バス酔いした留美から思わぬ不意打ちをくらった。自らの行い(こういうと悪いことをしたように聞こえるが実際は、まあ、うん、ね!)を全力で恥ずかしがった留美がようやく立ち直り、持って来たバッグをごそごそとし始めた。どことなく上品な、それでいて年相応な可愛らしいバッグだ。
中からは二つの弁当箱が出てきた。大きいものの上に小さいものが乗っている。どちらが誰の為のものかは一目瞭然だった。
「……何か、もう美味そうだわ」
開ける前に思わず呟くと、留美は「まだ早いって」と呆れ気味に笑った。見ていないのに感じた予感に我ながら呆れる。まずは大きい方の弁当箱の包みを解く。新緑を思わせる爽やかな色の箱だ。
蓋を開けると、出てきたのは海苔巻きおにぎりに唐揚げ、ウインナー、春巻き、ポテト、レタスやトマトのサラダなどなど。THE・男の子向けという感じだ。
「……すげぇな」
すごく美味しそうなんだけども、ぎっしりと密度高く詰め込まれたメニューにたじろいだ。俺のリアクションを見て、留美が少し慌てる。
「……もしかして、多かった?」
不安が滲む表情を和らげようと、頭をぽんぽんと撫でてぎこちないながらも微笑みかける。
「や、まあびっくしたけどな。すげぇ美味そうだし何の問題も無く全部食べられるぞ。むしろ食べたい」
俺の言葉に、留美の表情がほわっと綻ぶ。どうも俺は留美の表情の変化に弱いらしい。
「良かった……昨日お母さんに手伝ってもらいながら作ってもらったんだけど」
「おお、そうなのか」
「……お母さんには作り方を教わっただけで、ほとんど私が作ったから」
拗ねたような誇らしげなような、複雑な表情を浮かべる。まだ何にも言っていないのに……と思ってふっと笑うと、頬をつねられた。しかも両頬。
むにー。
「らんれら(なんでだ)」
「別に……なんとなく」
ほっぺ、解放。
いかん、ほっぺが緩む。
頬って言うよりもほっぺと言う方が何か和むと気付いた。いいね、ほっぺ。語感が可愛すぎる。
留美の頬はほんのり赤くなっていたが、両手でぺちぺちと叩いて弁当を眺め出した。ちらちらとこちらを見る仕草に、予感を通り越した確信が湧く。やがて箸を持つと、ウインナーを取って俺の口元に差し出した。
「八幡。はい、あーん」
「うぐ……」
確信、的中。
どことなくいたずらっぽい笑みを浮かべた留美が、俺のことをじっと見つめている。
「……あーん」
逃げる術は無いと思い、すぐに観念した。程好く焼けたウインナーの肉汁が口の中に広がる。まだ昼にしては少し早い時間帯だけど、長旅である程度お腹が空いていたからちょうど良い。
「……美味い」
「……ん、そ。はい、あーん」
「うぐぉ……」
留美の目がさっきよりも細められている。俺への攻めが楽しくなってやがるな……。しかも何だか艶っぽい笑みになってるから、これじゃ口の中に入ったものの味なんて分からな唐揚げおいしい!
「……旨い」
いかん、ウインナーからの唐揚げで口が、身体が、完全にがっつり食うモードに入ってしまっている。留美は澄んだ瞳で俺を見つめて、弁当箱をじっと見つめる。迷い箸をしちゃわない辺り八幡的にポイント高いです、はい。
「……次は、はい」
差し出されたのは春巻き。しかも俺の顔をじっと見つめながら、さりげなくおにぎりを俺の手に乗せている。オーソドックスな海苔巻きおにぎりで中には何が入っているか分からないわくわく感があるし、春巻きと一緒に口の中でご飯を楽しむことも出来る。何だこれ、おい、至福かよ。
はむっ。
春巻きの表面のぱりぱり感を堪能して、中の豚挽き肉やたけのこ、人参やしいたけの食感と味を楽しむ。そしてそのまま海苔巻きおにぎりを口にする。シンプルに塩で味付けをしているようだ。ご飯を包んでしっとりとした海苔を口の中で気持ち良く咀嚼する。俺から留美にリクエストして、今度は唐揚げを食べながらおにぎりをもぐもぐ。口内で幸せな化学反応が起きる。
「……八幡、何か楽しそう」
留美の言葉にハッとする。留美は俺の表情の変化をずっと見つめていたようで、俺と目が合うとふっと頬を緩めた。
「……ああ、や、すまん。腹が減ってる上に弁当が美味いから、ついテンションが上がっちまった。正確に言えば食べ始めてからもっと食べたくなったわ」
俺の言葉に、留美が目をぱちくりとさせる。俺の感想に驚いた様子の留美が可愛くてしょうがなく、小さな頭をぽんぽんと撫でる。
「ありがとな」
テンションが変に上がっているせいか、思わずおでこをこつんと当ててお礼の言葉を言ってしまった。
「……あ」
気付いた時には、もう、後の祭り。
「……っ」
留美の顔が、一瞬で茹で上がる。今の状態でおでこをくっつけていたら、絶対熱があると思っただろうというくらいにおでこが熱い。
留美がぱっと顔を離した。口元がもにゅもにゅと動いてる。目線が泳がないのが精一杯という感じだ。
「……あー、その、なんだ、すまふっ」
両頬をつねられたagain。全然痛くないけども。留美さん、俯いてらっしゃる。
「ふぁー、その、ふまん(あー、その、すまん)」
改めて謝る。ふぁーって何だよゴルフかよ。
「……別に、謝らなくていいけど」
留美は顔を上げたものの、そっぽを向いてしまった。顔は依然として真っ赤で、何故か手の動きが止まらない。
左右にむにー。
互い違いで上下にびよーん。
こねくり回してむにむにむに。
むにむにむに。
「…………」
留美がちらりとこちらを見る。流し目を送ったまま、再びほっぺをむにむに。ううむ、弄ばれてるなぁ、俺。全然いやじゃないと思っちゃってるんだけど大丈夫かな俺。
「……柔らかい」
留美が顔もこちらに向けて、不思議そうな目で見てくる。瞳が純真過ぎて、「るみ、はちまん好きー!」とか言いそうだ。あれ、なんで心で思っただけなのにつねる力が強くなったんでしょうか。おかしいな。
「……ひはいんらが(痛いんだが)」
呟くと、ようやくほっぺが解放された。ほっぺ解放って語感良いな。超どうでもいい。
留美が次は何を仕掛けてくるのかとわくわく間違えたどきどき間違えたはらはらしていると、箸を持ってポテトを俺の口元に差し出した。
「あーん」
「……マジか」
まさかの続行だった。
「大丈夫、後は私も自分で食べるから。八幡、一人で食べられる?」
「俺は一般的な高校生だ……」
本当に一般的だっけかな俺、と思いつつポテトを口に入れると、宣言通り留美は自分で食べ始めた。一目で女の子用と分かるちんまりとした弁当箱に入っているおにぎりは、俺が食べているものより一回りも二回りも小さい。はくっ、と小さな口でかじりつく留美は、何だかリスなどの小動物のように見える。
俺も自分でおにぎりを掴み食べる。さっきまでのどきどき感が無いと食べ物のおいしさがより純粋に伝わる気がしたが、同時に少し寂しくもあった。隣を見やると、留美が足をぷらぷらさせながらおにぎりを両手で持ってはくはくと食べている。頭をぽんぽんとして、留美が振り向いた所でぷらぷらさせている足をちょいちょいと指差す。留美は素直に足の動きを止めてぴったりと閉じると、代わりなのかなんなのか、右手でおにぎりを持って食べながら、左手で俺の太ももをぺちぺちし始めた。これもお行儀が悪いだろうと思ったんだが、足のぷらぷら以上にやたらめったら可愛らしいもんで止めるに止められない。
俺はおにぎりをもぐもぐと食べ。
留美はおにぎりをはくはくと食べる。
馴染んだ土地から離れた場所で、一緒に居ると心安らぐ女の子と食べるご飯は、本当に美味しかった。
続く。
ルミルミでした。
仕事から帰宅してお腹の空いた状態で「藤島さんの深夜ごはん」を読んでから今回の話のご飯のシーンを書いたので、その後の夜ご飯がまあ進みましたw
それでは、また明日ここでお会いしましょう!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!