生活を彩るものというのは、多かれ少なかれ、きっと誰にでもあるのだと思う。それがほんの些細な楽しみで、あってもなくても良いという人。あるいは辛い辛い一日の中でそれだけを頼りにしている人。様々だろう。
俺は長い間、生活の彩りを一人で過ごす時間の中に見出してきた。
小説やマンガを読んで、頭の中に新たな物語を増やしたり。
ゲームをして、やりこむことで得られる快感を楽しんだり。
装丁のかっこいい参考書で勉強して、テンションと成績を上げたり。
ずっと、そうやって暮らしてきた。生きてきた。家族と過ごす時間はもちろん大事だが(特に小町)、コンスタントに確実に自分を幸せにしてくれるのは、やはり一人で過ごす時に浸る物事だったのだと思う。
一人で何かをやる楽しみというのは、これからも変わらない。きっと死ぬまで変わらないだろう。
けれど、そんな俺の価値観を一気に変えてしまう人が現れた。
その存在が、どうにもこうにも。
俺の頬を、緩ませっぱなしなのである。
× × ×
ゴールデンウィークの間、俺と留美はなるべく毎日会うようにしていた。毎日会おうと決めた訳ではなく、一日一緒に過ごしていても互いに次の約束を中々提案出来なかった。それで別れ際になってやっとのことで、どちらかから「明日も会いたい」と言い出す……という、何とも恥ずかしいやりとりを繰り返していた。この場合俺の情けなさが際立つがそこはあまり追求しないでほしい。
そんなこんなで、ゴールデンウィーク明け。
連休が終わって一発目の授業は、まだ午前だと言うのにまるで昼食後の授業のような気だるさが教室に満ちていた。みんなの心がまだ、楽しかった連休に引っ張られているのが分かる。
俺は、眠い時は素直に寝ることが多いが、それでもスマホを見るということは滅多にしない。その違いは何なんだと聞かれたら俺も分からないのだけど、俺の中のどこかにそんな境界線があった。
しかし、最近はその境界線もちょっとばかし突破され気味だ。
「…………」
机の下で、スマホの画面をちらりと見る。何かの通知が来ている訳ではない。それでも、俺は画面を食い入るように見ていた。
『今日の放課後、会うの楽しみにしてる』
LINEのトーク画面には、簡素なメッセージが打たれていた。昨日の夜、俺から明日も会いたいと言ってオーケーを貰えたが、学校が始まるので時間はあまりとれない。なので、放課後に少しだけ会うことにした。それだけでも十分だったのだけど、今朝学校に着いて、授業が始まる直前に来たこのメッセージによって、俺の眠気は吹き飛んでしまった。この一言が俺をどれだけ元気付けてくれるか、留美は分かっているのだろうか。伝える度胸が無いのがもどかしい。
「…………」
机に突っ伏して、昨日まで留美と過ごした時間を反芻する。
あちこち遊びまわるような経済的余裕は無い。あとそもそも俺たちでは遊びまわるという習慣が無いから感覚が掴めない。遊びまわるって何だろう、虎に乗ってサーベルを振り回すとかだろうか。何を言ってるんだ俺は。
俺も留美もそんな感じなので(どんな感じだ)、あちこち適当にぷらぷらしては、人目につかない場所で何度も唇を重ねていた。留美はキスという行為が、満更じゃないどころかどっぷりとハマったようで、通りを歩いている最中に足を止め、路地裏に視線を送りながら俺の袖をつまむことが何度もあった。
短く濃厚な唇の交わりを続けていると、段々と「次はいつ、どこでしよう。どんな風にしたら喜ぶだろう」なんてことを考えるようになっていた。留美も同じことを考えていたのか、キスがしたくなるタイミングがよく被った。
「……………………」
いかん。
悶々としている。
俺は決して留美にやましい気持ちは……なんて言うつもりは無い。あらゆる面をひっくるめて留美に惚れているのだという自覚はある。
……早く、放課後にならねぇかなぁ。
口だけ動かして告げた願いは、強く願えば願うほど遠ざかるようだった。
× × ×
放課後。
今日は雪ノ下も由比ヶ浜も急な用事があるとのことで、奉仕部の活動は無しだった。平塚先生に雑用を押し付けられそうになったので、「俺に構ってる暇があったら早く結婚相手を見付けてください」と軽い調子で言ったら、雑用の代わりにおぞましいプレッシャーを叩き付けられた。睨まれただけで背中が壁にめり込むところだった。あの人なんなの? 念能力者なの? ビッグバンパンチとか使えそう。
予想外に早く身が空いたので、留美に連絡をとる。会えることに舞い上がっていて、落ち合う場所さえ決めていなかったことに気付き、その件も含めてLINEを送った。昇降口から一歩外に出た所でスマホをいじっていると、学校から解放された生徒の波が内から外へと激しく流れ出ていく。ダムの放流のような光景を眺めながら留美の返事を待っていると――ふと、校門の辺りで違和感のある光景が目に入った。
昇降口から校門までは、人波がとても濃い密度で一直線に伸びている。たまにそこから逸れる人がいると、まるで川の支流が出来たかのように見える。
校門まで続く人波は、一歩校外に出た瞬間、海のごとく広がる。
その一連の流れの中。校門から出るか否かという所で、僅かに人の流れが淀む。まるで川原の石を水が避けるかのような、そんな動き。川の水ほど人の動きは速くないから、流れが淀んで見えるのだ。
「……んん?」
違和感の元を探ろうと目を細めて見つめると、すぐに正体が分かった。
川原の石というのは訂正する。
艶やかで長く伸びた黒髪。
澄ました表情が芸術的なまでに美しい、整った顔立ち。
実際の年齢には見えないような、大人びた雰囲気。
――石は石でも、宝石だった。
よくよく見てみれば、通る人通る人が男女問わず留美に視線を向けている。中学生が制服姿で校門前にいればその反応も当然だろうが、俺の贔屓目を抜きにしても、多くの人が見惚れていたと思う。
……ていうか、何でいるんだ?
随分と時間差で疑問を抱き、てぽてぽと歩いて校門に向かう。
俺が近付くと、留美は途端に目を輝かせた。大人びた少女が時折見せる、年相応の可愛らしい笑顔。頬が緩むと同時に、漠然とした危機感が頭を過ぎった。
――悪い予感というのは、いつだって当たるものだ。
「あ……八幡」
「う……っ」
鞄を両手で持った留美が、俺に身体を向け――つまり、他の下校する人にも顔を向ける形で、柔らかな笑みを浮かべて……俺の名を呼んだ。
途端に、辺りがざわめく。
留美の声がそんなに大きくなかったのに加えて、俺のリアクションも薄かったからだろうか、ざわめき自体はさして大きくはない。
……しかし、視線が痛い。ものすごく痛い。
留美はこの状況にすぐに気付いて、申し訳無さそうにしゅんとした。
「えーと、留美。取り敢えずどこか行くか」
「……うん。……ごめん」
「気にする必要無いっての。むしろ嬉しいぞ、すごく」
そう言って俺は――いつもの調子で、留美の頭をぽんぽんと撫でた。
「あ」
「あ」
撫でられた人と、撫でた人。
交互に間抜けな声を上げたと同時に、周りの好奇の視線が一層熱を帯びた。
……あかん。
「留美、一刻も早くここを離れるぞ」
「う、うん、わかった」
早足で歩き出して、留美の手を握りそうになって……慌てて手を止めた。残念そうな顔をした留美にとてつもない罪悪感を抱き、後できちんと埋め合わせをしようと決意を固める。
「さて……」
どこで留美と時間を過ごそうかと考え始めると、まだ周りには総武高生が沢山いるというのに、頬が緩みそうになった。
続く。
ルミルミでした。
30話を目前にして、まだキスだけという。わお。
夏コミの話、予想よりも沢山の反応を頂けて嬉しいです。コミケ自体が2回目&作品を出すのが初めてなので、冊数こそ決めていますが実際どれくらい望まれているのかは全然分かりません!
なので、こちらで感想を書いて頂けるのもありがたいですし、Twitterの
takahashi_toru_
をフォローして頂いて、そこで「現地で買いたい」「委託はないのか」等の意見を聞かせて頂けたらとても嬉しいです!!
引き続き、精進しつつ、楽しみつつ、頑張ります。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!