留美と手を繋いで(あくまではぐれないように)、駅の改札前まで来た。
足を止めて、留美をちらりと見やる。
「チャージするか。……あ、留美。お前の分も、ほれ」
手を差し出して、出来るだけさりげなくちょいちょいと促すと、留美がバッグの中に手を入れて、何かメモ書きのようなものを取り出した。
「これ、お母さんから」
「? これは何だ……?」
手渡されたのは、四つ折りにされた紙だった。
「八幡がこういうことして来た時に渡してねって。私も中身は見てない」
「人聞きが悪すぎるだろ……」
今、通りがかった人が何人かちらちらとこっちを訝し気な目で見たぞ、おい。
一体何が書かれているのかと首を傾げながら、紙を開く。
かさかさと音を立てて開くと、そこには達筆な文字が書かれていた。
『八幡くんへ。今日のデートですが、留美にいくらか渡しておきます。何から何まで負担するのは大変だと思うので、八幡くんは要所要所で出してあげて留美のポイントを上げてください。と言っても、もはや上げる必要はないみたいだけど……。留美にも同様のことは伝えていますが、この手紙は見せないでくださいね。あの子、照れちゃうみたいだから。それでは、うちの娘を大事にしてください』
「…………」
うわぁ……。
何これ、死ぬほど恥ずかしいんだけど。
何も言わずにそっと鞄にしまうと、留美がくりんと首を傾げた。
「何が書いてあったの?」
「ああ、まあ何てことない。留美には見せないようにって書かれてた」
「そ。何で顔が赤いの?」
「気にすんな。……まずはチャージするぞ」
「? うん」
切符売り場に歩みを進めると、留美がするりと手を握ってくる。
目が合うと、目を細めて楽しそうに微笑む。自然に湧き出たのであろうその笑顔に、胸がとくんと高鳴る。
……外堀と本丸が同時攻撃を受けている……。
× × ×
「うわぁ……」
留美の辟易とした声が聞こえる。
連休初日の朝。
ゴールデンウィークなんていう大層な名前のついた大型連休でも、その過ごし方は人によって様々なようで。
果敢に出勤しようとしているスーツ姿の人もいれば、いかにも今から遊びに行くぞという体の家族連れや男女入り乱れた若者のグループもいて、通常の休みとは明らかに空気感が違う。
留美は人の波に次ぐ波、大波小波を見つめて打ちひしがれたような顔をしている。ま、まずい、入りから最悪の印象を抱かせてしまった。
――と。
「留美、あぶねぇぞ」
「え……きゃ……っ」
後ろから体格の良い人が歩いてきたので、留美の肩を抱き寄せて避ける。
可愛らしい声を上げて俺の腕の中にすっぽりと収まった留美が、驚きで目を見開いている。
「わりぃ。ぶつかりそうだったんでな」
「う、ううん。……あり、がとう……」
「お、おう……」
「…………」
「…………」
しばし、無言。
ざわざわとした構内の中にいながら、目の前にいる留美の微かな吐息が何よりもはっきりと聞き取れる。
……人混み、悪くないかもね、うん!
留美の頭をぽんぽんと撫でて、声が裏返らないように意識しながら話しかける。
「と、取り敢えず行くか。な?」
「……ん」
俺の言葉に、留美は顔を上げて嬉しそうに微笑む。
なんか頭がくらくらするな、何でだろう。
抱き寄せた肩の感触を惜しみつつ、再び手を繋ぐ。
留美が何も言わずに指を絡めてきたダメージは、中々甚大だった。
× × ×
「……え……っ」
辟易も疑問も通り越して、絶望じみた声が隣から聞こえる。
俺たちの目に飛び込んできたのは。
ホームに並ぶ、
人。
人。
人。
そしてホームに入ってきた、ちょうど俺たちが乗らんとしている電車の中にすし詰めになっている、
人。
入。
人。
動揺して似た漢字が混ざった。
「八幡……」
留美が、心の底から「え、これに乗るの?」という目をしてくる。ちょっと泣きそうだな。何かぞくぞくして何でもないです。
頭をくしゃりと撫でて、留美を見つめる。
「心配すんな。守るから」
「……うん」
俺の言葉に、留美が頷く。
並んでいた人たちが二股に割れ、電車の中から鉄砲水のように人が流れ出てくる。
留美が既に泣きそうな顔をしているので、この時点で既に何度も頭を撫でているというシュールな状況だ。
出てくる人波が途絶えると、将棋倒しになりそうな勢いで人が吸い込まれていく。
多分、車両の真ん中に居ては留美をかばいきれない。
そう思い、留美の肩を抱いて、留美を壁際に誘導する。
留美の背中が壁についたところで、俺は留美を庇うように壁に手を付ける。
人口密度が増してぎゅうぎゅうと背中が締め付けられるが、留美が圧迫感を感じないように、背中と腕に力を込めて何とか体勢を保つ。
「八幡……ありがと」
「おう」
胸元から留美の声がする。
視線を下ろすと、目の前に端正な顔立ちが近付いていて、圧迫感とはまた違う意味で心臓が高鳴る。
しかしこの状態、降りる時まで腕が持つだろうか。記憶が正しければ、こういう時は結構ずっと混んでるよな……と途方に暮れていると。
「八幡……これって、壁ドンってやつ?」
「え」
予想もしない言葉が、俺の顎を小突いた。
見ると、俺は腕立て伏せを壁でしているかのような体勢になっていて、ちょうど留美の顔のすぐ横に手を付いている。
あ、うん。
これ、壁ドンですね、はい。
「……不可抗力だ」
「……わざとでも良いんだけど」
「え」
「…………」
顔を伏せて、俺の胸元に顔をうずめた。おうおう、俺を殺す気ですかね。
電車がゆっくり動き出し、たたんたたんと車両が揺れる。それに合わせて人も揺れて、その度に留美に顔が近付いてしまい、艶やかな黒髪から香るふわりとした甘い匂いに頭がくらくらとしてしまう。
「八幡」
まあ、これなら何とか最後まで持つか……と思っていると。
「腕、疲れない?」
留美が気遣いの言葉を掛けてきてくれた。
「心配すんな。全く平気とは行かねえけど、これなら持つから」
「……こうしても、良いんだけど」
「え……っ!?」
危うく変な声を上げそうになった。
留美は俺の背中に腕を回し、きゅっと抱き付いてきた。
「……八幡も、こうしなよ」
「や、その……っ」
不意の密着に鼓動が跳ね上がり、留美に聞こえていやしないかと心配になる。
「良いから。腕、疲れるでしょ? それにこれなら、私のこと守れるし」
「……っ」
確かに、硬い壁に背中を押し付けるよりは、抱きしめて腕をクッションにした方がよっぽど良いだろうけど。
それにしても、留美。
まさかここまでくるとは……と、驚いていると。
「……っ」
留美が小さく喉を鳴らすのが聞こえた。見ると、俯いている留美の顔は真っ赤になっている。
ああ、そうか。
留美、頑張ってんだな。
俺は何様だよとは思いつつ、壁に付いていた手を離す。
「あ……っ」
右手で留美の頭を、左手で留美の背中を守るように抱きしめると、留美が小さく声を上げた。
視線を下に向けると、無垢な瞳で俺をじっと見つめている。
「……その、まあ、なんだ。確かにこっちの方が疲れないな。留美も守れるし」
「……でしょ」
留美はどこか得意気に言って微笑むと、再び胸元に顔をうずめた。
視線を巡らせると、窓からは無機質なビル群が見える。
その手前、車両の中には色んな表情をした人、人、人。
俺の視界には色々なものが映っているけれど、この子には今、ビル群や人は全く見えていない。
少なくとも、今この瞬間は、視界には俺しか映っていない。
この気持ちが何なのか、まだ分からないまま。
電車は目的地の駅に向かい、ゆったりと進んでゆく。
続く。
ルミルミでした。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!