(1)
目が覚めると、身体を柔らかな空気が包んでいた。
頭をがしがしと掻いて枕元の時計を確認し、ごろりと寝転がってまどろみを楽しむ。
柔らかな空気の正体は、どうやら自身の幸せな気持ちなのだとおぼろげながらに気付く。
はて、この気持ちはどこから湧いてくるのだろう。何が原因なのだろう。
春と夏の間の曖昧な温もりか。
昨晩、というか数時間前までしっかり運動していたことに依る心地良い疲労か。
「ん……」
……それとも、隣で穏やかな寝息を立てている、この子か。
…………。
「……全部だな」
というか、今の気持ちは全てこの子ありきだよな、うん。
自分で言っていて恥ずかしくなることではあるのだけど。
口に出して言わないと、悶え転がってしまいそうだった。
× × ×
ゴールデンウィーク前日。
明日からは連休ということで、教室全体がとてもとても浮かれた空気になっていた。
学校としては最終学年で受験モードに切り替えたい所ではあるんだろうが、こちら側としてはまだこの時期にそこまでスイッチは入らない。
教室の後ろでメンバーの違うウェイウェイ勢が高校生活最後の年の為か殊更はしゃぐ中、平常運行で部活に向かおうと教室を出る。
いくつか開けられている廊下の窓から、温もりのある風が流れてきて何とも心地良い。
眠くなってくるなぁと思いながら歩き始めると、その二秒後に背中をどつかれた。
や、正確に言えば、抱き付かれた。
音にすると、がばっ、ぎゅーって感じ。半角にするとよりそれっぽくなる。
「…………」
振り返らずとも何が起きているかなんて容易に分かるし、周りの白眼視の視線の圧力も半端ないし、何より背中から伝わってくる温もりがあっと言う間に冷静な思考を奪い取る。
あかん。
今この時にすべきことは、アレだ。
うん。
冷静な対応だ。
数秒の逡巡の末、余裕たっぷりな表情(feat.だくだくの冷や汗)で振り返ると、いろはがジト目を向けていた。
「……先輩、リアクション悪くないですか?」
「や、待て、落ち着け、話せば分かる」
「それ死亡フラグじゃないですか……」
「あ、お前もこのくだり知ってんだな」
「わたしのことなんだと思ってるんですかね……」
「待て待て、あんまり押し付けるな。あんまり押し付けるな」
「えー? 何でですかー?」
「お、お前なぁ……」
いろはと行為に及ぶようになってから、この子は目に見えて大きくなった。
ちなみにそれは身長ではなく、精神的な話でもない。もちろんこの二つも成長はしてると思うけど。
要はまあ、うん。
メロン的なね。
まだ成長中であることを思わせる張りのあるメロンの感触は何でもないですごめんなさい。
「うぐ……」
幸せいっぱいの表情でにやつくいろはに、どう対応したものかと唸り声を上げる。
いろはの、校内での俺に対する懐き方は中々恥ずかしいもので。
家での甘え方に比べたら糖度95%控えめくらいではあるのだけど、それでも未だに恥ずかしい。
家での話は全部書いたら多分誰かに消されるまであるので控えておく。
いろはの度重なる恥ずかしスキンシップのおかげか分からないけれども。
周りの視線も、冷たい目・嫉妬の炎の目が2割くらい、それ以外の「わぁ……」という感じの生温い視線が8割くらいになっていた。
元々視線やら噂話には敏感だったのに、更に敏感になってしまった節がある。
多分今円を使ったら300メートルくらい広げられそう。一日一殺を信条に掲げたりはしてないです。
俺がそれとなく引き離そうとしても、あまり力が入れられないことを良いことにいろははうりうりと身体を擦り付けてくる。
振り向くと亜麻色の髪から甘い匂いが香って頭がくらくらするから始末に負えない。
「いろは、そろそろ、な? 部活に行く前に死んじまうから」
恥ずかしさ的な意味で。
尚も身体を捩って抵抗していると、不意にいろはの動きがぴたりと止まった。
何ぞやと思って振り返ると、頬をあざとく膨らませて上目遣いをしていて、拗ねた感情を前面に押し出している。
ちなみに、こんな表情を家に居る時にされたらとっくに押し倒してます。
ソファの上にぽすっとね。
「……なに」
迂闊に直視すると身体の内の狼的なサムシングが目覚めそうなので、顔を逸らしながらぽそぽそと手短に聞く。
すると、いろはは眉根を寄せてしゅんとした表情を俺に向けた。
「先輩……まだ恥ずかしいんですか? そろそろ慣れてくださいよ~。レベルアップの時期ですよ?」
「何その進研ゼミみてぇな煽り……。無理だって。こんな衆人環視の中で俺からもイチャついた日には、次の朝日を拝める自信すら湧かねえよ」
「え~……。……家ではあんな恥ずかしいことするくせに」
「ちょっと待て。何で今声大きくしたんだ」
しかもほんの少しだけ。近くにいる人に微かに聞こえるくらい。
「昨日だって二人でソファに座ってるとき、わたしが手を重ねただけであんな……」
「何でしょうねぇ! 『あんな……』からどんな文が続くんでしょうねぇ!」
俺がテンパって音量を上げてしまったことで、微妙にギャラリーが集い出した。
本当にまずい。
瞬間移動したい。
メガンテしたい。
それ自爆じゃねえか。
既にしてるわ。
俺が慌てふためいているのを見て、いろはがにやりと目を細めた。
口が三日月形になり、悪だくみの気配しかしない。
「えー? 先輩、あの時わたしのこと押しまふっ」
最終手段で、いろはの口を手で塞いだ。
ギャラリーから「え、何、あいつ鬼畜趣味なの? 引くわー」だの「でも生徒会長、ちょっとうっとりしてない? 需要と供給がマッチしてるのかな。良いなぁ……」だのと色々な言葉が聞こえてくる。後者はどうしたんだ一体。
いろはの口を押さえながら、背中を押してその場を離脱する。
ひと気の無い階段下まで来て、ようやくいろはを解放した。
「はぁ、はぁ、ふぅ……」
「……ぷはっ、はぁ、はぁ、あぅ……うぅぅ……」
……あれ?
俺の息切れと、いろはさんの息切れのテイストが何か違いますよ?
手を離すと、いろはは俺の袖を摘まんで切なげに息を荒げていた。口が微かに戦慄いていて、濃厚な官能の気配に肌がちりちりと騒ぎ立つ。
「え、えぇと、いろはさん……?」
恐る恐る声を掛けると、いろはがたまりかねたように俺の胸に顔をうずめた。
「先輩……だめですよぉ……あんな、風に、わたしの口、力強く押さえちゃ……わかってるでしょ……っ?」
切なげな吐息を漏らして顔を上げると、その瞳はもはや牝のそれになっていて。
あー、しまったと気付く。
初めからその気はあったのだけど、いろははどうやら筋金入りのドМのようで。
俺がいろはを強く抱きしめながらすると、尋常でない程の頻度で絶頂に達するようになっていた。
他にどういうことをすると気持ち良くなってくれるのかを探っていたのだけど、その内の一つとして口を押さえるとかなりの効果があることが分かった。
別に声を漏らしてはいけないという状況ではなくとも、口を塞いだ瞬間いろはの目つきが変わる。快感がぞわりと背筋を駆け抜けると同時に、たまらない嗜虐心が湧くのだ。
それからそういったことをちょくちょく繰り返して……恐らく、いろはは俺に口を塞がれるという行為が発情のスイッチになっていたのだろう。
……どれだけ天井知らずなんだ、この子のエロさは……。
時計をちらりと見る。
部室に行った際に遅刻だと思われないまでの時間は、精々あと15分程しかない。
「……わりぃな、いろは。ちょっと時間は短いが……」
「ぁ……っ?」
いろはの肩を抱いて、目の前の空き教室に入る。
放課後誰も来る事は無いと分かっているが、それでも人目につきづらいようにと、廊下から見て手前側の壁にいろはの背中を付けた。
「せん……ぱい……っ」
いろはが期待したような、それでいてどこか恥ずかしそうな、何よりも心底嬉しそうな顔をして……口をぱっくりと開けた。
目の前の極上の御馳走にごくりと喉を鳴らして。
いろはの肩を、力強く掴んだ。
× × ×
小さくOの字に入口を開けた空間に、紅い粘膜を捩じ込む。
「ひゃぅぅぅぅ……っ」
ふやけた甘い声が漏れると同時に、いろはの華奢な身体を力いっぱい抱きしめる。
互いに制服を纏っていることも忘れるくらい、ぎりぎりと締め付けて密着する。
時間制限付きで、しかもいつイレギュラーに人が来るか分からない状況というのが、二人を燃え上がらせるスパイスになったのだろうか。
いろはの顔は、一瞬で行為をしているときのそれになった。
「んむぅぅ……ちゅっ、はふぅぁっ、ひゃぅぅっ、んふぅぅ……ちゅっ、ちゅくっ、ちゅるるる……」
二人の唾液が混ざり合い、吐息に濡れる。
強引に舌を引きずり出し、性器のごとく丹念に舐る。
いろはの奥に奥に侵入して、蹂躙する。
互いの息を呑み合って、肺に染み込ませる。
いろはが腰をくねらせ、膝をがくつかせる。
すがるように絡みついて、身体中をこすり付ける。
か弱い獲物と化したいろはを、肉食獣さながらに捕食する。
身を捩るいろはを更に強く抱きしめて、何度も舌をねじ込む。
何度も。何度も。何度も。
「あっ……あがぁ……っ」
いろはが涙を流しながら、ゆっくりと標高を下げていく。
膝を床に付けた体勢になると、震える手を俺の腰に添えた。
いろはの顔をがしりと掴み、身体を屈めて紅い欲望をねじ込む。
烈しさを増した蹂躙は、いろはの瞳から色を奪い取っていく。
俺の腰に添えられたいろはの手が、だらりと下げられた。
ゆらゆらと幽鬼のごとく揺れる手は、快感に完全に屈したことを示していた。
「ひゃっ……ひゃうぅ……もう、もう……んむぅ……っ」
いろはの様子を確認する為口を離すと、限界寸前のようだった。
すかさず可愛らしい口を犯して、一方的に唾液を流し込みながら口腔粘膜を舐る。
「うぅぅ……うぅぅ……うぅぅぅぅ……っ!」
いろはの手が俺の腰を掴んで、苦しそうに、嬉しそうに、ぶるぶると震える。
直後、いろはの全身が激しく戦慄いた。
「…………」
口を離すと、俺の舌の先から伸びた糸が、いろはが惚けて開けっ放しにした口にてろりと吸い込まれていく。
流れ込む糸をはぷっと呑み込んだいろはが、うっとりとした表情でこくりと呑み込んだ。
「……いろは、収まったか?」
いろはの頬に優しくさすりながら問い掛けると、緩みきった頬にしあわせいっぱいの笑みを乗せて目を細めた。
「えへへ……大満足です」
「……っ、……そうか」
あんまりにも可愛いもんで、俺も膝立ちになってきゅっと抱きしめた。
「それじゃ……また、部活の後でな」
行って立ち上がると、くいと袖を引っ張られた。
「先輩。……ごめんなさい、あと少しだけ時間いいですか?」
先程までとは違って、その頬は初心で可憐な朱に染まっていた。
「どうした」
「今日……お泊まりして、良いですか?」
「……っ」
今まで幾度と無く聞いた言葉ではあったけれど。
性行為と呼んで差し支えない程濃厚な口付けをしたことで、聞き慣れたはずの言葉がひどく濃厚に耳朶から染み入った。
続く。
あけまして寝起きいろはすが書きたくておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
年始めは何を書こうかなと思いまして。
続きでも良かったんですが、ふといろはすが書きたくなりました。
このエピソードはあと2~3話程度のものですが、どうぞゆるゆるとお楽しみくださいませ(^^)
今年も頑張りましょう。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!