「いらっしゃいませー! 何名様で……しょう、か……っ」
カフェに入るなり快活な女性の声が飛んできたが、俺と留美の顔を見るなり顔を真っ赤にして固まってしまった。よく見ると、さっき俺たちの様子を見にきた女性店員だった。さっきは気付かなかったが、制服と思われる柔和な緑色のエプロンを着けている。
「え、ええと、すす、すみません、二名様ですよね? あ、いや待ってください、他の人と合流する前にイチャつくというパターンもありますよね! ごめんなさい私ったら想定が甘くて……」
「あ、あの……?」
店員さんが、両頬に手を当てて一人できゃーきゃー騒いでいる。何この海老名さんタイプのターボのかけ方……? 昼時を過ぎた為か、たまたま俺たちの他には客がいないようだから良いものの……。留美を見ると、案の定俯いて俺の陰に隠れていた。耳が真っ赤になってるから相当恥ずかしいんだろう。
「えーと……さっきはすみませんでした。あんな所で」
「いいんですいいんです! 私としましてはもうほんとああいうのが大好きっていうか言い方を変えると大好物っていうか何と言いますかもううふふぃいたたたたた!」
『!?』
俺と留美を置き去りにしてどんどんテンションを上げている店員さんの頭が、不意に後ろからがしりと掴まれた。アイアンクローばりにぎりぎりと力を込めて、店員さんがマンガみたいな声を上げている。
「あんたはお客様相手にな~にをやってんだ……」
凄みの利いた女性の声が聞こえたかと思うと、後ろから別の女性が顔を出した。足がうきかけている店員さん(特に誇張ではない)と同じくエプロンを着けていて、年齢は二十代後半に見える。綺麗な黒髪を後ろに束ねた、顔立ちの整った人だった。あと何気に胸が……。
「八幡、やらしい」
すぐ見抜かれすぎてつらい。店に入って最初に聞いた留美の声が罵声ってどういうことですのん……。
先輩と思われる女性は海老名さん似(テンション的な意味で)の店員さんを鬼神のごとき表情で睨みつける。額に青筋って本当に浮かぶんだ……。
「ごごごごごめんなさいぃぃぃ……」
店員さんがチワワみたいに目を潤ませて謝る。バイブかよってくらいに震えてる。先輩(勝手にそう呼ぶことにする。俺の先輩じゃねぇけど)が後輩(勝手にそう以下略)の顔をぐりんとこちらに向ける。何だろう。このチワワを飼えということだろうか。いくらチワワっぽい目になっているといっても完全に人間だよねこの人。いやしかし女性を飼うって言葉の響きのいやらしさはまたなんとも「八幡、やらしい」何でこの子俺の地の文をあっさり読むんでしょうね!
「あたしじゃなくて、こちらのお客様に謝るんだよ。何勝手にテンション上げて、ご案内もせずに浮かれてんだい」
何とも男気溢れる喋り方だった。なんか「四十秒で支度しな」とか言い出しそう。ロブスター好きなのかなぁ。しかしこれだけさばさばした女の人なのに恋人の前で甘えてるとかってパターンだったら何だよもう最高だ「八幡、やらしい」「ごめんなさい」もはや声に出して謝っちゃったよ。
……いかん、後輩のテンションに釣られたのか、俺もテンションがおかしくなっている。ここに入る前の留美の押し当て(相撲の決まり手みたいな言い方だ)の影響も確実に出ているけど。
「ご、す、申し訳ありません、お客様……」
後輩がしゅんとした顔で謝る。一回目は「ごめん」で二回目は「すいません」と言おうとしたのだろうか。器用すぎるだろ。
「いえ、ほんと、俺らがあんなことしてたから悪いのであって……」
俺が焦り気味に答えると、先輩がきょとんとした顔になった。
「あんなこと……?」
「あのですね……」
先輩の疑問に対して、後輩が耳打ちをして説明する。俺らに許可を取らないっていうスタンスがいっそ清々しい。
「ごにょごにょごにょ……」
「ふむふむ、ふ……む……っ!?」
後輩の説明を受けていた先輩の顔が俺と留美を見つめて、あっと言う間に耳まで茹で上がった。え、なに、こんなさばさばしてんのに尋常でない程ピュアとかそういうギャップの持ち主なの……?
ついさっきまでのきりりとした顔つきがふにゃふにゃと緩み、乙女が恥じらうような表情で先輩が口を開いた。
「あ、そ、その、お、お席にご案内します……っ」
「あ、はい……」
結局人数を確認されぬままに、席に案内される。ちなみに先輩の豹変に後輩はときめいていて、俺と留美もまあまあ動揺していた。
× × ×
「こ、こちらへどうぞ……」
「はい」
先輩(ずっと言ってると、慣れるどころかより変な感じになる)が案内してくれたのは、カフェの中でも奥まった席だった。他に何組か客が来たとしても、恐らくこの場所まで案内されないのではないだろうか。
なんでこんな奥に……? と思っていると。
「こちらは窓からの眺めが店内でも一際素敵でして。また奥まっている為、その、色々込み入った話も出来るかと。どど、どうぞしっぽりとお楽しみください……」
おい。
「や、しっぽりって、ちょっと……」
「お、おしぼりをもってきますぅぅ……っ!」
先輩、退散。
「…………」
留美をちらりと見やる。
「……しっぽり……」
やっぱり食いついてた。
「あまり深く考えなくていいぞ」
「……しっぽり……」
「こら」
「ん……」
髪をくしゃくしゃと撫でると、猫のように目を細めた。うーん、ただ俺が撫でたかっただけかもしれない。
間もなくしてお冷が持ち込まれて(お盆に乗せたコップがかたかたと震えていた。絶対普段はあんな感じじゃないだろうに)、二人ともカフェオレを注文した。間もなくして二人分のカフェオレが届くと(今度は後輩が持ってきた。俺たちを見る目が輝きすぎててつらい)、やっとのことでゆっくりした時間が流れ始める。
「…………」
留美は特に何を喋るでもなく、楽しげに窓の外を眺めては、時折俺を見てにこりと笑う。何の話題も口に出していないのに、全く退屈だとは思わない。不思議な時間だ。
「いてっ」
公園で昼食をとった時と同様に、留美が足をぷらぷらさせていたのだろうか。ふくらはぎの辺りに留美の足が当たる。
「あ、ごめん……」
留美が申し訳なさそうに謝ってくる。
「気にすんな」
頭をぽふぽふと撫でる。あーどうしよう、一日五時間くらいは留美の頭を撫でながら生活したい。何それ天国かよ。
「ん……あ」
留美が不意に声を上げて、俺を見る。にやりといたずらっぽい表情を浮かべると、急に靴を脱ぎ始めた。
「? おい留美、何して……っ」
留美の足――ストッキングを履いた足が、俺の膝上に乗せられる。
留美は俺の質問に対して、にこりと微笑んだ。その瞳には蠱惑的な光が宿っていて、胸がざわつく。
留美が、テーブルに両肘をついて、手を組んで顎を乗せる。そして首を傾けると、ゆっくりと口角を上げた。小さな口が開いた瞬間、中に見えた朱色の舌に目を奪われる。
「何、って……いたずら?」
留美の、湿度を纏った妖しい声に。
どくん、と心臓が大きく跳ねた。
続く。
まさかの三連続ルミルミでした。筆が進んだもので。
モブキャラが軒並み女性なのは、まあ野郎を書いてもテンションが上がらないからというのがとても大きいですw こういうのも書いてて楽しいなぁ……。
ルミルミの次話がどの程度妖しくなるかはその時のテンション次第ですわ……。
リクエストが最近多くて嬉しいです(きちんと活動報告に書いて下さる方が多くて助かります)。応える機会があまり無いですがちゃんとチェックしてますので、折を見て書けたらなと思います。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!