留美とベンチに並んで座る。遠くも近くもない、絶妙な距離感。
「……遠い」
いきなりダメ出しを受けた。
尻を動かしてにじりにじりと詰め寄る。
すると、俺が動いた分と同じだけ留美が遠ざかった。
「……なんで?」
「……なんか、動きが……」
「…………」
……気持ち悪かったですかね……。
少なからず自覚はあるけど、他の人に指摘されるとめこめこに凹むことって、あるよね。
虚ろな目でぼうっとしていると、留美がくすりと笑った。
「冗談だって。八幡のそういうとこ、もう見慣れてるし」
「それは冗談って言えるのか……」
気持ち悪さを感じないのではなくて、慣れたってことだよね?
俺が更に凹んでいると、留美が眉を八の字に曲げて心配そうに俺を見つめてきた。そしてベンチに手を添えたかと思うと、俺がしていたのと同じ動きでにじりにじりと詰め寄ってきた。若干恥ずかしそうに頬を赤らめて、お尻をくいくいと動かす様は……ただただ、可愛かった。
「何だそれ、可愛いな。もうちょっとやってみせてくれ」
そう言って腰を浮かせてベンチの端まで遠ざかると、留美が頬を赤らめたままぷるぷると震えた。睨んでいるようだが可愛げしか感じない。
「……せっかく慰めてあげようと思ったのに……」
「…………」
無言で元の位置に戻り、更に近付いた。留美は俺の行動にぷっと小さく噴き出し、小さな手を俺の頭に乗せた。くしくしと撫でられて、柔らかな気持ち良さに自然と瞼が落ちて来る。
「……八幡、気持ち良い?」
「ん、やばい。今なら何でも言うことを聞いてしまいそうだ」
「撫でなくても、八幡は私のお願いごと何でも聞いてくれそうだけど」
「…………」
……よっぽど無理なことでない限りは、確かに聞いてしまいそうだ。
留美の性格上、お願いごと自体あんまり無さそうだけど。
「こういうの何て言うんだろう……調教?」
「ちょっとその手を離そうか留美お嬢さん」
可愛く首を傾げながら言う台詞ではない。
俺が手を掴むと、留美は不機嫌そうに片頬を膨らませた。
すかさず膨らんだ頬を人差し指で突く。
ぷすり。
「…………」
両手で頭を撫でられた。
「やめろやめろやめろ」
頭が鳥の巣にされる!
「蜂の巣にしないだけマシだと思って」
「こええよ!」
ていうか何で心の中の比喩が読まれたの今!?
ようやく解放されて、取り敢えずひと息つく。
ふいー。
「八幡、それ……」
俺の手にあるMAXコーヒーを指差した。興味津々のようだ。
「ん、俺が最も愛している飲み物だ。飲んだことないのか?」
「うん。ダイエット中の友達が『彼氏に勧められて1本飲んだらそのカロリーに絶望した。あれは女の敵。あまりにもびっくりして彼氏におしおきしちゃった』って言ってたから、何か恐くて……」
「…………」
……そんなに?
ていうか彼氏さん、おしおきされたの……? 恐いよその子……。
缶の上部を指で摘まんでくりんと回し、成分表示を見る。
「……そこまで高くねえと思うんだが。カロリー」
「え、そうなの?」
二人の真ん中辺りに缶を持って行くと、留美が文字を読もうと顔をこちらに寄せた。自然と互いの頬がくっつきそうな程近付き、ぱちりと目が合った。
「……んっ」
留美が目を閉じて、唇を重ねるだけの軽い口付けをしてきた。目を僅かに細めたかと思うと、すぐに表情を元に戻して缶の文字を読み始める。何この辻斬りみたいなキス。
「……何で加糖練乳が初めに表示されてるの?」
「……『これは甘いですよ』っていう最大級の意思表示なんじゃねえかな」
思い付きの返事をしながら、辻斬りキスのお返しに留美の頬をぷにぷにと突く。どんな表情をするかと思ったら、成分表示を見たまま、突かれている頬をぷくりと膨らませて押し返してきた。俺を悶え死にさせるつもりだろうか。
このファンキーな飲み物がよっぽどツボにハマったのだろうか、留美は成分表示を事細かに読んで小さな声でツッコミ続けている。反撃されないのを良いことに、留美の頬をぷにぷにつつきながら横顔を眺める。
ぷにぷに。
ぷにぷに。
ぷにぷに。
ぷにぷ――
「んっ」
「んっ!?」
突然キスされた。
まるで黙れと言わんばかりのキスだった。
顔がものすごく熱い。俺ばっか動揺丸出しで恥ずかしい……と思ったら、留美の顔もやっぱりちょっと赤かった。
「私も飲んでみたい」
くりんと顔をこちらに向けて、留美がそんなことを言い出す。俺の太ももをさりげなくぺちぺちとしている。え、なんでこの子こんなあざとくなってんの……!? ぜひ今後も継続して頂きたい。
……ていうか今のセリフ、何か……。
…………。
「八幡?」
「すみませんなんでもないですごめんなさい」
高速で謝った。
こほんこほんと咳払いして仕切り直す。
「そこの自販機にあるみたいだぞ。買うか?」
「ん、八幡ので良い」
おっと?
留美さん、俺の返事を聞く前に既に缶を掴んでいるぞ?
「だめ?」
「その聞き方をされて断る男はこの世にいないぞ」
俺の返事を聞いてくすりと笑い、留美がMAXコーヒーを口にする。
くぴっ、と飲み込む音がした後、留美は何とも言えない顔をした。色んな表情がごちゃ混ぜになっている。
「……なんか、すごい……」
「……まあ、そうなるよな……」
明らかに無理という訳でもないようだが、あまりハマらなかったようだ。
しかし、この缶はどうしたものか。
いっそ留美にあげてしまうか……慣れてもらう意味でも……などと考えていると。
「八幡、飲んでみて」
「え、なんで?」
「だって八幡のでしょ」
「え、や、そうだけど、しかしMAXコーヒーは全千葉民のものであって俺のものという訳ではないから……」
「いいから」
「あ、はい、ごめんなさい」
言いくるめられて口に含む。
……留美が口にしたという事実が頭の中にちらついて味が分からん。
MAXコーヒーの甘味だけじゃない気がしたけど、それを確かめる術はもうない。
留美は一体何のつもりなんだ……と思っていると。
「もう一口飲ませて」
「え」
「ん……っ」
「え、ちょ、おい」
「ぷはっ。はい、八幡も飲んで」
「え、ターン制なの?」
「いいから」
「あ、はい、ごめんなさい」
この流れが繰り返されて、結果5往復した。その間、ずっと味は分からなかった。
「ちょっと好きになったかも」
げんなりした俺とは対照的に、留美は目を輝かせている。人をいじめながら飲んだら好きになるって、Sにも程があるだろ。
「……なんか、すげえ疲れた……」
留美の行動に心底驚いて疲れ果てていると。
「八幡、キスは大丈夫なのに間接キスはだめなんだ。可愛い」
そう言って、年下の女の子に頭を撫でられる。この流れが気に入り始めているのが何よりも恥ずかしい。
「……うるせえ、別腹なんだよ別腹」
「キスにそんなのあるんだ……」
自分で言って恥ずかしくなった。なんだよキスの別腹って。
――ああ、それにしても。
今日はとても和やかだ。
キスこそすれど、それも可愛らしいもので、純情そのものだった。
二日前の濃密な空間が、まるで嘘のようだ。
気付けば、辺りはとっぷりと日が暮れていた。行き交う人はぱったりと途絶え、昼から夜へと空の色合いが変わってゆく。日が沈むその上で、既に星が瞬いている。
今日はのんびり過ごすだけでも十分かな――なんて思っていると。
太ももに、留美の手が添えられた。
今留美がしたのは、手をほんの数センチ移動させるというだけの行為だ。
それなのに、たったそれだけの行為が。
空の移り変わりよりもはっきりと、突き付けるように、二人の空間をぐにゃりと歪める。
留美の瞳を見つめる。
街灯と街灯の間にいる為、留美の顔ははっきりとは見えないのに。
このまま終わらせはしない――と言っている気がした。
続く。
ルミルミでした。遂に50話台!
久しぶりにのほほんとしたやりとりを書いてみました。
急ですが明日はお休みします。明後日または3日後に更新出来ればと思います。
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!