俺のすぐ隣に座った雪乃が、ティラミスをスプーンで掬い取り、俺の口元に運ぶ。
「はい、八幡、あーん」
普段はまず聞けないような優しい声音で、穏やかに目を細めるその仕草に胸が心地良く高鳴る。しかしこれがただのあーんで終わる訳が無い。そんな気がする。
でもまあ、取り敢えず。
「……あむっ」
素直に口にする。
口の中でさっくりとした食感がして、直後に生地のしっとりとした柔らかみが口内を包み込む。程好く且つ味わい深い甘味が広がり、上下の歯を合わせる度に幸せが染み出す。喉を通り抜ける際、最後の最後に舌に触れた瞬間でさえ美味しかった。
つまり、要するに、つまるところ。
「……超うめぇ」
この感想に尽きる。
「ふふ、良かったわ。今回はティラミスタルトにしてみたの」
「ああ、だから最初はさくっとしたのか。ていうか何だこれ、感想を細かく言おうとしたらキリがなくなるから却って気の利いたことが言えねぇ」
「それじゃあ六十分あげるから、三六〇〇字程度で感想を書いてみる?」
「一秒一文字計算はきつくないですか……」
この子の場合、本当に俺を監視しながら六十分きっかり測るだろうから中々えぐい。
「冗談よ。あなたの嬉しそうな顔が見られただけで十分だわ」
……。
「……あの、な、その……」
歯に衣着せぬデレまくりな態度に、正直死んでしまいそう。
そろそろ訳を聞きたくて、しどろもどろに切り出す。
「その、なんだ、今日は本当に……どうしたん」「はい、あーん」
笑顔で遮られた。
どうにも雪乃のペースが続いてしまう。
「……あむっ」
ああもう、超美味い。何これ、思考が止まっちゃうんだけど。
その後も、いくら質問しようとしてもわんこそばばりのペースで口にティラミスを運ばれて何も出来なかった。ていうか地味にティラミスの量がすげぇ多い。タルトにしているのもあってか、軽くホールケーキみたいになってるんだけど。
……恥ずかしい目に遭う前に食べきってしまうっていう戦法が潰されている……。明らかに全部食べられる量ではないから、きっとこの後何かを仕掛ける為にわざと大きめに作ったんだろう。どうしよう、超楽しみだ。や、そうじゃなくて。
「はい、八幡、あーん……んむっ」
「おう、あーん……って、え?」
ぐるぐる思考を巡らせながら口を開けたが、何も口に入ってこない。不思議に思って前を見ると、雪乃がティラミスをスプーンに乗せずに、自身の口に運んでいた。フェイントで自分が食べるのかと思ったらそうではなく、瑞々しい上下の唇にティラミスを挟み込んで、目を閉じて俺に顔を近付けている。
……わー、こういう感じで攻めてきますのん?
「……」
喋ることが出来ないからか、雪乃は無言で待ち続ける。冷や汗を流していると、片目を開けてちらりとこちらを見やった。本人は意識していないんだろうけど、ウインクみたいになっててもはや心臓が痛い。
「……」
沈黙が痛い。これ、選択肢が全く無いやつだ。
覚悟を決めて、口を近付ける。唇を合わせたら絶対何かが起こるので、なるべく雪乃の口からはみ出た部分を咥えようと試みる。けれど雪乃は俺の試みに気付いたのか、唇をあむあむと器用に動かして、ティラミスを口の中にしまいこんでしまう。それもはや自分で食べて良いやつじゃないの? そんなに俺を死なせたいの?
「……んむっ」
諦めて、雪乃と唇を重ねる。
その瞬間。
「――っ!?」
雪乃が俺の正面に素早く回り込み、俺の股座に腰を下ろして首に細い両腕をしゅるりと回した。何が起きたか分からない内に舌を割り入れられ、ティラミスが押し込まれる。
「んむっ、ちゅくっ、ちゅぷぷ、んふぅぅ……ちゅりゅりゅ、ちゅぴ、ちゅぷぷ……っ」
「~~~~~~~~っ」
口に入れてきたのはティラミス生地だけのようで、俺と雪乃の舌に混ぜかき回されて、どろどろに溶けていく。雪乃の舌の甘さと菓子の甘さとが組み合わさって、耽美な快感が身体中に染み渡る。
ちゅぽっ、と音がして、雪乃の口が離れる。
スプーンでティラミスを掬って自分の口に入れると、今度は一気に俺の唇を奪って、再び柔らかな甘みを流し込んできた。
「…………っ!」
甘美な悦楽に耐え切れなくなって、雪乃の肩を掴む。しかしまるで力が入らず、その上半端な抵抗を試みたためか、口内の蹂躙が更に激しくなった。全く抗うことがことが出来ずに雪乃の顔を見やると、目をうっとりと細めて、俺の反応を楽しんでいる。
これは……しょうがない。
気は進まなかったけれど、こうするしかない――と考え、手を雪乃の胸元に伸ばし……いつもたまらない程敏感に反応してくれる乳房を揉みしだいた。
これでもう大丈夫だろう――と思った矢先。
「……っ、……んむっ、ちゅりゅっ、ちゅぴっ、んむふぅぅ……っ、んっ、あむっ、ちゅるるるる……っ」
「~~~~っ!?」
雪乃は一瞬反応を示したものの、またすぐに口内を舐り始めた。おかしい、いつもなら口を離して甘い喘ぎ声を漏らすはずなのに。
続けて揉みしだくが、それでも雪乃は止まらない。むしろ俺の性的欲求ばかりが高まり、雪乃の香りを嗅いでますます意識が曖昧になる。
「ちゅるるっ、ちゅぴ、ちゅりゅりゅりゅ、ちゅくっ、ちゅるる、ちゅるるるるる……っ」
俺に胸を揉まれたまま、雪乃がゆっくりと倒れ込んでくる。抵抗することなく仰向けになると、雪乃は俺に甘露のような唾液を流し込み、俺の舌に吸い付いて唾液を啜り取っていく。
もはや抵抗を諦めて、ただただ感触を楽しむためだけに雪乃の双丘を撫でさする。雪乃は俺の顔を見て、嬉しそうに目を細めた。
× × ×
どれくらい時間が経っただろうか。
半分夢の中にいるような心地で、しばらくの間ずっと、雪乃に口内を舐られ続けていた。
「……ぷはっ。……ふふ」
俺に馬乗りになっている雪乃がようやく唇を離すと、とろりと伸びた糸が半開きになった俺の唇に落ちて、口内へ流れ込んできた。雪乃は楽し気な声を漏らして、妖艶な笑みを浮かべている。
「やっぱり……思った通りだったわ」
「……え?」
雪乃の言葉に、意識が覚醒する。
なんだ、雪乃は何を言っている?
やはり、今日の雪乃の行動がどこかいつもと違ったのは、何か考えがあってのことだったのか?
「雪乃……」
俺が掠れた声で雪乃を呼ぶと、雪乃は俺に手を添えて、ちゅっと唇を重ねた。先程までとは違って、とても穏やかで優しいキスだった。
「……八幡。五分、待っていなさい」
「……へ?」
一体何を――と思ったら、俺が質問をする前にさっと立ち上がり、リビングから出て行ってしまった。脱衣所のドアが開く音が聞こえたので、シャワーでも浴びるのかと思ったが……それなら五分は短すぎる。どういうことかと思っていると、そのまま浴室のドアが開く音がした。脱衣所のドアと浴室のドア、それぞれが開けられたタイミングにほとんど時間差は無く、それは服を脱いでいないということを示している。程なくして、シャワーの水流の音が聞こえてきた。
「……本当に、何だってんだ……?」
ぼそりと呟き、ゆっくりと身体を起こす。すぐ目の前のソファに置いてあるパンさんのぬいぐるみをぬぼーっと見つめながら、雪乃の帰りを待つ。
きゅっ、と栓を締める音が聞こえてから、間もなくして雪乃が戻ってきた。
「……んん?」
雪乃の姿を見て感じた違和感に、思わず唸り声を上げる。
浴室から出てきた雪乃は、ロングスカートから覗かせた足だけが何故かほかほかとしている。見た限りでは、さっきは足だけ洗っていたのだと思われる。そしてよく見ると、スリッパがいつもと違うものに替わっていて、新品を思わせるものになっている。
俺が訝し気な視線を向けているのを気にもせず、雪乃は悠然と俺の前を通り過ぎ、目の前のソファに座った。
「八幡」
「お、おう、どうした」
雪乃の毅然とした声に、妙な緊張感が走る。何かとんでもないことを言われそうな、そんな予感がする。
「こっちに来なさい。私の足元に」
「え、ええ? ……ま、いいけど」
隣に座るならまだしも、足元に?
疑問が次々と湧き出しながらも言われた通り近付くと、雪乃が俺をじっと見下ろしているのに気付いた。
これじゃあ、まるで――
「八幡」
雪乃の声が、威厳めいたものを纏っていることに気付く。
雪乃の足がゆらりと上げられて、五本の白い指が目の前で止まる。微かなボディソープの香りに、少しばかりくらっときた。
「……?」
凄まじくいやな予感が胸に沈殿するのを感じながら、恐る恐る雪乃を見やると……それはそれは楽しそうに笑っていた。本当に楽しそう。
雪乃は、俺が一言一句聞き逃すことがないようにするかのごとく、ゆっくり口を開いた。
「私の足を、舐めなさい」
「……はい?」
あまりにも予想を超えた命令に、我ながらずいぶんと間抜けな、甲高い声が口の端からぷしゅっと漏れ出た。
続く。
ゆきのんでした。この台詞をずっと前から言わせたかった……!!このくだりの効果を強める為に、前フリをかなりじっくり書いていました。ここからもまた楽しいことが待ち受けていますので、どうぞご期待ください(^^)!
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!