「ほら、けーちゃん、大志、手洗いうがいしてきな」
『はーい』
家の中に入るなり、川崎が呼び掛けた。その手慣れた雰囲気からして、いつもこのやりとりをしているのだろう。とてとてと洗面所に駆けていく2人の背中を見て、ふと頬が緩んだ。
川崎が首をこちらに向け、俺と小町を交互に見やった。何だか口をもにゅもにゅさせている。
「……あんたたちも、手洗いうがいしてきな」
「お、おう、そうだな」
頬を朱に染めて顔を逸らして、流し目を送るようにこちらを見てくる様が何とも色っぽくて。思わずどもりながら返事をすると、小町がきゅぴーんと目を光らせた。最近大活躍ですね小町さん。
「お? お? おお? 沙希さん、それはあれですか? 『あんたたちはもう家族同然なんだから、家に帰ったらちゃんと手洗いうがいしな』ってことですか?」
「は、はぁ!? 何言ってんだこの妹! いい加減にしろって!」
「小町は全部善意で言ってるっth! 悪気なんてかけらもないっth!」
「ぶっ!? くっ、くく……っ、…………っ」
「待って待ってねえ何でこの流れで俺を睨んだの」
川崎が腕で口元を覆いながら、射殺さんばかりの素敵な視線を送ってくる。心臓が貫かれそうだ。
そんなやりとりを挟み、結局俺も小町も手洗いうがいをした。実際人の家に来て手洗いうがいをするという経験は中々稀有だと思う。俺は人の家に遊びに行ったことなんて無いから分からんけど。そういうことはあんまりないって小町が前言ってた。この話をしただけで涙が出そうになるのは何でだろう。
川崎は大志と顔を合わせた瞬間噴き出しそうになり、大志が目を見開いて驚いていた。小町はそのやりとりを見ても知らんぷりで、何も言わなかった。この子極悪やでぇ……。
× × ×
リビングに入ると、テレビの前にテーブルが置かれ、2つのソファがL字に置かれていた。きちんと掃除が行き届いていて、所々に可愛らしいぬいぐるみが置かれている。居るだけで家族愛に触れて幸せになれるような空間だ。
「それじゃお兄ちゃん、小町は沙希さんとお料理するから。そこで大人しく待っててー」
「ん、分かった。お前を凝視してれば良いんだな?」
「シスコン……」
「うるせぇブラコン……」
川崎の場合、ブラコンに加えてシスコンでもあるからより重症だ。ん、シスコンということは仲間……? もしかしたら、俺は川崎と仲良く出来るのかもしれない。普段はめっちゃ恐いけど。
「……大志とけーちゃんの相手してやって」
「ん、おお」
川崎がもじもじしながらお願いしてきた。どうにもこの子の優しい面を見ると気持ちがふわふわする。ギャップって大事なんだね。普段超恐いもんね。俺どんだけ恐れてんだよ。
「……今、なんか失礼なこと考えてた?」
「何でもないっth」
「んぐっ!? ……………………っ」
「恐い恐いその目マジで恐いから」
なんていうやりとりをしていると、大志が複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「お兄さん……真似されるとやりづらいっす……」
「え、なに、もう自分の持ちネタとしての自覚が芽生えたのか」
「そ、そんなこと……ない……っth」
小町が膝から崩れ落ちた。
川崎が神速で顔を逸らした。
俺は「んぐふ……っ」という奇妙な音を漏らした。
京華はぽかんとしている。可愛い。
取り敢えず撫でた。
愛い愛い。
「……大志、くだらないこと言ってんじゃないよ」
「あんまりだ……」
大志が世の中に絶望した表情を浮かべた。すごいな、高1でその顔が出来るのか。
――ここで、ふと思ったことがある。
しかしこの思いは、今この場で突発的に浮かんだものではない。
以前から大志と川崎のやりとりを見ていて、何度も感じたことのある思いだ。
それは、大志とどれほど仲良くなろうとも、逆にどれだけ関係性が薄らいでも、決して解けない、呪いのようなわだかまり。
俺は、出来ることなら、今すぐこの場でこのわだかまりを解き放ちたかった。
だから、俺は。
勇気を出して、大志の心の内に踏み込む。
例えそれが、どれだけ取り返しのつかない事態になろうとも。
「……なあ、大志」
「え、あ、はい。……どうしたんすか? お兄さん。そんな真剣な顔して……?」
大志の表情から不安が滲み出る。無理もない。俺の顔は今、ひどく強張っているだろうから。
「前々から思ってたんだが、お前……」
「え、な、何すか? 何なんすか……?」
俺の雰囲気の変化を小町と川崎も感じ取り、表情を強張らせた。
目を閉じて、すぅっと静かに息を吸う。
目を開いて、大志を見つめた。
「……お前、敬語じゃないとキャラ崩れるよな」
「……へ?」
大志の口から、気の抜けた声が漏れ出た。
気にせず話を続ける。
「だから、お前って川崎や京華にタメ口だろ? そうすると、姉弟・兄妹間の会話の時にただでさえキャラ付けの甘いお前の存在感が更に希薄になるんだ」
「な……っ」
大志がのけぞって衝撃を受けている。ひと昔前のアニメなら背景で雷が落ちているところだ。
「薄いって……どれくらいっすか?」
「ぶっちゃけキャラの名前も要らないくらいだな。モブだモブ。『川崎の弟。ただし名前はない』みたいな感じだな」
「そんなに……」
大志が両手で顔を覆って俯く。かつて赤マルジャンプでムヒョとロージーの読み切りが掲載された時のめっちゃ怖い霊を思い出した。ピンポイント過ぎるので分かった人は挙手してほしい。
水場に好んで現れるのかしら……と大志を見て妄想を膨らませていると、小町がたははと苦笑いを浮かべた。
「あー……ちょっと分かるかも」
「比企谷さんまで!? 何でっすか!?」
「あ、今のは大志君だね」
「姉ちゃん、俺タメ口だとキャラ無いの?」
「おい、お前誰だ」
「川崎大志っすよ!」
大志は今にも泣き出しそうだ。
俺は大志に歩み寄ると、肩に手を置いてにこやかな――表情筋がひくひくしている気持ち悪い――笑顔を浮かべた。
「解決方法はあるぞ」
「え……ほ、本当っすか?」
ああ、あるとも――と朗らかに答える。
「いっそ相手を問わず、話す人全員に対して敬語を使えば良い」
「家族にもっすか!?」
「そうそう。敬え。崇め。跪いて靴を舐めろ」
「お兄さん、今何でも言っていいと思ってないっすか!?」
「思ってない思ってない。騙されたと思って、まずは川崎に敬語を使ってみろよ」
「うう……ね、姉さん、夕飯、楽しみにしてるっす」
「そうそう、その調子だ。次は京華に敬語だな」
「え、ええ!? ……よーし、一緒に遊んであげるっすからねー」
「ぶっ、くくっ……」
「笑ってるじゃないっすか!」
「何のことだ? じゃあ次は小町を崇めて、最後は俺に跪け」
「うわーん! お兄さんがひどすぎるー!」
「バカ言うな、これも親交を深めるため……の……っ」
背後に、おぞましい気配を感じた。
強烈な圧だ。ネフェルピトーだろうか。俺結構好きなんだよな。や、そうじゃなくて。
「…………」
そっと振り返る。
川崎が、笑顔だった。
首を若干傾げて、とても愛らしい。
しかし片頬が不自然に引き攣っている。
よく見れば目が笑ってない。
「……あんた、いい加減にしなよ……」
「ごめんなさい」
マジで謝った。
この世に生まれて18年弱。
一番、マジで謝った。
「お兄ちゃん、茶番は終わったー?」
「お、おう……」
妹が一番ひどかった。途中で一回ノったくせに……。
「それじゃ、改めまして。沙希さん、よろしくお願いしまーす!」
「あ、ああ。よ、よろしく……」
川崎の表情が引き攣っているのは、緊張のためだろうか。一緒に料理をして、少しでも仲良くなってくれると良いが。
ソファに腰を下ろす。ふかふかした感触の中に身体を沈めてひと息つくと、台所に向かう小町と川崎の背中を見つめた。
……うーん、何だかむずがゆい……。
続く。
サキサキでした。というか大志でした?
せっかく川崎兄妹と比企谷兄妹が一緒にいるんだからということで、今までよりもギャグを重点的に書いてます。別に戯言シリーズとかのうりんとかの影響を受けてるとかそんなことはめっちゃあります。
ゆっくり進めていきます。ごゆるりとお付き合いください(^^)
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!