総武高を出て、留美とひたすら歩く。気持ちが急いてどんどん歩調を速めそうになるが、留美を置いていかないよう必死でペースを抑える。急いてはブレーキするという流れを繰り返す内に、気付けば太ももが馴染みの無い疲れ方をしていた。
総武高生の姿が見えなくなったので、そろそろ手を繋ごうか……と思っていたら、先に俺の手がそっと握られた。突然の行動に慌てて視線を辺りに巡らせると、留美はくすりと笑った。
「八幡、焦りすぎ」
「や、そりゃあ慌てるだろ。まさか留美がこっちに来てるなんて思わなかったし。ていうか俺が部活無くなったのは本当に突然だったんだぞ。あんなに早く来てどうするつもりだったんだ?」
時間的に、留美は学校が終わってすぐこちらに向かわないと計算が合わない。元々は俺の部活が終わった後に会う予定だったから、2時間近く待ってしまう。
留美は前を向いたまま、ちらりと俺に視線を送った。長い睫毛が瞬く度に、視線を吸い寄せられる。
「ん……ちょっと、やってみたくて」
留美がぽそりと呟いた言葉は、続きを待ち焦がれる程の魅力を宿していた。
「……何をだ?」
努めて平静を装って尋ねると、留美はちらりと流し目を送った。少女らしからぬ婀娜っぽさにどきりとする。
留美はすっと息を吸って、
「……好きな人をずっと待つ、っていうのを……」
尻すぼみに言うと、頬を赤らめて俯いた。
…………。
俺を殺す気らしい。
頭をがしがしと掻いて顔を逸らす。5月の空はまだまだ明るく、部活に入っていない中学生らしき女子が数人、俺たちとすれ違うように歩いていった。
「……あれ、今の、留美と同じ中学か?」
振り向いて今しがたすれ違った女子生徒の制服をちらりと見て、留美の制服と見比べる。オーソドックスなタイプだが、この距離で見間違えるはずもなかった。
「……うん、そうみたい」
でも、言ったでしょ? と、俺の手を優しく握りながら留美が言う。
「私は、例え学校の人に八幡といる所を見られたって、全然気にしないって」
「あ、や、まあ、うん、それは……覚えてるけど……」
「もし知り合いに見られて学校で聞かれたら、『うん、彼氏』って言っちゃうからね」
「あ、う、おお? そうか、うん、ええ?」
「……彼氏、って言う前に『自慢の』って付けてもいい?」
「ちょっと待って、死ぬ、死ぬから」
「どうしたの八幡? 顔真っ赤だよ?」
穴があったら入りたい。
無いならば、掘って潜ろう穴の中。
この子、やはり俺を殺す気らしい。
留美にジト目を送るが、留美は俺の視線などどこ吹く風と言った様子で楽しそうに笑っている。夏の気配が混じるこの時期に、俺は妙な汗をかいていた。
「……あー、取り敢えず公園に行くか」
そこで頭を撫でまくって仕返ししてやろう……などと考えながら言うと、留美が頬を赤らめて俯いた。
「……八幡のエッチ」
「なんでだ……」
留美の頭の中の方がよっぽどピンクなようだ。留美の場合、ピンクはピンクでも、男が考えるよりはよっぽど健全なピンクなんだろうけども。健全なピンクって何だよ。
さて、どこに行こうか。何だかんだでさっきまで焦りに焦っていたから、二人で過ごすのに丁度良い場所を考えながらの移動が出来なかった。
時計をちらりと見る。主婦たちが夕飯の買い出しを始めるのにも早い時間帯だ。
――この後に、俺がとある発言をするに至るまでの思考過程を鑑みたい。
――俺は、つい昨日までの、連日留美と過ごした日々の密度をもう一度味わいたくなっていた。たった一日学校生活を送って留美に会わないだけで、こんなにも会いたくなり、こんなにも焦がれるものかと自分で驚いた。さっきまでは焦りでその気持ちを忘れていたが、今は既にあとどれくらい一緒に居られるかということばかりを考えている。
――部活が無くなった分の、神の恵みのごとき2時間。
――そして何より……たまたま、俺の自宅近くまで来ている。
――ということは。
――そんな思考過程を経て、俺は。
「あー、留美」
「ん? どうしたの、八幡?」
「公園じゃなくて……その、俺ん家来ないか?」
「え」
留美の表情が、ぴたりと止まった。身体の動きもぴたりと止まった。表情を見る限り、思考も止まっているようだ。
俺が勢い半分で言ってみた言葉で、留美の時間の流れがぴたりと止まってしまった。
× × ×
放送事故のような光景で、たっぷり待つこと数十秒。人ってこんなにぴたりと止まれるもんなんだ……。
辛抱強く待っていると、留美の口がようやく開いた。金魚のようにぱくぱくとしている。
「え、は、はち、え? わた、し、え? はちまん、え? 家? え?」
…………。
再起動した留美が、中々面白いことになっていた。
「お、落ち着けって、な?」
留美の頭を撫でると、留美は俺の手に自分の手を重ねて、耳まで真っ赤にした。
「わ、わた、し……は、八幡……」
「落ち着け、お前は留美だ」
発する言葉の繋げ方が中々ファンキーだ。
このまましばらく見ていても面白そうだなぁ……と思ったけれど。流石にそれも気の毒だ。
「あー……もちろん、気が乗らなかったら他の場所でも良いからな?」
言うと、留美が目を見開き、悲しそうに眉根をひそめた。
「あ、ち、ちがうの。大丈夫、大丈夫っていうか、行きたい、私、八幡の家に行きたい、行きたい……っ」
「留美、留美。声がちょっと大きいぞ。周りの視線がやばい」
今すれ違った女子大生らしき2人組が『これは初々しいカップルのやりとりなのかな?』『もしくは通報すべき案件なのかな?』などとごしょごしょ言いながら、品定めするように俺を見ている。本当にあかん。すぐ近くに交番もある。
「ご、ごめん……」
留美がしゅんと謝るのを見て、頭をくしゃくしゃと撫でた。撫でられた時に気持ち良さそうに目を細める留美の仕草がとても好きだ。
「俺ん家、ここから歩いて10分くらいだから。……じゃあ、行くか」
「うん、行く」
頬をぽりぽりと掻きながら言うと、留美が目を輝かせた。留美は表情豊かな方では無いが、その分瞳や眉の動きがこの子の感情を分かりやすく示してくれる。
「……八幡、の、家……八幡……の、い、え……はち、まん……のい、え……」
「…………」
……うん、目がぐるぐる回ってるように見えるな。きっと混乱してるんだな。本当に分かりやすい。壊れかけのロボットみたいでとても面白いが、この調子で俺の家に辿り着けるんだろうか。「きゅぅ……」とか言いながら目を回して倒れたら……すげぇ可愛いけど、家に担ぎ込んだら即座に通報されそうだな、小町に。
留美と手を繋いで、空を見上げる。綿あめのような形の雲が、ぷかぷかのんびりといくつも浮かんでいる。動きを見るに上空の風の流れはさして速くないようだ。
視線を横に流すと、未だに顔を真っ赤にした留美がちらちらと俺を見ている。目が合うと高速で逸らされた。
可愛いやつめ。
愛い愛い。
続く。
ルミルミでした。
予め言っておきますと、ここからがまた長いです。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!]
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!