「それでは調理を始める前に、エプロンを着ましょう!」
キッチンの前で小町がぽんと手を叩いて、にゃはっと笑った。写真を撮ろう。
「あ、あたしはいつもしてるけど……あんたは持って来てんの?」
「それはもうばっちりと!」
俺がスマホを取り出そうとポケットをもぞもぞやっていると、小町がどこから取り出したのか、するりとエプロンを取り出した。いつも家で見ているエプロンだ。
「さあさあ、エプロン姿でお兄ちゃんをたぶらかしてくださいなー!」
「んなっ!? は、はぁ!? あ、あんた何言って……っ!」
「もー、沙希さんたら。義妹って呼んで下さいよー」
「呼ぶ訳ないだろ!?」
川崎が大いに慌てている。もし仮にそういう関係になったとしても、「おーい、義妹―」なんて呼ぶ機会はまず無いと思うんだけど……。
川崎は小町に散々弄ばれた後(語弊しかない)、ぶつくさと愚痴を言いながらエプロンを取り出した。俺はソファの背もたれにだらりと身体を預けながら、ぼんやりとその光景を見ていた。
「……おお」
川崎がエプロンを付けて、髪をさらりとかき上げた時――思わず、感嘆のため息が漏れた。
川崎のエプロンは、柔和な暖色だった。特にこれと言った特徴がある訳ではない。
エプロン自体がどうという話ではなく、エプロンを着た川崎沙希という一人の女性の姿が、至極魅力的だった。
普段から着慣れているであろう、馴染んだ姿。
外着でエプロンを着るというギャップ。
そして、微かに染めた頬。
更に、何気なく目につくのは……。
「……な、なに? 何か文句でもある?」
ついじっと見てしまっていたら、川崎が恥ずかしそうに身を捩らせた。
「ああ、や、すげぇ似合ってるなーって」
「な、え、は、……なに、言って……っ!?」
するりと口から出た言葉に、川崎が一瞬で茹だってしまった。まずい、また林檎が喋り始めた……。
「出たー! お兄ちゃんの『普段はひねくれ感満載だけど、ここぞと言う時ほとんど無意識にマジ褒めして相手をコロッといかせるギャルゲーみたいな戦術―!』」
「衝撃的になげぇよ」
略し方も分かんねぇし。
「お、お兄さん! やっぱりジゴロっす! ジゴロ―兄さんっす!」
「黙れ消し炭にするぞ」
「あ、熱いのはいやっす……」
調子に乗る毒虫は速やかに威嚇した。次に調子に乗ったら誘蛾灯のごとくバチッと感電させてやる。
そう言えば、川崎はどうなったんだろう。
ちらりと見やる。
「……………………」
両手で顔を覆って蹲っていた。かごめかごめでもしてるのかしらん。
小町がしゃがんで川崎に顔を近付けると、むふふといやらしい笑みを浮かべて何か囁き始めた。
「どうですかー? お兄ちゃん、家族として認識するとあんな褒め言葉がぽんぽん飛び出しますよー? 学校でのお兄ちゃんからは考えられないくらい自然と褒めてくれますよー? 小町だってたまにクラッと来るんですよー? どうですかー? どうですかー? 今なら可愛い義妹とふてぶてしい猫が付いてきますよー?」
すげぇ怪しい勧誘をしてる。
「……あたし、猫アレルギー……」
「あ、そうでした……すいません」
マジトーンで悲しい話をしないで……。
「あ、じゃあ発想の転換をしましょう! 沙希さんがお兄ちゃんの猫になるんです! 甘えまくって、お兄ちゃんに可愛い可愛いと連呼される! どうですか!? どうです……ぴゃっ!?」
川崎が小町の両頬を片手でぐわしと掴んだ。小町はぷるぷるしている。やだ可愛い……。
「……あんた、本気で何言ってんの?」
「ぴやぁぁぁ……っ」
小町が震えているが、川崎は川崎で顔を真っ赤にしてぷるぷるしている。何この地獄絵図……。
ったく……と呆れた声を上げて、川崎が立ち上がる。こちらに背を向けると、その後ろ姿に思わず見惚れた。
「…………」
何気に目につく……スタイルの良さが、ね。特に今は結構ぱつぱつの7分袖ジーンズで、ね。何て言うかこう、例えるなら……何て言うか……。
「姉ちゃんって、何気に身体付きエロいんすよねー。肉感的って言うんすかね?」
俺が如何に婉曲的に言おうか考えていた部分を、大志があっさりとそのまま言いやがったので。
「いたたたた!? 何でっすか!? 何でっすか!?」
さっき川崎が小町にしたのと同じように、大志の両頬を片手でぐわしと掴んだ。川崎と俺の違いは殺意の有無だと思う。
「大志、比企谷……」
ほらもう、川崎がめっちゃ睨んでる……だから言わないでおいたのに……ん?
んん?
「…………」
恐くて見られなかった川崎に、恐る恐るちらりと視線を送る。
頬を朱に染めて、お尻を両手で隠しながら振り向いていた。婀娜っぽい流し目にごくりと息を呑む。
「大志くん……大丈夫だよ。これからもずっと、小町は友達だからね……」
温度の欠けた目で小町が言う。「お前との関係はずっと友達だからな」と改めて突き付けるえげつなさよ。ちなみに俺に対して、小町は一瞥して「これだからごみいちゃんは……」と言っただけだった。つらい。
大志を見る。
小町の言葉が効いたのか、若干涙目だ。
「大志、辛いか?」
「辛いっす……」
「女子にモテたいか?」
「モテたいっす……」
「ところで大志、異世界転生チーレム無双って知ってるか?」
「? 何すかそれ?」
「要は、一回死んで生まれ変わって、女の子に囲まれて最強の俺うはうはーっていうジャンルだ」
ざっくりすぎる説明だった。
「すごいジャンルっすね……」
ちなみにこの会話、大志の頬を掴んだままでやっていたりする。とてもシュールだ。
つまり……と、俺は大志ににこやかな笑み(自己評価)を浮かべる。
「モテたいなら、来世に賭けてみないかってことだ」
「何で俺をここで死なせようとしてるんすか!?」
「直接的な表現をあっさりしやがった罰だ。あと、これから生きていてもモテることが無いであろうお前を早めに来世に送ってあげようという俺の優しさだ」
「直接的な表現!? ていうかお兄さんは俺に何の恨みがあるんすか!?」
大志は川崎に目配せをして助けを求めようとするが、川崎は涙目で俺と大志を睨むばかりだ。ちょっとぞくぞくする。この気持ちは何だろう。
さて、この地獄みたいな状況をどうしたものか――と思っていると。
何も状況を把握していない京華が、ぽけっとした顔でとてとてと川崎の下へ歩いて行き、川崎の肩をぺちぺちと叩いた。
「なに? けーちゃん」
ふっと顔を綻ばせた川崎が語り掛けると、京華は俯いて、
「さーちゃん、おなかすいた……」
眉根をくにっと寄せて、上目遣いで呟いた。
全員崩れ落ちた。
続く。
サキサキでした。平和や……。
けーちゃんがまだ出てないなーと思って登場してもらったら、全て持って行きました。半端無いですねこの子。
明日は定休日です。皆さん、良い休日を!
それでは、また【明後日】ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!