八幡とデートをした、次の日。
私は中学のクラスで仲良くなった子と遊びに出かけた。
といってもそんなに積極的に遠出する訳ではなく、よく知っている駅前をぷらぷらするような、気ままな流れ。
たくさん話す訳じゃないけれど、お互い気を許してるから黙ってても居心地が良い。この空気は八幡と居る時とどこか似ていて、自然と頬が緩んでしまった。
「留美ちゃんはさ」
お昼ご飯を食べようとマックに行き、対面で座ってコーヒーを飲んでいると、彼女――綾乃(あやの)が、ふと改まった表情で話を切り出してきた。ここまでは学校の話やお互いの趣味の話くらいしかしてなかったから、一体どんな話を振られるのかと身構えてしまう。
綾乃は胸に手を当ててすーはーと深呼吸をする。その拍子にショートカットの綺麗な黒髪がふわりと揺れて、私より少し大きいと思われる胸が上下した。……こんなこと、八幡と話す前だったら全然考えもしなかったのに。
綾乃が手を膝に置いて、私を見つめる。くりっとした大きな瞳が、純粋な好奇心を携えて私を捉えた。
「留美ちゃんは……好きな人、いるの?」
「……っ」
来たか。
この子は奥手そうだから、きっとこの話題を振るとしても、もっと遠回しに来るんじゃないかと思っていたけど……そんな予想に反して、直球も直球で来た。
動揺でむせそうになったけど何とか堪えて、落ち着いた素振りを保ちながらコーヒーをテーブルに置く。
こほんこほん、と咳払いをした。
「んー……どうだろ」
「留美ちゃん、顔真っ赤だよ?」
「…………」
……この気持ちは何なんだろう。こんなことを言われては普通腹が立ちそうなものだけど、如何せん、綾乃があまりにも純粋な眼差しで見つめてくるから怒る気にもならない。
「……そういう綾乃はどうなの?」
動揺をこれ以上気取らせまいと、綾乃に話を振る。奥手だろうから、きっとそういう人がいたとしてもいなかったとしても、私以上に顔が真っ赤になるにちがいない。
私が質問すると、綾乃の頬が仄かに赤くなった。
「……えへへへ……う、うん、そういう人、いるよ。とっても好きな人」
「……へ……?」
するりと出てきた返事に、頭の中が真っ白になる。
「え、綾乃、ええ? ど、どんな人? どんな人なの?」
「る、留美ちゃん? 顔近いよ……っ」
「あ、ご、ごめん……」
あまりにもびっくりしすぎて、気付けばテーブルを掴んで身を乗り出していた。小さなテーブルでこんなことをすれば、綾乃との距離がほとんど無くなってしまうというのに。
「あうぅ……」
綾乃はよっぽどびっくりしたのか、胸に手を重ねてぷるぷると震えている。うーん、なるほど、女の私から見てもぞくぞくしちゃうし、男の人から見たら相当くるんだろうな。
……私、何分析してるんだろう。八幡のせいだな、うん。そういうことにしておこう。
席に座り直して、やや前傾で綾乃を見つめる。ようやく落ち着いた綾乃が、こほんと咳払いして、てへへと照れくさそうに笑いながら、人差し指で頬をぽりぽりと掻いた。
「えっとね……年上の人、なんだけど。……5つ上の人なんだ」
「え」
「る、留美ちゃん、近い、近いってば……」
「ご、ごめん……」
あまりの出来事に激しく動揺した。綾乃が好きな人も年上……? しかも5つ上ってことは、八幡と同い年……?
「そ、その人とは……どこで知り合ったの?」
「う、うん……えっとね、近所の幼馴染みで、小さい時から遊んでくれてたの。ずっとお兄ちゃんみたいに思ってたんだけど……小学校の終わりくらいから、今までと違う感情を抱いてるのに気付いて、それが恋愛感情なんだって気付いたの。それで、この学校に入学するちょっと前に、わたしからデートに誘って……告白したの」
「え、え、え?」
ちょっと待って、情報量が多すぎる。
「そ、それ、は……成功、したの?」
声が上ずるのを直すのさえ忘れて、綾乃を質問攻めにする。いくらなんでも、5つ差では早々成就するものではないと思う。……私が言えたものではないんだけど。
私の質問に、綾乃は顔を手で隠してきゃーきゃーと可愛い声を上げながら首を振った。……恋する乙女っていうのは、こういう子のことを言うんじゃないんだろうか。八幡、こういう方が好きだったりするのかな……明日聞いてみよう。
「そ、それで、その人とは……」
「待った、留美ちゃんストップ。今度はわたしの番だよ」
綾乃が身を乗り出す私の目の前に手を付き出して、にやりと笑う。流石にこれだけ聞いておいて、私が逃げる訳にはいかない。座り直して、ゆっくりと目を閉じて彼の顔を浮かべた。緩む頬を抑えながら目を開けて、綾乃を見つめる。
「……そう、だよね。……本当に偶然なんだけど、私も、綾乃と同じ……5つ上の人」
最後の方はちゃんと声になっていたかどうかさえ分からない声で呟いた。
すると、
「へ……?」
綾乃が何とも間抜けな声を上げて、目をぱちくりさせた。きょとんとした目をしたままコーラを口に含んで、「けふっ! かふっ!」とむせている。何でこの子はむせている時まで可愛いんだろう。
「え、る、留美ちゃん、それは……片思い? それとも、それとも……」
「……『それとも』の方……かな」
「きゃー! きゃー! きゃー!」
「っ!?」
私が顔を背けて答えるなり、綾乃が私の両手を握ってぶんぶんと上下に振った。掴まれる寸前に、反射的にコーヒーを横にどけておいて良かった……。
「あ、綾乃、ちょっと、ここ、お店だよ……っ」
「あ、そ、そうだよね、ごめん! コングラチュレーショーン!」
「なんで英語なの……」
おめでとう、っていう意味だっけ。
綾乃は両頬に手を当てて、幸せいっぱいな表情を浮かべている。普段は結構物静かでおっとりとしているのに、今はまるで別の女の子を見ているようだ。恋は女を変えるというのは本当なのかもしれない。
綾乃も――私も。
綾乃は胸に手を当ててすーはーと深く呼吸をすると、ぽっと頬を赤らめて私を見つめた。
「その……留美ちゃんは、そのお兄さんと……どこまでいったの?」
「えっ!?」
予想していなかった質問にぎょっとする。
「あ、ご、ごめんね? つい、気になって。だって、こんな偶然そうあることじゃないし……」
「そ、そうだね、うん……あ、綾乃は、どこまでいったの?」
質問を質問で返すのは良くないとは思うんだけど、こんなこと恥ずかしくてすんなりと答えることなんて出来ない。
私の問いに、綾乃の表情が変化する。恥ずかしがっていながらも、その表情はどこか大人びた……私の知らない、綾乃の顔が出てくる。
「えっとね……その、お、お口で……」
「お口……って、ああ、き、キスのこと?」
言葉にするのは恥ずかしいとは思うけど、お口で何ていう言い方があるんだと驚く。
あ、ち、ちがうの、ごめんね――と綾乃が首を振って、私はきょとんとしてしまった。
綾乃は話すのを躊躇した後、ぺろりと舌なめずりをした。私の知らない綾乃の顔がはっきりと見えて、どくんと心臓が跳ねる。
「キスじゃなくて……正確に言えば、それだけじゃなくて、その……彼のものを、お口で咥えてあげてるの」
「え」
一瞬、世界が静止したような気がした。
奥手そうな綾乃が、そんなことを……?
「あ、綾乃、その話、場所を移して、もっと詳しく聞かせて?」
「う、うん、いいよ?」
いてもたってもいられなくなり、立ち上がって綾乃を促す。
自分の行動に驚くけれど、それ以上に今は知りたいことが沢山あった。
この子は、私が知らなかっただけで、人生の先輩なんだ。教われることがいっぱいある。
お店を出て、私は急ぎ足で歩きながら、二人でじっくり話せる場所を探し始めた。
「る、留美ちゃん、速いよー! 待ってー!」
いつものおっとりとした調子で私を追いかける綾乃が、今までとは違うように見える。
いっぱい話を聞いて、勉強しよう。
八幡の笑顔が、もっと見られるように。
続く。
ルミルミでした。前話で少し触れた友達とのやりとりを書いてみようと思ったら膨らむ膨らむ。留美の成長の過程をこういう角度から書くのも面白いなと思いました。留美と綾乃のやり取りはもう少し続きます。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!