※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(24)

 穴があったら、入りたい。

 そしてあわよくば、そこで8年くらい過ごして、ほとぼりが冷めるまで引きこもりたい。

 それはもう、全力で。

 

「……………………」

 

 留美と公園で初めて口付けをした、その帰り道。

 俺は、脳内で大パニックを起こしていた。

 別にキスがいやだったという訳ではない。むしろしたかった。実際やってみて初めて、俺はずっと留美とこういうことがしたかったんだと実感した。恥ずかしかったけれど、後悔など全くしていない。

 

 それよりも、それよりもだ。

 なんで俺、泣いてるのん? なんなの? ばかなの?

 その一点が、俺の羞恥心を煽り続けている。間違いなく、俺の黒歴史に新たな1ページが刻まれた。

 

 隣を歩く留美をちらりと見やる。俯いているが、繋いだ手はしっかり握っていて、時折にぎにぎとしてくる。留美は留美で恥ずかしいんだろう。

 公園から留美の家までは、そこまで離れていなかった。その道程を二人並んでゆっくり歩いて行く。

 寒ささえ感じていたはずの夜が、涼しいを通り越して今は少し暑くさえ感じる。

 身体的にも、精神的にも。

 

「……八幡。手、汗かいてる。暑いの?」

 

 いつぶりか分からないくらいに留美が発した言葉は、俺の身を案じてのものだった。

 

「あ、や、まあ、うん、暑い……な。さっきまでは寒いくらいだったんだけど」

「……そ」

 

 留美がそっけなく答えて、また俯く。微かに見えた頬はうっすらと赤い。

 でも、まあ、なんだ。

 年上、それも明らかに年上の俺が、気を遣わなくてどうするっていう話だよな。

 穴があった場合の願望を冒頭に書いてどうする。冒頭って言っちゃったよ。

 うん、そうだそうだ。年上の力の見せどころはここじゃないか。

 別にここで俺が大人の振る舞い方をすることで、さっき泣いたアレな出来事を帳消しにしたいとかそんな浅ましいことを考えてる訳じゃないよ? 本当だよ? 誰に言ってんだろ俺。

 

 よし。

 やるぞ。

 こほんこほん。

 

「あー、留美。あひたはどうする?」

 

 噛んだ。

 

 そうだ、京都で死のう。

 

 語感重視で自殺宣言。

 

 留美を見る。俺から顔を背けて、ふるふる震えてる。絶対笑ってるだろこいつ……。

 

「……あ、明日、は、うん、その、ふふ……予定が、ふふ、あるから、ごめん……ふふふふ……。明後日なら、ふふ、大丈夫なんだけど、八幡、明後日は会え……ふ、ふふ……会える……?」

「……………………」

 

 どんだけツボってんだよ。

 しかしなんだ、留美がこれだけ笑うのを見るのは初めてな気がする。すげぇ可愛い……いかん、また噛んでしまいそうだ。

 留美が俺のセンス溢れるボケ(噛んだだけ)に打ち震えていると、留美の家が見えてきた。

 家の前まで来て、留美と正面から向き直り、頭をぽんぽんと撫でる。

 長い一日だった。

 それでいて、刺激的な一日だった。

 そして――忘れられない一日だった。

 

「……こほん」

 

 まずは小さく咳払い。

 

「明後日は俺も空いてる。ていうか基本俺は暇だからな。いつでも良いぞ」

「ぼっちだから?」

「そう、ぼっちだからだ」

 

 にやりと笑って答えると、留美が口元に手を当て、ふふっ……と笑った。

 

「八幡。私たち、基本的にぼっちだけど……二人なら、もう、違うよね」

 

 そう言って、留美が俺の手を握る。小さな手なのに、包み込むような安心感があった。

 

「そうだな。あと、その、なんだ……これから、よろしくな」

 

 ここは目を逸らしてはいけないと思い、照れながらも何とかして留美を見つめながら話す。

 俺の言葉に、留美は目を細めて幸せそうに笑った。

 

「……ん。よろしく」

 

 留美が柔らかな声音で答えると……顔を上げて、口を閉じて目を閉じた。

 ……え、ここで?

 

「えっと、あの、留美さん?」

 

 思わずへりくだるが、へんじはない。ただのてんしのようだ。

 周り、特に目の前の鶴見家のドアや窓に猛烈な勢いで視線を巡らせる。ああ、今こそ円の使いどころなのに! 周囲30mくらいに念を張り巡らせたいのに!

 誰の気配も無いことを確認して、留美の二の腕を掴むと、目を閉じたままぴくりと震えた。

 

「……んっ」

 

 そっと唇を重ねる。特にそこから何かする訳ではないが、たったこれだけの行為が、幸せを身体のそこから溢れ出させてくれる。「触れるか触れないかの距離」と「0距離―――つまり、触れている」という状態は、何故ここまで違うのか。きっと、人の身体の表面には、互いの感情を伝播させる何かがあるんだろう。だから、何か意識した訳ではなくとも、留美と唇を合わせただけで色んなことが伝わる……ような気がする。

 

「……ぷはっ。……八幡……八幡……っ」

 

 留美が俺の胸板におでこをこすりつけて、甘えた表情で上目遣いをする。今まで見てきた表情とはまた違う魅力に、場所も忘れてどうにかしてしまいそうになる。

 

「……いつどこで会うかは、またこの後連絡する。電話でいいか?」

「ん……わかった。……八幡、本当に今日は、これで終わり?」

 

 とろんとした表情で、留美が首を傾げる。

 

「…………っ!」

 

 きゃー! きゃー! ぎゃー!

 頭の中で、何かが最大音量で鳴っている。よく耳を凝らすと「あかんでー! これ以上はあかんでー!」「いいや、チャンスや! やってまえ! 更に踏み込んでまえ!」という、天使と悪魔の言い争いみたいな心の声であることに気付いた。なんでお前ら似非関西弁なんだよ。あとこの場合、どっちが天使なのか本当に分からない。

 頭をぶんぶんと振って、欲望を振り切る。今したいことと、本当にしたいことは、きっと少しだけ違う。

 

「……『今日は』な。……ゆっくり、やってこう」

 

 何とか我慢して、留美の肩を掴んで身体を離す。こんな小さな身体の少女が、俺を魅了して放さない強烈な魅力を備えていると思うと、不思議な気持ちだった。

 

「……うん、わかった。じゃあ、今日はありがとう、八幡」

「おう、こちらこ……っ!?」

 

 留美が俺の首に腕を回すと、不意打ちのキスをした。

 

「お、お前、なぁ……っ」

「お前じゃない。留美」

 

 留美が口からちろりと赤い舌を覗かせて、楽しそうに微笑む。

 

「じゃあね、八幡」

「お、おう、じゃあな」

 

 固まっている俺を置いて、留美は小走りで駆けていった。

 暗い道に一人残されるが、それでも不思議と寂しくはない。

 

「……この後、電話するんだしな。それもそうか、うん」

 

 何のためなのかも分からない独り言を呟いて、帰り道を歩き出した。

 

       ×  ×  ×

 

 家のドアを開けて、閉めると同時に背中をドアに付ける。

 ただいまを言うのも忘れて、胸を押さえる。

 別れる間際のことが、その前の――今日一日のことが、頭の中をぐるぐると巡る。

 そうだ、私は、八幡を選んだんだ。

 そして八幡も――私を選んでくれた。

 私の前で二度も涙を見せてくれたことが、何よりも嬉しい。少しずつ、彼の心を溶かしていきたい。

 

「……汗、かいてる……」

 

 自分の身体が汗ばんでいることに驚き、笑う。心臓が、信じられない程の速さで鳴っていた。

 ああ、そろそろただいまを言わなきゃ――と思っていると。

 

「留美、どうしたの? ただいまも言わないで」

 

 母がリビングから顔を出して、心配そうな表情を浮かべた。

 

「なんでもない。言うのが遅れてごめん……ただいま」

 

 この動揺が知られたくなくて、胸に当てていた手を後ろに回す。

 すると、母が私を見て――にっこりと笑った。

 

「……留美。あなた……今日、何か良いことあったでしょう」

「……~~~~っ」

 

 母の言葉に、一気に身体が熱くなる。

 

「な、なんでもない……なんでもないからっ」

 

 急いで靴を脱いで、母の横をすり抜ける。

 

「留美、手洗いうがいはきちんとしなさいね。ご飯出来てるから。どうする、私がいない方がいいかしら? つい聞きたくなっちゃったの。ごめんね」

「…………」

 

 母の言葉に、ぴたりと足を止める。

 

「……いい、一緒に食べる。せっかくお母さんが作ってくれたんだし。……でも、あんまり八幡とのことは追及しないで……」

 

 振り返って言うと、母が優しい笑みを浮かべた。幼い頃から見慣れた、穏やかな顔。

 

「わかった。それじゃ、洗面所にいってらっしゃい」

「うん」

 

 八幡と繋いでいた手を洗うことに少なからず抵抗を覚えながら、私は洗面所に向かった。

 

       ×  ×  ×

 

 食事が終わって、お風呂にも入って、部屋に戻る。

 

「…………」

 

 ベッドに力無く横たわって、枕に顔をうずめる。

 

「……追求しないって、言ったのに……」

 

 思わず不満を独り言ちた。

 母は食事中、直接的に八幡とのことを聞いてきた訳ではない。

 けど、テレビを見ながら初めは遠回しに話を振って、それが結局今日のことについての質問になる……というパターンが何回もあって、何だかんだで根掘り葉掘り聞かれてしまった。キスのことこそ言ってはいないけど、あれはバレてる。絶対バレてる。

 

 枕に顔をうずめながら、八幡の胸の温かさを思い出す。

 どれだけ昂ぶっていても、私を抱きしめる腕は常に、私を壊さないように必死で力を抑えてくれていた。

 別れ際も、私が名残惜しんだ時……何かしそうになるのを必死で我慢していた。

 私のことを、大事にしてくれてるんだ。

 もしかしたら、母に手紙で何か言われたのかもしれない。

 けれど、それが無かったとしても、八幡は私に優しくしてくれる。そう確信している。

 だって今までも、ずっと優しかったから――。

 

「……~~~~~っ」

 

 枕を抱きしめて、ベッドの上をごろごろ転がった。

――どすっ。

 

「……いっ……たぁ……っ」

 

 転がり過ぎて、壁に肩をぶつけてしまった。

 さすりながら、明日のことを考える。

 明日は、八幡にも言った……中学で仲良くなった子とのお出かけだ。彼女から誘ってくれて、二人でのんびり遊んでみようということになった。今までそんな経験は無かったけれど、彼女と居ると本当に気が楽だから、何とでもなるだろう。

 ……もし、恋の話とか、そういう話になったら……私は、一体どんな顔をするんだろう。

 頬に手を触れる。

 自分でもびっくりするくらい、ゆるゆるになっていた。

 

「……八幡……」

 

 つい発してしまった言葉が、枕の中に溶けて消える。

――もし、このベッドで、八幡をこんな風に呼ぶ日が来たら……?

 

「……~~~~~~~~っ!」

 

 枕を抱いて、もう一度転がる。今度は壁にぶつからないように。

 

「……うぅ……っ」

 

 私は……こんなことを考えてしまうなんて、エッチな子なのかな。それとも、これくらいが普通なのかな。

 

「……明日、あの子に聞いてみようかな」

 

 ぽそりと呟いて、小さな決意をする。

 寝る前に……スマホを手に取って、電話をかけた。

 つい名前を呟いてしまった、優しい人に。

 

『もしもし……』

 

 気だるげで眠そうな声が、可愛く感じてしまう。

 

『出るの遅いよ』

『や、だってもう割と遅いだろ……眠いんだよ』

 

 そんな会話を交わしながら、明後日の話をする。

 今日は、とても楽しかった。

 もしかしたら、今までの人生で一番だったかもしれない。

 明日も、きっと楽しい一日になる。

 そして明後日は、きっとまた、どうしようもないくらい幸せな一日になる。

 私はまだ幼くて、何も知らない。

 けれど、今胸に抱いている気持ちが恋だということは、はっきりと実感している。

 

 早く、八幡に会いたい。

 

「おやすみ、八幡」

 

 電話でも言った言葉を、私以外誰もいない部屋で一人呟いて。

 

 ひねくれ者の、優しいあの人の顔を思い浮かべながら、電気を消した。

 

 

 

 続く。

 

 

 




 ルミルミでした。このくだりまで書きたかったので二夜連続で。
 いろはす、ゆきのんと続いて、今度は留美視点でした。テイストは自然とゆきのんと近くなるなぁと思いました。

 もうすぐ1周年なんですが、良い感じでバカっぽいメタネタハーレムを書こうと思います。単発にしたいけど1話で収まるかな……。今回は終始お喋りする感じです、多分。

 それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
 今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!
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