「雪ノ下雪乃の肩を揉んでみる。」
「雪ノ下雪乃はやっぱりとても猫が好き。」
これらのエピソードの続きと考えて頂ければと思います。
(1)
冬が徐々に眠りに就く、春休みのある日。
俺は、雪乃の家に泊まりに行くことにした。
三連休と言わず出来る限り長く……という方向で。
春休みに入る、少し前。
二人でどう過ごすかの相談を具体的に始める前は、二人とも妙にそわそわしていた。
互いにやりたいことは大体一致しているんだろうけれど、いざとなると恥ずかしいという気持ちが勝ってしまうのか、中々話を切り出せずにいた。
こういう面では未だに二人してチキンである。
だから、雪乃の家で晩御飯を食べていた時、春休みに長期的に泊まりたいと告げた時は……雪乃の反応がとても面白かった。
『……ちょ、ちょうど、良いわ……わ、私も、呼ぼうとしていたのよ』
目を見開いて動きを止めた後、箸を置きながら雪乃はそう言った。
声は震えるわ頬は赤らんでるわ顔を逸らしてちらちら流し目を送ってくるわでこっちとしては死にそうだった。
ほんと悶えて大変だったからもっとやってほしいです。
そんなこんなで。
本日から。
雪乃宅にて、期間を決めないお泊まり会のスタートである。
ちなみに昨日は雪乃がうちに来ていたのだけど、リビングで小町と三人でくつろいでいた時の小町の煽りが尋常じゃなかった。
以下、そのシーンの回想。
「雪乃さーん。明日からの同棲生活で、何か必要になったらいつでも言ってくださいねー」
「こ、小町さん!? ちょっと……っ」
「おいこら小町。いくらなんでも……」
「えー? でもこれ、予行演習みたいなもんでしょー?」
『…………』
「はい、二人とも黙ったー」
以上、回想でした。
妹に二人して完全に沈黙させられるという、完全なるノックアウトだった。
けらけらにまにまと笑う小町に腹が立って、ほっぺたを物凄く引っ張ってやった。
その時の小町の「うにゃー!」という声が阿呆みたいに可愛かった。
雪乃も若干やってみたそうだったから、今度やらせてみよう。
妹をいじめる計画を立てるというド外道ぶり。
恥ずかしい煽り方をする小町が悪いな、うん。
「しかし……」
もはや何度足を運んだか分からない雪乃の家の前まで来て、今回の件を切り出した時の雪乃の顔を思い出す。
『――私も、呼ぼうとしていたのよ』
あの時浮かべた笑みに感じた違和感。
具体的に言えば、口の端の吊り上がり方が、今まで見たことのないものだった。
……なーんか、怪しいんだよなぁ。
妖しいってよりかは怪しいって感じ。
一体何を企んでいるのか。
その企みは可愛い程度のものなのか、笑えないレベルのものなのか。
不安は尽きないけれど。
何より、早く雪乃の顔を見たい。
毎日顔を合わせているのに、もう顔を見たいと思ってしまうくらいに惚れてしまっているんだから困ったものだ。言ってて死にたくなるからまた更に困ったものだ。
「……まあ、考えてても埒が明かねえか」
頭をがしがしと掻いて、インターホンを押す。
家の中に響く呼び鈴の音は、どこか遠雷を思わせた。
こちらの世界と、あちらの世界を繋ぐ、不思議な音。
雪乃が居る空間と、俺の居る空間を繋ぐ、不思議な音。
ドア越しに、聞き慣れたスリッパの音が聞こえた。
扉ががちゃりと開いて、二人の空間が繋がる。
× × ×
「おかえりなさい」
「う……ぉ……っ!?」
玄関のドアが開けられるなり、雪乃がふわりと抱きしめてきた。
ニットのセーター越しに感じる雪乃の身体の感触に安心を覚えると同時に、一体何事かと頭の中がワニワニパニックに陥る。
耳を撫でる甘い吐息。
視界を艶やかに覆う、鴉の濡れ羽色の髪。
未だに強く抱きしめるのに勇気が要る、華奢で色っぽい肢体。
本当にこんな子が俺と……なんて改めて思って、つい緊張して腕がぴんと下に伸びて固まってしまった。
「ふふ、どうしたの? そんな初心な反応をして」
「や、そんなことな……っ!?」
子どもをからかうような声音で俺を挑発したかと思うと、俺の脇をすり抜けて伸ばした手でドアの鍵とチェーンを閉め、俺の両足の間にすらりと伸びた足を差し込んだ。
あまりにも滑らかに拘束されて、思考が止まる。
「えっ、ちょっ、はぁっ!? お、おい……っ」
いよいよ頭の中が混迷を極めると、雪乃が正面から俺と向き合った。
透き通るような双眸が真っ直ぐに俺を見つめてきて、何も言えなくなる。
「さっきの、まだ返事してもらってないわ」
「え……」
「おかえり、と言ったでしょう?」
「え、あ、や、えぇ……?」
返事した瞬間、同棲ごっこを飛び越えるやないかーい。
恥ずかしさから拒絶感を全開にすると、雪乃がしゅんと眉根を寄せた。
「返事は……してくれないのかしら?」
「ただいま。ただいま。超ただいま」
今にも泣きそうな声で聞かれて、襲い来る罪悪感から食い気味に答えた。勢いで三回も。
「……ん」
雪乃は言葉としても成立していないような短い声を発して、嬉しそうに微笑んだ。
この笑顔は反則だ。
普段の凛とした顔を知っている上で、こんな柔らかな、それこそ聖母のような表情をされてしまっては。
「一先ず及第点ね。明日から朝と夕方に同じパターンの練習をするから」
「え、出掛けてなくてもするの?」
一旦玄関から外に追い出されるのだろうか。シュール過ぎるだろう。
俺の問いかけに、雪乃は呆れたようにため息をついた。いつもこめかみに当てる手は、今回は俺の首に回されている。
うなじをさわさわと撫でられると恥ずかしさで死にそうになるからやめてほしい。
「練習すること自体は良いのね……冗談半分で言ったつもりだったのだけど」
雪乃の言葉に、またも違和感を覚えて。
「……お前、本当にどうしたんだ? 今日は」
募る疑念から、思わず聞いてしまった。
今のノリに近い状態は、何度も見たことがある。
しかしそれは、猫やパンさん関連で雪乃の気が緩んでいる時や、二人でべったりとしている時、またはその延長線上で、行為に夢中になっている時くらいだ。
言ってみたら結構あった。
なんかすげぇ恥ずかしい。
けれど、今日は違う。
会った瞬間から、フルブーストという感じだ。
いくら二人きりだと言っても、最初からこんなことをしたら、普段ならお互い恥ずかしさで黙りこくってしまう。
これは、いくら何でも……。
あ。
「……お前、まさか熱があるんじゃ……」
言って、自分の額を触ってから、雪乃の前髪をかき上げて可愛らしいおでこに手のひらを当てる。
もしかして、熱に浮かされているせいでこんなデレのんになっているのかもしれない。
季節の変わり目だし、もし本当にそうだったらまずは全力で看病することになる。
それ自体は全く厭わないけれど。
ただ、心配だ。
「うーん……熱は無いみたいだけどんむっ」
雪乃のおでこに手を触れたまま。
キスされた。
「…………」
無言でおでこから手を離す。
素敵な触り心地でござんした。あと唇柔らかいよね、君。
や、そうじゃなくて。
「……えぇっと、今のは何のんむっ」
きゅっと抱きしめられて。
また、キスされた。
唇を啄むような、優しいキス。
「……………………」
……はぁん!?
はぁん!?
はぁーーーーん!?
何今の感じ!?
超可愛いんですけど!?
今の俺ならテンションが上がり過ぎて裏蓮華も使えそう。
八幡遁甲……二度と言いません。
空間を歪めるパワーと速度で飛び蹴りを放つ妄想をしていると、雪乃がくすりと笑った。
「……ふふ、どうしたの? 八幡。顔が真っ赤よ?」
「…………」
今の言葉を聞いて思ったことを、正直に伝える。
「……お前もじゃん」
「……っ」
俺が言葉を発する前は、頬をほんのり朱に染めているくらいだったのに。
俺の指摘を聞いた途端、耳まで真っ赤になった。
雪乃が、俺から目を逸らす。
「……く……っ」
うわぁ。
ものすっごい、「不覚……っ!」って顔してる。
え、何、どこの敵キャラ?
一体何が何やらと思っていると、俺を包んでいた腕がするりと解かれて雪乃が離れる。
「……上がってちょうだい。……まだまだこれからよ……」
「お、おう……」
打ち切り漫画の最終回の台詞か。
ただいまと言ったんだから、その設定のままならわざわざ上がってなんて言い方しない方が良いのでは、などという他愛も無いツッコミを考えながら。
改めて、雪乃の家に、雪乃が居る空間に足を踏み入れる。
雪乃は俺の数歩前を歩き、腕を組んで顎に手を当てながら「まだまだ私の反応が甘いわね……もっと余裕な態度でいないと……」などとぶつぶつ呟いている。
……本当に、なんなんだろう。
でもまあ、うん。
取り敢えず、熱を計っている時及びその直後の二連続のキスは、そのうちもう一回やってもらいたいなと思いました。マジで。
続く。
このエピソードはそれなりに続きます。この後の展開を書くのがすごく楽しみだったりします。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!