お昼時ということで、川崎がご飯を作ってくれることになった。先日も見たエプロンを着た後、キッチンで準備をしながら何故か俺をちらちらと見てくる。
……なんだろう、ものすごく見てくる。
……あ、そういうことか。
この間も同じ空気になったし、同じセリフを言ったよな……と思いつつも。
「……似合ってる」
頬を掻きながら小声で言うと、川崎は顔を真っ赤にして俯いた。ちらりとこちらを見て口をもにょもにょと動かすと、身体を半転させて料理を始めた。口の動きは、『ありがとう』と言っているようだった。
俺と京華はキッチンに背を向けてソファに座っている。後ろから聞こえて来るとんとんと言うリズミカルな音と、徐々に漂ってくる良い匂いが何とも心地良い。
「…………」
ふと後ろのキッチンを見やる。
川崎が何かを確認しようと右を見ながら、小皿に入れた味噌汁らしきものを啜った。右目にある泣き黒子が相俟って、家庭的な光景の筈なのに妙に艶っぽい。
「……ん、よし」
小さな声で呟いて、薄く目を細める姿があまりにも魅力的で。
気付けば、川崎が調理を再開して顔が見えなくなってからも、身体を完全にキッチンに向けて、背もたれに腕と顎を乗せて川崎の後ろ姿を見つめていた。
何をやっているんだとは思う。
それでも、あれだけ魅力的な顔を見てしまってはとても他のものなど見ていられない。ただの日常の光景が、俺を釘づけにしていた。
「…………」
それとなく目についてしまう、肉付きの良いお尻。
目を逸らすが、それとなく目についてしまう。あくまで、それとなく。
うーん。
視線が……引き寄せられる……!
お尻を見ようが見まいが結局川崎をガン見しているのには変わらないのだが、それでも悶々としていると。
「はーちゃん、なにみてるの?」
俺の真似をして、背もたれに手を乗せてキッチンを見ながら京華が話しかけてきた。身体の大きさが随分違うからか、京華はソファに膝立ちになってやっと顔の上半分を覗かせている状態だ。これは多分川崎が振り向いたら可愛さで死ぬやつだ。
京華を構うのをすっかり忘れていた……と申し訳無く思い、京華の頭をくしくしと撫でる。
「まあ、うん、あれだ。ちょっと邪な気持ちを持ってる」
答えの体を成していない返事をすると、
「よこしま?」
と京華は首を傾げ、リビングの窓際にあるぬいぐるみをちらりと見た。何の生き物かは分からないが、確かによこしまだ。この場合横の縞模様な訳だけど。
「あー、それとはまた違うんだ。わりい、忘れてくれ」
口を滑らせてしょうもないことを言ってしまったので、早めに話を切り上げる。京華ははてと首を傾げたままだった。
「出来たよ……って、あんた何やって……けーちゃん!?」
振り返った川崎が、京華の凶悪なまでに可愛い姿を目にして崩れ落ちるのは、あまりにも自然な成り行きだった。
× × ×
『ごちそうさまでした』
「はい、お粗末さまでした」
テーブルの上のものを全て綺麗に平らげて、満足げに挨拶をする。
食卓に並んだのは極めて家庭的な料理だった。そのどれもが美味いこと旨いこと。
京華が好きなものをきちんと入れつつ、苦手な食材も上手に誤魔化して入れて。
且つ、俺も満足できるくらいの分量を作ってくれた。大志の食べる量を参考にしたらしい。不本意だが助かった。
前回同様皿洗いを申し出ると、川崎は一緒に洗うと言い出した。前回とは違い、やりたくて一緒にやるという状況が何とも気恥ずかしい。
「……ね、ねえ」
「ん、どうした」
「あんた、好きな食べ物とかって……ある?」
「……え? あ、まあ、色々あるけど」
「そ、そっか……その、良ければ、教えてくんない?」
「……いいけど、な、なんで?」
「い、いや、その、別に……大したことじゃない、から……」
「そ、そうか。うん、まあ、後で教えるわ」
「う、うん。ありがと」
「いや、まあ、うん。こちらこそありがとう」
読点が多すぎてびっくりな会話をして、更に気恥ずかしくなった。
そして当然の如く歯磨きをする。人様の家の洗面所を何回も使うと段々馴染んできて、気持ちがふわふわとしてくる。あまり慣れていないが、きっとこれは幸福感というやつなのだろう。
歯磨きを終えてリビングに戻ると、京華がソファでころころと転がっていた。何この可愛い生き物?
「川崎は?」
「さーちゃんはねー、のみものとおかしをかいにいくって」
「ん、そうなのか」
川崎の為にソファでころころしている京華を動画で撮りながら返事をする。京華は飽きたのかすぐにその動きをやめたので、俺も撮影を止めた。
「ん?」
LINEに川崎からメッセージが届いていた。
『ごめん、お菓子と飲み物買って来るの忘れたから買ってくる。すぐ戻るから』
『分かった、ありがとう。待ってる』
『ばか』
……なんで?
俺、今の3つのフレーズで何か怒られるようなこと言ったか?
しかしまあ、取り敢えず。
あと10分か15分かは分からないが、京華と遊んでいるとしよう。
取り敢えず、今なら遠慮なく出来ることをするべきだ。
生きている時間は限られているんだから。
という訳で。
ぷに。
「おう」
ぷにぷに。
「おうおう」
ぷにぷにぷに。
「おうおうおう」
盛大に京華の頬を人差し指でつっつく。オットセイみたいな声をしながら京華が目を細める。どうやらお気に入りのようだ。
「えい」
お返しされた。
「ちょっと力入れ過ぎだぞー。これくらいでだな……」
お手本として更にぷにぷにとつつく。京華は「こう?」と言って力加減を加えたつっつきをしてくる。うむうむ、筋が良い。何の筋だって話だが。
「…………」
京華の両頬をつまんでむにむにと形を変えながら、京華の顔をじっと見る。
見れば見る程、川崎に似ている。兄妹でも似る似ないはあるが、川崎と京華は確実に似ているだろう。
京華を股座に座らせて、頭をくしくしと撫でながら物思いに耽る。
考えるのは、川崎沙希という女性について。
初めこそ……というかついこの間までは、ヤンキーというイメージが先行していたが。
それでも、初めから美人だという認識は強く持っていた。
未だに何考えてるか分からんし怖い所も多々あるが、優しくて面倒見も良い。家族に対する愛は半端ではない。ということは、打ち解けたら俺にすごく優しくしてくれるのではないだろうか。ブラコン兼シスコンめ。
あと、明らかにスタイルが良い。
しかも、物凄く。
…………。
ぶんぶんと頭を振って、思考を切り替えた。
京華の頬をぷにぷにと摘まむ。
食後の昼下がりの眠気が訪れて、玄関から聞こえた音がどこか遠くで鳴っているように思えた。そしてもう数秒で、ここに誰が来るかの認識も曖昧なまま、リビングのドアが開くと同時に呟く。
「ただいま。遅くなってごめ――」
「京華はお姉ちゃんに似て美人になるぞぉ……」
「んな……っ!?」
ドアの音と、自分が発した言葉と、驚いた声が混じり合って一瞬で目が覚めた。
「……お、おかえり」
苦し紛れに言った言葉に返事はない。
川崎はペットボトルやお菓子が入った袋を手に持ったまま、顔を真っ赤にして固まっている。急いでいたのか、微かに汗ばんでいて息が荒く、こんな状況であっても艶っぽく見える。
『………………………………………………………………』
別に何かやましいことをした訳でも言った訳でもない。
ただただ、恥ずかしい。
俺と川崎が数十秒前と全く同じ体勢のまま固まっていると、京華が俺の頬をぷにりとつついた。このタイミングでこれはちょっと……と思って京華に目をやると。
「さーちゃん、おかえりー。さーちゃんもやろうよ」
「え」
「え」
京華の言葉に、川崎と俺が順に間抜けな声を上げる。
「これ、楽しいよー」
京華はそう言いながら、俺の頬をぷにぷにとつっつく。俺も反射的に京華の頬をつっつき返す。
「け、けーちゃんは比企谷とやってれば十分楽しいでしょ? だからあたしは大丈夫だよ」
川崎が戸惑いながら答える。なんでまたこのタイミングで……という疑問は確かにあった。
けれど、京華はそんな疑問を軽々と吹き飛ばす程の爆弾を投じてきた。
「ううん、さーちゃんとけーちゃんじゃなくて、さーちゃんとはーちゃんでやるの!」
『え』
今度は二人の声が重なった。
続く。
サキサキでした。
八幡が口を滑らせる所と、京華が言い出して八幡と川崎がぷにり合いをするというシーンは結構前から考えていたので、書けて嬉しいです。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!