俺、小町、川崎、大志、京華の5人で夕飯の買い出しに向かう。京華もいるからということで、川崎家がいつも利用する近場のスーパーに行くことになった。
「ふっふふ~ん♪」
小町が楽しそうに鼻唄を歌っている。随分と上機嫌だ。大志が小町を見て頬を赤らめた気がしたので、ひどく冷たい目で睨んでおいた。次、俺の目の届くところで小町に色目を使ったら、「テストの時に必ず消しゴムを無くす」呪いをかけてやろうと思う。
メンバーが多いので、心持ち後ろを歩きながら他の4人の様子を見ておく。ちょこちょことせわしなく歩いている京華が少しずつ遅れていることに気付いたと同時に、つぶらな瞳とぱっちり目が合った。
「ほれ」
迷子にならないか心配だったので、京華の半歩前を歩きながら左手を伸ばす。
と、それと同時に。
「けーちゃん、ほら」
俺と反対側から、川崎が京華に対して右手を伸ばした。
『…………』
川崎と目が合う。
傍から見たら笑えるんじゃないかと思うくらい気まずい。
固まった俺たちを京華は交互に見やると、にぱっと笑って二人の手を取った。い、いかん、これは恥ずかしくて死ぬやつや……。
これは小町に見られたら本気でまずい――と思って視線を前に向けると、さっきまで先頭を歩いていた小町がいない。綺麗さっぱりいなくなっている。はてさてどこに……と思っていると、すぐ後ろからごにょごにょと内緒話をするのが聞こえてきた。
「見て、大志君……今小町たちが見てるのが、未来予想図ってやつだよ……」
「え、何のことっすか?」
「ほらほら、お兄ちゃんと沙希さんが小さい子供と手を繋いでるんだよ? 他の人が見たらどんな風に映る?」
「え、そりゃあ、二人の子供……って、ああ!」
「……あんたたち、さっきから何言ってんの……?」
川崎が顔を真っ赤にして、鬼のような形相で小町と大志を睨んだ。二人とも川崎から高速で顔を逸らす。小町は目を泳がせながら口笛を吹き始めた。なんで大きな古時計なんだよ……謎すぎるだろそのチョイス……そして何で結構上手いんだ……。
「あー、川崎が繋いでおけば大丈夫だな」
早めにこの状況を脱しないと羞恥心で討ち死にしてしまうと思い、京華からするりと手を離す。
「え、やだ。はーちゃんとつなぎたいー」
すかさず手を握られた。おっと、逃げ場が無いぞ?
「あ、じゃ、じゃあ、あたしが……」
今度は川崎が手を離す。
「やだ、さーちゃんともつなぎたいー」
すかさず握られてやんの。くすくす。
「あんた……」
鬼のような形相again。超怖い。
しかしどうしたものか……。京華が手を繋ぎたがっているとあっては、このままでは打つ手がない。
頬をぽりぽりと掻いていると、後ろから何やらシャッター音が聞こえた。しかも記者会見ばりにカシャカシャ鳴りまくってる。
「ふへへへ……ええアングルやでぇ……家宝にしたるでぇ……」
「…………」
何か変なやつがいる。
俺の妹だった。
「大志君! 大志君は前に回り込んで、正面から3人の写真を撮って!」
「え、ええ!? む、無理っすよ! 絶対怒られるっていうか殴られるっす!」
「大丈夫、大丈夫だから! ……大丈夫だから!」
「なんで3回も言ったんすか!? あと何が大丈夫なんすか!?」
「あんたたち……」
『すみません黙ります』
こんな他愛も無いやりとりをしている間中、京華はきゃっきゃと笑っていた。おうふ、修羅場を楽しめるとは末恐ろしい子ですこと……。
「あ、ここ。いつもあたしたちが来てる店」
小さな手をしっかり握って歩いていると、川崎が足を止めて前方を指差した。どうやら到着したようだ。
× × ×
俺たちが訪れたスーパーは、大きすぎず小さすぎず、それなりにこの町に馴染んでいるようなスーパーだった。本屋で例えるとブックオフくらいの馴染み具合。何で本屋で例えたのかは分からない。
小さい頃こういうスーパーに家族で来て、「なんか好きなもの持ってきてごらん。買ってあげるから」と言われて意気揚々と飛び出したら見事に迷子になり、当時の小学校のクラス担任の女の先生にたまたま出くわして、安心するあまり「お母さん!」と叫んだのは良い思い出だ。良い思い出という名のトラウマだ。ついでに母がその場面を目撃してしまい、そこからしばらく「ほ~れ、お母さんだよ~? 実のお母さんだよ~?」とイジられまくったのは完全なるトラウマだ。
京華は売り場を興味深げに見回している。
「けーちゃんは何が食べたい?」
川崎が柔らかな声音で尋ねる。ほんとこいつ、家族にはメロメロだな。
京華がぽけっとした顔で「んー」と唸った後、目をきらりと輝かせた。
「うなぎ」
「そ、そっか……」
川崎が気まずそうに目を逸らす。そうかぁ……まだうなぎブームは去っていなかったかぁ……。
「今日は小町と沙希さんで家庭的な料理を作るから、うなぎはまた今度ねー」
小町が京華の頭をぽんぽんと撫でる。その表情はとても柔らかくて、思わず見入ってしまう。ああ、妹って最高だ……。川崎が京華にメロメロになるのもしょうがないかもしれない。え? 大志はどうなのかって? 大志って誰だっけ?
この話はこれで終わりかと思ったが、京華は小町の言葉を聞いて何やら思案顔。ううん、なんかいやな予感がする……。
「ちーちゃん……家庭的な料理って?」
ちーちゃんと呼ばれて、小町が一瞬のタイムラグを挟んで「あ、小町のことだったっけ……」と反応する。全然ぴんと来ないもんね、その呼び方……。
「家庭的な料理っていうのはね、家族で毎日食べてるようなもののことだよ。サイゼとか行ったことある?」「うん」「そっか、サイゼで食べるようなものは家庭的なのとはまた別なんだよ」
小町の丁寧な説明に、京華は腕を組んでむむむ……と考え込む。考える仕草がいちいちとてつもなく可愛い。
京華はそのまましばらく唸っていたが(その間俺たち4人は考え込む京華の写真を撮りまくっていた。可愛すぎて。ちなみに川崎だけ動画撮影をしていた)、やがて何かの結論に至ったのか、向日葵のような笑みを浮かべた。
「じゃあ、はーちゃんとちーちゃんもかぞく!」
『え……』
京華の導き出した解に、一同が唖然とする。川崎を見ると、耳まで真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。エサを上げたら金魚みたいに食べそうだ。
誰もが言葉を失う中、小町が京華と同じようににっこりと笑った。
「そうだねー。はーちゃんもちーちゃんも家族だねー。これから8年以内にはそうなる可能性が濃厚だよー」
「おい待て小町妙に生々しい数字を出すな」
社会人になる前後くらいから付き合い始めた人が結婚しそうなリアルな年齢じゃねぇか。
川崎を見る。小町の言葉により口のぱくぱくが悪化し、「……ぱっ、ぱっ、ぱっ……」と実際に音まで出ている。何この子超面白い……。
こんな話をしながら、のらりくらりとスーパーの中を巡る。京華が何にでも興味を示すので、普段なら面白味など感じることのない買い物が不思議ととても楽しくなった。
「…………」
しかし、家庭料理か。
川崎、家庭料理……何か前にそんなくだりがあったような……。
あ、そうだ。
川崎、バレンタインイベントの前に雪ノ下に得意料理を聞かれた時、里芋のにっころがしって答えてたっけ。
あの時は地味だなんて思ったけど、今日のご飯会にはぴったりじゃなかろうか。良いじゃん、里芋のにっころがし。
川崎が作る、里芋のにっころがし。
……川崎が、里芋のにっころがし。
…………川崎が、にっころがし。
……………………。
「……なあ、にっころが……っ」
ちょっと眠かったからだろうか。
あろうことか、川崎を「にっころがし」と言いかけた。
慌てて言葉を止めたし、ここだけ聞いても何が何やら分からないだろう。冷や汗をかきつつもふーと汗を拭っていると、川崎が怪訝な目をこちらに向けた。
「……ねえ、あんた今……あたしのこと、にっころがしって言いかけたでしょ……?」
バレた。
寿命が一気に縮む。
「……すまん、前言ってたのを思い出してな。今日作るならすげぇ相応しいだろうなーなんてぼんやり考えてたら、つい……。すまん」
思っていたことを口にすると、川崎は少し驚いたように目をぱちくりさせ、ふいと顔を逸らした。
「……ばかじゃないの。いいよもう。で、なに、作って欲しいわけ?」
「え?」
「え? じゃなくて。だから、その、作ってほしいわけ? ……さ、里芋のにっころがし」
「…………」
顔を逸らしながら聞いてくる川崎が、やたらと可愛くて。
内心微笑みながら、
「ああ、頼む」
と言った。
「ったく……しょうがないから作ってあげる」
川崎は顔を逸らしたまま了承してくれたが、耳まで赤くなっていた。
夕方を前にして、俺たちの周りには緩やかな時間が流れていた。
続く。
サキサキでした。うなぎとにっころがしを話題に出せて嬉しいです。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!