川崎家で、川崎沙希・川崎京華・比企谷八幡の3人で何をするかという話になりまして。
協議の結果、午前中は川崎京華の教育を行うことになりました。
こう書くとなんか物凄く仰々しい又は犯罪の匂いがするけど、実際は京華に色々と教えてみるというだけの話だ。あまり弁解になってないなこれ。
といっても、まだ小学生に上がっていない京華に何を教えたら良いか分からない。中学生くらいだったら好奇心を刺激する意味で山月記でも読ませてみるのもありだと思うのだけど、そういった「ちょっと先の勉強内容」さえ何なのか分からない。
京華を見ると、既に「何を教えてくれるの?」と目をキラキラさせている。俺にこんな時代があったかは思い出せない。母親に後で聞いてみても良いが、鼻で笑われそうなのでやめておく。
実際どうするよと川崎にアイコンタクトで意思を窺うと、眉根を寄せて瞑目して考え込んだ。
数秒して何か思いついたように目をぱちりと開いて、京華に柔らかな笑みを浮かべる。
「じゃあ、けーちゃんが知りたいことを教えてあげる。何が知りたい?」
子供の好奇心をくすぐるやり方だな、と思った。
しかしこの質問、何だか嫌な予感がする。
爆弾のような危険性を孕んでいる……気がする。
うーむ……。
京華は川崎の言葉を聞いて、目をぱちくりさせながら辺りを見回す。何か質問することを探しているようだ。良いものが無かったのか、今度はぱたぱたとリビングを飛び出し、何かのノートを持ってきた。どうやら幼稚園で使っているノートのようで、雑多なことが沢山書かれている。ぺらぺらと捲り考えているが、うんうん唸るばかりで一向に出てこない。慣れていなくて質問が浮かばないというよりは、普段幼稚園の先生に質問を沢山していてもはや新たな質問が出てこないのではないかと思った。元気に手を上げてあれこれと聞く京華の姿が浮かんで顔が綻ぶ。
しかし、何だかんだで好奇心旺盛なお子さまだ。しばらくすると、はっと何か閃いた顔をした。
そして何故か、俺と川崎を交互に見つめる。
あ、これあかん。
拷問の予感がするやつや。
川崎はまだ事態の深刻さに気付いていない。京華が可愛らしく動き回るのを見て和んでいるだけだ。時折カメラを探す素振りを見せているが、目の前の京華を見逃すことなく見つめるのが優先なようでひたすら笑顔で眺めている。
「さーちゃん」
「ん、なあに?」
川崎の声が間延びする。家ではこんな感じで京華と接しているのか……と和んでいると、川崎がしまったと言わんばかりに目を見開き、頬を赤らめてこちらを見た。何も聞いてませんよとアピールしようとして、顔を逸らしながら下手な口笛を吹いたら逆に笑われた。
京華がにぱっと笑った。
「けっこんて、どうやってするの?」
「え」
はい、爆弾投下。
川崎がびしっと固まった。時が止まっているかのようだ。
「け、けーちゃん、何を……?」
川崎が頬を赤らめて、ちらちらとこちらを見やる。やめろ、今このタイミングで見るんじゃねえ!
「パパとママはけっこんしてるんでしょ?」
「う、うん、そうだね」
「けっこんっていきなりするの?」
「ん、ち、ちがうよ?」
「じゃあどうやってするの?」
「え、えっとね、それは、あのね……」
川崎が大いに慌てる。京華の肩を優しく掴んだり髪をわしゃわしゃと撫でたりしている。京華は「わー」と楽しげに声を上げて川崎にされるがままになっている。京華をもみくちゃにしながら、川崎は俺を見て助けを求めている。どうしよう、逃げ出したい……。
「あー、うん、よし、京華」
覚悟を決めて、京華に教えることにする。出来るだけオブラートに包んで、コウノトリがどうのとかいう話をするつもりで。
「はーちゃん、なにー?」
「京華のパパとママは、どうして結婚したんだと思う?」
「ん……すき、だから?」
京華が首をくりんと傾げ、川崎が頬を赤らめた。逃げ出したいが踏ん張って話を続ける。
「そうだな。まずパパとママはお互いを好きになったら、恋人同士になるんだ」
「こいびと?」
「そうだ。お互い好きだからずっといっしょにいたいって思って、いつも一緒にいるようになる」
ケースバイケースではあるが、取り敢えずざっくりと説明する。
「そうなんだ」
「そうだ。そして、恋人になってからしばらくして、一生この人と一緒にいたいって思うようになったら結婚するんだぞ」
「そうなんだ!」
「そう。ちなみにお見合い結婚とか政略結婚とかもあるが、それは追い追い覚えていこうな」
「おみ……あい? せい……?」
「それ今言う必要ある?」
「無いですごめんなさい」
川崎にツッコまれた。
「じゃあまずはこいびとになるんだ」
京華はお見合い云々のくだりは流して整理を始める。賢い選択だ。
「そうだな、その通りだ」
頭をくしゃくしゃと撫でると、京華は気持ち良さそうに目を細めた。
よし、この話はこれで終われそうだ。コウノトリ云々まで質問が派生しなくて良かっ――
「それじゃあ、はーちゃんとさーちゃんはこいびとなの?」
全然良くなかった。
「んな……っ」
川崎が耳も首も真っ赤にして口をぱくぱくさせている。金魚みたいだ。エサをあげたらぱくついてくれるだろうか。
俺は俺で、口を半開きにして固まっている。
すごく大きな爆弾が落ちた。
どうしよう。
帰りたい。
「川崎、やっぱ帰っていいか?」
「このタイミングで言わないで……」
川崎の声は切実だった。
「? ちがうの?」
京華は不思議そうに首を傾げている。子供の純粋なる疑問に、大人と子供の狭間にいる僕らのライフはがりがり削られています。助けて。
「え、えっとね? けーちゃん、あたしと比企谷はそういう関係じゃないよ?」
そうです友達ですただの……と心の中で訴えていると、京華は俺と川崎を交互に見つめ、納得したように頷いた。
「じゃあもうけっこんしてるんだ!」
事態が悪化した。
逃げたい。
どこでもドアがほしい。
マチュピチュ辺りに一回逃げて、リラックスしがてら軽く高山病になって帰ってきたい。
落ち着け俺。
川崎を見る。口をぱくぱくさせて、俺と京華を高速で交互に見やっている。頭から湯気が昇っているのが見える。温泉でも湧いてるのかしら。
「あっ、け、けーちゃん? そうじゃなくてね? 比企谷とは、ね? そうじゃなくて……」
「こいびとじゃなかったけっこんしてるんじゃないの?」
「あ、そのね、そのどっちでもなくて……ね?」
友達という言葉を何故か中々出さない川崎。動揺しすぎていることによるものなのか。
仕方ない……と思い、京華の頭にぽんと手を乗せる。
「俺と川崎は友達だぞ。恋人でもないし結婚もしてない」
俺の言葉に、京華は「そうなの?」と答えて、川崎は少しだけ悲しそうに俯いた。川崎の変化が気になり、何か声を掛けようと思っていると。
「じゃあ、もうすぐこいびと?」
と、京華が再び切り込んできた。
子供こわい。
「んな……っ」
落ち込んだ様子から一変して、川崎が顔を上げて、林檎のように赤い顔でぷるぷる震える。
「京華、何か他に聞きたいことあるか?」
この話をこれ以上続けるのは精神衛生上よろしくないと判断して切り上げる。
京華は1つ質問したことで思考回路の繋がりが広がったのか、そこからは次々と質問をしてきた。爆弾は最初の話題だけで、後は穏やかな質問ばかりだった。
気付けばお昼時。
川崎が料理の準備をするからとソファから立ち上がると、俺をちらっと見て、
「……ばか」
と、俺にぎりぎり聞こえる程度の声で囁いた。俺と川崎は友達と言った時の表情とどこか似ていて、胸の内がきゅっと締め付けられた。
何が何だかよく分からないが、取り敢えず川崎のエプロン姿をもう一度見られるので良しとしよう。
続く。
サキサキでした。のんびーりのんびーり。
京華が小町とは別ベクトルで良い動きをしてくれます……ありがたい……。
2日間更新をお休みしたのは久しぶりでした。楽しみにして頂いていた方は申し訳ありません。昨日は休みだったのでゆっくりしました。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!