川崎家でのゆるやかな時間は続く。
王様ゲーム。
ツイスター。
サバゲー。
色々やった。
ごめん、全部ウソ。
なんか本当にごめん。
と、まあ、こんなどうでも良い冗談を言ってしまうくらいには上機嫌だったりする。
何かをしている時にあまり楽しめていないと、「ああ、この時間を他の事に充てていたらもっと色々出来たのに……」などと考えてしまうのはよくあることだ。一人で何かをする分には全て自分の責任に出来るから良いが、誰かと一緒の時にそういったことを考えてしまうと、途端にやるせなくなる。
けれど、この場所で過ごしている間は、全くそういうことを感じない。3人で和気あいあいと過ごす時間が楽しくてしょうがない。ぽかぽかとした春の陽気のような柔らかい空気が流れている。
気付けば昼ご飯の後も2時間程遊んでいた。
時計を見れば15時。
俺とあっち向いてホイをしていた京華(超可愛い)が、俺の視線に釣られて時計を見ると、ぱっと笑顔を咲かせた。
「おやつ持ってくる!」
ソファからぴょんと降りると、とてとてと川崎の下へ寄っていく。川崎が「はいはい、一緒に取りに行こうねー」と言って立ち上がり、京華の頭をくしりと撫でた。
ぱたぱたとキッチンに向かう2人を見送ると、不意に眠気が襲ってきた。健康的に遊び疲れたようだった。今なら目を閉じれば一瞬で寝られそうだが、2人はあと1分もしない内に戻ってくるだろう。ちゃんと我慢しな……い……と――
目を覚ますと、15時15分だった。
俺はのび太か。
「あ、起きた」
目を覚ますと、隣で川崎が柔和に微笑んだ。
「……すまん」
頭をがしがしと掻いて辺りを見回す。川崎は俺と同じソファに座り、京華はもう一つのソファでおいしそうにドーナツを食べていた。足をぱたぱたと動かしながら、両手でドーナツを持って、目をきらきらさせながらもふもふ言っている。
「あ、写真と動画ならもう撮ったから大丈夫」
京華を見て反射的にスマホを取り出すと、川崎がさらりとすごいことを言ってのけた。何が大丈夫なのかは分からないが、まあ、あの凶悪なまでに可愛すぎる生き物の生態を記録に収めることが出来たのなら良しとしよう。
すまん、と改めて謝ると、川崎はふっと目を細めた。
「いいって。あんたの意外と可愛い寝顔も見れたし」
そう言って微笑む川崎の表情は信じられない程魅力的で、思わず言葉に詰まった。顔を逸らし、何とか応戦せねばと言葉を探る。
「……お前が顔真っ赤にしてる時の方がよっぽど可愛いだろ」
「え」
「え」
言葉のチョイス、ミス。
「あー、その、なんだ、川崎」
「え、な、なに? どど、どうしたの?」
「今のはあれだ、寝言だ。そうだ俺は今寝てるんだ」
「…………」
「やめろやめろ、顔を真っ赤にしながら俺の頭をわしゃわしゃするのをやめろ」
ツッコミで頭をわしゃわしゃするって斬新だとおもいましたまる。
「けーちゃんとはーちゃん、なかよしー」
ドーナツを食べて満足気にお腹をぽんぽん撫でながら京華が発した言葉により、俺と川崎は弾けるように身体を離した。
× × ×
京華はドーナツを食べ終えると、ぽてぽてと歩いてきて川崎の隣に座った。川崎に抱き付いてしばらく猫のようにじゃれついていたが、やがてくぅくぅと寝息を立て始めた。
「何この可愛い生き物……」
呟くと、川崎がにこりと微笑んだ。本当に可愛くてしょうがないのだろう。
川崎は京華の肩を抱いていたが、そこから膝枕することにしたようだ。京華を自身の太ももの上に寝かせると、頭を優しく撫でる。
「……何か、ほんと母親って感じだな」
「ん……まあ、この子が生まれた時からずっと面倒見てるから。両親が忙しいから、あたしが面倒を見ることが多かったし。だから、可愛くて可愛くて……」
そう言って京華を見つめる川崎の顔は、どこまでも慈愛に満ちている。心の中にぽかぽかとした幸せが満ちていく。
「……お前は良いお母さんになるな」
「っ!? んな……っ!? な、何言って……」
途端に顔が真っ赤になった川崎が、身体を動かさない代わりに京華の頭を高速で撫でた。京華がちょっと苦しそう。
川崎の動揺はものの数秒で収まったが、頬はまだ赤い。
「……あの、さ」
「ん、どうした」
「さっきの、その……あたしが買い物から帰ってきた時の、その……」
「……あー」
何をそんなもじもじと……と思ったら、俺が京華に「将来は京華はお姉ちゃんに似て美人になるぞ」と言ったことを聞きたいようだ。
「……別に、言ったままだって。京華の顔立ちを見てそう思ったんだよ」
「……あ、あんた、あたしのこと、そんな風に、その……」
川崎が耳まで赤くなる。俯いて俺に流し目を送る仕草が妙に色っぽい。どうやら、隠すことなく本音を話さなければならない流れのようだ。
……って、あれ?
もしかして、いや、もしかしなくても。
これって、立派な公開処刑なのではあるまいか?
「……ねえ、なんで何も言わないの?」
切なげに眉をひそめた川崎が、唇を震わせて婀娜っぽい流し目を送る。思わず見惚れてしまい、慌てて顔を逸らした。
「……別に隠したい訳じゃねえって。あんな本音、直接言ったら恥ずかしいだけだし」
「そ、そっか……」
川崎が何か言いたそうにしながらも言葉を切る。いくら俺みたいな朴念仁でも、川崎が俺に何を言ってほしいかは分かる。
でも、恥ずかしい。
死ぬ程恥ずかしい。
――なので。
「……交換条件だ」
「……へ?」
俺の言葉に、川崎が素っ頓狂な声を漏らす。京華を撫でる手の動きはぴたりと止まっていた。
「さっき、京華がトイレに行ってた間のこと。あんときお前がどう思ってあそこまで受け入れたのかを話すなら、俺もいくらでも本音を話すぞ」
「……な……っ、そ、そんなの……っ」
川崎が首まで真っ赤になる。部屋の温度まで上がったのかと思う程、川崎のすぐそばにいる俺も暑い。
川崎が俯く。長い睫毛が儚げに揺れて、あまりの美しさに吸い寄せられるように距離を詰める。
「あ……っ」
川崎が顔を上げる。俺と川崎の顔は目と鼻の先まで近付いていた。
「……言えないのか?」
「……そん、なの、無理……恥ずかしくて、言えない……っ」
――学校で見る、クールで恐い印象が強い川崎。
――家で見る、家族愛に満ちた優しい川崎。
そのどちらとも違う――瞳の中に確かに艶を纏った川崎の顔を知った。
「……そうか」
「うん……その、ごめん……」
川崎が目を逸らす。けれど、顔を離しはしない。
二人の目は合っていない。けれど、僅かに、ほんの少しずつ、距離が縮まっていく。
川崎が微かに口を開いて呼吸をすると、艶っぽい唇の隙間から甘い匂いが漏れた。
川崎と目が合う。
ごくりと息を呑む。
川崎が、目を細めた。
俺も目を細める。
上瞼と下瞼の距離が縮むのと同じように、二人の唇が近付く。
川崎が目を閉じた。
俺はうっすらと、それでも確かに川崎の表情を捉えながら。
二人の唇が――
「さーちゃんとはーちゃん、何してるのー?」
ソファから転がり落ちた。
「け、けーちゃん!? 何でもない、何でもないよ!?」
川崎が京華に必死で弁明しているのを横目に、俺はカーペットの上で頭を抱えて転がる。
転がり落ちたのは痛いには痛かったが、それ自体は割と平気だ。
それ以上に、俺が今やりかけていたことを思い出して、頭を抱えていた。
……俺、今、え、何、俺、え?
頭の中がバグったのか、まともな思考が出来ない。
え、俺今、川崎と、え、俺、え? 何、俺、え? あれ?
ダメだ、語彙が回復しない。
しばらくの間うんうんと唸ってようやく顔を上げると、京華はもう一つのソファに移って、大きなくまのぬいぐるみに抱き付いて寝ていた。この子可愛さで人を殺せると思います。
川崎を見ると、ソファの上で正座して、身体を本来座る時の逆の向きにして、背もたれに顔をうずめてうんうん唸っていた。こっちはこっちですげぇ可愛かった。
「……川崎?」
「ひっ!? な、なに!? どうしたの!?」
まるで背中を鞭で打たれたかのように飛び跳ねて、高速で半回転して俺と目を合わせる。平静を装っているつもりなんだろうが、表情は恐ろしい程ぎこちない。
さて、ここで何と言う言葉をかけるべきか。
――きっと、今日あったことをリセットすることは出来る。
「俺たちは今日、何もしていない。いいな?」そんな言葉一つで、多少の遺恨はあれど話は終わるのだ。
けれど、俺は――そうはしたくなかった。
何故かは分からない。いや、理由は分かっている。けれど、心のどこかでまだ整理が付いていない。
だから、俺は。
「……まあ、その、ゆっくり……な」
――こんな曖昧な言葉を、頬をぽりぽりと掻いて、顔を背けながら言った。
川崎をちらりと見ると、予想外の言葉だったからなのか、ぽかんとしていた。
やがて頬を緩めて柔らかい笑みを浮かべると、
「……うん、わかった」
今までで一番温かい声音で、川崎が答えた。
このやりとりが何を意味するかというのは、正直二人ともよく分かっていないだろう。
それでも、今日一日を通して、俺と川崎の距離感は明確に変わった。
この後、京華が起きるとまた同じように遊んで、気付けば18時を迎えていた。
帰る時に京華に抱き付かれて和み、川崎が名残惜しむように微笑んで手を振ってくれたことに、どうしようもない程の幸せを感じた。
この日の夜。
川崎からLINEで電話がかかってきた。
『今日はありがとう』
『おう、こちらこそ』
『けーちゃんも喜んでた』
『可愛すぎたな』
『くすっ、ほんとにね……。あ、そ、それで、なんだけど……』
『ん、どうした』
『…………』
『川崎? おーい、川崎―?』
『…………』
『放送事故か。なんだ、どうしたんだマジで』
『……お……』
『お?』
『お、お礼を、したいん、だけど……こ、今度、どこか出かけない?』
『……それは……他に誰と行く?』
『あ、いや、その……ふ、二人で……い、いや! やっぱいい! 何でもない、ごめん、忘れて!』
『待て待て待て。いやなんて一言も言ってないぞ』
『え……い、いいの?』
『……まあ、うん、歓迎しよう』
『何で偉そうなの……』
俺の言葉に川崎が呆れるように笑うと、その後はつらつらと雑談しながら、出かけるに当たっての打ち合わせを行った。
電話を切ると、ベッドの上に転がった。
そして変な声を上げた。
案の定、小町に壁ドンされた。下手したら踵で蹴りつけたんじゃなかろうか。
――何だこのラブコメ展開、とか。
――俺から誘った方が良かったのかな、とか。
――ていうか、いやいや、何だこのラブコメ展開、とか。
川崎のことで頭がいっぱいになってしばらくの間悶えに悶えた所で、疲れて眠りに就いた。
続く。
7月だーーーーー!!!
来月はコミケです。着々と準備しています。
サキサキでした。京華による寸止めプレイ(語弊しかない)でした。
それでは、また明日ここでお会いしましょう(^^)!
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!