右隣の、俺の頭から少し下の位置。
そこから、上機嫌な鼻唄がほんのりと聞こえてくる。
コンビニを出た俺と留美は、昼食をとった公園に戻っていた。行きは手を繋いでいたが、今は留美がフリスビーを両手で持ってまじまじと眺めているので繋いでいない。留美はフリスビーを初めて手にしたのか、くるりと回転させて物珍しそうに見ている。凝った絵が描かれているでも複雑な構造をしているでもないので、そんなにじっと見る意味も無いと思うんだけど……本人は至って楽しそうなので、まあ良しとする。
公園に着くと、留美が俺に手ぶりで「そこに居て」と伝えて、てててと離れる。なんだか自分が犬になって待てをされてる気分。
留美が両手でフリスビーを持ったまま、フリスビーと俺を交互に見つめる。そんなに似てるだろうか。俺そんな青くないと思うんだけど。あとそんなに丸くないぞ俺は。世の中に対して斜に構えてる感じは十分に尖っていると言えるだろう。しかし逆らえない人(例:母、小町)には抜群の丸さと言うか従順性を発揮するから、その意味では似ているかもしれない。
なんでこんなにがっつりと考察してんだ俺は。
留美が投げの姿勢に入った。野球のピッチャーのように振りかぶって……野球のように?
「待て、留美。それはやばい」
このままだと一切遊びの余地の無い回転で俺の身体にすっ飛んでくる。両腕を前に突き出して制止を要求すると、留美がぴたりと動きを止めた。真剣なのか何なのか、極めて澄まし顔。殺し屋に命乞いしてるみたいな図になってるんだけど。
「……なんで?」
留美が、振りかぶった体勢のままくりんと首を傾げた。器用なやつだ。しかし可愛い。
「や、その投げ方をしたら全然まともに飛ばねえぞ。ていうか受け取る側が危ない。この場合俺が割れる」
「割れるの……」
留美が腕を下ろした。俺が割れる光景を想像したのか、俺を見てドン引きしている。ちょっと理不尽すぎやしませんかね。
「もっと、こう……」
ジェスチャーで、腰を落として右腕を腰の左側に持っていき、フリスビーを投げる動作をする。エアフリスビーという貴重すぎる機会だった。
「裏拳をかます感じで、こう、な」
言いながら、もう一度ぶんと腕を振る。俺の動作を見てふむふむと頷くと、留美がフリスビーと俺をまた交互に見つめた。だから俺は丸くないって。いや丸いって。どっちだよ。
「練習していい?」
「おう、こいこい」
両手でカモンカモンと手招きすると、留美がてててと寄ってきた。なんで?
「投げる練習じゃないのか?」
「まずうらけんの練習をしようと思って」
「俺を殴るのか?」
まさかすぎる行動だった。
俺の言葉を聞いて、留美がはてと首を傾げる。
「ていうか、うらけんって何?」
「あ、そこからか……」
だから漢字変換されずに「うらけん」って表記されてたのか。表記って言っちゃったよ。留美がフリスビーを投げずにこっちに来たのは、質問をする為だったらしい。何で質問する前に練習しようとしたのかは謎だけど。まあ、女の子は裏拳なんて言葉は聞き馴染みが無いよなぁと思う。男にとっては憧れの技なんだけど。そうでもねぇな。
「裏拳ってのはな……」
何故か今度は裏拳の説明をする。頭の中にはオーガの振り向き様の凄まじい裏拳をイメージしつつ。留美はそれをふむふむと頷きながら見ている。
「こんな感じだ」
「分かった。じゃあ、練習していい?」
「投げる練習だよな?」
「ううん、裏拳の練習」
「なんでだ」
「八幡のしつけに必要かと思って……」
「今から俺を尻に敷くつもりなのか」
「え」
「あ」
事故発生。
責任で言ったら、俺が6で留美が4だろうか。あるいは7:3くらいか。何の話だ。
留美が表情をごまかそうと俯いているが、さらさらの髪の間から覗く耳が真っ赤だから意味を成していない。
留美が自分の頬をぺちぺちと叩いて気を取り直す。俺もそれに習って自分の頬をぺちぺちと叩いた。
留美がとててと駆けて俺から離れる。走り方可愛いな……。
留美が腰をぐっと落とし、フリスビーを持った腕を構える。目つきが真剣そのもので、まるで居合抜きをするかのような気迫を漂わせている。
「八幡。気を付けてね」
「え、そんな危ないことする気なの?」
声が真剣すぎてマジで怖い。
「心配してあげてるの。力加減が分からないから」
力が制御出来ていない幼い魔王かお前は。
「お前これ何のバトルシーンだ。力は全然入れなくていいぞ」
雑なアドバイスだが、これくらいの言い方で良いだろう。
「本気で投げたらどうなるの」
「俺の柔い腹筋に刺さる」
「刺さるんだ……」
留美が眉根をひそめて、心配そうに俺を見る。や、君次第だからね? 分かってるよね?
「じゃあ……んっ」
ふっと力を抜いた留美が、そろりとフリスビーを投げる。力無くぺるるると飛んだフリスビーは、存外適切な力加減だったのか、問題なくこちらへ飛んでくる。
「おお、上手いじゃねぇか……って、おお?」
俺が伸ばした手に到達する直前で、大きく右に曲がり始めた。無機物に嫌われるってもはや才能なんじゃないだろうか。
「よっとっ……とぉ」
数歩だけ走るようにして手を伸ばし、地面に落ちる直前でキャッチする。留美を見ると、何やらほけっとした顔で俺を見つめている。
「どうした」
「八幡……なんか、犬みたい」
「ほっとけ」
フリスビーを手渡して両手で髪をくしゃくしゃとすると、小さな声で「むぅぅ……」と聞こえてきた。草凪優の官能小説の喘ぎ声みたい。男女共によくこういう声を上げて何でもないですごめんなさい。
自分が読んだ本について勝手に思いを馳せていると、留美が俺の手をきゅっと握った。
「八幡。手本が見たい」
留美の言葉に、顎に手を当ててふむと考える。
「俺だって前やったのはいつか分からないくらいだしな……」
「小町さんと遊んだの?」
「なんで初めから小町を指定したんだ」
「じゃあお母さん?」
「何で第二候補が母親なんだ」
「お父さんとは遊ばなそうだから……」
「勝手に家族関係を気まずくするな」
「他に誰がいるの?」
「友達って言葉知ってるか?」
「八幡こそ、その言葉の使い方知ってる?」
「泣くぞお前……あ」
「…………」
留美がいたずらっぽく目を細めて、俺の頭を撫でた。俺の頭を撫でる時の留美の表情が、本当に柔らかくて綺麗だから困る。
しゃくしゃくと撫でられることしばし。
留美の手が離れると、さっきと同じように自分の頬をぺちぺちと叩いた。留美は満足気に微笑んでいる。
「じゃあ、動画でも見るか」
「ん」
俺の提案に、留美がこくりと頷く。スマホをちゃっと取り出し、動画サイトを開く。適当なワードで検索すると、すぐに沢山の動画が出てきた。その中の一つを開くと、もふもふとした毛並みの大型犬と飼い主が映った。飼い主が「ヘクトパスカル! ゴー!」と元気よく声を上げてフリスビーを投げ、それを大型犬が猛然と走っていきキャッチしている。
「すごい……足速い」
「や、それよりも名前だろ……」
二人の着眼点がだいぶずれていた。こういう映像は今まで何度か見た事があるので大して驚かないが、なんで犬の名前に圧力の単位を付けたんだろう。
動画は短かったので、すぐに再生が終わる。すると、留美が顔をスマホにずいと近付けた。
「八幡。もう一回見せて」
「おう。わかっ……」
た……と言いかけたところで、留美と目が合う。二人の間でスマホを持っていたのだけど、留美が身を乗り出したことで、顔が目と鼻の先まで近付いていた。
まず謝った方が……と慌てながらも考えていると、
「大丈夫」
と言われ、動くに動けなくなった。
「じゃ、じゃあ……」
視線を画面に戻し、再生画面を押す。画面を見ていても、互いの耳と耳が触れ合うくらいの距離の為、ずっと緊張している。こんな状態のため、動画の内容がまるで頭に入ってこない。
動画を見終えると、視線を感じた。
横を見ると、留美が俺をじっと見つめている。黒く澄んだ瞳に魅入られて、スマホを持った体勢のまま固まって見つめ合う。
数秒なのか、数十秒なのか、数分なのか。
どれくらいか分からない時間が経ったところで、留美がついと顔を離した。
「もう一回やってみる」
「お、おう」
今のやりとりの照れは無いのか……と内心驚いていると、留美が歩いて離れる途中で、ちらりと振り返って俺を見つめた。その瞳に宿る熱量は、明らかに今日一日の中でどんどん増しているように思えて。
気楽に遊んでいるだけのはずなのに。
今日これからのことを考えて、一体何が起きるのか……と、期待と緊張とで息を呑んだ。
続く。
ルミルミでした。フリスビーで一話使うという。こういうのほほんとした描写ももっと良い感じに書けるように頑張っています。ぺるるる。
この作品を書き始めた約1年前に比べて、俺ガイルの作品数が5倍程になっていて驚きます(当時一般が110程で、R-18が0で、今は532と18作品ずつ)。
<お願い>
最近、また感想でリクエストをする人が増えています。感想で書かれても流れてしまうので、活動報告のリクエスト受付にお願いします。
ぷひー。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!