平塚先生が教壇に手を付き、クラス内をを見回してにかっと笑う。やたらと男前な表情はよく見慣れたもので、笑顔一つで安心させてくれた。
「さて、諸君。このクラスが、君たちの貴重な高校生活最後の年の居場所だ。存分に交友を深め、勉学や部活に励んでほしい」
凛とした、それでいて優しい言葉が教室に響き渡る。生徒一人一人を思いやってくれるこの人だからこそ、この言葉にこれだけの説得力があるんだろう。
と、内心ベタ褒めしていると、先生が急に顔を逸らした。
「そう……青春、青春だよなぁ……私もあの頃にもう少し頑張っていたら、今頃もしかしたら……いや、そんなことを考えても駄目なのは分かってるんだが……」
最前列且つ教卓のすぐ近くに座っていたら、何故か俺にだけ内容が聞き取れる音量でぶつぶつと呟き始めた。何でこの人絶望に染まった瞳で俺を見てるんだ……。さては昨日辺り合コンで失敗したな? 後で応接室で進路指導とか言って雑談をして慰める必要があるだろうか。これ俺が成人してたら絶対飲みに連れて行かれるよなぁ。……再来年以降にその危険性が……!?
俺が再来年以降に思いを馳せていると、内容は聞き取れなくとも先生の様子のあまりの落差に周りがざわつく。
「(先生、闇が入ってますよ。落ち着いてください)」
囁くように言うと、先生がハッとして俺と目が合った。さっきまで俺を見てるようで俺を見てなかったのだと気付く。どこの誰に思いを馳せていたんでしょうか……。
目尻の涙を拭って(何でだよ)、先生が俺にふっと笑いかける。やだ素敵。これなら再来年以降飲みに連行された時にお持ち帰りされても……想像しただけで妙に興奮するからやめておこう。
「そんな訳で、席替えをしよう。せっかく最後の年なんだから、男女隣り合って、机をくっつけようか」
おい。
切り替えたなと思って安心したばかりだというのに。
この人、何か言ってる。
だめだこいつ、早くなんとかしないと……。
合コンの失敗(勝手に確定させてる)の八つ当たりを謎の形にして俺たちにやってやがる……。
『えー、それは流石に……』
『あ、でも意外とありかも……』
『は、隼人は……希望とかあるの?』
周りのモブ共がざわつく。それもそうだろう。平塚先生のキャラをまだいまいち知らない人もいるだろうから、尚のこと動揺するだろう。ていうか最後に聞こえたのって絶対三浦だろ。
このままだとどうなるかな……と思っていると、後ろで一人の男が手を上げた。「金髪イケメン誰も選ばなーい」こと葉山が、謙虚ながらも堂々と手を上げている。我ながらひどいあだ名を付けてしまったけど気にしない。イントネーションに注意して面白おかしく呼んで小ばかに出来るかが勝敗を握っている。何の勝敗だよ。
「平塚先生の案、賛成です。最後の年なんだし、男女間の距離感も縮められたらクラスの雰囲気も良くなるんじゃないかと思います」
おお、相変わらず気の利いたことを言う。しかしお前の台詞はここまでだ。葉山のすぐ横で三浦がうっとり顔で見つめているけどスルーする。反応したら烈火のごとく怒られるだろうし。超怖いよあのオカンみたいなお蝶夫人。
……どうしたんだ俺、口に出したら瞬時に死ぬようなことばかり考えてるぞ。
葉山の言葉の効果は抜群で、男女問わず賛同する流れになっている。モブ共の、人に流されやすいことといったら。そのまま卒業して人ごみに流されて変わっていって、時々「遠くで……叱って?」って上目遣いで言ってればいいんだ。
平塚先生はクラスを見渡して嬉しそうに頷くと、
「よしよし、楽しいことになってきたな。さて、それでは早速だが」
と言って、皆に紙を配り始めた。
「私に言う勇気があるなら、誰と隣になりたいかを書いてくれ。誰かを取り合うような状況になった場合、紙から感じる熱意によって振り分けようと思う。もちろん、視力の関係でなるべく前に、などと言った通常の要望もこの紙で伝えてくれて構わない」
なんかすごいこと言い出したぞこの人。
後ろに紙を配りながら、少し考える。
ううむ、隣か……。
何か後ろから犬っぽい視線を妙に感じる。あと腐った視線も感じる。それと、この視線は……何だろう? 覚えはあるけど誰か特定出来ない。俺視線にどんだけ敏感なんだよ。無意識に円を使ってるのかしらん。頑張って300mくらい広げられるようになりたい。
何てことを考えていたら、思いの外みんな乗り気らしく、腕で紙を覆ってかりかりと書き始めた。なんだよこいつら高校生かよ。高校生でしたね。三浦さん、ちょっと一生懸命書きすぎじゃないでしょうか。
さて、どうしよう。
隣り合うのは男女だという。即ち俺の隣に座るのは女性だ。
さて、女性とはどんな生き物だろうか?
例えば、小町。
まず何よりも「妹」という属性が出てくる訳だが。性別は立派に、それはもう超立派に女性だ。
そして小町は可愛い。超可愛い。
即ち、女性とは小町で、小町とは可愛い。
ということは、「可愛い人は女性」なのだ。そう言える。間違いない。
えーと、可愛い人、可愛い人、可愛い人……。
× × ×
十五分後。
「えー、それでは集計結果を基に席を決めようと思う。思いの外多くの人が隣になる人を希望していて、先生は嬉しいぞ」
先生がにやにやしている。楽しんでんなぁ……。
結果が楽しみだ。争奪戦になるのを心配していたが、俺が紙に名前と一緒に書いた熱意の文は、安心院さんの100個のスキル名で埋め尽くされたページと互角とまで言える。要は文字でぎっちぎちになっている。これならば例え他の人とかぶっていても俺が勝てるに決まって――
「あー、それと。何故か同性の名前を書いている輩がいたが、それは却下だ」
先生が俺をじっと見る。すごい無表情です。
……めっちゃ見てる。
あれ、おかしいな、俺は「戸塚」って書いただけなんだけど……。
……だめ?
俺の懇願の視線を一瞥しただけで切り捨てると、先生は別の場所に視線を向けた。
「それと、男性同士……こほん、同性同士を隣り合わせてほしいという希望も書かれていたが。このクラスは男女同数なのでそれも却下させてもらうぞ」
高速で後ろを振り返った。腐海の女王が「ちぇー、残念だなー」と言いながら笑っている。こ、この人は……。
「さて、取り敢えず今の話の前者に該当する者は後で職員室へ来るように。では席順を書くぞー」
さりげなく呼び出された所で、先生が黒板に席順を書いていく。何で俺だけと思ったが、ちょうど良いと言えばちょうど良いので、お叱りを受けるついでに合コンの慰めもしてあげよう。
みんな机を持って移動を始めて、軽くお祭りのような騒ぎになる。こんなに騒いで大丈夫かと思ったが、新学期最初の日だからか周りのクラスも似たような喧騒に包まれている。なに、みんな席替えやってんの?
そんなこんなで、席移動中。
移動中。
移動中。
…………。
はい、完了。
いやー、便利だ。数行で過程を表すことが出来るだなんて。まるでロケで芸能人が『それでは噂のお店に向かってみたいと思います! とう!』と言ってジャンプした所で映像が途切れて、目的地でジャンプから降りてくる瞬間を撮って瞬間移動のように見せるという、懐かしのシーンのようだ。例えの説明が長くなった。
ふむ、俺の席は窓際最後列か。数学の時間は寝られるし、涼しい風を浴びることも出来る。悪くない。
「……ん?」
椅子に座ると、隣の青みがかった黒髪と目が合った。
「……………………」
すんごい沈黙してる。
あ、目を背けた。
え、俺の隣、川崎ですのん?
「えー、今回の席の何が面白いかと言うと、全ての組み合わせが誰かの希望で成り立っている訳ではないという点だな。特に希望を出していない者同士を組み合わせている場合もあるし、倍率が高くてあぶれた者もいる」
平塚先生の言葉に周りを見渡して、あらゆる視線がクラス中で交錯していることに気付く。
まず、三浦は……葉山の隣か。良かったな。すんごい勝ち誇った顔を周りに向けてるけど、もしかしたら周りは怖くて葉山の名前を出せなかったのかもしれない。
そして戸塚の隣の女子は……『あ、あれ? 女子のわたしより明らかに可愛い……あ、あれ?』と首を傾げながら戸塚の髪やらほっぺをぺたぺた触っている。戸塚は真っ赤になって慌てている。やめろ! 戸塚に触れて良いのは俺だけだ!
そして、由比ヶ浜……の隣の男子。モブい。そしてめっちゃ周りに勝ち誇っている。その男子に周りが猛烈に嫉妬の視線を向けている。十人近くいるんじゃなかろうか。あいつがモテるという事実を改めて認識する。
当の由比ヶ浜は、いつものようににこやかに隣の男子と話すのかと思いきや、何故か川崎に恨めし気な視線を向けている。なんかエサを目の前で取られた犬みたいだ。川崎は由比ヶ浜の視線に気付いているようで、珍しく冷や汗をかきながら前を向き、俺を見て、由比ヶ浜をチラ見するという流れを繰り返している。今この教室で一番挙動不審なのは、間違いなくあなたですよ川崎さん……。
「ふふふ、良いな、青春だな。……はぁ……青春……良いなぁ……」
先生がまた一人で沈んでいる。悲し過ぎる空気を漂わせるのはやめてよぉ!
「とにかく、悲喜こもごもあると思うが、この席でしばらくの間過ごしてもらう。何も無ければ来月には席替えをしようかと思うが、様子見をしようと思う」
先生はそう言うと、「それでは、早速授業に入るぞ」と言い、教科書を開いた。
周りも空気の切り替えに苦労しながら、各々教科書やノートを取り出す。
しかし、川崎と隣か。
別にいやではないけど、何で隣になったんだろう。
あれか、ぼっち同士を隣にした方が周りは楽とかいう配慮か。
……有り得る。
まあ、何とでもなるだろうと思い、頭をがしがしと掻く。
「あー、その、なんだ。取り敢えず、よろしく」
やや緊張しながら挨拶すると、川崎が前を見たままびくりと身体を跳ねた。あれ、ひょっとしてずっと固まってた? 授業の道具を何も取り出してないし。え、どういうこと?
川崎はぎぎぎと首を左に曲げて、俺に顔を向ける。耳まで真っ赤にした顔が、青みがかった黒髪とのコントラストを生み出す。
「よ、よろ、よろし、く……っ」
「お、おう……よろしく」
えらく小さな、消え入りそうな声で呟く川崎の表情は、妙に気弱な印象を受けて。
普段の印象と違い、ちょっと可愛いかも……と思ったら。
不意に、心臓がどきりと跳ねた。
続く。
3月だーーーーー!!!!!
今月はいよいよこの作品の一周年記念です。毎度のことながら、毎日書いてる分特別な事が何も思い付かないというw
サキサキでした。超ゆっくり行きます。
ルミルミ編も、何気にめぐりんがキスした時点での話数を超えてるんですよね。びっくり。
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スケジュールの都合で明日もお休みします。楽しみにして頂いている皆さま、申し訳ありません!
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「高橋徹」の名義で「皐月に喜びの桜咲く。」という作品を書いています。よろしければぜひご覧ください(^^)!!
それでは、また【明後日】ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!