カフェから出て、留美と並んでぽてぽて歩く。せっかくだからということで、さっき降りたバス停のもう一つ先の所まで歩いていくことにした。
「留美、この後どうしたい?」
視線をやや下に向け、艶やかな黒髪を見つめながら尋ねる。留美はさっきのカフェでのやりとりで気恥ずかしくなったのか、今は俺の袖をつまんで歩いている。
「ん……ここはもう結構楽しめたから、後は向こうでもうちょっと遊びたい」
「そうか。じゃあ、帰るとするか」
留美の言葉に賛同の意を示して視線を前方に戻すと、何やら視線が俺の頬にちくちく刺さった。なんだなんだ。
「……どうした」
尋ねながらちらりと見やると、留美が俺をじっと見つめている。瞳の奥の心まで読み取ろうとしているかのような、不思議な目。
「八幡は……良いの? もっと遊びたい所は無いの?」
ああ、そういうことか――と、留美の視線の意図が分かって納得した。わざわざ俺の意思を慮ってくれた訳だ。この子は時を追うごとに、柔らかくて、ふわふわとした温かい心遣いが出来るようになっている。その成長を目の前で感じて、嬉しいと思うと同時に何だかむずがゆい。
「……まあ、カフェ以外はてんで調べてなかったしな。特に希望はねえよ」
言うと、留美が俺の袖から手を離して、俺の手を握った。
「今の、半分嘘でしょ」
「……え?」
驚いて歩を止めると、留美は淡々と喋り始めた。
「八幡、すごい調べてくれてたでしょ。そうじゃなきゃ、あんなスムーズに移動なんて出来ないし。ずっと頼れるなって思ってた。調べた上で興味のある場所が無かったっていう意味では、さっきの言葉の後半は本音だと思った。ちがう?」
「……お前、すげえな」
頭をがしがしと掻いて、
「……正解、それも的のど真ん中を射抜いたみたいな、大正解」
と呟く。
ここまで見透かされたのはものすごく恥ずかしい。しかし、それ以上に、この子が俺をそこまで見てくれて、しかも頼ってくれていたことが嬉しくてしょうがない。
俺の言葉を聞いて、留美は目を細めてにっこりと微笑んだ。
「……ありがと」
言いながら、留美の手の指が俺の指に絡まり、大きさの違う2人の手がぴたりとくっつく。まるで、初めからこうなることが決められていたかのような収まりの良さだった。
留美を見つめて、それから視線を前に戻す。
「……お、おう」
裏返りそうになるのを抑えながら、しどろもどろに返事をした。
× × ×
移動に時間がかかるため、何だかんだで出発地点の駅に着くと既に夕方前だった。
電車では、留美はほとんどの間くぅくぅと可愛らしい寝息を立てていた。そんな留美の肩を抱いて、うつらうつらとまどろむ時間は心地良かった。たたんたたんと電車が揺れる音が心地良い子守唄に思えて、新緑の陽気が俺と留美を包み込んでくれているような気がした。
「八幡、晩ご飯はどうする?」
住み慣れた街に戻ってしばらくのんびりと散策した後、留美が俺に尋ねた。先程から、俺と繋いだ手をしきりにぷらぷらと前後に揺らしている。なんか、すごく楽しそうだ。俺たちは見慣れない土地で思う存分楽しむというよりは、慣れた場所で楽しむという方が合っているのかもしれない。今度は近場の良いスポットを探そうと決めた。遠出はたまにで良いだろう、うん。
時計をちらりと見る。時刻は18時。結構いい時間だ。
しかし、どうもこの言葉を言うのは気が引ける。留美は今、本当に楽しそうだ。それが申し訳ない。それでも、俺には留美を守る義務がある。義務が無くたって守るけども。
ふっと息を吐いて、留美を見る。音が鳴らないように、静かに深く息を吸った。
「そろそろ帰った方が良いと思うぞ」
「え……」
留美が心底がっかりした瞳で俺を見つめる。がっかりというか絶望という表現の方がしっくりくる。
「そんな残念そうな顔すんなって……俺だってほんとはもっと一緒に……こほんこほん」
口が滑った。留美の目がいたずらっぽく光る。やめろ、そんな目で俺の顔を見るんじゃない!
「親御さんが心配するだろ。俺はもう高校三年で、放任主義の家庭にいる男だ。だけど留美は俺とは色々と状況が違う。だから、な?」
「…………」
留美が拗ねて口を尖らせる。普段の澄まし顔とのギャップで、尋常で無い程可愛い。
おお、ほっぺたを膨らませた。眉根を寄せている。
すねている、すねているぞ!
思わず、本当に思わず……。
ほっぺたを人差し指で突っついた。
ぷにっ。
「んぷっ?」
不意打ちだったためか、留美の口からごくごく小さな声が聞こえた。ちょっと高めの、ふやけた声。
「……怒るよ」
「ろれんらはい(ごめんなさい)」
怒るよと言いながら両頬をつねるのはちょっと気が早すぎやしませんかね、留美さん。
頬を解放されて、さすりながら留美を見る。留美はまだ拗ねている。
「……ご飯だとつい楽しくなって長居しちまうからな、ご飯以外であと一ヶ所だけ回るか」
妥協案を提示すると、留美がぱっと顔を上げた。溢れ出す嬉しさをどう表現したら良いのかをまだ知らなくて、どこかぎこちない――幸せの顔。
「じゃあ……もう少しお話したいから、公園に行こ?」
まるでおねだりするように、すがるように眉根を寄せて上目遣いで見つめてくる。
「……あいよ」
そんな可愛すぎる表情をしなくたって、俺はオーケーしたというのに。
どうしてくれるんだ、この動悸を。
× × ×
「……あっ」
近くにある公園に向かっている途中、留美が何かを見付けて声を上げた。
「どうした」
留美に視線を落とし、次に留美が見ている先に目をやると。
「……ランジェリー……え?」
間抜けな声が漏れてしまった。
留美が見ていたのは、女性用下着の専門店だった。多少の距離があっても存在感を放つ、ウインドウ越しに見える様々な色をした女性用下着の数々。
留美が、俺の手を引っ張った。
「八幡、見てみよう」
「やめろ、無理だ、そんなことをしたら俺は死んでしまうぞ」
「なんで……」
俺の拒絶が予想を超えていたんだろう、留美がげんなりとした顔で俺を見ている。しかし留美には分かってほしい。俺があんな女子女子しい(読み方:「じょしじょししい」見たまんまだった)空間に飛び込んだら、5分と持たずに死んでしまう。死因は店員の、訝し気に俺を監視する視線な。
「や……第一、今日はあとは公園に行くだけだろ」
「外から見るだけだからノーカウントなの。ほら」
「あ、おい……っ」
中途半端にそれっぽいことを言って俺を動揺させつつ、俺の手をぐいぐいと引っ張っていく。巧妙な手口だった。巧妙な手口って言っちゃったよ。
留美に手を引かれて、店のショーウインドーの前に立つ。
「わぁ……っ」
スタイルの良いマネキンが身に付けた下着を見つめて、留美がため息を吐いた。大人の女性に憧れる、普通の女の子なのだと改めて感じる。下着のお店の前っていうのがちょっと刺激的すぎるけど。
――と。
「…………」
留美が、下着の中の一つをじっと見つめていることに気付く。見てみると、スレンダーな体型のマネキンが白い下着を身に付けていた。フリルが付いていてぱっと見可愛らしいデザインだなと思ったのだけど、よく見ると中の女体がうっすらと透けていた。
「お、おい、留美……?」
留美はいつの間にか窓に手を付けて、その下着をじっと見つめている。
俺の問いかけに対して、留美がゆっくり振り返った。スローモーションで再生しているかのように、留美の表情が徐々に見えてくる。
振り向いた留美の顔は仄かに上気していて、息も微かに荒い。何よりも、俺を見つめる瞳の中に、今まで見たことがないくらいの艶が渦巻いている。そんな状態の留美と見つめ合っただけで、身体の奥底で何かがどくんと胎動する音が聞こえた。
留美と見つめ合ったまま、しばし固まっていると。
「……行こ?」
留美が微笑んで、再び俺の手を引いて店から離れていく。絡み合った二人の指は先程よりも熱が籠っていて、2枚の肌の境界線が曖昧になっていた。
さっきの表情が意味することは分からぬままに。
俺と留美は、公園へ向かった。
続く。
ルミルミでした。お久しぶり。他のヒロインも順を追って書いて行こうと思います。
<お知らせ>
明日はお休みしようと思います。
カクヨムの方に投稿しているオリジナル作品と並行して書いていたら、張り切り過ぎてちょっとしんどくなりました。一日休みます!いつもお楽しみにして頂いている皆さん、申し訳ありません!
以前本当にびっくりしたのが、仕事が休みの日よりもこの作品を書くのを休んだ日(風邪で更新をお休みした時)の方が物理的な休みの時間は少ないのに(翌日も仕事だった)、「休みだー!」と思えたことです。あれは本当にびっくりしました。時間で言えば執筆よりも働いている時間の方が長いですが、日数で言えば執筆の方が多いので(基本週7)、そう思ったのかなと。
それでは、また【明後日】ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!