大志と京華が買い物に行っている間、川崎と俺はリビングでくつろぐことにした。川崎は2人がちゃんと無事に帰ってくるかと過保護なまでに心配しながら、お茶を淹れると言ってキッチンへと向かった。青みがかった黒髪が心配げにせわしなく揺れていて、弟と妹を本当に大事にしているんだなと微笑ましく思う。
テレビを点ける気分でも無いので、怪しくない程度に視線を巡らせながらソファの上で縮こまる。ふと写真立てらしきものを視界に捉えて、ちらりと見やった。家族で旅行に行った写真だろうか、川崎の両親と思われる2人が後ろに立ち、川崎と大志に手を握られた京華が楽しそうに笑っている。川崎だけカメラ目線でなく、京華に対して優しい眼差しを送っていてなんとも彼女らしい。
「それ、1年前に撮ったものなんだ」
背後からした声に、くるりと振り返る。和風な盆の上に湯呑みが2つ乗せて、川崎が静かに歩いてきた。
「そうなのか。ああ、どうりで3人とも少し幼い訳だ」
湯呑みを受け取りながら、再び写真をじっと見る。両親はまだ会ったことが無いので判断のしようもないが、川崎も大志も顔つきが今よりも幾分幼く、京華に至っては明らかに今よりも身長が小さい。1年という歳月が子供にもたらす影響を改めて実感した。
「すごく楽しかったんだ。うちの親は忙しいから、中々家族でどこかに行くことが出来なくて。ご飯を食べに行くくらいは出来ても、この写真の時みたいにじっくりと旅行に行くなんて言うのは……ここ1年くらいはご無沙汰してる」
自分の湯呑みを持ってお盆を置いた川崎が、俺の隣にすっと座る。ソファが心地良く沈み込んで、2人の距離が自然と縮まった。2人でくつろぐ空間を、お茶の湯気が優しく包み込む。
「うちの親も揃って社畜だから、似たようなもんかもしれん。生活リズムが違いすぎて、父親の顔なんて1ヶ月に数回も見ないからな」
「それはうちよりも大変だね……親御さん、大丈夫?」
「ああ、いやまあ、それなりに楽しんでるみたいだから大丈夫……だと思う。……その、なんだ、ありがとな」
真摯に心配されて、こそばゆく思いながらも礼を言うと、
「……うん……」
綺麗な顔立ちが、髪の色とは対照的にぽっと赤く染まる。妙に気恥ずかしくなって、湯呑みに口を付けた。口の中に甘味とコクのある味わいが広がり、感嘆混じりの息をほうっと吐く。
「……美味いな」
「……そ、そう? あ、ありがと……」
「……おう、緑茶に詳しい訳じゃないが、これははっきりと美味いなって思う。すげえな」
「そ、そんなに褒めなくても……」
思い付くままに褒め言葉を紡ぐと、川崎は耳まで赤くして慌てた。俺をちらりと見て視線を逸らすと、気を取り直すように足を流して背筋を伸ばし、両手で湯呑みを持ってゆっくりと傾ける。細い喉がこくりと鳴ると、ほうっと安らいだ声を出した。お茶を飲んで息を吐くと言うだけの動作が、どうしてこうも絵になるのか。見た目ももちろんだが、今までの人生で培われた性格や所作が大いに関係しているんだろう。今まで学校で見てきたイメージとのギャップに思わず見惚れた。
「……お前って、本当にこういう和風なのが似合うんだな」
「え、ちょ、ちょっと、何なのもう……っ」
ここまで言ったところで俺自身も恥ずかしくなり、2人して無言でお茶を飲む。飲み干すと、俺が何かを言う前に川崎がお盆を差し出してくれて、礼を言って乗せた。
「洗うのくらい俺がやるぞ。淹れてもらったんだし」
「あ、だ、大丈夫」
「遠慮すんなって」
「そ、その、今は何か恥ずかしいから、ほんとに大丈夫。ご飯の後に手伝ってもらえれば十分だから……っ」
所々甘噛みしながら捲し立てると、頬に手を当てながら、ぱたぱたとキッチンへ行ってしまった。
……何だあの可愛い生き物は。
しばしぬぼーっとしていると、片付けを終えた川崎が戻ってきた。再び俺の隣に座ると、膝の上に手を置いてもじもじとしている。今度はさっきよりも距離が近く、今にも肩と肩が触れ合いそうだ。恥ずかしがりながらもこの距離感で座ると言う矛盾した行為に妙にどきどきしてしまう。
「…………」
「…………」
沈黙が続けば続く程、時計の音と自分の鼓動が大きく聞こえてくる。川崎が時折向ける視線は熱っぽく、振り向かなくともこめかみの辺りにじわりと染み込むような圧を感じる。
そっと手を握ると、びくりとしたものの数秒後にそっと握り返してきた。
「……2人が戻ってくるには、まだちょっと早いよな」
「……う、うん、そ、そうだと、思う……っ」
つっかえつっかえ話す川崎の手に、じわりと汗が滲み出る。指を絡めると、「あ……っ」と小さな声が漏れた。
2人の視線が交差する。
2人の視線が逸れる。
視線がすれ違ったまま、顔が近付く。
2人の視線が、もう一度交差する。
川崎の目が、そっと閉じられる。
「……ん……っ」
自然に、とてもスムーズに、2人の唇が交わる。甘い吐息を漏らしながら、川崎が身を寄せてくる。肩を抱き寄せると、思っていたよりもずっと華奢だった。肩を抱く手に力をくっと込めて、唇の割れ目を舌先でそっとなぞる。川崎は震えながらも舌を受け入れて、互いの粘膜が絡み合う。
「……ふっ、うんん……ちゅっ、ちゅぴっ、はむっ、んっ、んふぅぅ……っ」
川崎の声がどんどん情熱的になって行き、閉じていた目もうっすらと開いて、しっとりとした視線を送ってくる。ソファに押し倒してもっと堪能しようか……と思っていると。
「んむ……っ?」
俺が川崎の肩を押すより先に、川崎の方から俺を押し倒してきた。ソファの上にそっと仰向けにされ、四つん這いになった川崎が柔らかな肢体を乗せてくる。豊満な双丘がむにゅりとひしゃげて、心地良い圧を加えてきた。同時に甘い匂いが鼻腔を擽り、思考が曖昧に蕩ける。
川崎の目が潤み、口付けを交わすとこちらの頬を愛おしそうに撫でさすってくる。流れてくる唾液は熱く、飲み込めば甘露のような味わいがあった。
「……ぷはっ、……比企谷……比企谷……っ」
「……お、おい、良いのか? そろそろ帰ってくる頃じゃないのか」
「まだ大丈夫だから……っ」
つい先程までの恥じらいはどこへやら、顔を上気させた川崎が切なげに言葉を紡ぎ、ゆっくりと唇を寄せてくる。川崎の肩を押さえると、必死で捲し立てた。
「急にスイッチを入れんなって。今続きをしたら絶対見られるぞ、いいのか」
「大丈夫だって、見られないから……ねえ、早く……っ」
「……っ」
まずい、まずい、まずい。
この顔はすごく可愛いし色っぽいが、今ここでまじまじと見てしまっては……本当に、色々と、まずい。
「待て待て待て待て……っ」
もう一度唇が重なったら、多分俺も落ちる……! と直感的に思い、必死で川崎の肩を押さえていると――不意に、玄関のドアが開いた。
「さーちゃん、はーちゃん、ただいまー!」
『……~~っ!? ~~っ! ~~っ!!』
「ただいまっすー……姉ちゃん、お兄さん、どうしたんすか?」
玄関からリビングへ直行してきた京華がドアを開ける寸前に、2人でソファに並んで座って一瞬で息を整えた。口の端をひくつかせた怪しさ全開の笑みを浮かべる俺と、自分の弟と妹に対して不自然極まりない笑みを浮かべながらやたらと優雅に手を振る川崎。眉をひそめて首を傾げる大志と、不思議そうに首をこてんと傾げる京華。
……何だこの時間は。
「た、大志、けーちゃん、ありがとね。冷蔵庫に入れるから、こっちに持ってきてくれる?」
「ねえ、さーちゃん」
「ん、なあに? けーちゃん」
「さーちゃんははーちゃんとキスしたことある?」
「なっ、あっ、えええっ!? け、けけ、けーちゃん、急にどうしたの!?」
「んー? ……なんとなく!」
そう言ってにこぱっと笑う京華を、引き攣った笑みを浮かべて見つめる川崎。大志、やめろ、こっち見んな! にやにやすんな!
三者三様の反応を、京華はぽけーっと見ている。爆弾発言をしただなんて露ほども思っていないんだろう。
ていうか何でこの子、このタイミングで急にぶっこんでくるの……。
末恐ろしい……と思いながらも、ぽけーっとした顔も可愛くてしょうがなく、小さな頭をくしくしと撫でた。京華は気持ち良さそうに目を細めたかと思うと、
「えいっ」
「うぐっ」
何故か俺の頬を人差し指でどついてきた。撫でに対してどつきで返すって、それどこの部族の風習ですのん?
川崎は顔を真っ赤にしながらも、袋の中身をてきぱきと冷蔵庫に入れ始めた。俺も落ち着くまで京華の頭をひたすら撫で、きゃっきゃとはしゃぐ京華に頬をどつかれ続けた。結構痛かった。
「お兄さん。俺たちが帰ってくる前に、その……アレっすか? アレをしちゃってたんすか?」
「黙れひねり潰すぞ」
「手荒っすよ!?」
幼子に頬をどつかれながら、後輩に容赦の無い口撃を加える。
実に楽しい時間だった。
続く。
サキサキでした。
ゲーガイルのサキサキルートが……素敵すぎて……!
それでは、今回もお読み頂きありがとうございました(^^)!!