顔を真っ赤にして「うぅ……ヒッキーのばか……」と言われてひたすらに謝るんだけど、胸を隠すと却ってエロく見えるよねごめんなさい何でもないです。
小町が逆側に首をくりんと傾げる。ほんと可愛いなそれ。
「それか……揺れたのは雪乃さんの髪とか?」
「なんで結構良い線をつくんだお前は」
確かに、雪ノ下の髪がさらりと揺れただけでも、それは一枚の絵になる程美しい図になる。
つい反射的に返した言葉を聞いて、小町が「ほーん? ほーん?」と意味ありげににやにやし始めた。
「良い線行ってるんだー。ほーん?」
「うぜぇ……」
それでいてスーパー可愛いから手に負えない。一生傍にいたい。やだ俺気持ち悪い……。
「年下って言ってたからいろはさんかなぁとか思ったけど、今の感じだとまた違うみたいだねぇ」
「いつの間に仲良くなってんだお前は……」
「ん? お兄ちゃんと違って小町はコミュニケーションがばりばり出来るからね。あっと言う間に人気者になれるし。いろはさんみたいにお兄ちゃんの近くに居る人とは漏れなく仲良くなってるのです!」
がばっと立ち上がり、腰に手を当ててむふふと自慢げに胸(無い)を張った。
「何この子怖い……」
同性だからとは言え、すぐに名前呼びに持って行ける能力はもはや脅威でしかない。
正にコミュニケーションモンスター、略してCМだ。この略し方超どうでもいい。
ちなみに小町は無事総武高に合格していて、本人が言うように既に学校の中で一際輝きを放っていた(妹補正を差し引いてもそう言える)。
正統派可愛い系世界の妹小町である。
なげぇし超薄っぺらいなこの肩書き。
俺が対人スキルを発揮出来るのは精々妹に対してのみだが、小町の場合はその範囲が異様に広い。
誰にでも優しく、それが故に勘違い男子によく告白されるようだ。
取り敢えず川崎大志は告白の有無を問わず小町に近付くな。
心の中で命令しておこう。
まあ、あいつが総武高に受かったのかどうかすら知らないけどな!
小町の周りをぶんぶん飛び回る羽虫どもを如何に撃ち落とすか考えを巡らせていると。
小町が目を細めて俺をじっと見つめ、目を閉じてうーんと唸った。
ぱちりと開けて、またしても首を傾げる。首傾げを推してるのん? どこの有名アニメ制作会社さんだ。あれすげぇ可愛い。
「ていうかお兄ちゃん、いろはさんの名前を出しても全然動揺しなかったね。やっぱり違うんだ」
「待て待て待て。お前は何の追求をしてんの? 何を当てようとしてんの?」
慌てて聞くと、小町が腕を組んで「ほえ?」と首を傾げた。
「そりゃもう、今お兄ちゃんが気になってるけどどう接したら良いか分からなくなってるであろう女の人が誰なのかを当てようとしてるんだよ?」
「…………」
二度目の。
絶句。
「うーん、年下で、それでいて黒髪ロング……お兄ちゃんと学年が同じかそれ以上なら、お義姉ちゃん候補はいっぱいいるんだけどなぁ……」
さり気なく年下と黒髪ロングが情報として確定されている。
「や、なんでそんなことが分かるんだお前」
「あ、ほんとにそうなんだ」
「…………」
この子、職業なんだっけ? 高校生だよね?
言葉を紡げば、その声音や表情から色々な事が読み取られてしまう。
そんな、メンタリストと対峙したような謎のプレッシャーに見舞われていると、小町が小声でぶつぶつと「まさか、あの子……? や、でも、そんなに会う機会も無いだろうし……でも小町が知らないだけで、これはもしかして……まさかそんな……」などと呟いている。
ほとんど特定されていそうでマジで恐い。
不意にスマホの通知音が鳴った。音の長さからして、メールではなく電話のようだ。
その音は明らかに俺の鞄の中から響いている。
電話を掛けて来る相手など、一人しか思い浮かばない。
小町の目つきが変わった。ヤマピカリャー。
「おやおやおや? どなたでしょうなぁ?」
「背もたれから身を乗り出すのをやめろ」
腰を掴んで放り投げて一回転させたくなる。
小町を手で牽制しつつ、画面を確認する。
案の定、『鶴見留美』の文字が表示されていた。
視線も交えて小町を更に牽制しつつ、リビングを出る。
リビング以外の電気は点いておらず、廊下は薄暗がりになっている。
若干慌てている為に、電気を点けないまま画面をスライドさせ、電話に出た。
『……遅い』
『わりぃ。小町とリビングに居てな』
『小町……さん』
『ちょっと待て、なんで今『よし、覚えたぞ』って感じを出したんだ』
『なんでって、それは……』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『……それで、どうしたんだ?』
『……こほんこほん。うん、えぇっと……』
『大丈夫か? 風邪か?』
『ううん、ちょっと乾燥してただけ。……うそ。やっぱり風邪かも』
『なんで切り替えたんだ今』
『風邪引いたら、八幡が看病に来てくれるかなって』
『急にそこまで切り替わると戸惑いしか覚えねぇぞ』
『……いいの。八幡が家に来てくれたら、その、色々と……』
『……色々と?』
『……ゆ、……』
『……ゆ?』
『……誘惑出来るのに……』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
『……なんか言ってよ』
『……例えば?』
『…………あ、あーんさせてあげる』
『……思いの外可愛い誘惑だな……しかも俺がやるのかよ』
『いいでしょ。私が病人なんだから』
『お前、咳は?』
『…………』
『そこで黙るのかよ……』
『八幡、脱線しすぎ。明日のこと早く話したいんだけど』
『え、あ、ええ? わりい……んんん?』
『明日から連休でしょ』
『ああ、そうだな』
『私の退屈を紛らわせる為にどこかに連れていって』
『清々しいくらいの女王さまっぷりだな』
『……だめ?』
『…………』
『……八幡?』
『……お前、今のはずるいぞ』
『…………自覚はしてる』
『してんのかよ……わかったよ』
『え、いいの?』
『まあ、俺も暇だし』
『八幡の暇と私の退屈を一緒にしないで』
『まさかの変わり身だ』
『ほんとに良いの?』
『女王様の退屈と平民の暇は別らしいというくだりも含めて、問題ねぇよ』
『そういうの要らない』
『え、自分から言っておいてそれか。分かった。じゃあ留美にツッコむのやめるからな』
『え……』
『すげぇショック受けちゃった。わりぃ。続けるから、続けるから』
『……精進しなさい』
『変わり身が早すぎる……それで、行きたい所はあるのか』
『えぇっと……明日までに考えるから。明日の9時に駅前集合ね』
『おう、わかった。それまでに何かあったらまた連絡くれ。じゃあおやすみ』
『え、もう切るの?』
『さっきの脱線は理不尽に咎められたのに……』
『いいの。話すの』
『なんで急にすげぇ可愛くなってんだ……くしゅんっ』
『か、かわ……え、八幡? 大丈夫? 風邪?』
『あー、や、廊下でずっと喋ってたからな……って、あれ、小町がリビングで手招きしてる。寒いから中入るわ』
『小町さん……』
『だから何なのそのテンション。割と好きなんだけど』
『…………』
『あ、や、その、今のは別に……』
『今のは別に……?』
『あ、や、違うんだって。な? えぇっと……』
『……今、女の人の声で『お兄ちゃんクズだなぁ~』って声が聞こえたけど。今のが小町さん?』
『え、小町は入れ違いに出てったぞ?』
『……え、うそ。本当に? だって今、はっきりと女の人の声が……』
『ああ、うそ』
『……次やったら許さないから』
『ご、ごめんなさい。今のは小町の声です』
『……まあ、いいや。じゃあ八幡、また明日ね』
『あれ、もう良いのか』
『風邪引かれても困るし。温かくして寝るんだよ?』
『なんでお姉さん気取りなんだお前は……』
『少しでも精神年齢を上げておこうかなって』
『何その健気な取り組み……可愛すぎるだろ』
『八幡……何回も言われたら、流石に慣れるから』
『声震えてるぞ』
『おやすみ』
『あ、おい、おやすみ』
通話終了。
ぷーっ、ぷーっという音を確認して、ふぃーと息を吐く。
生温い視線を感じて振り向くと、小町が目を細めてうんうん頷いている。どういうことなの……。
「お兄ちゃん、超楽しそうだぁ……」
「そんなでもねぇよ」
「今ので超楽しいんじゃなかったら、お兄ちゃんの人生は輝きに満ち満ちてるよもはや。輝きすぎて小町の視力が落ちちゃうよ」
「輝きに満ち満ちても視力が落ちる程度なのか……」
眩しいには眩しいらしい。
目が腐ってるから光も弱まっちゃうよね……ていうかそもそもそんなに輝いてないよね、とえげつない付け足しをして、小町はにこやかに微笑んだ。
「……うん、年下でも悪くないね」
「……ああ、そうだな……っておい」
「鶴見さん……留美ちゃんで良いのかな? すごく良い子じゃん」
「待って、色々待って」
「何となく予想は付いてたし、漏れてくる声が聞き覚えあったから」
「…………」
「そっか~小町より下か~」
お兄ちゃん半端じゃないね、と含みしかないことを言うと、小町はカマクラをもふもふ撫でてリビングを出ていった。「おやふみ~」とあくび混じりで言いながら。
「…………」
なんか、外堀の一部、しかも結構大きい部分が埋められた気がするんだけど気のせいだろうか。
しかし、明日のことを考えると、どうにも心臓が高鳴る。
「……まあ、なるようにしかならねぇだろ」
独り言ちて、頭をがしがしと掻く。
廊下の冷えた空気が、意外と悪くないなと思いながら部屋へ向かう。
足取りは、自然と軽くなっていた。
続く。
ルミルミでした。LINEに続いて電話のやりとり。うーん楽しいなぁ……。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!