「ごちそう様でした」
「お粗末さまでした」
留美との昼食を終えて、ふぅ、とひと息つく。中々のボリュームだったので、食べ終えた満足感はかなりのものだった。美味かったし。美味かったし。大事なことだから二回言ってみた。
膝に手を置いて、ゆるりと立ち上がる。留美は俺の様子を見て、はてと首を傾げた。
「土下座するの?」
「なんでその発想に至ったの?」
膝の上で手を重ねて、背筋をぴしっと伸ばした上で首を傾げていらっしゃる。可愛いんだけど言ってることがえげつない。
頭をがしがしと掻いて、ちらりと遠くを見やる。歩いてすぐのコンビニを見たことに、留美はすぐに気付いたようだった。
「飲み物でも買おうと思ってな。待っててくれ」
「ん、私も行く」
「……そうか」
俺の返事を聞く前に立ち上がっていたので、良いから待ってろとも言えなかった。手早く弁当箱をバッグに入れて、俺の袖をちょこんと摘まむ。動作が滑らかすぎて反応が遅れた。
頬をぽりぽりと掻いて、辺りを見回す。
木々が沢山生えた空間は、都会と田舎がごちゃまぜになったような、境界線のような不思議な雰囲気を醸し出している。時間が昼時だからか、差し込む日射しもより暖かくなって、公園全体がぽかぽかしているような気がする。
「……んん?」
どうやら、ここにあるのは自然の暖かさだけじゃなかった。
何やら、生温い視線を感じる。
留美も気付いたようで、二人で顔を見合わせて、公園のすぐ横の歩道を行く人を眺める。二人の女子大生らしき人たち――俺の一つ二つ上くらいの人だろうか――が、俺たちをちらちら見ながら歩いている。
耳を澄ますと、会話が聞こえてきた。
『あの子たち、仲良いよね……兄妹かな?』
『兄妹にしては何かこう……男女の関係っぽくない?』
『えー! どうしてそう思うの?』
『だって兄妹にしては……ねえ。男の子が女の子を見る目が、優しいけどちょっとだけ獣っぽくなる時があるし、女の子は女の子で澄まし顔をしながらたまに【抱きしめてくれないかなぁ】って目をして男の子を見てるよ。男の子は気付いてないみたいだけど』
『わー、それは時間の問題だねぇ……年の差カップルだね』
『素敵だね。女の子は大人っぽいし、男の子はひねくれてそうだけど女の子を温かく見守る感じがするし。あ、でもアレなことをする時は男の子はすごそうだね』
『えー! アレってなになに!?』
『えー? そんなの決まってるじゃん。もちろん――』
耳を澄ますのを止めた。大丈夫、八幡は鳥のさえずりを聞いてるだけ。
……ていうかなに、その観察力……。
留美の方を見ることが出来ないまま、何とか言葉を紡ぐ。
「……あー、留美。その、ちょっと離れてた方がああいう風に言われなくて済むんじゃないかってうおお!?」
留美は俺から離れるどころか、腕を絡めてばっちり恋人繋ぎをしていた。
「え、あの、留美さん?」
「……これで、良い」
俯いていて、今どんな心境なのか分からない。左腕に留美がくっついているので、右手で留美の顔を上げようとしたのだけど。
「……留美」
「あ……っ」
何でか分からないけれど。
俺は、留美の顎に手を添えて、くいと上げていた。
や、これ、完全にアレじゃん。
口でするアレじゃん。
八幡、大混乱。
留美は耳まで真っ赤になっていて、俺が見つめるととろんと目を細めた。不意に留美の中に感じる女の面に、心臓がどくんと跳ねる。
あれ、これ本当にどうしよう――と思っていると。
「八幡って……その、すごいの?」
「え」
「だから、その、あの人たちが話してたこと」
「留美。耳を澄ますのをやめるんだ」
「でも……」
留美が潤んだ目を逸らして、女子大生二人に目をやる。俺も釣られて見ると、会話の続きが聞こえてきた。
『……で、彼氏の方が身体がずっとおっきぃから、彼氏が上になった時は彼女の全身を包み込むようにして抱きしめる訳。そうすると包容力にも繋がるし、激しくする時は全く逃げられないっていう意識を植え付けることが出来るから、彼女がМだったら相当楽しいと思うよ』
『わー、わー、すごいね、その洞察力。彼女はМなのかな……ってなんか二人が進展してるぅ!?』
『あー……あれはもう、本当に時間の問題だね』
いつの間にか、呼び方が「男の子」「女の子」から「彼氏」「彼女」になってた。
「なあ、留美……」
「か、彼氏、彼……じょ……」
うん。
耳から湯気が噴き出すのではってくらいに混乱していらっしゃる。
「よし」
「か、彼、し、彼……じょ……っ?」
留美を抱きしめると、腕の中で上ずった声が聞こえた。強張っていた身体から徐々に力が抜けていく。
「まあ落ち着け。な?」
「……うん」
頭をぽんぽんと撫でると、無言で俺の胸板におでこをこすりつけてきた。
――正直、あの人たちが言っていることはその通りだよなと思いつつも。
もう少し、この関係を楽しんでみたい。
そう思っている、自分がいた。
× × ×
留美が落ち着いてから(地味に十分くらい抱き合っていた)、二人でコンビニに向かう。極めて自然に恋人繋ぎをして腕をくっつけてるんですけども何かもう慣れるしかないんでしょうかね。留美が物凄く幸せそうなもんだから、もはや何も言えない。
「八幡。私たち、どう見えてるんだろ」
「……さてな」
えらい澄まし顔で聞いてくるなと思ったら、よく見たら口元にうっすら笑みを浮かべている。こいつ……吹っ切れたら今度は俺を恥ずかしい気持ちにさせようとしてるな……?
「八幡。……本当に、すごいの?」
「……恥ずかしいなら聞くなよ」
二つ目の質問で自爆して、留美が顔を真っ赤にして俯いていた。しかしせっかくなのでいじめてみようかと思う。
「……やったことねぇから分からんが、多分、気持ちが乗ったら相当激しくなると思う……って留美、手めっちゃ熱いけど大丈夫か」
俺が話している短い間に、繋いでいる留美の手の温度ががんがん上がっていた。見ると、留美は俺の二の腕にこめかみを擦り付けて唇を引き結んでいる。効果は抜群どころの話ではなかったようだ。
「……バカ」
「あー、その、すまん」
「ボケナス」
「ほんとすまん」
「体格差を利用していじめるっていうのはほんとなの?」
「あー、さっきの人たちの話か。そうだな、大いにありだな……ってこら」
思わずノリツッコミをしてしまった。留美はカウンターで自爆して、顔を真っ赤っ赤にしている。何だろう、さっきから留美の可愛さが十五割増しになってる。2.5倍じゃねぇかそれ。
× × ×
コンビニに着いて、カゴを持って二人でのんびり店内を回る。やはり大学生が多い様で、店員も大学生のアルバイトらしき人の割合が高いようだ。年が近めの大人が多くて少し萎縮しているのか、留美の動きが落ち着かない。頭をぽんぽんと撫でると、留美はほっと頬を緩めた。ほんわかしていると、周りの視線もほんわかしていることに気付いた。いかん、このままでは俺が死ぬ。
一通り飲み物やその他軽く食べたいものなどを買った所で、留美が俺の袖をくいくいと引っ張った。
「八幡。あれ」
「ん? どうした……って、んん? 何だ?」
コンビニで見かけるようなものでは無いものに驚いた。
視界に入ったのは、コンビニでたまに見かける半額処分品のコーナーだった。こういうのは量的には大した量が入っていない筈だが、一斉点検でもしたのか今はやたらもりもりと商品が詰め込まれている。
その中に、青色の薄い円盤型の物が目に入った。留美が指差したのも、どうやらこれのことらしい。
「何故にフリスビーが……」
どうやら、フリスビーのようだった。
なんでだ。
この辺りではフリスビーを買う人が多いから商品に入れたのだろうか。それも妙な話だ。見たところ新品そのものでまともだし、値段も半額でえらい安くなっていた。
「留美、フリスビーやったことあるか?」
「ううん、ない」
首をぷるぷると横に振った後、フリスビーをじっと見つめた。
「……やってみたい」
「おお、そうか」
留美の意外な発言に驚いたが、じっと見つめる瞳は真剣そのものだ。よっぽど興味をそそられたらしい。
自分のバッグをちらりと見る。幸いフリスビーは小さめのサイズなので、入れて持ち帰ることはさして難しくない。
「じゃあ、買うか。さっきの公園で遊ぶか? 芝生も多いし」
「……うん」
留美の顔が嬉しそうに綻ぶ。コンビニに居るということも忘れて、抱きしめてしまいそうだった。
レジで会計をする間、周囲の人たちから尋常で無い程生温かい目で見られた。
顔が熱い……。
続く。
ルミルミでした。のんびりのんびり。
はるのん編、沢山の感想をありがとうございます!アフター書きたいなぁ……。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!