※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(11)

 留美を抱きしめたまま、電車は目的地に向かってたたんたたんとリズムよく揺れながら進み続ける。

 

「…………」

 

 留美は俺の胸元に顔をうずめてじっとしている。時折短い言葉を交わしたりはするけれど、それも二、三回の言葉の往復でゆるりと途切れる。会話の間隙を埋めるように車両音が聞こえてきて、それが意外と心地良い。

 

「…………」

 

 脈絡も無しにおでこをしゅるしゅるとこすりつけてきた。それが終わると背中がきゅっと抱きしめられる。

 お返しに頭をくしくしと撫でてやると、留美が顔を上げてうっすらと目を細めた。そしてまた顔をうずめて、きゅっと抱き付いてくる。

 うーん、何だかなー。

 うん。

 死ぬ。

 乗り換えまではあと五駅程。長いんだか短いんだか分からない道程は、尚も続く。

 

       ×  ×  ×

 

「おっ……とぉ」

 

 電車が横に揺れて、腕の中の留美ごと横に身体がずれた。

 すると、

 

「……あ……っ」

 

 留美が少し吐息混じりの声を漏らして、どきりとする。何が起きたのかと思い下に目をやると、留美の頭を守っていた右手が電車の揺れでずれて、留美の耳を艶やかな髪の上から撫でる形になっていた。

 

「わ、わりぃ」

「……」

 

 同じ体勢で固まったまま謝ると、留美が俺をじっと見つめてくる。俺の謝罪に対して否定も肯定もしない、それどころか何を思っているのかまるで分からない曖昧模糊とした面持ち。表情をあまり大きく変えない子ではあるけど、最近それなりに感情が読めるようになってきたと思っていたので、見たことの無い新たな一面に緊張が過ぎる。

 何となく。本当に、何となく――右手を添えたままの耳を、もう一度しゅるりと撫でる。

 

「ん……っ」

 

 留美が俺を見上げたまま、目を閉じて口を引き結んだ。長い睫毛が儚げに揺れて、年齢からは考えられない程艶めいた吐息が漏れる。

 

「……っ」

 

 こ、これは……。

 だめだ。

 本当に、だめだ。

 

「わりぃ」

 

 手短に謝って、耳を撫でていた手を留美の頭に回す。さっきと同じ体勢になって、これで二人は元通り、めでたしめでたし……と思ったんだけれど。

 

「……八幡」

 

 留美は俺を濡れた瞳で見つめると、自分の髪をふわりとかき上げた。甘い匂いで俺の鼻腔をくすぐると、小さく可愛らしい耳を露わにした。

 

「……へ……?」

 

 留美の行動の理由が分からない。何で今ここにきて、俺に自分の耳が見えるようにしたんだ? だってさっき俺が留美の耳を撫でちまって変な感……じ、に……。

 

「……っ」

 

 留美の表情から、この子の望んでいることが分かった。分かってしまった。

 ……。

 …………。

 ……………………。

 …………。

 ……。

 …………………………………………いやいやいやいや、何考えてらっしゃるのん? お兄さんびっくりだよ! 全くもうこの子はおませさんなんだか――

 

「八幡……」

「……っ」

 

 変なテンションのモノローグが、俺を呼ぶ声一つにかき消された。

 や、ほんとに、ええ?

 なんで!? どうして!?

 留美は仄かに頬を朱に染めながら、顔を横に向けて耳を俺に向ける。流し目を送る様は妙に婀娜っぽくて、本当に年下なのかと疑ってしまう。

 手に妙な力が入る。

 留美はぴたりと動きを止めて、静かに息をしている。

 駅の構内に居た時と同じように、周りのどんなに大きな音よりも、留美の微かな吐息がはっきりと聞き取れる。

 

「八幡……」

 

 留美の声に、甘えているような成分が混じる。俺にしか聞こえないくらいの小さな声は、俺の身体中に隈なく染み渡って、指先まで甘美な痺れが走る。

 ほんの数センチ横では、何食わぬ日常生活を送る人たちが沢山いるというのに。

 俺と留美の間の、ほんの数十センチの空間だけが、まるで別世界のように思える。

 俺に向けられた耳に触れるということ……きっとそれは、全く難しくない行為だ。ほんの少し手の位置をずらせば、簡単に出来る。

 けれど、きっとそれを実行してしまったら、二人の関係に何か予期しない波が押し寄せてくる。それが二人にとって快い波だったら、恥ずかしくても受け入れよう。けれどもしも、どちらからが受け入れがたい変化をきたす波だったら、その時俺はどうすれば良いだろう。その時留美はどうすれば良いだろう。

 

「……八幡?」

 

 迷い迷っていると、留美が顔をずいと近付けてきた。恐らく背伸びをしているのだろうその動きは、健気な心情が感じ取れて自然と頬が緩んでしまう。しかし留美が再び耳を俺に向けると、心臓がざわざわと波打って、どうしたら良いか分からなくなってしまう。

 

「留美……」

 

 聞こえるかどうか分からない程の、震える声で留美を呼ぶ。消え入りそうだった声はどうやら届いたようで、留美は俺を潤んだ瞳で見つめてきた。

 どうするのが、一番良いのだろう――

 そう、思った時。

 

『間も無く~……』

 

 駅員のアナウンスが車内に響き、電車がゆっくりと減速していく。降りる人が出入り口に近付こうとして、電車の密度が攪拌されていく。

 

「……そろそろ、降りる準備するか」

「……うん」

 

 留美は名残惜しそうに眉根を寄せたが、すぐに頷いてくれた。髪を手で梳くと、外気に晒されていた小さな耳が、再び鴉の濡れ羽色をした髪に覆い隠される。残念だなと思った顔を見られていないか、少し心配になった。

 電車が駅で止まる。

 

 ドアが開くと、外へ流れ出る鉄砲水に、留美と手を繋ぎながら呑み込まれていった。

 

       ×  ×  ×

 

「次の電車は?」

「五分後くらいに来るな」

「……ん」

 

 駅に降り立った後、階段を登って、歩いて、別の階段を下った。今は別のホームで目的地へ向かう電車を待っている。

 留美は俺と手を繋いだまま、俺をちらちらと見ては繋いでいない方の手で髪をかき上げる。まさかの連続攻撃。実際俺が撫でたら色々まずいことになるだろ、分かってんのか。まずいことって何だろう自分でも分からない。

 

「八幡……」

「うぐ……」

 

 俺の名前を呼んでるだけなのに。「……撫でてくれないの?」という感情がありありと伝わる。なんだよこの子表情豊か過ぎるでしょ。表情があまり大きく変わらないのに表情が豊かって器用すぎる……。誤魔化すように頭を撫でてやると、微かに眉根を寄せて上目遣いで俺を睨みつける。「そうじゃないでしょ、ばか」と言われてる気しかしない。

 百面相を楽しむのも悪くないな――なんて思っていると、次の電車が来た。

 電車の中にはそこまで人がおらず、ドアが開いてもさして人が降りてこない。乗り込むと、二人並んでは座れないくらいの空席がちらほら見受けられた。

 空いた席の前まで来て、留美を促す。

 

「留美、座っとけよ」

「私はいい。八幡が座って」

 

 案の定と言えば案の定な会話をしていると、留美が怪しい笑みを浮かべた。そこはかとなく邪悪な笑みだ。いやな予感しかしない。

 

「じゃあ、さっきみたいにして」

 

 予感が1秒フラットで的中した。

 

「俺を殺す気か」

 

 死因が羞恥心って哀しすぎるだろ。

 俺のリアクションを見て楽しくなってきたのか、留美の声が少し大きくなる。

 

「どうして? 私を抱きしめるのがいやになったの?」

「それ絶対、言ってる留美自身が恥ずかしいだろ」

「……」

「図星じゃねぇか……」

「……だめ?」

「上目遣いはマジで反則だからな……」

 

 留美がすげぇ楽しそうだ。楽しんでくれてるなら俺も嬉しいけど、心持ち声が大きくなったままなのは非常にまずい。

 これ、下手したら周りの人に会話が聞こえるんじゃないか――と思った矢先。

 

「わぁ……」

 

 と、何か妙にほわほわした声で感嘆している人がいた。

 声の主を探すと、俺の真正面の席に座っている女の人が俺と留美をちらちらと見ていた。黒髪ストレートの、人の良さそうな美人さんだ。見た目は清楚で品の良い美人って感じなんだけど、その印象を大きな目が裏切っている。どこの古典部部長だってくらいに好奇心に溢れた目で俺と留美をちらちらと見ていて、雑誌で顔を隠してはちょこちょこ覗きこんでくる。そして「わぁ……年上彼氏だぁ……彼女は彼女ですごく綺麗なのに彼氏さんに対してはすごく良い笑顔を見せてるなにこの人たち素敵すぎるー! きゃー!」とかって小さい声で言ってる。なんだこの可愛い生き物。年上っぽいのに年上の感じがしない。取り敢えず女子大生のえる、略してJDEと呼ぶことにする。……どこかで会ったことあるような……?

 

「八幡……」

 

 JDEの強烈すぎる視線に留美も気付いたようで、あからさまに怪訝な顔をしている。さっきまでの楽しそうな顔がどこへやらだ。JDEは留美の表情に気付くと、話しかけるのは遠慮しようと思ったのか、ジェスチャーで手を顔の前に出して「ごめん」のポーズを取り、両手の平を上にして俺と留美に交互に突き出して満面の笑みを浮かべて「どうぞどうぞ! 後はお若い二人にお任せして! ね!」みたいなジェスチャーをしてくる。腹は立つけど言いたいことはすげぇ伝わる。ちなみに留美は目の温度が更に下がっている。JDEも留美の様子を見て顔面蒼白になっていく。これ、この人が謝ってもどうにもならんのではないだろうか。

 どうしたものか――と思っていると。

 

「……うお……っとぉ」

「あ……っ」

 

 電車ががたんと大きく揺れて留美がよろめいたので、転ばないように優しくしっかりと肩を抱きしめた。留美は俺にぴたりとくっついたままで、うっとりとした顔で俺を見る。

 留美と俺の視線が交錯した、その瞬間。

 

「がふぁ……っ!」

 

『!?』

 

 JDEが小さく呻いて、面白い感じで吐血した。隣の人もぎょっとしているけど、なんでだろう、吐血しているのにシリアスなムードが一切無い。あるのはギャグテイストだけだ。

 心配する隣の席の人を手で制しながら、ハンカチで口元を拭うJDE。シュールすぎるだろこれ。

 

「げほっ、ごほごほっ……お二人さん」

 

『?』

 

「……ぐっ☆」

 

 満面の笑みで親指を立てられた。何だこの人、絶対阿呆だけど絶対良い人だ。絶対阿呆だけど。

 

「……ばっかみたい」

 

 留美が俺の肩口におでこを付けて、ぽしょりと呟く。悪態をついているようでいて、その表情はついさっきまでと比べて随分と柔らかい。JDEもそれを見て安心したのか、再び吐血していた。安心して吐血するって……その体質、マジでサスペンスすぎるだろ。多分留美の「ばっかみたい」の破壊力がえげつなかったんだろう。分かるよ、うん。俺も吐血しそうだもん。

 謎の女子大生(らしき人)は結局そこから二駅程で電車を降りた。何かすごい楽しそうだったので僕は満足です。

 空いた席に、二人並んで腰を下ろす。

 

「……ん……」

 

 留美が目をこしこしとこすり、うとうとし始めた。頭を撫でて抱き寄せると、間もなくすぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきた。

 電車旅の時間は、緩やかに流れていく。

 

 

 

 

 続く。

 

 

 




 ルミルミでした。
 寝る直前にどんなシーンを書くか考えていて、昨夜寝入る直前に今回のくだり(耳)を思い付いて急いでメモしてました。
 ルミルミはまーだまだ続きます。どうぞご期待ください(^^)

 それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
 今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!

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