留美が俺の部屋に足を踏み入れてからしばし。
互いの緊張が徐々に解けてきて、自然とこぼれる笑みが増えていく。少し前に小町が持ってきてくれたココアを飲みながら、安寧の時を過ごす。
ああ、なんて心地良いん――
「八幡は胸の大きい人が好きなの?」
――なんか変なことになった。
留美が突然にも程があるタイミングで発した言葉に、俺の心の中で大音量の警報が鳴る。「ここから先、何を答えるかによっては下手をすれば地獄を見るぞ」という警報が。
留美を見ると、純粋無垢な瞳で首をこてんと傾げている。何でその表情でその質問が出来るんだ……。
「え、ええっと……何でそう思ったんだ?」
目を泳がせないように、声も上ずらないように意識しながら言葉を返す。
「八幡、目が泳ぎすぎ。あと声も裏返りそう」
理想と現実ってしばしばギャップがありますよね。
「……その発言の根拠を述べよ」
「何で問題文みたいに言ったの……」
平静を装って言える言葉を探したら、何故か試験チックになった。
留美はココアのカップをテーブルに置き、膝に手を添えてきゅっと縮こまった。とても幼く見える仕草に庇護欲をそそられる。
「だって……八幡、街中で胸の大きい人とすれ違うと、ちらちら見てるし」
「え、あ、ええ? そ、そうか? そうだったか? え、あれ?」
留美の言葉に頭の中が大パニックになる。落ち着け、思考を辿れ、俺。確かに街中でそういう人(=巨乳)を見かけると思わず視線を向ける時があるが、留美と一緒に居る時は正直留美のことしか考えていない。次に何を話したら留美が笑ってくれるのか、どうエスコートしたら留美が安全に歩けるか、そういったことばかり考えている。
……即ち留美の認識は――
勘 違 い 。
額に手を当ててしばらく考えた後にこの結論に至ると、俺は精一杯誇らしげな表情を作った。
「はっはっは、留美、何を言ってるんだ。俺は留美のことばかり見てるからそんなことする余裕なんて無いぞ」
「カマをかけてみたんだけど……八幡、考える時間長すぎ」
「うぐ」
カマかけだったのかよ……何高度なテクを使ってんのこの子は……。
念の為本気で記憶を辿っていたが、留美にとっては相当長かったようだ。実際数十秒くらい考えていたと思われる。サシの会話で数十秒の沈黙ってただの放送事故だよね、うん。
「……ん?」
留美を見ると、何故だか頬を赤らめて俯いている。手の指をもにょもにょと絡めながら、しおらしく俺の顔をちらちらと見てくる。
「どうした」
聞くと、留美は顔を逸らし、艶っぽい流し目を送った。
「……その、私のことばっかり、考えてるって……」
おうふ。
よくよく考えたら、や、考えなくても。
俺、超恥ずかしいこと言ってるじゃん。
いかん、恥ずかしい、顔が超熱い。
そうだ、話題を変えよう。
「こほんこほん。あー、留美。胸の話をしよう」
「最低……」
「あっ」
焦って話題のハンドルを切ったら、思い切りガードレールにぶつかった。留美は両手で自分を抱き、身体の向きを90度変えた。いかん、本気でショックだぞこれ。
「……わりぃ」
「……ん、許す」
素直に謝ると、留美はまだ恥ずかしそうにしながらも許してくれた。
「しかし……何で今この話をしたんだ?」
さっきは言い方が悪かっただけだと判断して、言い回しに気を付けつつ話題の発端に遡る。
「だって……私、そんなに大きくないし」
留美が上気した顔で俯いて、胸に手を当てる。
「ん、留美はまだ中1だから、まだまだこれからだろ。気長に待てば良い」
何言ってんだ俺……とは思いつつも、何とかフォローを入れる。
すると、留美が俺を真っ直ぐに見つめてきた。様々な感情が入り乱れた、複雑な光を宿した瞳に吸い込まれそうになる。
「……八幡は、そういうことに興味が無いの?」
留美の言葉に、どくんと胸が鳴る。
――それは、恐らく同年代の女の子とお付き合いでもしたら、恐らくかなり早い段階で思い浮かべていたであろうこと。
――けれど、高校生以上に中学生は、まして中学生になったばかりの女の子なら、身体は未成熟だろう。いくら留美が大人びていると言っても、身体まで大人びている訳ではない。
――だから、俺は無意識の内に、留美の言う『そういうこと』から目を逸らしていたのかもしれない。
「……興味が無いことはない。ていうか興味津々だ。だけど、俺は出来るだけ留美を大事にしたい。不慣れどころか全然経験が無い俺にはどうすれば優しく接することが出来るかも分からない。だから、慎重に行きたいんだ」
考えを正直に話すと、留美の瞳が揺れた。
「……私、八幡にだったら……良いよ」
留美の返答に目を見開く。留美をじっと見つめると、唇が微かに震えていることに気付いた。
「……ばか言うな。そんな魅力的な言葉ぐらいで俺が襲うだなんて思ってくれるなよ」
このまま勢いで何かしてしまうことが恐くて、肩を竦めて敢えておどけた口調で言った。
すると、留美も俺の調子に合わせようと言うのか、いつもより冗談交じりの声音で喋り始めた。
「……ふぅん。じゃあ、私が八幡をその気にさせるくらい誘えば良いんだ?」
「……そうだな。全く以てその通りだ。果たして留美にそんな高難度な事が出来るのかな」
表面上は、冗談の掛け合いだ。虚勢に虚勢を掛け合わせた、どこまでも密度の薄い、ガスのような言葉の応酬。
けれど、留美の瞳には。
好奇心と、膨れ上がる期待と、不安と。
――そして、年齢にまるでそぐわない、情欲の炎が灯っている。
他愛も無いやりとりを続けながら、留美が俺の手を握った。いつもより明らかに熱い。喉を鳴らしそうになって顔を逸らすと、留美の手に力がこもった。留美は、自分の変化に気付いているのだろうか。
これ以上進めば、本当に後戻りが出来なくなる道を歩もうとしていることに、気付いているのだろうか。
「もう一回言うけど」
思考をぐるぐる回していると……留美が凛とした、芯の一本通った声を発した。
「……私は、八幡にだったら……良いよ」
改めて言われて、この子にも覚悟があることを知る。
――けれど、俺は。
「……そうかそうか。じゃあ、頑張って俺を誘惑してくれ」
「……うん、そうする」
すぐに手を出すなんてことは、出来なかった。
いや、正確に言えば、この時はしたくなかった。
留美が、果たしてどんな手を使って俺を誘惑してくるのか――それが、どうしても見たくなってしまった。
ふとしたきっかけ、話の流れ、冗談の上塗り。
ちょっとしたことが積み重なって、なんだかとんでもない流れになった。
けれど、俺は。
後悔や反省をしていないどころか、わくわくしてさえいる。
留美の表情を見ると、思っていることは俺と同じのようだった。
時計を見ると、まだ二人でこの部屋に居られる時間は十分にある。
これから、何が起こるのか、何を仕掛けられるのか。
心中に抱く期待度は、そのまま鼓動の速さに繋がる。
「八幡のこと……誘惑してあげる」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
互いの冗談のような声音は、さっきと同じなのに。
ガスのようだった言葉の密度が、明らかに濃くなった。言葉と視線を交わすごとに、妖しい色と匂いを纏ったねっとりとした空気が部屋を満たしていく。
軽口を交わしながら。
留美に聞こえるのも厭わずに、ごくりと喉を鳴らした。
続く。
ルミルミでした。展開を進めるための心理描写を久しぶりにがっつりと。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!