先輩の家に着いて、ドアの前ですーはーすーはーと深呼吸をする。
ちょっと前までこんなことはしなかったんだけど。
お義母さま(改めて言うと恥ずかし過ぎて死にそう)と先日、こんな会話をした。
「いろはさん、いや、いろはちゃん。今度からうちに来る時は、もうインターホンを鳴らさなくて良いからね。自分の家だと思って入りなさい。私が言うんだから家族全員オーケーということだからね」
お義父さま(初めて言った。照れる)の序列が気になる……。
「え、あ、ええ!? ……は、はい、そうさせて頂きます……」
「なんなら『ただいま』って言ってもいいからね」
「そ、それはまだちょっと難易度が……」
「お? お? 『まだ』って言ったね? 良いねぇ、将来有望だねぇ。うりうり~」
「あぅぅ」
「何あなた、可愛すぎるでしょう……」
思い出したら余計に恥ずかしくなった。
お義母さまと小町ちゃんの組み合わせ、強烈なんだよなぁ……楽しいんだけどね。
そんな訳で。
インターホンを鳴らさないが為の緊張と闘いながら、わたしは先輩の家のドアを開けた。
「お邪魔しま~す……」「そんなの言わなくて良いぞ」「ひゃうっ!?」
寝起きドッキリみたいにそろりと入ると、唐突にその声を拾われて変な声を上げてしまった。
目の前で頭をがしがしと掻いているのは、ただの愛しの先輩。
「びびびびっくりしたぁ……家ゾンビって居るんですね……」
「何その身近なゾンビ……居てほしくねぇし、そもそも俺はゾンビじゃねぇよ。ていうかお前、最近そういう言い方全然してなかったのに、急にどうした? 緊張でもしてたのか」
「べべべべ別に……」
「図星だったのか……何かすまん」
むぅ。
なんか悔しい。
あざとく頬を膨らませてじぃっと見つめると、先輩は頬を赤らめて顔を逸らした。何この人可愛いキスしたい。
それにしても。
「先輩。どうして玄関に居たんですか? リビングに飲み物を求めて彷徨い歩いてたんですか? それとも街に仲間を増やすべく出かけようとしてたんですか?」
「ゾンビ設定を引っ張るなよ」
まったく……と先輩がふいーと息を吐く。
先輩のこの「ふいー」って感じ、好きだったりする。
だって、
「……そろそろ、お前が来る頃だよなって思ってな。三分もしないうちにお前が来たから、俺の予測能力を全力で褒めてやりたい」
「……っ」
……息を吐いた後に続く言葉は、大抵わたしにとって嬉しい言葉だから。
わたしのわがままを聞いてくれたり。
デートのお誘いをしてくれたり。
わたしにせがまれて好きだと言ったり。
大抵というか、全部かもしれない。
わたしにとって、あの吐息は幸せな気持ちになる前兆なんだって、最近気付いた。
「……ゆ……」
「……ゆ?」
嬉しくて口元がむずむずするのを感じながら、
「……優秀なゾンビですね……」
「お前、よっぽど照れてんだな……」
照れ隠しをすると、一瞬で見破られてしまった。
むぅ、やるなぁ。キスしちゃうぞ。
いけない、痴女みたいだわたし。
痴女の定義って何だろう。
少なくとも先輩としてる時のわたしって絶対やっぱりこの話はここで終了何か危ない気がする!
一歩近付いて、上目遣いでじっと見つめる。
「……っ」
あ、先輩、喉が鳴った。すごくぶっちゃければ「たまんねぇ抱き付きてぇ」とか思ってる目だなこれは。ふふん。
「先輩」
少し息の混じった声で囁く。
「……なんだ?」
わー、先輩、すごい期待してる声だ。
でもごめんなさい、今のはフェイントです。悔しかったさっきのお返し。
満面の笑みで両手を先輩に差し出す。
とても恥ずかしくて言えなかった言葉を、
「ただいま」
幸せいっぱいの声で言う。
先輩はわたしの言葉を聞くと、きょとんとした顔をしてからふっと目を細めて、頬をぽりぽりと掻いた。
そしてわたしが伸ばした腕の意味に気付き、ちょっと迷った後(目が泳いでる。可愛い)腕をゆっくりと広げた。
「……おかえり」
「……っ」
先輩の声が耳から入って身体中に響いて、奥からじんわりと温かい気持ちが込み上げてくる。
あ、やば。
なんかちょっと泣きそう。
恥ずかしい所を見せる前に、先輩に抱き付く。
まだわたしは靴を脱いでいなかったから、いつも以上に身長差を感じる。
なんだかずっと小さい時から先輩に包まれていたような気がして、すごく安心する。
「えへへ~……」
すぐに照れ隠しの言葉を続けようとしたんだけど、あんまり幸せなもんだから何も言えない。
先輩はわたしを抱きしめて、ゆっくり頭を撫でてくれる。
わー、どうしよう。これ毎日やってもらいたい。
自分の家に帰る前にわざわざここに来て一度このくだりをやってから帰りたい。
おかえりを二回言うという複雑な家庭になるけど。
先輩の意外と頼もしい胸元におでこをこすりつけると、先輩がびくっとした。
あ、これ多分悶えてるな。
大丈夫です先輩、わたしも相当きてますから。
ほんと喋れないし。
しばらく幸せに浸かった所で、やっとのことで先輩の胸から顔を上げる。ぽふっ。
「……えへへ、仕事帰りのわたしをひもの先輩が迎えてくれる、の巻~……」
「……何で忍たまなんだよ」
あと何でそんな恥ずかしそうなんだ、と囁いて、先輩がわたしの頬を撫でる。
……さっき照れ隠しで言おうと思った言葉を、時間を置いてそのまま言っちゃったから何か却って恥ずかしくなった。
何だよ「の巻」って、もう。
「あとな、ひもって言うな、ひもって」
「え~、じゃあ家ゾンビ?」
「なんで引っ張るんだそれ」
あ、恥ずかしさが収まってきた。チャンス。
「それならハウスゾンビですか」
「訳し方もなんか拙いっつの」
「じゃあゾンビハウスですね」
「それただのゾンビの館だろ」
ですねって何で自信満々なんだ。あとゾンビって何回言うんだ、ゲシュタルト崩壊するだろ……と言って、先輩はわたしの頭をくしゃりと撫でた。あったかい。
いつも以上に軽快なやりとりで、わたしの恥ずかしさもすっかり無くなっている。
……と思っていたら。
「……俺はひもじゃない。主夫になるんだ」
わわ。
「……あ、そ、う、です、よ、ね……」
「あ……お、おう」
あ、あれ?
なんか、先輩もわたしもすごい熱くなってるぞ? おかしいな?
離れると自分が恥ずかしがっているとバレるとでもお互いに思ったのか、抱きしめる腕に力を込める。あ、やば、これ余計に恥ずかしい。
小声で「ばか……」「お前こそ……」と囁き合っていると、とててと聞き慣れた足音がした。
「あれーいろはさんもう来てたんですねこんにち甘ぐはぁっ!」
『!?』
小走りで来た小町ちゃんが、吐血しながら膝から崩れ落ちて突っ伏した。
瞬間的にサスペンスみたいな空気になって、わたしも先輩も固まる。なんか今わたしに話しかけたり状況の説明をしたり悲鳴を上げたりしなかった!?
「がふぁ……っ、な、なんでこの人たち、玄関でイチャついてんの……うぐ……っ」
『…………』
小町ちゃんの言葉を聞いて、お互いに目を合わせて、ふいと逸らす。
……確かに、これはちょっと……。
「……でも、わたしとしては今後も続けたいんですけど……」
「……まあ、悪くねぇんじゃねぇかな……」
言って、目を合わせて、照れくさそうに二人してにへっと笑う。
先輩の笑顔は相変わらず下手だけど、それも含めて好きだったりする。
「うぐぅ……追い打ち……っ!」
小町ちゃんがうつ伏せのまま、びくびくと痙攣する。ご、ごめんなさい……。
小町ちゃんが痙攣していると(すごい表現だ。けど事実だ)、カマクラちゃんがリビングからのっそりとてとてと近付いてきて、わたしを一瞥した後小町ちゃんを前足でてしてしと叩いた。
なーごなーごと鳴きながらてしてし。エサやりの途中とかだったのかな。
抱き合うカップル(バカップルなんだろうか、わたしたち)と、天使のように可愛い妹(ただし瀕死)と、可愛い猫ちゃん(ただし恐らく空腹)。
比企谷家は、気が抜ける程平和であったかい空間みたいだ。
続く。
いろはすでした。
当初は3話くらいで終わる予定だったんですが、書くのが楽しくなったのでもうちょい長くなりますw
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!