留美と一日遊んで、最後にぷらつこうということで公園に来た。
もう夕方ということもあり、ひと気がほとんど無い。
どこか物寂しさのある空間は、一人で居たらあっと言う間に心が飲まれて、これから訪れる宵闇の中に消えてしまいそうだ。留美も同じ不安を覚えたのか、手を繋いだ二人の距離がより近くなる。
「……もう、暗くなるな」
「……うん」
少なく言葉を交わして、ゆっくりと歩く。目的地も目的も無い、そんな散歩。目的地は確かに無いけれど、目的は……? 自分が今何をしたいのか、よく分からなかった。
会話をする代わりに、繋いだ手で心を交わす。風が吹けばきゅっと握り、街灯が少なく暗いところを見かければ、二の腕が触れる程密着する。
…………。
会話はない。
けれど、二人の距離がどんどん縮まっていく。
身体も――心も。
根拠は無いのに、そう、確信していた。
公園に入ってから、誰ともすれ違っていない。
二人の間の空間が、徐々に変化していく。
長い間、一枚だけ張っている「なにか」が。
ゆっくり、少しずつ、溶けていく。
× × ×
気が付けば公園をぐるりと一周して、入り口近くまで戻ってきていた。街灯が多くなったことで留美の手の力が緩み、緊張が解れたのが分かる。俺も安心していた。
……何に対しての、緊張なんだ……?
留美も。
俺も。
何に対して、緊張してるんだ……?
「……くすっ」
不意に、留美が小さく笑ってどきりとする。
「……どうした」
「さっきの……お店のとき」
留美がそれだけ言って、俺を見てにっこりと目を細める。心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥りながら、視線で続きを促す。
「……八幡がどぎまぎしてるの、すごい可愛かったなって」
「……っ、こんにゃろ……っ!」
留美の言葉で顔が一気に熱くなり、たまりかねて留美を抱きしめる。頭をくしゃくしゃと撫でると、俺の胸にうずまった留美が熱く呼吸を荒げた。
「あ……うぅ……っ」
「……っ」
ただ抱きしめただけだよな……? そう思いながら、もうしばらくくしゃくしゃと撫でる。すると、ずっと俯いていた留美が、上目遣いでいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「……それだけ? 八幡って度胸ないんだ」
「……っ」
明らかな、それでいて浅はかな挑発のはずなのに。
「……言ったな」
つい、売り言葉に買い言葉で答えてしまう。
すると、留美は目を見開き、やがてゆらりと目を細めて、妖し気に眉根を寄せた。
笑っているのか、泣いているのか、或いは他の感情を表しているのか……それは、分からない。
留美の首に右腕を回して、後ろから留美の右耳を撫でつける。
「んぁ……っ」
留美がぶるりと震える。熱く湿った吐息が鼻腔を擽り、ぞわぞわとした快感が身体を駆け抜ける。
右耳を撫でながら、今度は左耳に顔を近付ける。唇が触れるすんでの所で止まり――ふぅぅっ、と息を吹きかけた。
「あふぁぁぁぁ……っ」
留美の声が――まるで年齢が倍ほどの、たっぷりと男を知った女のように艶を帯びる。
こんな、可憐な少女が出して良い声じゃないはずだ。
何をやっているんだ、俺は。
そう思いながら、そんなことを思いながら。
もう一度、留美の首をしっかり固定して、息を吹きかける。
「あっ、はぁぁっ、んっく、ふぅぅぅ……っ」
口を細めて息を吹きかけ、続けて口を開いて熱い息を流し込むと、留美の膝ががくがくと揺れた。
――もっと、もっと、もっと。
絶え間のない、甘露のような欲望が、とろとろと溢れ出てくる。ハマってはいけないと頭では分かっていても、我慢しがたい愉悦が身体の中を渦巻く。
唇だけは付けずに、けれど留美の身体はがっちりと固定して、何度も息を流し込む。俺が吐いた息が留美の中に流れ込んで、留美が元々持っていた自分の息を吐き出す。留美の身体が俺と言う存在に少しずつ染まっていくような気がしてたまらなくなり、留美を抱きしめる腕に力を込めすぎないようにするのが難しくなる。
「あっ、あっ、あぁっ、あぁぁぁぁ……っ」
「あ……っ?」
口を半開きにして、俺の胸へ息を吐き出し続けていた留美の膝の痙攣が止まらなくなり――遂には崩れ落ちた。抱きしめてはいたものの上下の動きを想定してはいなかったので――慌てて、留美の両脇の下に手を差し込んで支えた。
「あふぁぁぁ……っ」
敏感になっているのか、それだけの行為で留美が艶めかしい声を漏らす。ずっと俺を見つめている瞳は虚ろで、簡単にどんな色にも染めてしまえそうだ。
留美の脇を支えていると、留美が俺の頬に手を添えた。
「八幡……」
「……っ」
切なげな声で囁かれて、動きが止まる。すると留美は俺の背中に腕を回してきた。俺もそれに合わせるように、留美の背中に腕を回す。
俺の背中を包んでいる腕が、二人の距離を縮める。
留美の背中を包んでいる腕も、二人の距離を縮める。
留美は、薄く目を開けている。恥ずかしくなって目を逸らすと、
「……逸らさないで……」
と囁かれて、やむを得ず見つめ返した。
お互い、目を閉じない。
二人の唇の距離は、数cmというレベルで近付く。
人との間にずっと張っていた――どれほど近付こうとも、薄くはなれど決して破れなかった膜に、ゆっくりと穴が空いていく。
――――――――っ。
「ん……っ」
留美がうっとりとした声を漏らした。
唇が熱い。
気が付けば、俺と留美の唇は重なっていた。
頭が真っ白になり、次の瞬間波のように夥しい量の感情や言葉が押し寄せてきて、またすぐ次の瞬間に真っ白になる。
混乱して、安心して、動揺して、どきどきして。
何が起きているのか、はっきり分かっている。
なのに、何が起きているのかまるで分からない。
身体中の神経が、全て唇に集中している様な感覚。
「ん……っ」
留美の唇が僅かに動く度に、触れる場所が少し変わる度に、これでいいのだろうかという疑念が湧き、すぐさま溢れ出る幸福感が疑念を薙ぎ払っていく。
留美が、俺を抱きしめる腕に力を込める。
俺は今、生まれて初めて「唇に物が触れる」という感触を実感した。
何を食べたって、何を飲んだって、そんなことを実感したことは無かったのに。
今、それを明確に意識出来た。
『……ぷはっ』
鼻で呼吸しようとしたがお互いいまいち上手く行かなかったようで、息の限界を迎えて唇を離した。
たまらなく幸せなはずなのに。
本当に俺でいいのか――などという、留美に対しても失礼な疑念が湧いてしまう。
複雑な感情の奔流に呑まれていると、留美が俺の頭をくしゃりと撫でた。
「……八幡。……また、難しいこと考えてる」
そう言って、くすりと微笑んで首を傾げる姿は、まるで聖母のようだ。
「……私、後悔なんてしないから。八幡が良いの。……八幡じゃなきゃ、いやなの」
留美の目が潤む。
「私、八幡のことが……好き」
心に、幸せが咲く。
「……っ、留美……っ」
「八幡……っ」
留美と抱きしめあって、唇を重ねる。
留美の柔らかな感情が流れ込んできて、凝り固まった心が解れて、ほどけて、溶けていく。
頬に、熱い何かが伝った。
「……ぷはっ。……え? 八幡、どうしたの? どうして泣いてるの?」
突然の出来事に、留美が眉根を寄せて真剣に心配してくれる。
「……わりぃ、大丈夫。俺も……何でだかわかんねぇ」
答えると、留美が俺の頬に指を這わせて、涙を拭った。
「……あっち、座ろ?」
留美がベンチを指差す。その声はとても繊細で優しい。俺は無言で頷いた。
並んで腰を下ろすなり、留美が俺を抱き寄せて頭を撫でてきた。
「……すげぇ恥ずかしいんだけど」
「そ。でも嬉しいでしょ?」
「……うっせ」
答えると、留美がくすりと笑う。
「八幡は泣き虫だね……」
留美の言葉に、どきりとする。
別に俺は、しょっちゅう泣いている訳ではない。
けれど、これからの人生に大きく関わるくらい重要な場面では――確かに、泣いたことがあった。
きっと、留美の前で泣いたのも……それくらい、重要なことなんだろう。
「……どうだかな」
軽い調子で答えて、留美を見つめる。留美の瞳は柔らかい光を湛えている。俺の心のもやもやを、綺麗に包み込んでくれそうな、そんな光。
「……留美」
顔を近付けると、留美が嬉しそうに目を細めた。
「……ん、素直でよろしい」
留美はお姉さんぶった口調で答えると、今度は目を閉じた。
そのまま動きを止めた留美の唇を――今度は俺が迎えに行った。
続く。
ルミルミでした。23話にして遂に。
さーて、ここからが……ここからが……!
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!