1.
リビングのソファに腰を深く下ろし、のんべんだらりと本を読む。小町はキッチンらへんからずっとこっちの様子をにやにやしながら見てる。……こっち来ないのかよ。その距離感超恥ずかしいからやめてほしい……。
テレビを見ていても良いのだろうが、この時間帯に面白い番組があるかどうか調べるのも面倒なので見ない。アニメ放送の時間帯は過ぎたし。
読みかけの文庫本を開きながら、隣をちらりと見る。
……全然飽きないのね……。
雪ノ下はカマクラの前足やらお腹やらを持って、抱えて、撫でて、もふもふして、それはもう愛でに愛でている。まるで半年ぶりにあった熱々のカップルの如きイチャつきぶりだ。実際そうなのかどうかは知らないけど。
もう何分そうしてんだよ。コーヒー冷めちゃうぞ。
そう言う意図を込めて視線を送る。いつもならそれに気付いて怪訝な顔で返されるんだけど、いやそれでもう徳光さんばりに泣けるんだけど、今は気付いてさえもらえない。つら。
……いや、その、なに、俺、今はその、あなたの、ねえ?アレな訳だし、そう言う反応ももう少しくらい、ねえ?
……我ながら気持ち悪かった。
「コーヒー、冷めるぞ」
気を取り直してさらりと伝えると、雪ノ下がようやくはっと我に返った。おかえりなさい。
「……そうね、小町さんに申し訳無いわね」
ほんとだよ。天使が入れたコーヒーだぞ?他の奴に飲ませるなら一杯8000円はむしり取るぞ。ちなみに戸塚が淹れたコーヒーなら一杯25000円です。大丈夫、材木座なら買ってくれる。
一旦カマクラを解放するのかにゃーと思ったら、左手で器用にかまくらのお腹をもふもふしながら、右手をこたつの方に伸ばしてマグカップを取った。どんだけ離したくないんだよ。T-BOLANなの?
コーヒーをこくりと飲む雪ノ下の喉元に目が行く。修学旅行で平塚先生とラーメンを食べに行った時、彼女がスープを飲む際の喉の動きが無駄に艶めかしくて目を逸らしてしまった事を思い出した。
身体の奥がかぁっと熱くなるのを感じて目を逸らそうとしたが、雪ノ下に気付かれてしまった。まずい。
「……なにかしら?」
「……や、なんでも、ないです……」
敬語になっちゃったよ。だってこう言う時の雪ノ下超怖いんだもん。議論・糾弾モードに入った時の彼女はきっと今まで多くの人、主に女性を泣かせて来たのだろう。三浦とか、三浦とか、三浦とか。俺も多分まともに口喧嘩したら三日三晩泣いちゃう。
「どうしたのかしら?教えてくれる?」
笑顔が怖い、怖いよ。ふえぇ……。
「……はい、雪ノ下さんがコーヒーを飲む時の喉元を見て、修学旅行でラーメンを食べに行った時、スープを飲むあなたさまの喉の動きが妙に艶めかしくて目を逸らしてしまった時の事を思い出していました」
もう全部白状しちゃった。オール敬語で。
「……そ、そう……」
頬がほんのり赤く染まったかと思うと、雪ノ下は少しだけ目を泳がせて、一気に飲んで空にしたマグカップをお盆に置いた。なに、許してもらえたの?今の反応をどう捉えれば良いの?って言うかもうちょっと味わって飲めよ…。
その後の数分間は、カマクラの前足を振り回す事が妙に多かった。なんでなの?カマクラはぶんぶんされてる間ずっとごろな~って唸ってた。
おい小町、テーブルに肘をついてにやにやしてんじゃねぇよ。何か恥ずかしいだろうが。にしてもその感じすげえ可愛いな、まったく。
2.
かれこれ30分くらい経っただろうか。
雪ノ下は、まだカマクラを愛でている。俺もそろそろ小町の事を愛でたいなぁ……。
しかし、雪ノ下とこの距離感で長い時間一緒に居て、何もしないと言うのはどうにもむずがゆい。ぶっちゃけちょっと触れたい。だって俺高2だよ?盛りだよ?何のだよ。
我慢が出来なくなったので、右手をそっと伸ばし、集中してカマクラをもふってる雪ノ下の頭を、試しにぽんぽんと撫でてみた。
ぽふっとな。
「……」
あれ?何も反応しない。もう少し撫でてみる。どうだ、こう言うのが好きなんだろう?ほれほれ。
ぽふぽふ。
「……」
MU☆SHI!
久しぶりの、無視を越えた黙殺だよ!泣いちゃう!
このやろう……。負けない。撫で続けてやる。
決意を新たに雪ノ下の頭を撫でていると、一分程経った頃だろうか、雪ノ下がごく自然に、俺の肩にとんと身を寄せて来た。
……突然の甘えん坊さん……だと……?
しかし、カマクラを凝視する姿勢は一切崩さない。どんだけ強固な意志なんだよ。もうお前ここに住めよって言いそうになる。死ぬ程恥ずかしいから言わないけど。
俺は雪ノ下の頭を撫でるのを止めて、そっと肩を抱き寄せた。
すると、やっと彼女がこちらを向いた。しかし、二人の目が合うと互いに恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
……何この幸せな時間?
――などと思っていたら。
雪ノ下はカマクラに夢中で気付かなかったが、小町が何も言わずに極めて滑らかな動きで俺たちの正面に座った。そして音の鳴らないカメラ機能を使えるアプリでそっとこちらの3ショット写真を撮り、出来を確認してにまーっと笑うと、また何も言わずに立ち去った。
……これ、雪ノ下さんにご報告した方がよろしいんでしょうか……。音が無いとは言え、目の前で写真撮られて気付かないってどう言うことなのん?
おい小町、わざわざ写真見せつけんな。待受画面に設定すんじゃねえよ。コーヒー片手ににやにやと写真を眺めるんじゃねえよ。あとちらちらこっち見んな。にやけんな。やめてよ!恥ずかしいよぉ!
3.
雪ノ下はしばらく俺にくっついていたが、飽きてしまったのかあっさりと俺から離れ、引き続きカマクラをもふっていた。もふもふ。
……俺はカマクラ以下かよ……。
いや、分かってるけど。そうだと思うけど。
仕方ないと思い、再び本を開いた。何だかんだで、あのまま雪ノ下と引っ付いていたら絶対発情しちゃってたので、案外丁度良かったのかもしれない。
本を読んで徐々に落ち着いて来ると、右側から視線を感じた。
ちらりとそちらに目をやると、雪ノ下が俺以上にちらちらとこちらを見てる。なに、そんなに俺が本を読む姿が気に食わないの?想像の前提が悲し過ぎる。
しばらくちらちらとお互いに視線を交わし合ったかと思うと、雪ノ下がこほんこほんと咳払いをした。何回も。どうしたの?何かクリスマス前に本音をぶつけ合った翌日、部室で雪ノ下と二人きりになったときの感じを思い出した。今はあの時の様な気まずさなんて無いどころか、その、何て言うか、あはははは。……どこの由比ヶ浜だよ。
あの時と似た状態と言う事は、何かを言おうとしているのだろうか。しかも今のこの状況で気恥ずかしく思うって、え、なに?何か考えただけで熱くなって来たんだけど。
「……その……」
雪ノ下が振り絞った様にぽそっと喋った。2文字かよ。4バイトしかねえぞ。
何をしたいのかにゃーと思っていたら、雪ノ下がかまくらを抱えてすっくと立ち上がる。何処へ行くのかと思ったら、俺の目の前に立った。え、なに?神妙な面持ちで立つのやめてよ、どきどきするから。
「……お邪魔、します……」
くるっ、と俺に背を向けると、俺の股座に座って来た。ソファの後ろから背もたれ→俺→雪ノ下→かまくらと言う並び。
え、なにこの状態?
手のやり場にMAX困る。雪ノ下の肩の横辺りで意味ありげ且つ全く無意味に手をふよふよと動かす。何かの波動を集めてるみたいになってる。
雪ノ下は俺の挙動不審さに目も暮れず、ひたすらカマクラをもふる、もふる、もふる。順応はええよ。俺が困るわ。
雪ノ下の真っ白で綺麗なうなじが目の前にあると、俄然性欲が湧く。もう堂々と言っちゃったよ。
「……」
試しに、無言できゅっと後ろから抱きしめてみた。……超良い匂いがするんですけど。
「……」
いや、ここまでやって無言かよ。いっそ清々しいな。
こうなったら反応するまで恥ずかしい事言ってやる。
「なんだか……良い匂いすんな、お前」
「……変態。助平。淫獣。色情魔。性欲魔人」
わぁ……すごい反応が返ってきたぁ……。
「えらい言われようだな。泣いちゃうぞ」
本当に泣きそう。何でそんな淫語disりが上手いの?
しかし、そう言っただけで、特に何も抵抗はしない。
調子に乗って、いつかリクエストしたかった事をお願いしてみる。
「なあ、雪ノ下。俺にだけ聞こえる声で良いから、にゃーって言ってくれよ」
「……あなた、正気なの?そんな事言った経験なんて一度も無いわよ」
おい、言うに事欠いて。マジかよ猫ノ下さん。
とぼけが過ぎるので、ちょっと攻める。責めるの方かな?
「……へえ。じゃ、すぐ近くで小町が見てるのに、俺がお前の首筋に吸い付くのと、恥を忍んでにゃーって言うのどっちが良い?あ、吸われながらにゃーって言うのでも良いぞ」
雪ノ下がぴくっと動いた。
「……き、鬼畜にも程があるでしょう……」
「そうか?」
息をふーっと長く吹きかけると、雪ノ下の透き通るような白いうなじがぶるるっと震えた。
表情が少なからず艶っぽくなりながら、雪ノ下が小声でぽしょぽしょと喋る。
「んあ……ちょ、ちょっと、だめよ、小町さんが見てるのよ?」
「……何か今のセリフ、『だめよ、子どもが起きちゃうでしょ?』って言う奥さんみたいだな」
「……」
「……」
言ってみた感想:死にたい。
雪ノ下さん、こっち見て?何か耳が赤く見えるけど気のせい?どうしはりましたの?俺のせいですねごめんなさい。
なんて小っ恥ずかしいやり取りをしていると。
ぴろりーん♪
唐突に電子音が鳴った。
驚いて横を見ると、小町が携帯のレンズ部分をこちらに向けていた。
ははーん、動画を撮ろうとしたな?だが甘いぞ小町、そんな露骨に音を出して撮り始めた所で、ここから俺たちが下手な事をする訳が――。
「あ、これは撮り終わった音だよー。撮り始めは手で覆って音を小さくしてたのです!」
ほーん?なんだってー?
えっへんと胸を張るんじゃねえよ。胸無いだろ。目の前に居る方にも無いけど。絶対言えないけど。
なんて考えていたら、急に腕が冷たくなって来た。え、何?デイ・アフター・トゥモロー?
「……小町さん?どうしてそんなものを撮っているのかしら?それと、いつから?」
こちらからは彼女の顔は見えない。けど、見えなくて良かったと思う。小町が涙目で震えてるし。
「え、ええっとですねぇ……お兄ちゃんが『なんだか……良い匂いすんな、お前』って言った辺りからです……」
恥ずかしい所ほぼ丸々じゃねぇか。死にたい。
「そう……。で、理由は?私に教えて?」
多分って言うか絶対笑顔だ、今。超怖い。超怖いよぉ!
小町は震えながらも、精一杯笑顔を作って、人差し指を頬に当てて小首を傾げる。
「あ、そ、そのぉ……毎朝起き抜けに観たいな~と……」
目線、目線。冷や汗だらだら流しながら斜め上の天井を見ちゃだめだろ。浮気がばれた旦那さんかよ。
「そう……。……却下します」
雪ノ下が俺の手を掴み、引き離して立ち上がろうとする。
「にゃーーー!ゆ、雪乃さん、御堪忍を、御堪忍をーーー!」
小町が涙目で命乞いをしてる。お前はどこの江戸の町娘だ。お代官様―!
「だめよ」
声が超冷たい。声だけで凍える。
今にも俺の腕が引き離されそうになった時、小町が叫んだ。
「お、お兄ちゃん、何とかしてー!」
ここでかよ。役回りが損すぎるだろ。
しかし、可愛い妹の頼みとあらば無下に出来ない。
頭をがしがしと掻いて、小町の方を向く。
「手段は問わないか?」
「何でも良い!何でも良いからー!小町、この動画を毎朝見たいの!」
どんだけ見たいんだよ。俺も恥ずかしいんだぞ?
しかし、この状況は何とかせねばなるまい。だって、可愛い妹の為だし。
俺は雪ノ下のうなじをもう一度じっと見つめた。
「お前な……ま、良いか。雪ノ下、……んっ」
「ひあっ!?」
「うえっ!?」
小町が唖然としてる中、雪ノ下の首筋に吸い付いてみた。
「あ、ちょ、あなた、んあっ、何、考えてるのよ?小町さんの目の前で、ぃうっ、んぐっ、だ、だめだったら、せめて、ひあっ、二人きりの時に…あう、うう、んんんん……!」
雪ノ下の動きに驚いたのか、カマクラは彼女の腕からぱっと抜け出し、とととっと去って行ってしまった。しかし雪ノ下はその事に反応する余裕が今は全く無い。口を押さえる手を掴むと、雪ノ下は泣きそうな顔で懇願して来る。
「お願いだから、ね?後でいくらでも、ひぐっ、して良いから……ひぐぅぅっ……」
雪ノ下の顔が見る間に艶っぽくなって行く。もう、たまらない。
「ゆ、ゆ、ゆ、雪乃さん……さり気なくとんでもない台詞連発してますけど……」
小町が目を見開いて、こちらの様子を凝視している。あらま、おませさん!
「あ、こ、小町さん、これは違うの。違うのよ」
あわあわと首を振って、何とか誤魔化そうとする雪ノ下。全然誤魔化せてないけど。
しかしここで責めの手を緩めては、小町が困ってしまう。
仕方ない、仕方ないよね!
俺は雪ノ下を抱きしめる力を強めると、再びうなじに吸い付いた。
「……んあぁぁっ……!」
小町に気を取られていた為か、思い切り背筋がそり返る。
それでも、追撃の手は緩めない。
彼女を抱きしめていた手を交差させて、右手は彼女の左胸を、左手は右胸をぎゅっと摘まんだ。――と。
「~~~~~っ」
吐息に混じってほんの僅かに喘ぎ声を漏らして、雪ノ下は静かに果てた。
天井を向いて口を半開きにさせ、俺に体重を預けて断続的に痙攣している。
そのあまりの色っぽさに理性が飛んでしまい、彼女のあごの下を右手で押さえて上を向かせたまま、再び彼女の首筋に吸い付いた。
「んあ……あぅ……」
言葉にならない喘ぎ声を上げながら、雪ノ下は再び小さく痙攣した。
……あ、夢中になりすぎた。やば。
「はわわわわわ……」
小町は頬に手を当てて、口をぱくぱくとさせている。顔からは湯気がもう、温泉ばりに出てる。
……妹の前で、アレな関係の女の子をイカセちゃったよ。
小町、ごめんね。お兄ちゃん、発情しちゃいました。
この後、俺と小町は雪ノ下に正座を強いられ、すんごい説教された。
どちらかが『でも……』等とほんの少しでも反抗の意志を見せようものなら、それはもう重力万倍になる勢いの目力で黙らせられた。
……怖かったよぉ……。
続く。
じっくり書くと、話の中の時間が全然進まないと言う。
裸で待機している一部の方、申し訳ありません←
カマクラと戯れるゆきのんはとても良いですね。
感想頂いた時のテンションの上り様が半端無くてですね、朝イチや仕事の休憩時間に見ると元気と夜にこの小説を書く気力が漲るのです。昨日の平塚先生は反応がたくさんあってびっくりしましたwいつもありがとうございます!!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!