夕飯の片付けを終えた後は、リビングでしばらくくつろぐことにした。
大志、俺、小町――と数多の高校生の股座を渡り歩いた京華であったが(ものすごく苦情が来そうな言い方だ)、最終的には川崎の股座に収まった。川崎は京華のことが可愛くてしょうがないようで、きゃっきゃとはしゃぐ京華の頭を優しく撫でている。その表情はどこまでも穏やかで、あまり見ていると何だか胸の奥がむずむずとしてきたので慌てて顔を逸らした。
「けーちゃん、楽しそうだねー」
小町が俺の隣で微笑みながら言う。そんな小町の表情もまた穏やかだ。
小町の言葉に、京華は「ほえ?」と首を傾げた。川崎が口元を手で押さえて震えている。悶えているんだろう。
京華はしばらく考え込んだ後、にぱっと笑った。
「うん、さーちゃんやわらかくてすきー!」
にこにこしながら、後ろに体重を預けてニット姿の川崎の胸に後頭部を着地させた。
『…………』
その場の空気が、何か、こう、変な感じになった。
京華の顔が半分埋まってるよ……ダンジョンの壁に吸収される冒険者みたいになってるよ……。
川崎をちらりと見る。京華に対してひくひくと不自然な苦笑いを浮かべた後、何故か俺を物凄い形相で睨んできた。眼光は家の壁を貫通する勢いで鋭いが、如何せん顔が真っ赤なので可愛げしかない。
「比企谷、あんたね……」
「いや、俺は何も悪くない」
「そうですねー、沙希さんの胸がけーちゃんを夢中にさせてるだけですもんねー」
「んなっ!? あ、あんたは……!」
飄々と爆弾を放り投げた小町を川崎は必死で睨むが、引き続き顔は真っ赤だし京華を抱きしめているから動けないしでもう可愛いったらありゃしない。
「さーちゃんやわらかいー」
自分の頭のすぐ上で激しく恥ずかしいやりとりが繰り広げられているのも露知らず、京華が呑気に頭を前後に動かして川崎の胸の柔らかさを堪能している。
ここは敢えて本音を言うべきだろう。
超羨ましい。
「…………」
「な、なに、俺何も言ってねえぞ」
すんごい睨まれた。地の文を読まれた……!?
京華がくりんと顔を真上に向けて川崎を見る。
「ん? けーちゃん、どうしたの?」
動揺を抑えた声で川崎が優しく問いかけると、京華は「んー」と小さく唸った。何事かと見守っていると、京華はカーペットの上に足を下ろして立ち上がり、くるりと反転して川崎の方を向いた。そして川崎の股座に先程とは逆向きで座る。ソファの上に膝立ちになったので、川崎と頭の位置があまり変わらない。
「け、けーちゃん? どうしたの?」
川崎の声が上ずる。明らかにここから何が起きるのかと不安がっている声だ。
「…………」
京華が無言で川崎の胸を触った。
両手で。
むんずと。
小さな手が双丘の中に埋まる。
「んなっ!?」
川崎が聞いたことのない声を上げた。悲鳴だろうか。
固まった川崎の反応も気にせず、京華はむにむにと胸を触っている。
「さーちゃんのおむね、おっきい。……けーかもこんなにおっきくなるの?」
「けけけけけーちゃん!?」
何か怪談で出て来るお化けみたいな声を上げている。川崎の動揺はピークに達しているようだ。ギャグマンガなら目がぐるぐるになっているところだろう。
難しそうな顔をして、京華は川崎の胸をむにむにと揉み続ける。川崎は耳まで真っ赤になったまま止めることも出来ず慌てている。大志の様子をちらりと見ると、大して動揺していない。川崎をちらちらと見はするが、その後俺にも視線を向けて「姉ちゃんの身体どうっすか? どうっすか?」みたいなゲスな目を向けてくる。後でぼこぼこにしよう。
これは俺が止めるしかないか……と思っていたら、隣で小町が胸に手を当てていた。何か罪の意識でもあるのかしらと思ったが、よく見ると両手を当てている。手ブラという単語が浮かんだ瞬間に頭をぶんぶんと振っていたら、小町が立ち上がった。
思い詰めた顔をしているので心配して見つめると、
「ご利益……」
とぼんやりした表情で呟いて、ふらふらと吸い寄せられるように川崎の下へ歩いていく。いかん、万乳引力がこんなところで発揮された……!
「うーん、さーちゃんの、おっきい……」
京華は川崎の胸を正面から、上から、下からとあらゆる角度から揉んでいる。何のマイスターを目指しているんだろうか。将来が楽しみだ。
そこへ、小町がふらりとやってきた。
「あ、ちょっとあんた、けーちゃんのこと止め……ひぁっ!?」
川崎が艶っぽい声を上げて、思わず俺と大志が視線を向ける。
見ると、小町が京華とは別の角度で川崎の胸を触っていた。
「こ、この沈み心地……これはあかん、人をダメにするやつや……」
うっとりとした表情且つ突然の似非関西弁を駆使しながら、川崎の胸を揉みしだいている。京華の無邪気な手つきと違ってどこかいやらしく、川崎は口元を手で覆って声を抑えている。
「んっ……こら、んぁ……ふっ、んんんっ、だめ……っ!」
思わずその様子を凝視して、数秒後。
「…………」
あれ。
これ、やばくない?
大志と目が合う。無言で頷き合う。
大志と同時に立ち上がると、俺は小町の下へ、大志は京華の下へと向かう。
「おいこら小町」
「あうっ」
頭にずびしっとチョップを食らわせると、小町は可愛らしい声を上げて元に戻った。メダパニ解除。チャーム解除。
「ほら、けーちゃん、姉ちゃんが困ってるから」
大志は京華の腋に手を滑り込ませ、高い高いをするかのようにひょいと持ち上げた。
小町を元の位置に戻し、京華は大志が自分の股座にすっぽりと収めた。川崎は顔を真っ赤にして両腕で胸を抱えて蹲っている。
「……さーちゃん、こまってるの?」
「そうだよ、謝りなさい」
大志が京華を頭を撫でながら促す。兄としての面が見えて、少し印象が変わった。少しな。
「さーちゃん、ごめんなさい」
京華が眉根を寄せて、心の底から申し訳無さそうに謝る。理由は分からなくとも、川崎が困っているのが伝わったのだろう。
「……ん、大丈夫だよ、けーちゃん」
川崎は顔を上げて、まだぎこちない笑みを浮かべながらそう言った。
さて次は……と思って小町に視線を向けると、既にカーペットの上で膝立ちになり、川崎に両手を合わせていた。謝る気満々だ。
「沙希さん、ごめんなさい!」
「い、いいってそんなにしてまで謝らなくても」
「乳神様のご利益が欲しくて、つい!」
チョップした。
「おいこら小町、いくらなんでもひどすぎるだろ」
「うう……本音がつい……でも、ご利益が欲しいのはほんとなんだもん……」
小町が涙目で川崎を見つめる。正確には川崎の胸を。
『…………』
川崎と目が合うと、互いにふっと呆れた笑みを漏らした。
「……別にいいよ。ただこれから「も触らせてくれますか!?」は控えなよって言おうとしたんだけど!?」
川崎と小町の絶妙なやりとりに、俺と大志は声を上げて笑う。京華はぽけっとその様子を見て、やがてにっこりと笑った。
× × ×
『それじゃ、お邪魔しました』
それからしばらくして、俺と小町はお暇することにした。思っていたよりもずっと長く居てしまったのは、それだけこの場所の居心地が良かったからだろう。
「あ、比企谷」
家を出ようとしたところで、川崎が呼び止めてきた。
「ん、どうした」
「あ、あのさ、その、良かったら……」
「良かったら?」
「……や、やっぱ、なんでもない」
川崎は明らかに何か言いたそうにしている。なんでもないと言った後も、俺と家の中とを交互に見て頬を赤らめている。
…………。
……何を言うべきかは分かっているけど……。
……あー、恥ずかしい。
しかし川崎も長い時間は耐えられないだろう。腹を括る。
「……まあ、その、なんだ。また時間があったら遊びに来たいんだが……いいか?」
目を逸らして頭をかきながら言うと、川崎の目が柔らかく輝いた。
「……う、うん。気が向いた時で良いから」
「……ああ、気が向いた時な、うん」
妙にもじもじした会話に、互いの羞恥心が高まっていく。
俺と川崎が目を逸らすと、俺は小町と、川崎はどうやら大志と目が合ったようだ。
小町はにやにやとしていた。とっても幸せそうに。
『……なんだよ』
俺と川崎の声がユニゾンした直後、俺が小町の髪をわしゃわしゃとすると同時に後ろでもわしゃわしゃと同じような音がした。きっと川崎も大志の髪を撫でくり回しているんだろう。
「はーちゃん、ちーちゃん、またきてねー!」
京華が元気いっぱいに言う。俺と川崎とは大違いだな……と思って頬を緩めながら、京華の頭をぽんぽんと撫でた。
「それじゃ……また、学校で」
「ああ、学校で」
扉を閉める前に見た川崎の顔は、1年前と比べると考えられないくらい穏やかなもので。
そうか、明後日学校が始まれば、また川崎と会えるのか……なんて、初心にも程があるだろうと我ながら呆れるような楽しみが芽生えた。
続く。
サキサキでした。和やか。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!