川崎との距離感の変化を戸惑いつつも楽しんでいたら、気付けば2週間程過ぎていた。
学校での会話も増え、どちらから言うでもなく昼休みに屋上で一緒に食べることも増えた。ベストプレイスで一人で昼ご飯を食べた後教室に戻ると、何故かむくれた顔の川崎に迎えられたこともあった。
LINEでのやりとりも、気が付けばずっと続いている。とは言えそんなにがっつりと話す訳ではなく、1日に10往復もすれば多い方だ。
『明後日の数学の課題やった?』
『だめだった』
『だめだったって何?』
『解こうという気力はあったが、夢半ばで打ち破れた』
『ばか』
『ちがいない』
『しょうがないから、明日見てあげる』
『マジか。川崎さんマジ女神』
ここで返事が途切れたので、恐らく寝たのだろうと思い翌朝学校に行くと。
「…………」
俺を見て、頬を赤らめてもじもじする川崎に遭遇した。何でですのん。よく分からんが可愛い。
そんな日がゆるゆると続いていた時、ある日の夕食で小町が話を切り出してきた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「ん、どうした」
小町が突然神妙な顔になる。
「実は……お兄ちゃんは本当はうちの子じゃないんだよ」
「それって普通親が言うか、もしくは『小町は本当はうちの子じゃないって言われた』とかって言うパターンじゃないのか?」
兄妹間で告げられるってあんま無いと思うんだけども。
「まあそれはさておき」
「その切り方だと若干マジっぽくて恐いんだが」
「…………」
「無言はやめなさい、悲しくて死んじゃうから」
「冗談冗談! お兄ちゃんは立派なうちの子だよ!」
ぺっかーと輝かんばかりに笑った。ウザいけど可愛いので何も言えない。
「そいでね、今週の土曜に沙希さんの家に行く話なんだけど」
「あれ、何か文が5行くらい抜け落ちてないか」
「ううん、飛んでないよ? 何言ってんのお兄ちゃん?」
「俺、そこまで理不尽さに慣れてねえぞ……」
「そうそう、そうだねー。そいでね? 今回は大志君は用事で居られないみたいだから、小町とお兄ちゃんで遊びに行くわけです」
「ふむふむ、俺の意思が一向に絡んでないけど、話は見えてきた」
「そんな訳で、土曜日は朝10時に沙希さんのおうちに行くよー」
「え、あ、はい、んん? そうか、おう」
「呑み込みの速いお兄ちゃん、嫌いじゃないよ」
「そこは素直に好きと言ってほしかった」
こんな会話をしまして。
気付いたら、土曜日に川崎家を再び訪れることになっていた。
人権ってなーに?
× × ×
「……あいつ、バカじゃねえのか……」
リビングのテーブルにでかでかと置いてあった手紙を見て顔をしかめる。この手紙を読んでいて目に浮かぶ小町の笑顔が、抜群にウザ可愛くて腹が立った。
予定としては川崎の家に10時までに着けば良いということで、朝ごはんを食べてうだうだしてから行こうと思い8時半に起きた。
うとうとしながら、小町はもう起きたのかなと思いながらリビングに行くと、テーブルに置き手紙があった。
『小町、今日は大の親友(♀)と遊びに行く予定なのを忘れてたよお兄ちゃん! カラオケに遅れちゃうから8時に家を出ます。探さないでください! 沙希さんには連絡してるから! 小町は行けなくなっちゃったけど、だからといってお兄ちゃんは約束を破っちゃダメだよ! ちなみに親友の名前は今日子って言うんだ! 置手紙だけに! ごめん、ウソだよ!
じゃあ、検討を祈ります。かしこ』
「……………………」
この場にいたら8時間くらい説教したかった。やだ、説教だけで定時勤務が終わっちゃう勢い……。
よし。
全部ツッコもう。
まず、テンションがウザい。
あと、親友なのに何故(♀)表記にした。ポケモンかよ。
あと、8時に出かけてカラオケってストイックすぎるだろ。それとも単純にその後の予定が詰め詰めなのか。どちらにせよストイックすぎる。
あと、探さないでくださいってお前どこの家出少女だよ。王道フレーズだな。
あと、どたキャン自体がウサんくさい。お前のしっかり具合は誰よりも知ってんだぞ。悪意もしくはお節介の気配しか感じねえぞ。
あと、最近ドラマ見たからって原作を読んでもないのに引用するのもやめなさい。使い方下手すぎてびっくりしたわ。
あと、なんで最後だけ急にテンション落ち着けてんだよ。何かこええよ。
あと、かしこを使うのは目上の人に対してだからな。女性が使うって点は合ってるけど。
…………。
……ツッコミすぎて疲れた。
「……ふう」
今のツッコミを全て小町にLINEで送っておいた。これでばっちりどん引きされるな。
頭をがしがしと掻いて、小さくため息を吐く。
「……取り敢えず、ご飯だな」
小さく呟いて、パンはまだ残ってたかなーとぼんやり考えながらキッチンを漁り始めた。
× × ×
「はーちゃんだー!」
川崎の家に入ると、京華がそれはそれは嬉しそうに抱き付いてきた。男心をくすぐる人懐っこさがありながら、抱き付いた拍子に小さな頭で鳩尾を的確に射抜くとは……。美人にもなるだろうし、これは暗殺者として将来有望だな。何だこの分析。
「おおおお、おは、お、おはよ、おはよう……い、いい、いいらっ、いらっしゃ……いらっしゃい」
「ん、お、おう」
川崎が会って早々限界である。見てる分には超面白い。
何でこんな……と一瞬思ったが、理由はすぐに分かった。気持ちは良く分かる。
「……わりいな、小町、急にキャンセルしちまって」
「……ん、いいよ別に」
「ん、そか」
学校で二人で話すのにはだいぶ慣れてきたが、かと言ってこうして家で話すのも平気かと言われればそれとこれでは話が別だ。間に爆弾元気娘(危険な称号だ)の小町がいるなら会話を取り持ってくれるだろうと思っていたのに……あんにゃろめ……。
それでも、予め連絡していた分覚悟が決まっていたのか、川崎は思った程取り乱してはいない。最初の挨拶だけ超面白かったけど。
「……取り敢えずうがい手洗いしなよ」
「……おう」
ちょっとだけ声が上ずっている川崎の言葉に思わずくすりと笑うと、川崎が頬を赤らめたまま睨んできた。
正直俺も緊張がやばいのだけれども。
間に京華もいるし、まあ何とでもなるか……と呑気に構えることにした。
「はーちゃん、はやくはやくー!」
「おうおう、ちょっと待ってろ」
姉とよく似た青みがかった黒髪をくしゃくしゃと撫でて、ふっと微笑んで洗面所に向かった。
× × ×
――今日の18時まで――
その言葉を聞いた時、俺は愕然とした。
「……マジか……」
思わず独り言ちる。
18時までというのは、川崎が今日俺(と小町)がここに来るからと確保してくれた時間だ。
今現在の時刻は、10時10分。川崎家に着いてから10分しか経っていない。
つまり今日は、10~18時の勤務体制だ。何を言っているんだ俺は。
川崎はこのことを、3人でリビングのソファに座って割と早々に告げた。何故言ってしまったのか。俺が雰囲気を悪くして、それより前に帰るという事態を想像しなかったのだろうか。18時までと言われたら、例えそれより前にこの場が限界を迎えても帰るに帰れない。何で帰るのを前提にしてるんだっていう話なんだけども、あらゆる事態を想定するに越したことはない。
……越したことはない、と言ったんだけども。
「……あ、その……18時までっては言ったけど、それより前にお開きにしてもいいからね? あんたが飽きたりしたら、無理してほしくないし……」
どうやら、川崎も同じ考えに至ったらしい。
しかし、川崎からこう言われてしまっては……、
「……別に、飽きるってこたあねえだろ。なに、一応勉強道具も持ってきてるし、本も持ってきてる。安心しろ」
こんな返しをせざるを得ない。
安心させるつもりで伝えた言葉に、川崎は目をぱちくりとさせ、手で口を押えて笑った。
「……勉強道具なら、一緒に勉強とか出来るかもしれないけど……本って、うちで黙々と読書するつもり? ばかでしょ」
「うぐ……っ」
言葉の割に声音は柔らかく、川崎の温かな感情が俺の心の中にするすると入ってくるようでくすぐったい。
「……こほんこほん。あー、それに、昼ご飯も食べればそれなりに時間も経つしな。8時間なんて思ったより短く感じるだろ。昼はどっかに食べに行くか?」
「ん、けーちゃんもいるし、うちで良いよ」
そうか、と返事をすると、川崎が顔を逸らして身体をもじもじと動かす。不意に心臓がどくりと鳴った。
「……その、あたしの料理でも、良い?」
「あ、ああ、大丈夫、全然問題無い」
言わなくても、ここで食べるならばこの展開は予想出来たのに、というかその選択肢しかなかったのに。
わざわざ照れくさそうに言われたことで、急に俺まで恥ずかしくなってしまった。
「はーちゃん、かおまっか―」
「んな……っ」
「あれー? さーちゃんもまっかー」
「ええ……っ!?」
京華がからからと笑う中、俺と川崎が俯く。
……ここからの8時間は、体力が持つかとても不安だ。
この言葉に他意は無い。
続く。
サキサキでした。気長に気長に。最後の最後に下ネタを少々。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!