人の肌に触れるということは、楽しくて、怖い。
八幡と手を繋いで、キスをして、それ以上のこともして――そんな風に思った。
……それ以上については、直接肌が触れた訳じゃないけど。
肌が触れ合う度に、自分の知らない自分が湧き上がってくる。なすがままにしていたら、自分が自分でなくなってしまいそうで怖くなる。
けど、それ以上に。
自分の知らない自分を、八幡が受け入れてくれることが、たまらなく嬉しかった。
八幡もきっと知らない八幡自身のことを受け入れることが、泣きたい程嬉しかった。
……ていうか八幡、結構鬼畜だなぁ……。
……私が誘惑するのに成功したら、あれ以上のこと――
「……っ」
つい、街中を歩いていた足を止めてしまった。
「どうしたの? 留美ちゃん」
一緒に歩いていた綾乃が、きょとんと首を傾げた。何でもないと答えて、また歩き出す。
今日は金曜日。
昨日一昨日と八幡と短い時間を過ごしたけれど、今日は用事があるみたいで会えなかった。
『久々に家族サービスをする義務が発生したんだわ。マジでごめん』
と電話で言われて、くすりと笑ってしまった。寂しいけれど、八幡も同じくらいかそれ以上寂しそうだったから良しとする。ところでサービスって義務なんだっけ……。
明日は土曜日だし、八幡の家に行きたいな、それも朝からゆっくり過ごしたいな、なんて思っていたら。
『明日、俺ん家来るか? 別に、まあ、その、朝からでも俺は歓迎するんだが……』
と言われて胸が高鳴った。
私も言おうと思ってた――と答えた時の自分の声が、ちょっと裏返りそうだったのは今思い出しても恥ずかしい。
「もー、留美ちゃん。またぼーっとしてる」
「え、ああ、ごめん」
綾乃が頬を膨らませて怒った。謝りながら綾乃の頭を撫でると、「子供扱いしないでー!」と言って何故か私の頭を撫で返してきた。街中で女の子が頭を撫で合うって中々不思議。
「……あ」
綾乃の頭から手を離した所で、今自分達が居る場所が見覚えのある店の前であることに気付いた。
「? 留美ちゃん、どうしたの?」
私の視線に気付いた綾乃が、同じ所を見る。
「……これ……前に見たの」
私の言葉に、綾乃がふむと頷く。
「……留美ちゃん、これ、買いたいんだ?」
「いや、でもその、きっと似合わないし……」
「そんなことないよ。留美ちゃん大人っぽいから絶対似合うよ。わわ、ここすごい、透けてるのかな?」
「え……うわ、こ、これは流石に……」
「えー? 良いじゃん良いじゃん。値段……あ、セール中だ。チャンスだよ。すごすぎて却って買う人がいないんだよ」
「……私、この間お母さんの手伝いをいっぱいして、お小遣い結構持ってる……」
「……お互いまだ子供だから、ここまで言っておいて難だけど強制はしないよ? 留美ちゃん。でもきっと、喜ぶと思うよ。すっごく」
「……うん、わかった。買ってみる。……サイズ、あるかな……」
「お店の人に聞いてみようよ。すいませーん――」
綾乃が意気揚々と店の中に入る後ろを、こそこそと付いていく。
八幡、喜んでくれるかな。
× × ×
「お兄ちゃん、どうしたの? 朝早くからそわそわして。気持ち悪いとは思わないけど。……ごめん、やっぱり気持ち悪いかも」
「ねえ何で言い直したの? 余計傷付くんだけど」
小町が熟慮の末に気持ち悪いという判定を俺に下したのは、土曜の朝7時のこと。
今日は留美が家に来る。早く会いたいと互いに気が急いていたのか、留美が家に来るのが9時という妙に早い設定にしてしまった。部活かよ。
朝から部屋やリビングの掃除をそわそわとしている俺を見て、休日モード全開の小町がソファに寝転がりながら生温い視線を送っていた。ちなみにさっきの小町の言葉で、まあまあ傷付いている。早く留美に会って癒されねば……。
「いけない、お兄ちゃんの癒しとしてのポジションが留美ちゃんに取って代わられる……」
「地の文を読むんじゃねえよ。あとお前ってそんなポジションだったっけ」
小町はこんなことを言いながらもにこにこしている。上機嫌だ。小町は小町で留美に会うのが嬉しいらしい。
一通り掃除を終えた後で、小町とコーヒーを飲みながらだらだら過ごす。もう埃を立てるような掃除はしないが、それでも何かに気付く度にせかせかと片付けをする俺を見て、小町が「ふへぇ……」と脱力した声を漏らして目を細めた。
「お兄ちゃんってアレだね、子どもが生まれる時すごいそわそわしそうだよね」
すんごい恥ずかしいことを言ってきた。
「えっ、はっ、ちがっ、ばっ、おまっ」
「スタッカート入れすぎ」
小町がくすくすと笑う。ううむ、本当に幸せそうだ……。
早く来ないかな……と思いながら2人分のコーヒーカップを流しに持っていき、スポンジに洗剤を染み込ませたところで、ぴんぽーん……と、家のチャイムが鳴った。
× × ×
「お兄ちゃん、小町が出るからー」
「ん、すまん。頼んだ」
状況が状況だったので小町に出てもらう。
「こんに……おはようございます」
「あーもう留美ちゃん可愛いおはよう可愛い律儀に言い直す所が既に超可愛い!」
…………。
挨拶するのか褒めるのか、どっちかにしろよ。
カップをもしゅもしゅと洗っていると、小町がきゃーきゃーはしゃぐ声が聞こえてくる。
「わー、留美ちゃん、それほんと似合ってる……きゃー! きゃー! ぎゃー!」
テンションがおかしなことになっている。2人の姿は位置的に見えないが、きっと留美の顔は真っ赤になっているんだろう。
…………。
……超見たい。
早く洗わなければ。
高速でカップを洗い終えて玄関に向かって歩き始めると、トーンが落ち着いた会話が聞こえてきた。
「ん……留美ちゃん、今日は本当になんだか……」
「…………は、はい……」
「ん、そか。これはお邪魔しない方が良さそうだね」
「あ、いや、そんなことは……」
「大丈夫大丈夫! 応援してるから!」
何のこっちゃと思いながら玄関に顔を出す。
「……おはよう」
「ん、おはよう」
留美の柔らかな笑みと、服装に目を奪われた。
真っ黒なワンピース。
それも、肩を露出したタイプのもの。
雪の妖精のような白い肌が純粋さを、黒のワンピースが蠱惑的な魅力を表しているようで、そのコントラストに頭がくらくらした。
今日一日家でくつろごうと言うのに、まるでお嬢様が遠出をするような……
――それか、まるで男を本気で誘惑するような……
そんな服装に、心臓が大きく跳ねた。
「お兄ちゃん。今から小町は支度して出かけるから」
「あれ、今日は家でだらだらしないのか?」
「んにゃ、予定変更。二人っきりでゆっくりして」
小町がにゃはっと笑い、留美に視線を向ける。留美は顔を逸らして髪をかき上げ、俺にそっと流し目を送った。
何となく、何となくではあるが。
小町の意図と、留美の意図。
そのどちらもが、ぼんやりとではあるが読み取れた。
「お邪魔、します……」
「お、おう、いらっしゃい」
留美のおずおずとした口調は、瞳に灯る炎の熱量とまるで噛み合っていない。
小町がぱたぱたと自室に戻って外出の準備を始めると、俺は留美を部屋に連れていった。
繋いだ手は、いつもより熱い。
夏が、近いからだろうか。
続く。
ルミルミでした。ここからが熱いです……。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!