川崎家に二度目の訪問をした日から、2週間程経った土曜日。
俺は、家から最寄りの駅前に来ていた。
春が足早に去っていって、早くも夏の匂いがするのがこの時期だ。日にもよるが、今日は中々日射しが強い。雲に邪魔されることなく陽光が降り注ぎ、コンクリートが照り返す熱は時間を追うごとに強まっている。しかし幸いにも湿度は低いので、汗をかいてもそこまで不快には思わない。もう少し経てば梅雨がやってくるが、そこまでは束の間の夏気分を味わえる訳だ。
街行く人を眺めれば、この季節の複雑さが分かる。冬の気配が色濃く残る厚手の服を着る人、夏を一刻も早く味わいたいのかTシャツ1枚の人、或いはすぐに調整出来そうな重ね着をしている人など、様々な人がいる。
集合時間は9時。妙に早いなとは思いながらも、何だかんだで30分前には着いていた。丁度ベンチがあったので座ってのほほんとしていると、陽の光にふっと影が差したので顔を上げた。
「……うっす」
「……おはよ」
気だるげな声の主は、声音にそぐわない可愛らしい赤面顔を浮かべていた。
「…………」
「……なに?」
「あ、いや……」
言葉が出てこない。
早起きした為に眠気の靄がかかった脳内が、瞬時に晴れ上がっていく。
川崎は黒のキャミソールにブラウスを羽織り、小さなバッグを手に持っていた。すらりと伸びた身長と豊かな身体のラインが引き立っていて、あっと言う間に視線が固定されてしまう。
何より驚いたのは、ミニスカートを履いていたことだった。何となく私服ではパンツスタイルを想像していたのだけど、シンプルながら膝上の短めのスカートを履いている。涼やかさを損なわず、それでいて可愛げが足されていて、頬が緩むのを堪えるのが大変だ。
「……だから、なに?」
川崎が俺の視線に訝し気な目を向ける。微かに頬を赤らめているから、不機嫌という訳ではないようだ。
「……いや、うん、なんだ、その、良いな、その格好」
「……あ、そ、そう……っ」
川崎の口元がもにゅもにゅと動いたかと思うと、右腕でばっと口元を覆った。かっこいいんだか可愛いんだか分からない仕草だ。
「……ん?」
川崎の右手をよく見ると、缶ジュースを2本持っていた。
ああ、これ? と、違う話題を見付けてほっとしたように息を吐いた川崎が説明を始める。
「結構暑くなるって思って。今日はお礼で来てもらってるんだし、これくらいはしないと」
「別にいいのに……」
言いつつも、差し出されたのがMAXコーヒーだったので反射的に受け取ってしまう。やだ、餌付けされてる……。
「他はなるべくこういうことはしないから。気にしないで」
どちらかが奢るということに抵抗がある(体験は無い)ので、こうもはっきり言ってもらえるというのはありがたかった。
「ん、わりいな、ありがと」
礼を言うと、川崎は俺の隣に座って、缶のプルタブを開けて先に飲み始めた。同じMAXコーヒーであることに気付いて、思わず頬が緩む。
「……あっま……っ」
川崎が缶から口を離すなり発した第一声は、何とも苦々し気だった。甘いのに。
「慣れたら病みつきになるぞ。俺は最初から病みつきだったがな」
そう言いながら、俺もプルタブを開けて糖の塊(すごい言い方だ)を身体に流し込む。例えばインドのチャイは日本で飲むと甘すぎると感じるが、現地では物凄い暑さが故にその甘さがとても合っているのだそうだ。恐らくチャイと同じ感覚で、MAXコーヒーも勉強で脳に糖分が不足した時にとても効くのだが、今日みたいにシンプルに暑い時もまたたまらなく身に染みる。
俺が気持ち良く3分の1程を一気に飲むと、川崎はちびちびと飲んで、流し目を送ってきた。
「……ほんとに?」
舌をちろりと出してコーヒーの液を舐めながら向けられた瞳には、川崎が意図していないであろう色気がたっぷりと乗っていて。
「……あ、ああ、うん、絶対そうだぞ、うん」
動揺がバレないようにしようとしたら、余計バレバレになってしまった。
川崎は俺の言葉にふっと優しく呆れ笑いを浮かべると、一気に残りを飲み干した。そして片眉を下げて再び舌をちろりと出すと、俺に手を伸ばした。何のことやらと思ったが、どうやらお前もさっさと飲み干せということらしい。川崎の視線の先にはゴミ箱があった。歩きながら飲むのは締まらないしな、と思い急いで飲み干すと、川崎に缶を手渡す。
「じゃ、行こ」
ゴミ箱に缶を捨てて戻ってきた川崎が柔らかに微笑む。ああ、と返事をして立ち上がると、ちょうど風が吹き抜けた。
「涼しい……」
川崎は風が吹く方向に顔を向けると、目を細めて髪を耳にかけた。
川崎からすれば、ごくごくありふれた日常の一瞬だったのだろうけれど。
俺からすれば、川崎がふとした瞬間に見せた美しい横顔は、しばらく忘れることはないだろうと思えるくらい脳裏に強く焼き付いた。
身体の熱を拭って、心をも軽くしてくれる風に向けた川崎の微笑み。
その微笑みが自分に向けられたら、一体どれほど嬉しいだろう――と、何とはなしに、そんなことを考えた。
× × ×
行く場所は移動しながら説明する、と川崎は言って、俺の半歩前を歩きながら駅に入っていく。平日ならスーツ姿の人で溢れる空間だが、今日は土曜日なので私服姿の人がサラリーマンやOLに取って替わってこの場所の主役になる。流れている空気も、平日よりもかなり弛緩していた。楽し気な学生が醸し出す雰囲気というのも大きいだろうが、普段は気が張り詰めた社会人が休日にのんびり出かけようとしているのもこの空気を醸成する大きな原因となっているのだろう。
「東京に行くのか」
2人が乗り込もうとしている電車を見て尋ねると、川崎は頷いた。何とも楽しそうに微笑む川崎は、何の文句も付けられない程可愛い。学校でこんな笑みを振りまかれるとそれはそれで困るから、こういった時にだけ見る事が出来れば良いかなと思った。
間も無くしてホームに電車がやってきたので、ドアの左側に寄った。電車からどかどかと人が吐き出されると、俺と川崎はするりと入り込む。
――一番前に並んでいたので、どれくらい混みそうなのかを予想してはいなかった。
実際は、俺と川崎が車両の壁に寄ってからものの数秒で、通勤ラッシュとはまではいかないまでもかなりの人口密度になってしまった。
「結構混んでるな……ん?」
ふと、目の前に川崎のうなじがあってどきりとする。あれ、今川崎の首筋が見えるということは……。
「……思ったより、きついかも……っ」
川崎の少しばかり苦しそうな声が聞こえる。
川崎は俺に背を向けた状態で、壁に押し付けられていた。まるで俺が川崎を背中から押さえ付けているかのようだ。
「……ここ、どれくらい乗るんだ?」
「……30分くらい」
「……ここから空く見込みは?」
「……空くどころか、もうちょっと混む、かも」
川崎の言葉を聞いて天を仰ぐ。
……何も、過ちを起こしませんように……。
続く。
サキサキでした。ここからは中々大変。
各ヒロインでかなりの確率でカフェ・公園・電車・自宅を出しています。自宅は展開上必須ですし(落ち着いた場所での行為を書きたいので)、他の場所も書きやすいし生活に密着した場所だから書いているのですが、他の場所ももう少し増やしていきたい所です。いろはすと最初にキスをしたのが生徒会室だとか奉仕部で肩揉みをしたとかで、何気に学校の描写も意外と少ないなと気付きました。今。上記の場所でももっと多彩な温度感を出したいです。
お休みした上で更にすみません、明日の更新が出来るかは五分五分です。出来そうだったらこの後書きで明日投稿する旨を追記します。ただただ仕事が大変なもので。申し訳無いです。もっと書きたくてしょうがないのですが。
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!