※この作品はR-18です。

俺ガイル 日常の何気ないエロス。   作:高橋徹

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(26)

 駅を出て、川崎に付いて歩く事5分。

 辿り着いたのは、初めて見る映画館だった。

 

「……映画か」

 

 ぽそりと呟くと、川崎が振り向いてバッグから封筒を取り出す。

 

「親が知り合いからもらったのをくれたの」

「へえ。何の映画なんだ?」

「……ペアチケット、ってことしか分かってない。親には『中は現地に着いてから見て』って言われて……」

 

 いつものはっきりとした喋り方と違う、もごもごした言い方に首を傾げる。

 

「……何でそんな怪しすぎるのを受け取ったんだ?」

「い、いや、その……スマホいじってるとこ、親に見られて……」

「んん? それが何でチケットを貰う流れになるんだ?」

「……そ、その、あたしがにやついてるとか言われて……」

「ん、んん?」

「……『あんたもそういう年頃なんだね』って、その……」

「……あー、そうか、うん、分かった」

 

 追及したら死ぬ程恥ずかしくなることが分かったので、早めに手を引くことにした。取り敢えず、チケットをくれたというのは川崎の父ではなく母だろうなと思った。

 

「じゃ、取り敢えず中身を確認だな」

「うん」

 

 ぶんぶんと頭を振った後、いつもの調子に戻った川崎が封筒からチケットを取り出す。

 

 そこには、如何にも怖そうな映画のタイトルと。

「カップルシート」という文言が書かれていた。

 

『…………』

 

 色んな意味で大丈夫か……と、川崎と目を見合わせる。川崎は顔が半分青ざめて、半分真っ赤になっていた。

 フレイザードかしら。

 フィンガーフレアボムズとか使えるんだろうか。

 

       ×  ×  ×

 

 カップルシートの存在は知っていたが、実物は見たことがない。ネット上で何かの拍子に見ることはあったが、場所によってまちまちのようだった。

 まあ、いくらそんな露骨な名前でも、お互い節度を守っていれば何とかなるかと思ったんだけれども。

 

『…………』

 

 映画館の中に入って、席番号を確認した俺と川崎は絶句した。

 そこにあったのは、大きなソファと2つのクッション、そして薄い仕切りだった。

 2人して無言で座る。

 やっべ、超柔らかい。

 前後左右を見渡すとどこも同じような構造をしているようで、スクリーンはちゃんと見えるが周りの客が一切見えない。映画館の迫力をそのままに、2人きりの部屋で見ているような気分にさせてくれるようだ。

 ソファを見る。川崎は若干の距離を置いているが、それでもソファの両端までは十分な余裕がある。というかこれ、よく考えたらごく普通に寝ることが出来る。

 

 カップルシート。

 仕切り。

 寝ることも出来るソファの広さ。

 

 …………。

 ……これ、絶対上映中に変な声が聞こえるだろ……。

 

 川崎をちらりと見やる。

 膝に手を乗せ、ふるふると震えている。恐らく顔は真っ赤だろう。

 

「……まあ、気楽に楽しもう。な?」

「う、うん……」

 

 川崎はおずおずと返事をしたが、他のホラー映画の予告に死ぬ程びびっていた。そういやこいつすげえ怖がりだったな……。あ、ちょっと涙目だ。

 …………。

 ……目覚めてくれるなよ、封印されし下半身の欲望……。

 厨二病っぽい言い方をしても、気は紛れなかった。

 

       ×  ×  ×

 

 カップルシートに腰を下ろしてしばらくすると、映画が始まった。

 ついさっきまでの見えやすい画質が一変し、画面がじじ……と嫌な音を立てて荒くなる。まるで何十年も前のビデオで撮ったかのようだ。

 突然、画面中央に女性の遺影が映る。何とも物憂げな顔が白黒で大きく出て、川崎が「ひ……っ!」と声を上げる。

 落ち着いた、というよりはどこか冷めた女性のナレーションが入る。

 

『私の姉が、仕事場で死んだ。

急病などではない。建設現場のような危険が伴う場所でも何でもない、ごく普通の事務仕事をやっているのに、事故死と言われた。

 そんな筈は無かった。姉の同僚と仲が良かったのだけど、その人によれば姉は給湯室で死んでいたらしい。まるで何十階もあるビルの屋上から飛び降りたように、全身がぐしゃりと潰れていたという。それなのに、警察はまるで詳しい捜査を避けるかのように事故死と断じた。その理由は今でも分からない。私に姉の死に様を教えてくれた姉の同僚も、私と話した3日後に失踪した。これは何てことのない勘なんだけど、きっと彼女はもう生きていないと思う』

 

 恐らくナレーションをしている人の姉と思われる遺影に、カメラが微妙に近寄ったり離れたりしながら、淡々と言葉が続く。

 

「……うぅぅ……っ」

 

 川崎が、気付いたら密着していた。よほど余裕が無いのか、俺の腕に自分の胸を押し付けている。俺自身もかなりビビっていて、川崎の胸の柔らかさを感じる余裕があまり無かった。

 映画は、主人公と思われる女性が姉の死の真相を探るというもののようだ。ジャンルは恐らくサイコホラーというものに含まれるのだろう。突然驚かせるようなことはあまりしないのだが、この作品の空気が何だか常に恐ろしい。呼吸をするのと同じくらい自然に、ふとした瞬間に人が死ぬのだ。主人公にとって大切な人も、そうでない人も。見ているだけで冷や汗が止まらない。

 これは正直、ホラー大好きな人でなければ最後まで見るのも辛いぞ……と思っていると、川崎がスクリーンを凝視しながらずっとぶるぶる震えている。

 

「お、おい、大丈夫か? ……大丈夫じゃねえよな」

 

 川崎に話しかけると、ぎぎぎとこちらに振り返る。微かに歯がカチカチと鳴っていた。

 

「ご、ごめん、これ、ほんとに無理……ほんとにごめん、……出ていい?」

「ああ、これは流石に俺もきつい。出るか……」

 

 多くの人が俺たちと同じように感じているようで、普通の映画館ならいざ知らず、カップルとなると多くの女性が「ねえ、帰ろうよ……」と言っているのがそこかしこから聞こえる。間もなくして、最初の離脱者2人の足音が映画館の出口に向かった。

 

――その直後。

 

「きゃあぁぁあぁぁぁ!!」

「うわぁぁああぁぁぁ!!」

『!?』

 

 おぞましい悲鳴が映画館中に響いた直後、どたどたどたと慌ただしい足音がして、つい今しがたここを出ようとしていたであろうカップルが元の席に戻るのが分かった。

ざわめきが広がる中、映画が突然ぴたりと止まり、文字だけで説明が流れた。

 

『今回はとっても怖い映画とカップルシートのコラボということで、せっかくの機会を逃されるのは勿体無いと思いました。そのため、出口にはちょっと逃げづらくなる仕掛けをしています。それを見たらもっと怖くなれますので、もし現時点で何ともないと言う方がいらっしゃいましたらぜひこの部屋を出ようとしてみてください。……逃げられれば、ですが』

 

『……っ』

 

 俺たちだけでなく、部屋中で息を呑む音がする。

 

『なお、本当に具合が悪くなられましたら、遠慮なく座席の下の緊急呼び出しボタンを押してください。通常スタッフが迎えに上がります。そこまでする必要が無い状況なら、これに便乗してどうぞたっぷりといちゃついてくださいね』

 

 ……このお知らせが、何で全て不気味に歪んだ白色の字だったのかは分からないが。

 取り敢えず、逃げられないということは分かった。

 川崎を見ると、固まっている。

 どうすれば……と考えている内に、再び映画が始まった。

 

「……なあ、川崎」

「……な、なに? ……あ……っ」

 

 頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。しかし次の瞬間またしても恐怖シーンに突入して、川崎の余裕が削り取られる。

 

「取り敢えず、目を瞑って耳を塞いどけよ」

「う、うん……っ」

 

 しおらしくなった川崎が、俺にぴたりと寄り添って目を瞑って耳を塞ぐ。しかしこれでもやはり音は微かに聞こえてしまうようで、川崎は「うぅぅ……っ」と小さく唸っている。

 川崎の背中に腕を回して、左肩を抱いた。そして川崎の左手に自分の手を重ねる。こうすれば音がもっと聞こえなくなるだろうと思ったのだけども、川崎はどういう訳か目を見開いて俺を見つめてきた。目の前で恐怖シーンが流れているのに、俺も川崎も互いに見つめ合って映画をまるで気にしていない。

 川崎が両手を耳から離し、俺の腕を抱き締めた。

 

「お、おい、俺の手だけじゃ聞こえちまうだろ。良いのか?」

「うん、多分、もう大丈夫……」

 

 何が大丈夫なのか、とも思うが、川崎は本当に平気そうだ。それでも両耳を塞いだ方が……と思い右手を伸ばすが、どうも体勢が不自然になって塞ぎづらい。

 

「……あー、川崎。お前の耳を塞いどきたいから、身体ごとこっち向けてくれるか」

「? ……あ、うん……っ」

 

 初め首を傾げた川崎だが、数秒の時間差でぽっと頬を赤らめた。身体をこちらに向けてもらって、右手で川崎の左耳を、左手で右耳を塞ごうと思ったのだけども。

 

――川崎はどういう訳か、靴を脱いでソファに上がり、四つん這いでこちらを向いた。

 

「え、ちょ、川崎、えっ?」

「え、違った? こ、こうじゃない? ご、ごめん、やり直す」

「い、いや、いい、すまん、大丈夫だ、これで問題無い」

「う、うん、わかった」

 

 お互いテンパった末、結局四つん這いでうっとり顔を俺に向ける川崎という構図が出来上がった。

 よし、落ち着け俺。

 じっとりと汗で湿った艶めかしい胸の谷間に手を突っ込みたい。

 あれ、全然落ち着いてないぞ。おかしいな。

 ていうか何で、耳の塞ぎ方一つでこんなことになってんだ?

 

「よ、よし、じゃあ耳を塞ぐぞ」

「う、うん……きゃあっ!?」

 

 映画で女性の悲鳴が響くと川崎が跳び上がって驚いて、俺に飛びついてきた。

 

『あ……っ』

 

 仰向けに寝転がった俺の胸元に、川崎が顔をうずめていた。

 

『…………』

 

 そろりと顔を上げた川崎と目が合う。

 互いに無言。

 映画の内容はまるで頭に入らない。

 

「……比企谷?」

「……どうした」

「……その、もう少し、このままでも良い?」

「おう、いいぞ」

「ありがと」

 

 平静を装っているが、興奮しすぎて頭が爆発しそうだった。

 何も起こらない訳が無い。

 というか、何もしない訳が無い。

 ついさっきの電車よりも、遥かに危険な状況になっていた。

 

 

 

 続く。

 

 

 




 サキサキでした。
 去年の3月に書いた怪談噺の発端がサキサキだったのと、サキサキ本編でお化け屋敷のシーンを書いていたのを思い出してこういうシーンを盛り込んでみました。初期の話も読んで頂いている方に懐かしんで頂けたら嬉しいです。軽く読み直すと懐かし過ぎて。

 明日は定休日です。
 それでは、また【明後日】ここでお会いしましょう(^^)!
 今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!
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