川崎が住むマンションに足を踏み入れ、エレベーターに乗り込む。以前は大所帯で乗り込んだエレベーターだが、今乗っているのは俺一人。ごうん……と無機質な音と共に僅かな無重力感が身体を包み込むと、仄かに緊張していた身体が余計に強張る気がした。
部屋の前まで行き、インターホンを鳴らす。しばらくすると、弱々しい声が聞こえてきた。
「……本当に来た……っ」
「なんで嘘つかなきゃなんねえんだ。色々持ってきたぞ」
紙袋を持ち上げて、画面に映るようにぷらぷらとさせる。
「ありがと……。……ちょっと待って、着替えるの忘れてた。待ってもらっていい?」
「いいって、無理すんな」
「……でも……」
「風邪っぴきであんまり動いてほしくねえんだ。いいから入れてくれ」
「……うん……」
なんだかやけに渋ってるな……と思っていると、目の前のドアがゆっくりと開いたので身体をどかす。
「……いらっしゃい」
「……お、おう」
恰好を見て、川崎の態度の理由が分かった気がした。
川崎が着ていたのは、ピンクを基調として、花の模様がちりばめられたとても女の子らしいパジャマだった。身体をもじもじと捩らせているのがとてもいじらしく可愛らしい。
「……その、なんだ、別に気にすることないと思うぞ。可愛いし」
「……そういうの、今、いいから……っ」
口では俺の言葉を軽く躱しているようだが、泳いでいる目線が本心を物語っていた。
――しかし、こういった会話をしながらも、俺の内心は気が気でなかった。
川崎のパジャマ姿がとても可愛らしい。それは間違いない。
けれど、それ以上に……熱があるのか、うっすらと汗をかいた身体、常に朱に染まっている頬、どこか虚ろな目。それでいて、胸から盛り上がったラインは妙に生々しく、ただ立っているだけでもひどく扇情的だ。いつものポニーテール姿ではなく、青みがかった黒髪を真っ直ぐに流していることも相俟って、とても大人びて見える。可愛さと美しさと色気が共存するその姿につい喉を鳴らしてしまったが、川崎は俺の反応に気付く余裕は無いようだった。
「取り敢えず入って……」
少し掠れた川崎の声に、俺は頷いた。
× × ×
「洗面所借りていいか」
リビングのテーブルに買ってきた物を置いてそう言うと、川崎はふっと笑みをこぼした。
「あんた、律儀だね……」
以前訪れた時のことを思い出したのか、川崎が浮かべる笑みは具合が悪いながらも慈しみに満ちていて、とても優しい。何だか照れくさく思いながら、手洗いとうがいを済ませる。
リビングに戻って諸々の準備をしている間、川崎はリビングのソファでぼーっとしていた。いつになく力の抜けたその様は、とても貴重な光景に思えた。
「準備出来たぞ。部屋で休めよ」
「え、……あ、あんた、あたしの部屋に……来るの?」
川崎の言葉に、俺は目を細めて呆れた視線を向ける。
「リビングで看病する奴がどこにいるんだっつの。いや、いるかもしれねえけど。別に散らかってようが恥ずかしいものが転がってようが気にしねえよ」
俺の言葉に、川崎は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ち、散らかってないし、恥ずかしいものなんて……っ! ……あ……っ?」
「おい……っ?」
急に立ったせいか、川崎が額を手で押さえ、ふらりとバランスを崩す。慌てて駆け寄り肩を抱き寄せると、しっとりとして熱っぽい感触が手のひらを包んだ。
「……ご、ごめん……っ」
「……ほら、こうなるだろ。良いから行くぞ」
「あ、え、ちょ……っ!?」
肩を抱き寄せたまま歩き出すと、川崎が目に見えて慌て出した。口元をもにょもにょと動かし、小動物のような目で見上げてくる。ちょっとした悪戯心が湧いて、口の端を吊り上げた。
「ん、どうした。おんぶの方が良いか?」
「…………」
「いや、ちょっと本気で考え込むのはやめてくれ。こっちが恥ずかしくなるから」
「…………」
「マジで考え込むなっての。……俺の理性が飛ぶぞ、多分。それも結構簡単に」
「……それは……ちょっと……」
「お前可愛いな」
思わず漏れた本音に川崎が口をぱくぱくさせていた。妥協案で手を繋ぎ、川崎の部屋まで並んで歩く。川崎はちらちらと俺を見てくるが、俺が見ると高速で目を逸らした。何だろうこの扱いに困る野生動物みたいな仕草は。
「……ほ、本当に入るの……?」
部屋の前に来た時、まるで決意を試すかのように川崎が聞いてきた。
「ここまで来て何言ってんだ。早く休んでくれ」
「……うぅ……」
情けない声を漏らして、川崎が自室のドアをゆっくり開けた。
× × ×
川崎がドアを開けて目に飛び込んで来た光景に、少し目を見開く。
……何て言うか……。
「…………」
「……ちょ、ちょっと。何か言ってよ……」
「……川崎……」
「……なに?」
「……お前、可愛いな」
「……だから、そういうこと言うなぁ……っ」
部屋を呆然と眺めながら独り言のように呟く俺の言葉に、川崎は赤面して俯いた。
川崎の部屋は、ごくごく真っ当な……可愛らしい部屋だった。
部屋のそこかしこにぬいぐるみが置いてあり、ピンク色のインテリア諸々が見受けられる。程好く女の子らしくしているという印象を受けた。
「最近急にこんな感じにしたから……大志にも色々からかわれた。もうやだ……恥ずかしい……」
パジャマの裾を掴み、眉を八の字に曲げて涙目になる川崎を見て、口元がむずむずした。もしかしたら今の部屋の雰囲気になるまでは、もっとさばさばした部屋だったのかもしれない。部屋の趣味が変わるとは、よっぽどなことがあったんだろうなぁと思う。これだけ女の子っぽさが溢れる部屋への変化。さぞや良い恋を……と思い至った所で思考が止まる。
「……お邪魔します」
脳内で至った結論に自分まで恥ずかしくなって、そそくさと部屋に足を踏み込んだ。
続く。
サキサキでした。今日は少し短めでした。
今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!