電車のボックス席に、留美と並んで座る。
向かい合って座っても十分距離は近いというのに、留美は俺の隣に座った。
そして今、留美は髪をかき上げて、俺に自分の耳をさらけ出している。
……。
……や、何なんだよ、この状況?
「八幡……」
留美がぽそりと呟き、婀娜っぽい流し目を送る。いつもの大人びた態度とはまた違う、色香を纏った瞳に目を奪われる。
周りを見渡した。誰かが居るのを見逃していれば、それを口実にこの状況は回避出来る。
「……誰もいないって」
俺の心情を見透かしたのか、留美がくすりと笑って俺の手を握る。身体の末端に触れられただけなのに、まるで心臓を掴まれたような気分になる。
大人しく諦めて、前を向いたままゆっくり手を上げると、留美がぴくりと動いた。髪をかき上げたまま、俺と同様にじっと前を見ているようだが、さりげなくこちらをちらちらと窺っている。横を見やる視線が時折交錯する、奇妙な時間が流れた。
「んっ……」
留美の耳に手が触れると、小さな口から吐息が漏れた。本当に小さくて可愛らしい耳だ。留美の反応を見ると、人はこんなにも耳で反応するものなのかと思ってしまうが、自分で撫でても分からないから何とも言えない。それでも留美がこれだけの反応を示すというのは事実だ。
今は……自分の中の何かが決壊しないように、努力しよう。
しゅるしゅると留美の耳を撫で始めると、留美は手を下げて、膝の上に手を置いてきゅっと握り込んだ。
「んく……っ、んっ、んん……っ」
「……っ」
目をぎゅっと瞑って口を引き結ぶ姿が、あまりにも艶っぽくて。湿り気を帯びていく吐息が、ボックス席の狭い四方の空間を妖しく歪めていく。あくまで車両の中にいるはずなのに、まるで鍵を掛けた部屋にいるような感覚に見舞われた。
周りを一瞥する。車掌が来るとも限らないから、慎重にならなければならない。
留美の表情を見ると、俺の手が止まっているからか、微かに息を弾ませて俺をじっと見ている。続きをねだっているのが丸分かりだ。
ごくりと喉を鳴らして、留美のもう片方の耳にも手を伸ばす。
「あっ……」
自然と抱き寄せる形になると、留美は儚げに声を漏らして、抵抗することなく俺に寄り添った。両手でしゅるしゅると撫で始めると、留美が真正面を向いたまま弱々しく震える。
「あぁぁ……んふぅっ、あっ、あぁっ、んんんん……っ」
とろとろに蕩けた瞳はまるで自制が利いていないようで、気付けば留美の手が俺の太ももに触れて、不安げに撫でさすっていた。その動きがまた官能的で、指の一本一本の動きを目で追ってしまう。留美を抱きしめたことにより甘い匂いが鼻腔を貫いて、益々陶然としていく。
「……びっくりして動くなよ。あぶねぇから」
「え……んはぁぁ……っ?」
しゅるり、と。
留美の両耳に人差し指を挿し込むと、留美が唇を戦慄かせた。
「んふぁぁぁ……な、に、これっ……音、音がぁ……っ」
「……音? ……ああ、そういうことか」
どうやら留美は、俺に指で耳の穴を塞がれたことにより、乾いた摩擦音がダイレクトに耳の奥に響いているようだ。触覚に加えて聴覚まで責められて、留美の目は焦点が定まらなくなってくる。視線こそ前に向けているものの、どこを見ているのか分からない。
しゅるり、しゅる、しゅるり。
ゆっくりと留美の耳の中を撫で擦り、耳たぶを指で挟み、反応を具に見つめる。
「んあぁぁ……んっく、んふぅあぁぁ……っ」
俺の太ももを掴む手に、徐々に力がこもっていく。
もっと、もっと、もっと……という、身体の奥底から湧き起こる情欲の炎を感じ取って、ふと冷静になった。
……これ以上は、やめておくか。
「……留美。この辺にしておくか」
指を離して自分の意思を告げると、留美はぼーっとした表情で俺を見つめる。いつもはきりりとした顔つきなのに、今は目尻が下がり、口も微かに開いている。普通の人であればだらしないの一言で片付けられるのに、顔立ちの整った留美の脱力した表情は、何でこうも扇情的に見えるのか。
「……やめ、るの……?」
「……っ、や、だって、それは流石に……っ」
劣情を煽る表情を浮かべたまま、留美がくりんと首を傾げる。俺の太ももをゆっくりと撫でさすっているのは、無意識か、それとも挑発しているのか。
留美がずいと顔を寄せる。甘い吐息が理性を掠め、巧みに揺らしてくる。
その時、
『間も無く~……』
車内にアナウンスが響いた。留美は俺が何も言わずとも手の動きを止め、身を隠す訳でも無いのに息を潜めた。
緩やかに電車が減速し、ぷしゅーという音が立つと共に一人乗り込んで来た。
「……人、入ってきたな」
独り言のような、留美に告げるような、そんな声音でぼそりと呟く。
乗り込んできた人は高校生くらい――俺と同じくらいだろうか――の女性で、どこに乗るかときょろきょろと視線を巡らせると、俺とぱちりと目が合った。するりと視線の交錯を解くと、俺と留美が座るボックス席と、電車の出入り口との間にある二人掛けのシートに腰を下ろす。動向を二人で見守っていると、その人はイヤホンを着けて俯き、ゆっくりと目を閉じた。
「……八幡」
「どうした」
二人の視線の先には、既に目を閉じてうとうととしている女性が居る。あまりじろじろ見てはならないとは思いつつも、留美の言葉がきっかけで思わず女性への視線を強めてしまう。
「あの人、寝ちゃったね」
留美の声音が、どこか柔らかい。
「……そうだな」
「イヤホン、着けたね」
留美が俺の手を握る。俺は視線を前方から動かせずにいる。
「……そう、だな」
「八幡……」
「……っ」
しな垂れかかるように、留美が俺に体重を預けてくる。俺の肩に留美の頭がこてんと当たると、微かな重みを感じた。
どうやら、人がいようがなんだろうが、逃げ場は無いらしい。
「……バレないように、そっとな」
「……うん」
短く言葉を交わして、留美の両耳に手を伸ばす。
「んはぁぁぁ……っ」
艶めいた吐息が漏れて、すぐ目の前にいる女性に視線を向ける。ボックス席の背もたれを挟んでいるとは言え、起きて少しばかり背筋を伸ばせば、俺たちが何をやっているかが丸見えになってしまう。奇妙な興奮が身体を包んだ。留美の身体が先程よりも密着しているから、余計にそう思うのかもしれない。
「あんまり、声出すなよ」
「んん……っ、うん、じゃあこうする」
「え……」
留美が片手を俺の太ももに添えたまま、もう片方の手で自分の口を塞ぎ、俺をじっと見つめた。
……この状態で、触るの?
無言で俺を見つめる留美と目を合わせて、恐る恐る再び指を這わせる。
「んんんんん……っ」
留美のくぐもった声が耳朶を焼く。ぞくぞくとした感覚が足元から頭のてっぺんまで駆け抜け、下半身がざわつく。
これは、だめなんじゃないか……?
そう思っていると、また次の駅に着いた。しかし今度は誰も入ってこない。女性は寝たままだ。留美は尚も俺を見つめている。
留美の耳を嬲る俺の手が、いつの間にか震えている。それでも、止められない。もはや、止めさせてもらえないのか、止めたくないのか、分からなくなっていた。
「んふぅぅぅ……っ」
目を潤ませ、ふるふると震える留美を。
そこから三十分程、俺たちが電車から降りるまで、ひたすらに嬲り続けた。
× × ×
電車から降りると、すぐに歩き出すことはせずに、まずは駅のホームにあるベンチに二人並んで腰かけた。
「……大丈夫か?」
「……八幡の変態」
「否定は出来ねぇ……」
留美が頬を赤らめて俺を睨んでくる。全然怖くないし可愛いしでもう大変だ。
留美は熱でもあるかのように頭がふらふらと揺れている。もちろん、さっきまではこんな風には全くなっていなかった。
「八幡、あれ、今後も続けたいよね」
「え」
何その付加疑問文?
まさかの質問に面食らう。俺は恥ずかし過ぎて、この話題を口にすることは、少なくとも今日のところはもう無いなと思っていたんだけど。
「や、あれは流石に、ねえ? 恥ずかし過ぎるし」
「やりたくないの?」
「……」
俺の本能と倫理観が、ばっちばちのバトルを繰り広げている……。
「その、あれは本当に、な? ましてや人目があるところでなんて……」
「人目が無ければいいの?」
「あ」
「……」
「……」
「……」
「……まあ」
「まあ?」
「前向きに……検討しとく」
「……なにその言い方」
留美が言葉とは裏腹に嬉しそうに笑い、すっくと立ち上がる。まだ座っている俺との目線があまり変わらなくて、改めて可愛らしいなと思った。
「うっし、じゃあそろそろ行くか」
「ん」
留美がひょいと手を出す。羞恥心から俺が視線をひゅんひゅん巡らせていると、留美の手が上下にぷいぷいと揺れた。早く繋げということらしい。手を握ると、留美がするりと指を絡めてくる。
「まずは駅を出るか」
「ん」
「それからなんだが――」
深く繋がった手と手に、心音がとくんと高鳴るのを感じる。
連休だと言うのに人があまり居ないホームが、程好い開放感をもたらしてくれる。
隣を見ると、留美がどこか楽し気に頬を緩ませていて。
幸せな気分で、ホームを歩き始めた。
二人のちょっとした旅は、まだまだこれからだ。
続く。
ルミルミでした。まだまだまだまだ続きます。
めぐりん編のラストで、久しぶりに物凄く沢山の感想を頂きました。本当にありがとうございます。超ありがとうございます。元気がもりもり。めぐりんアフターのリクエストの多さがw益々書きたくなりました、めぐりんアフター。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!